046
石造りの頑強な部屋の中に詰める、厳しい顔つきの男たちが揃って青い顔をしていた。
彼らの視線は全て椅子にちょこん、と腰掛ける銀髪の少女へと向けられている。どの角度から見ても非常に美しいというのもあるが、その顔立ちに似合わない威圧感を纏っているからだ。
ともすれば、何処ぞの王族か貴人の娘か。精鋭なれど単なる兵士であり、何も聞かされていない彼らには計り知れない人物であった。
そして彼女を此処――帝都防衛隊本部へ連れて来た本人は更に縮み上がっている。
何せ机を挟んだ彼女の対面にはこの国で最も尊き存在、第十三代ルグリア帝国皇帝が座しているのだ。何故、こんな所に――と考えれど考えれど分からず、ヒューガストは隅の方で部屋の真ん中を見ないようにしていた。
分かるのは、彼女――フランチェスカと名乗った少女がそんな皇帝を前に臆してすらいないこと。そして、その混じりけのない髪の色から、恐らく真祖に限りなく近い[吸血鬼]であるということだけ。
加えて言えば、少女というのも語弊がある。
あれだけの鍛え抜かれた肉体と頑強な精神力を持つのなら、年相応ではきかない。大凡16歳かその程度に見えているだけで「実年齢はもっと上だろう」とも確信を持っていた。下手をすれば、この場の誰よりも年上の可能性すらある。
「――何を言うかと思えば」
そんな彼女は、どことなく帝国にたいして良い感情を抱いていなかった――否、はっきりと怒っている。
故に、至極冷静に話をしているその態度が逆に恐ろしい。まるでいつでも縊り殺せると言わんばかりの余裕さは、この場の全員を恐怖に呑むのには充分過ぎた。
黙って話を聞いている皇帝レオナルドも、表情に出していないだけで内心では動揺していた。首筋には薄っすらと冷や汗が滲み、その目の奥には確かな恐怖が宿っている。決して手を出すべきではない相手であると、理解してしまったのだ。
いや、最早手遅れであるかもしれない。なんてものを蘇らせたのかと、若干の後悔すら感じていた。上手く付き合えばいいが、そうでなければどうなるか――――
◇
帝国軍防衛大隊プロメテウス小隊小隊長ヒューガストの案内で、彼らの本部基地へと私は赴いていた。どうせ偉い人とお話しなければならないのと、この騒ぎをどれだけ把握しているのかを知るためだ。
灰色の廊下を歩いて通されたのは、恐らく貴賓室かそれに近しい部屋。
調度品こそ派手な物はないが、質の良さそうな椅子や机などを見るにかなり気を使っている。知らない人間を通すには、少しばかり格の高い部屋であることは確かだ。
それというのも、先程別の伝令が持ってきた情報を受け取ってから、ヒューガストは露骨に私に対する態度を変えた。何処となく謙り、案内された部屋も豪奢。終いには座る際に椅子まで引かれて、黙っていてもお茶が出てくる――完全なVIP待遇であった。
そして何か私以外にも気を向けているようで、兵士たちは基地内を慌ただしく動き回っている。
「た、只今元帥閣下が此方へと向かっている最中ですので、今暫くのお待ちを……」
ヒューガストはそう言うと一度部屋を出て、数分後に顔を引き攣らせたまま戻ってきた。して、その普通ではない形相の理由は、次に部屋へと入ってきた赤毛の男にあった。
「邪魔するぞ」
まだ若い、二十代前半だろうか。中性的な顔立ちに、燃えるような緋色の瞳はなんとも映える。金の刺繍がふんだんに施されたマントや、明らかに一般階級とはかけ離れた服の豪奢さ。何よりその身に纏う覇気は、王の血に属する人間のそれだ。
「本当に目覚めたようだな、パンドラ――いや、フランチェスカ嬢。俺の自己紹介は必要か?」
「いりませんよ、皇帝陛下」
「成程、ならば話は早い。これは非公式な場だ、一々発言の許可も取らなくていい、楽にしてくれ」
彼は私の対面の椅子に座ると、不敵な笑みを浮かべてそう言った。
そして、私は彼を知っている。ルグリア帝国十三代目皇帝、レオナルド・ヴァン・ルグニト。あるいはルグリアの集落次期族長、レオナルド・ルグニト。
本来であれば単なる族長の息子であった彼は、どうやらこの世界では皇帝にまで昇り詰めたらしい。研究所で瓶詰めされていた頃から見てきたが、ゲームでのおっとりと落ち着いた雰囲気をした彼とはまるで別人である。
というか皇帝自らやって来るのか。てっきり来ても将軍とかその辺りだと思ってたんだけど……。
「さて、こうして初めて言葉を交わすわけだが……なんだ、以外と冷静だな」
「殺したいほど恨んでいるとでも思っていたのですか?」
「想定はしていた。俺の事が分かるのなら、全て見聞きしていたのだろう?」
確かに皇帝や研究員たちが話していることは聞き、目の前で行われた実験とその結果は全て見た。思うところがないわけではないが、本当に彼らを憎んでいるのは違う人物だ。
「私がここで貴方を憎んで、世界が良くなれば喜んでするんですけどね。怒ってはいますが、別に感情を乱すほどの事ではありません」
「成程、青き貴血の一族は伊達ではないと言うことか」
皇帝はそう言うと、作り笑いを止めて表情を改めた。その私とは違う赤の双眸がこちらを見つめ、ジッと視線を縫い止める。
なんか、人に真っ直ぐ見つめられると恥ずかしい。
顔がいいから尚更緊張するし――えっ、これもしかして愛の告白とかされるやつ?
