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044 Chapter6.広がる騒動

 秋の日和、帝都の玄関口は人と物の区別が付かない程に賑わっていた。荷馬車を引く馬の嘶き、蹄鉄の音、人の声とが重なり合って、喧騒と言う名の一つの音楽を奏でている。


 大陸中部より上に位置するルグリア帝国は技術力こそ注目されがちだが、その広大な領土の殆どが農耕地であることはあまり語られない。今の時節であれば収穫された麦や葡萄と言った作物を抱えて、地方から人が押し寄せてくるのとも重なる。


 つまり、帝都に最も人の溢れる時期であり、また人々の財布が緩む時期でもある。


 通りを埋め尽くす人の波の合間から聞こえる怒号に、路地の隅を隠れて歩くルーク・ブラウナーは、一人嘆息を漏らしていた。


「……ったくよぉ」


 先日の大騒動に疲労困憊で寝こけたのはいいが、起きてみれば事件の中心にいたフランと名乗った[吸血鬼]の女も、ソフィアやジャックと言った研究所の元職員も既にアジトを出たという。


 そして留守を預かる中年の男にその話を聞き、ルークは非常に機嫌を悪くしていた。


「助けたから終わりって、俺ぁ都合の良い人間じゃねえんだぞ……馬鹿野郎、仕事返せ!」


 袖触れ合うもなんとやら、成り行きで助けた相手が国家機密を盗み出しており、現在進行系でルークもその片棒を担がされている。


 大々的に犯罪者として指名手配され、仕事も家も失った挙げ句日の明るい内は顔も出して歩けない。こんな状態にされて蚊帳の外では、腹の虫も騒ぎ立てるのは当然。


「仕事クビになっちまったし、これからどうなるのかな、俺……」


 活気溢れる表通りを背に、ルークは二度目の溜息を吐いてそう呟く。


 幼い頃から何かと機械に憧れていたルークは、将来は必ずそれらを扱う技師になるつもりだった。


 とりわけ魔導列車や飛空艇などの開発や運行を行っている《メトロン・アイアンワークス》はルグリアのみならず、海を隔てた先にあるアースガルド大陸にまでその車輪を乗せる線路を敷いている。


 そんな会社に十四歳で見習いとして入社出来たのはルークにとって人生で一番の奇跡だろうし、そこをたった一夜でクビになったのもまた人生で一番の不運であった。


「……まあ、やっちまったものは仕方ないか。それにまだ俺だって36だ、仕事もなんとでもなるよな、うん」


 そうして何とか自分を納得させてアジトへ戻ろうとした時、表通りの奥から手前へと不自然に人が流れて来ている事に気付いた。人々が慄き――まるで何かから逃げるように、ただの賑やかさとは違う慄きにも似た空気が雪崩込んでくる。


「―――あ、――げろ!」


「―るぞ!――やく、そと――」


「―んだあれ!?――モノ、おい―――」


「お?」


 何事だと目を細めると、遠くで大きな地鳴りがした。それに続いて建物の幾つかが倒壊し、恐怖を伴った叫び声があちこちで上がる。人々の流れは一層帝都の内から外へと変わり、喧騒は狂騒へと変わった。


 特に中から走って来たであろう者は何度も転んだような跡があったり、周囲の空気に流されて動いているだけでは無い者からは、明確な死の恐怖を孕んだ表情が伺えた。


 明らかな異常事態に、ルークの脳裏に嫌な予感が過る。


 そして、その予感が的中するかのように頭上へと何かが降ってきた。


「うわああぁっ!?」


 落下地点の周囲にあった石畳が根こそぎ引っ剥がされ、風圧と土煙にルークは吹き飛ばされる。転がった先にあった木箱に背中をぶつけて何とか留まれば、今度は降ってきた物の正体を見て目を瞠った。

 

「oiiiiiii!!」


 そこにあったのは、巨大な肉の塊。側面から琥珀色の眼球、口や手足を生やした化け物が大通りの真ん中に直立していた。化け物は雄叫びを上げながら地面を手で叩き、示威するかの如く周囲の建物を壊して回り始める。


 周囲では人々が恐怖に叫び逃げ惑っており、元々混在していた通りは阿鼻叫喚の地獄へと変貌していく。老若男女関係なく押し合い、我先にとあの怪物から逃げようとしていた。


「な――――」


 その異形にルークは一瞬パニックを起こしかけるも、直ぐに周囲の状況を見て目つきを変えた。似たような修羅場を先日に経験したお陰か、一度高まった恐怖が過ぎてしまえば思考は案外冷静。


「なんてこった、って感じだな……全く、ハハ……」


 その未曾有の危機を前に、男は苦笑を漏らす。どうしたものかと、背を向けずに向かい合いながら。








 灰色がかった壁を背に、直立不動の若い兵士へ目を向けていた壮年の男は唸る。今しがた部屋へとやって来た彼の慌てぶりと、帝都から聞こえてくる緊急事態を告げる鐘の音に何事かと腰を上げた直後のことだ。


