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039

 上層からは出現する魔物も少なく、私達は直ぐに合流地点へと到達できた。そうして水路の梯子を登り、ジャックたちに合流したは良いが――――


「これは一体どういう了見か?」


 研究所の入り口前で出迎えたのは、武装した兵士の集団だった。


 ジャックが涼しげな表情でそう尋ねると、群が割れて中から鎧を纏う男が出てくる。くすんだ金髪を後ろへと撫で付けた彫りの深い顔は自信に満ち溢れている。余程の実力者か、地位のある人間なのだろう。


「これはこれはオズワルド卿、質問を返すようで恐縮ですが、貴方は研究所をお辞めになったのでは?」


「それとこれになんの関係性があるのかね、エレイン卿」


 言外に「お前をここに入れない為にいんだよ」的なニュアンスを匂わせるエレイン卿と、それを分かっていつつも切り返すジャック――――ジャック・フォン・オズワルド侯爵。


 この国は二院制で、選ばれた上流階級の一部貴族のみが上院――つまり元老院として皇帝と共に(まつりごと)をしている。その家の一つがオズワルド家であり、皇帝派閥のエレイン伯爵家とは反りが合わないらしい。故に邪魔してくる事は想定している、と。


 あくまで今朝、雑談混じりにジャックが漏らしていた言葉だが――予想は的中したようだ。相手は見事にこちらの動きを察知し、こうして入り口で張っていたのだから。


「おや、少し社交界から離れていただけで貴族のマナーまで忘れましたかね?」


「ふむ、そういう事は飼い主の股下から出てきてから物を言うべきだと思うがね。鎖を外しても庭から外に出ない猟犬がいくら吠えようが、私は怖くないぞ?」


「……ッ!」


 ジャックの発言にエレイン卿は少し顔を怒気に染めた。あまり煽り耐性が高く無いのか、それとも二言交わすだけでも喧嘩に発展する程の犬猿の仲なのか。


 ともかく、エレイン卿は剣呑な目つきで此方へと近づき、腰の剣へと手を添えた。


「皇帝陛下からそこにいる女、貴様を捕らえよとの命だ」


「逆らえばどうなる?」


 私がフードの下からやや挑発的な声音で尋ねると、騎士然とした男は更に顔を顰める。


「そんな事をさせると思っているのか? 此処には私だけではない、帝国でも選り優りの俊英部隊がいるのだぞ!」


 エレイン卿はそう言って、何処か仰々しく腕を振って背後を示す。その先に立っているのは、統一された制服ではない、個性的な衣装を身に纏った面々だった。


 左から白い鞘の剣を携えた色男、小柄で中性的な男の魔術師、如何にも筋肉自慢と言った風貌の大男、そして際どい衣装のお姉さん。


「《白剣》のルクエール、《風仙》のリーバ、《壊岩》のゴウリュ《蝶毒》のミーニャ……誰もが二つ名を持ち、一人一人が一個小隊に匹敵する強者だ」


 そう熱弁するエレイン卿に、何処か満更でも無い様子の四名。対して、私の中でも現状で最強と思しきファールは、彼らを路傍の石ほどにも敵視していない。つまり、その程度の相手と言うことだ。レベルを見なくとも、仕草の端々から甘さが滲み出ている。


「成程、稀なる精鋭を集めて頂き、恐悦至極の思いですよ――閣下」


「これだけの戦力だ、私としても使わずに済ませられるのならそれがいい。穏便に、従って貰えるのなら嬉しいが?」


「力づくで捕まえてみたら如何でしょう? やれるものなら、ですけど」


 私がその言葉を言い終える前に、顔を真赤にして目を見開いたエレイン卿が抜剣。流石に大言を口にするだけあって、その動作は淀みない。貴族の中でも相当な武闘派なのだろう。


 ただ、言っても人間の中では"それなりに見れる"程度だ。


「元よりそのつもり――――」


 生意気にも峰を向けて振り下ろされたそれを、手で受ける。剣の腹を指で止め、完全に動きを固定した。よもや振っている最中に素手で邪魔されるとは思いもしなかったのか、その顔が驚愕に彩られる。


