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004

 薄らと明かりが照らす洞窟の中、呆然と宙を見やる。


 そこに何かがあるわけでは無いが、ただ見つめていると他の事を考えずにすんだ。頭の中を空にして呼吸をすることだけに集中し、外界からの情報の殆どを遮断していた。時折辛くなったら姿勢を変えるのみで、それ以外に動くことはない。


 あれから三ヶ月、私はずっと砦の地下室で過ごしていた。過ごすと言っても特に何をするでもなく、毎日延々と虚空とにらめっこをしている。時々思い出したように泣いて、それ以外は無表情で宙を見つめる私は、傍目から見たら廃人に見えることだろう。


 三ヶ月も経てばここがAAOの中かそれに酷似した異世界なのかは別として、現実なのだと嫌でも認識せざるを得なかった。それと、元の世界に帰るのは殆ど諦めた。来た方法が分からないのに、帰る方法の検討がつくはずがないのだ。


 せめて……こんな薄暗い地下ではなく、ゲームの中で旅したあの国々のどこかで暮らせたらどれだけいいか。


 きっと元の世界には劣るが、それなりに楽しく暮らせる筈だ。AAOが好きでやり込んだ人間にとっては、一度はこの世界に転生することを妄想しただろうから。私だってそうだし、もしイルウェトではなく最初の街にでも飛ばされていたら、もっと能天気にこの世界のことを楽しんでいただろう。


 ただ、イルウェトの凶悪な魔物を閉じ込める為の結界がそれを許してはくれない。解除するには、ここに生息する魔物の殆どを殺し尽くさなければならないのだ。


 もしこれがラノベの主人公であったら、ここを脱出するために勇気を出して外に出て魔物と戦ったりするんだろうか。その結果運良く勝てるか助けが来て、レベルが上がって、特別な力に目覚めて危機を脱却する――――


「……ふへへっ、笑える。無理でしょ、そんなん」


 外に出ることがイコールで死に繋がるのを知っていて、行動出来るはずが無かった。私はただのリーマンで、戦争も知らない時代にぬくぬくと育った甘ちゃんなのだ。特別な人間でもなく、勇気も無い。間違っても創作物の主人公ではなく、ただ、少しゲームが上手いだけの一般人である。


『日に日に虚ろになっていくな、貴様』


「だってしょうがないじゃん、どうしようもないんだから」


 唯一の話し相手であるグリムガーンも、現実世界には干渉出来ない。レイスという種は、ただそこにいるだけなのだ。悪意を持てば幾らか人間に害を為せるが、その力は限定的すぎる。私も彼に話し相手以上のことを求めていないし、別に現状をどうにかしろと言うつもりもなかった。


 せめて、ここにいるのがステータス初期化前の『フラン』であれば、やりようは幾らでもあっただろう。以前の私はSTR(筋力)AGI(敏捷性)――――物理攻撃に特化した典型的なスピードアタッカー型のキャラビルドを組んでいた。


 AAOではどの職業でも基本的にHPの削り合いになる事が多いが、AGIに特化させた時のみその限りではなくなる。回避は基本的にプレイヤーの動作に依存しているし、必中の攻撃は一部ボスが持っているだけで主流ではない。


 もし仮にAGIを含めた二つ程度のステータスに注力してレベリングしていた場合、必中の攻撃を持っていない鈍足の敵であればレベルが50ほど離れていても勝てる場合がある。


 なので、仮にここの敵が元の私のレベルを上回っていても戦う敵を厳選し、立ち回りさえ気をつければ十分戦えた可能性はあった。


(それが今じゃレベルも1、ステータスだって全部初期値だ。あれだけ稼いだ鍛錬値も全部……)


 そこまで考えてから、私はあることに気付いた。


 それこそもしかすると、唯一この状況を打破できる可能性に。


「……ッ!」


 自分で思い浮かべた言葉に熱を帯び、思わず立ち上がってその場をぐるぐると歩きながら見つけた可能性について考え始める。本当に思いつきだが、これはかなり"ある"かもしれない。




 ――――AAOは他のゲーム同様、強くなるにはレベルアップが一番の近道と言える。


 定期的にアップデートでレベルの上限が追加されて行き、現在の最高レベルは200。当然こうなる前の私もレベルはカンストしていた。させるまでには紆余曲折あり、一度特殊なアイテムを使って50ほどレベルを下げたが、そのお陰で以前より強くなれた。


 理由はAAOで有名な強化システムの一つである、『鍛錬』という要素だ。


 レベルアップ時に上昇するステータスは、種族とクラスによって補正がかかる。何も考えずにプレイしていても、大体はある程度偏ってステータスが上昇していくスタンダードな仕組みだ。


 しかし、そのある程度を完璧に偏らせる方法がある。


 それは、それぞれのステータスに応じた行動を取ること。たとえばSTRを上げたいのであれば重たい武器を振り回すだとか、筋力に関係する技を繰り返し使えばいい。AGIを上げたければ走る、MAGを上げるなら魔法を使うなど至極単純。


 要は内部数値だ、隠しステと言っても良い。


 その内部数値を偏らせることで、ステータスの上昇量には更に補正がかかり、そして内部数値が低くなったステは露骨に上がりにくくなる。


 これはとあるプレイヤーが魔法使い――――遠距離魔法職が杖の通常攻撃縛りで、当時一番強かったボス攻略をした時に発覚した。


 魔法系の職業は詠唱の度に走り回るというのが公式の推奨する基本的な立ち回りなため、AGIが高く通常攻撃を当てやすい部類ではあるが、一方で威力自体は貧弱だ。一度に与えられるダメージは2とか3で、そのボスのHPが10万。攻略に掛かったのは13時間。


 その間毎秒ボスを杖で殴り続けた魔法使いは、倒した直後に運良くレベルアップし、そして気付いたのだ。"魔法職にしてはSTRが異常なほどに伸びた"ことに。


 長々と話したが私が言いたいのはつまり、筋トレすればいいんじゃね? って話。


 上述した"内部数値を偏らせてステータスを極端に高く上げる"手段の一つに、基礎的なトレーニングがあり、経験値も微量ながら得ることが出来る。


 そして幸いにして私には時間だけはある、ここで筋トレを続けて経験値を積み重ねれば危険な目に遭わずともレベルは上げられるのだ。


 レベルを上げて、この土地にいる魔物全てを狩り尽くし、結界を解除する。もしくは結界自体を強引に破壊する以外、私が能動的に生きて外に出る方法は無い。


 この世界でもAAOのシステムが生きているというのなら、"ちょっとゲームの上手い"私がどうにか出来る可能性はある。というか、可能性があるならやるしかない。


「……やってやる」









【TIPS】


[経験値]

AAOではモンスターとの戦闘以外にも様々な場面で蓄積され、一定値まで貯まればレベルが上がるシステムになっている。経験値を貯める方法としては生物を殺す、実戦形式の鍛錬を行う、基礎トレーニングをするのが一般的。


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