「……すまん、もう一度言ってくれ」


「て、帝都第一市街区にて、判別不明の魔物の集団が突如出現したとの事です」


「門の中で、魔物がか?」


「はっ! 発生の詳細は今の所一切分かっておりません!」


 いっそ清々しいまでの「分かりません」という発言に眉間を押さえ、その男――帝国元帥グレイヴは立ち上がって外套を羽織る。


「状況は」


「現在は衛兵隊と現地にいたプロメテウス小隊の指揮の元、都民の避難を急いでおります。対象は現在地点から破壊行動を続けながら第一番市街区域を移動中であります」


「なら、コキュートス魔導中隊からも何人か連れてけ。今動けんのは後……」


 そう指示を出して一瞬思案を巡らせ、歩兵大隊の出動を命じようかとした狭間。


「ほっ、報告! 現地にて交戦状態にあったプロメテウス小隊が……壊滅しました!」


 遠方と交信することが可能な魔道具――掌に収まる大きさの丸い水晶型の装置――――を手にした兵が部屋へと飛び込んで来たかと思うと、口早にそう告げた。


「……戦時であってもノックはしろと言っているだろう」


「申し訳ございません! ですが、火急を要する報告でしたので、罰は何なりと!」


 そう言って心臓に手を当てる兵士に嘆息しつつ、グレイヴは報告の内容を頭の中で咀嚼する。


 プロメテウス小隊は、歩兵大隊の中でも特に実戦を積んだ猛者の集まりだ。この短時間の間に彼らが壊滅を免れなかった時点で、既に一兵卒の手に負える相手では無い。


 迂闊に兵を差し向けた所で犬死は必須。魔物に対してそれだけの被害を被るという事態に、グレイヴの脳裏に20年前の悪夢が過る。


 精強を誇った帝国兵士をまるで紙屑のように引き裂き、撥ね飛ばし、轢き殺した怪物は結局五百もの犠牲を出して漸くその魔物を"撃退"するのみに至った。そんな倒せず、追い払うことしか出来なかった相手と同等と思われる存在が、よもや帝都の中にと考えれば事態は相当に逼迫している。


「ウラノス大隊からアトラスとメノイティオス小隊を出す……が、市民の避難を最優先に、対象への攻撃は魔導中隊の魔法にのみに留めろ」


「はっ!」


 対魔物戦闘においての専門部隊は生憎と帝都ではなく、より魔物の被害が出やすい地方に散っている。彼らがいれば何とかやりようはあったのかもしれないが、このままではまた以前のように――以前以上に被害を出すやもしれない。


「……どうするべきか」


 一瞬の逡巡の後にグレイヴは一つの選択肢に至って、小さく身震いした。


 思い出す、生物としての格の違いをはっきりと理解させられたあの瞬間。触れれば壊れてしまいそうな、儚げな印象を抱かせる――白銀の髪と紅い瞳を持った少女のことを。


 その瞳に見据えられたグレイヴは、まるで自分よりも巨大で遠大な何かに見下ろされている気分だった。目が合っているだけで首筋へ刃物を当てられたような寒気を感じ、華奢な体から漏れ出る圧力は不可視の鉄鎖を巻かれたように足を竦ませた。


 水槽の中で微睡む相手に敵意も戦意も無いというのに、その存在の強大さだけでグレイヴが勝手に縮み上がったのだ。一国の軍隊を束ねる男が、薄幸で可憐な美貌の少女と相対して逃げる事を選択させてしまった。


 そして、あのガラスの檻がどれだけ意味のない物かもよく理解した。


 《パンドラ》と呼ばれていた少女は、半ば自らの意思であそこに留まっているに過ぎない。今は殆ど休眠状態らしいが、恐らく既に殆ど目覚めている。そうなればいずれ、破綻するときが来るのは目に見えていた。


 グレイヴには、アレを御していると思い込んでいるサミュエルを――その男の報告を鵜呑みにしている皇帝がいっそ滑稽に思えた。


「だが……」


 しかしながら、グレイヴもこの状況ではアレに頼らざるを得ない。その為にも、全ての権限を持つ皇帝の元へと向かっていた。


 これを切っ掛けに彼女の存在は公になるが、そうなれば国も扱い方を変える。そこで間違えなければ、恐らく帝国は凄まじい力を手にすることが出来るだろう。


「俺は今から陛下へと今後の行動についての上申をしに行く。お前達はここで状況を逐一報告しろ」


「「はっ!」」






 それも対応を間違えなければ、の話ではあるが。

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― 新着の感想 ―
[一言] フランも、ましてやフュンフも、帝国には手を貸さないだろうなぁ……。
[一言] いつも更新を楽しみに最初期から追いかけています!! 作者さんも色々と外野がうるさくて大変かと思いますが、私のように楽しみにしている人も沢山いると思います!! これからも体調等に気をつけて、執…
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