049 Chapter7.浅黄菜心は度し難い
わたしの名前は浅黄菜心。
取り立てて美人でも不細工でもない、今年で四捨五入するとみそ……まだ25歳の独身OL。趣味はゲームと立ち飲み屋のはしご歩き、因みに実家暮らしです。
普通に中高と学校を出て、情報系の大学に通ってからITの事務方に就職した。特技はタイピングで、分間400文字は余裕で行ける。学生時代のあだ名は名前あさぎなこの下三文字を取ってきなこ。
少しだけ人より運動神経が良くて、スポーツ推薦でバレーが強い高校に行ったのだけはちょっとした自慢かな。大会では引退する年に県大会ベスト8まで行けたし、文武ともにそれなりに優れてたっていう自信がある。
仕事の方はそこそこブラックだけど、給料は老後に向けた貯金が出来る程度には貰えていた。なんてことはないけど、それでもわたしにとってはささやかな幸せがある毎日。
――――唯一人に言えないような秘密は、趣味だろうか。
わたしは隠れオタクって奴で、ジャンルはバーチャルアイドルとか声優とか、そういう奴。
特にキャラクターの中の人が好きで、中でもエデン社が作るゲーム《Arcadia》シリーズの《Arcadia Ⅴ》に出てくる『ファリス・ブレイブハート』はキャラと声優である西野宗行さんの両方が推し、マジで尊い。
孤児の生まれで、その境遇から辛い目に遭ったりするんだけど、幼馴染を幸せにする為に必死に強くなろうと足掻くところが最の高……。
性格はクールで人によっては辛辣に思えるような物言いをする男の子で、でもそれは周囲に舐められない為のキャラづくりとか、本当のファリスは少し子供っぽかったりするギャップとかが死ぬほど萌える。それをちゃんと声で表現出来る西野さんも神っていうか、言語化出来ない素晴らしさがあるよね、うん。
それで、十年前かな? エデン社が外注で《Arcadia》の世界観を用いた、完全新作のVRMMORPGを制作するって発表したのは。
当然わたしもリアタイで重大発表生配信は見たし、内容を聞いた瞬間にわたしは絶叫した。一階にいたお母さんに怒られて、近所の人に何かあったのかと警察を呼ばれた。
だってあの《Arcadia》の世界を自分で冒険出来るんだよ? 開発途中のプロモーションの時点でグラフィックが既存のVRとは段違いで、NPCも一人一人本当にリアルで。
当然クローズドβからオープンβまで全部参加して、ソフトは特典付き総額三万四千円のスペシャル・エディションを購入しました。
そしていざキャラメイクをする時になってわたしは気付く、そのパーツの細かさと調整の自由度に。これ、もしかしてファリス再現できんじゃね? と。
結果としてそれは可能だった。しかし、別にわたしはファリスになりたいわけじゃない。かと言って、わたしはRPGをやるときは大体[性別:男]を選んできた。ゆえに、ゆえに! どことなくファリスに似た雰囲気の男の子を作ったのです。
名前は《きな子》で、それだけだと味気無いから色々付け加えた結果凄いことになった。まあ、それはいいとして、わたしは元々世界観に惹かれてこのゲームを始めたわけだけど、その中であるものと出会う。
プレイヤー同士が本気で戦い、どちらがより強いかを競うPvPモードである。
実装された当初暇つぶしにたまたま、本当にたまたまやってみたら思いのほか面白くて、気付いたらもっと自分のランキングを上げたいってなって、ずぶずぶ沼に嵌っていったのだ。
わたしが選んだクラスの五次覚醒は[無頼剣王]。刀剣に分類される武器であれば何でも装備でき、別派生の[魔剣導士]よりもやや通常攻撃寄りのスキルセットをしている。
特に好んで使っていた武器は特大剣で、重量の関係から他の剣士よりも遅くなるのも含めて好きだった。原作のファリスも特大剣使いだったしね。
身の丈もある剣を扱うということで一見脳筋に見えるが、その実緻密な立ち回りや的確な判断と言ったクレバーさを要求される。武器が重くて行動が少なくなる分、一挙手一投足を意味のある物にしなければならないからだ。
そして、わたしがPvPにのめり込んで一年経ったある日、運命的な出会いをする。
いつものようにマッチングを入れていたわたしと当たった相手は、[剣士]の三次覚醒クラスである[羅刹剣豪]。わたしのクラスも[剣士]からの別派生である[ソードマスター]で、相性としては普通。
上手いほうが順当に勝つようなマッチアップだった。そう、だからわたしは瞬殺されたんだろう。
観戦していたプレイヤーたちは勝敗についてさも当然と言わんばかりの表情で、その時初めてわたしは彼女、あるいは彼――フランチェスカというプレイヤーがどれだけ有名な人だったかを知った。