乙女ゲームでよくある「一目惚れ」からの告白とか、なんかそういう雰囲気じゃない? 選択肢が出てスチル回収出来る奴じゃない? セーブしなきゃ……。
「……この国には軍部とは別に、国へと甚大な被害を齎す可能性のある危機に対応する為の部署が存在する」
「はい」
「先程市街地で起きたような事態に対処し、実行部隊による危険存在の迅速な排除を行う《神狼の牙》。それが部屋の外に十人、部屋の中に五人待機している――この意味が分かるな?」
そして、皇帝は真剣な顔と声音で以て、正しく忠告するようにそう告げた。
ああ……まあね、はい。分かっていましたよ、当然真面目なお話であることは。幾ら私が美少女だとてゲームじゃないんだから、急にイケメン皇帝から求婚されるとかありえない。
で、つまり言いたいのは、私を特殊部隊員が取り囲んでいて、何か怪しい動きをすれば即座に射殺するぞってことである。
因みに部屋内の五人は――ああ、あの他の兵士よりほんの少しだけ強い人たちか。レベルは全員が50、まあ……初期クラスのカンストまで行ってるから他よりまし程度である。
廊下の人を含めて全員殺さないで無力化するのも、そこまで苦労はしないと思う。
「失礼ながら陛下、脅しというのは実現できなければ、ただの虚勢でしかないと思うのですが」
「ほう、つまりこの程度は脅威ですらないと?」
「あくまで戦力差を客観的に見て、そう思ったまでです。実際にどうなるか、やってみれば宜しいのでは?」
少し挑発的な態度でそう言うと、皇帝の背後に控える浅葱色の髪をした女性の護衛が殺気立つ。それに釣られて部屋の空気が張り詰め、兵士たちの顔が引き攣った。
「やめろ、ミルティ。俺は争う為にここへ来たわけではない」
「……ッ、申し訳ございません」
皇帝は護衛を御すが、私としては力の差を分からせる意味でも、今おっぱじめてもいいんだけどね。
特に他人に対する暴力を縛ってるわけでも無いし、誰にでも無償の慈しみを与える聖母みたいな事をしたいわけでもないから、殴っていい相手は殴る。
特に兵士として覚悟を持って仕事に当たっている以上、殺さずとも彼らに容赦する気はない。解決の過程に暴力が必要なら喜んで振るうぞ、私は。むしろそういう方法しか知らないとも言える。
「――――要求は単純だ、俺の部下になれ。フランチェスカ、お前の力が欲しい」
「お断りします」
そして彼の要求もまた分かりやすく、率直。
ゆえに返す言葉は元より決まっていた、「やなこった」と。
「どうして私が帝国に寄与しなければいけないんですか? 恨んではいないと言いましたが、別に許したつもりはないですよ。そちらが超えてはいけない一線を超えたことは確かです」
「だが、お前がこうして蘇ったのもまた我々のお陰でもあるだろう」
「……陛下、分かっていないのならはっきりと言います。私はあんな研究を是とした帝国が、貴方が死ぬほど嫌いだ」
「それで? 俺が無理やり迫ったらどうする? 顔でも殴りつけてみるか?」
「そこまで愚かではありません。が、帝国に帰属しろと言うのなら、全力で拒否させて頂くというだけです。まあ、情報提供くらいはしますよ、逆に言えばそれだけですけど」
冷たいとも思われるかも知れないが、それだけのことを彼らはした。謝りもしない相手を軽々に許すわけにはいかない。
少なくとも今は、まだ。