一年目のPvP総合ランキング堂々の4位。5位と圧倒的なポイント差があったことから、彼女から上のプレイヤーは正しく別次元の強さだったのだ。わたしはその年ギリギリで100位圏内に入り、なんとか褒賞であるアイテムをもらうことができた程度である。
正直悔しかったよね。今まで挫折とかあんまりしてこなくて、バレーの大会で負けた時だって「仕方ない」「精一杯頑張った」って思えたのに。この時だけは悔しくて悔しくて、わたしはますます対人の沼に沈み込んでいく。
まあ、それはそれとしてフランチェスカ……フゥとはフレンドになった。あっちからフレンド申請送ってきたのは驚いたけど、キャラメイク凄い気合入ってたし、わたしと同じ若干のRP勢でもあったから普通に意気投合して遊ぶ仲になった。
PvPの方は相変わらず、3年目も彼女は余裕で一桁順位に入り、わたしは40位あたりをうろついていた。
ただ、彼女はどちらかと言えばPvEの方が好きで常にPvPをやっているわけでもなく、加えて4位から上のプレイヤーと絶望的なまでにキャラビルドの相性が悪く、その年も堅実に五位辺りをキープし続けていた。
自分と±5位の相手からしかポイント沢山貰えないから、上位のプレイヤーになればなるほど順位を上げるのは難しくなる。そんな状況で、モチベ程々に順位キープ出来るだけでも十分凄いと思うけどね……。
そうして7年、誘われて二人で一緒に入ったギルドの仲も良好で――漸くわたしはPvPランキング一桁位にまで漕ぎ着けた。フゥもその時には少しやる気を出していて、珍しくわたしと順位争いをして――最終的には再び彼女が4位、わたしが僅差で5位という結果に終わった。
ただ、これ実はからくりがあって、最後の追い込みでフゥは絶対に勝てない相性のプレイヤーと連続して当たって負けているのだ。
だからそれさえ無ければ、フゥは3位だった。あの時、ゲームでも珍しく悔しそうな顔をしていた彼女をよく覚えている。あたしと同じように悔しくて、また挑戦したいって顔。
来年は3位入賞と言わず、絶対に1位を目指そう。
――――二人でそう約束して、そしてそれは叶わなくなった。
「あれ……?」
わたしは今、見覚えの無い平原に立っている。それも、現実のわたしとは違う高い視点で、女性にしては低い声を出しながら。
わたし、ボイチェンは使って無かったはずなんだけどな。
肌に触れる風の感触が分かる、足元を揺れる背の低い草葉の匂いが鼻に強く届く。決してゲームでは味わえない太陽の暖かさや、瞼を擽る髪の感触がはっきりと伝わってきていた。
「わたし、どうなったの?」
確か、AAOを起動しようとしたらアップデートが入って、それで凄い眠くなったことまでは覚えてる。だけど、それから先が全く思い出せない。
てっきりログインしたのだと思ってたけど、現実生活での影響など色々な理由からAAOに温感エンジンは搭載されていない。だから、気温や風の冷たさを感じることはありえなかった。
「うーん、はっきりわかるけどなあ……」
未だ慣れない、低い男の声がわたしの思った言葉を喋る。
それでだ、考えられるのは、さっきのアプデが理由で温度が分かるようになった可能性。何の告知もなくそんなことしない筈だけど、テスト的なアレなのかも知れない。
けど、それだったらもう一つ変なことがある。
「わたし、昨日マイハウスで落ちたよね? ここって、ヘイゼル平原だし、全然違うじゃん」
やっぱりなにかおかしい、《ヘイゼル平原》ははじまりの街から出てすぐのエリアだ。わたしは昨日、《静謐の雲海モーン》に建てられた自宅――マイハウスでログアウトしている。距離で言えば、そもそも陸地で繋がっていない。
そしてなにより、一番ヤバいのはこれだ。
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[名前]魔法少女マジカル甘味☆きな子 [クラス]剣士
[種族]人間 [性別]男
冒険者等級:未登録
称号:無し
Level:1
HP:85/85
MP:70/70
EXP:0/250
スキル:【駆け足】【高揚】
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STR:4
VIT:2
AGI:5
MAG:7
DEF:5
MND:7
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ステータスが全部初期化されている。わたしが苦労して育てたレベルも、スキルも、クラスも。
一瞬なんのバグかと思って、目眩がした。それで目眩がしたことにまた気付いて、嫌な想像が鎌首をもたげる。いやまさか、そんなとは思いつつも――どこかそうではないかと思ってしまう可能性に。
「これ、もしかしてゲーム世界に転移した?」
自分で溢したその言葉が真実であることを確信したのは、それから丸二日経ってからだった。