「ぐ、お、あぁ!?」


 指先に力を籠めて刀身を砕くと、彼は悲鳴ともつかない声を上げて尻餅をついた。そしてその背後から、先程紹介された四人が襲いかかってくる。


 一番目は《白剣》と呼ばれた()()()()(なにがし)で、細剣を使った刺突を肩目掛けて放ってきた。


「ふぎっ!?」


 彼が構えて剣を前へと突き出す動作をしている間に、剣先を逸れるように体を動かしてその手首を捻る。エクレアさんは間の抜けた声と共に剣を取り落してその場に蹲った。


 後続は巨体のハゲマッチョ。横に回り込んでいたらしく、上背の差を生かして上から両拳を握り合わせて振り下す。


「おごっ!?」


「はい次」


 しかし、悲しいかな速度があまりに足りない。懐へと肉薄して鳩尾を肘で突いてやると、魚のようにぱくぱくと口を開閉させながら崩れ落ちた。


「隙あり! [風刃]!」


「不意打ちで声を出してはいかんよ、青年」


 三人目は魔術師の青年。紡がれた風の刃が此方へ迫るが、私が腕で宙を薙ぐと相殺される。青年は愕然とした表情で膝をついた。


「背中がお留守よ!」


「だから不意打ちで声を出すなと」


 最後は背後に回り込んでいたお姉さんだが、これは恐らく麻痺毒なのだろう。私の周囲に撒き散らされた光る紫色の粉を吸うと、瞬間的に体へと痺れが走った。


「うふふ、幾ら強くても私の毒はトロルもねんねしちゃうくらい強力な――――」


 だが、それだけだ。【操血】で血中の毒素を堰き止めている間に【活性】が解毒し、何の抵抗手段も持たない彼女は首に手刀を食らって昏倒。


 一人頭3秒、都合15秒で戦闘は終了した。


「終わり?」


「そのようですね、では研究所へ入りましょうか」


 ジャックの声に入り口を囲んでいた兵士たちはざわめき、怯えの色を孕んだ空気のまま道を開けた。心做しか私へ向けられる視線には恐怖が宿り、すれ違いざまには小さな悲鳴すら聞こえた。


 これは……()()()()()()()()()()にしてはやり過ぎたかもしれない。


 事前にジャックから「妨害を受けたら、相手を殺さず、出来る限り強さをアピール出来るように立ち回ってください」と言われていた。ゆえにそのように動いたのだが、本当にこれで良かったのだろうか?


 確かに外の人間の尺度で、強いと言われる五人を秒殺すれば相手は私を恐れるだろう。こうして力任せに拘束するのが愚策と分かる。必然的に言葉での説得や交渉に傾かざるを得ない。


「しかしなぁ……」


 後ろの四人はともかく、エレイン伯爵は明らかに()()()()()()()()いた。まるで相手の挑発に乗って思わず手が出たような、勢いでやってしまった状況を演出していたのだ。


 直後の真剣白刃割りは半分本気で驚いていたけど、恐らく私が全員を伸すまで想定内だったろう。その証拠に彼は私に剣を破壊されてから、ただの一言も発さずこの場から消えていた。


 明らかに、何か罠を仕込んだ気配がする。


 とはいえ罠だと私でも気付いたのだから、ジャックは相手の仕込みも予定に組み込んでいる筈だ。彼が相手の一枚上を行っている事を信じるしかない。


 こういう腹芸とか探り合いは苦手なので、全部力で解決出来るならそれがいいし、暴力は全てを解決する。矛盾しているようだが、悪を叩き潰すのに暴力とは最も有効な手段の一つなのだ。


 まあ……人間の内ゲバに関わるとこうなるという事を学べただけでも良しとするか。


「さて、主任は何処でしょうかね?」


 しかして、研究所内に入った私達は、《パンドラ計画》の主任を探すことになった。私が出戻りして来たら勝手に出てくるとは言っていたものの、手持ち無沙汰で突っ立ているのも面白くない。


 さながら社会科見学のように、所内をジャックに案内してもらいつつ奥へと向かう。


 所内は外の町並みと比べても異質で、壁に備え付けられた計器や機械の類はSFじみた空気を感じさせた。なれど、未来的かと言われると審議の程が分かれるだろう。某天空城の出てくる映画の、飛空艇の内部が丁度こんな感じだった気がする。


 道すがらジャックは私が質問するまでもなく、「あれはエネルギーの変換効率を上げる為の実験で」とか「あそこでは新型魔導兵器の開発を」だとかを勝手に話した。


「あれは……」


「下がってろ」


 それから廊下を二つと階段を一つ登った先の広い空間――――体育館程の大きさの部屋――――の中心に佇む異形の姿を目視し、私はソフィアたちを守るように前へと飛び出した。


 絵に描いた人体を水で滲ませたような、粘土細工の人形を歪ませたが如き姿。そこに付随する人ならざる生物の特徴。目と鼻の無い頭部にはまばらに銀の髪が生え、腕の関節の辺りから三本に枝分かれした触手が伸びている。


 まるで低俗なホラー映画に出てくるクリーチャーの如き姿をしたそれは、地下通路でみた肉ダルマとは別の個体なれど――彼らの実験の産物なのだろう。



「ッ!?」


 直後、部屋へと飛び込んだ私と、廊下に立つ三人とを阻むかのように扉が閉まった。


 そして、部屋の二階部分に突き出すように存在する、ガラス張りの空間に白衣を着た男が姿を表す。


 白髪の混じる黒髪を乱雑に後ろで結び、歪んだ笑みを浮かべている。何処か正気を疑わせる顔色の男は、タールのように粘着質な感情を孕んだ瞳で私を見ていた。 


 その目を見ていると、不快感が胃の底からせぐりあげて無性に喉が渇く。あれは自分の思うように事が進んでいる時の顔だ。つまり、私たちは少なくとも今はあの男の掌の上にいるらしい。


『ようこそ――いや、お帰りと言うべきか、私の可愛いサンプルよ』


 男が口を開くと、部屋全体にその声が響き渡った。


 低いしゃがれた声は喜色を隠しきれておらず、まるでこの先の未来が期待に満ちているような――はしゃぐ子供のようだ。


『此処に来る事は当初の予定通りだが……少し準備に手間取っていてね。そこの兄弟と遊んでいてはくれないか?』


「giiiiiii」


 兄弟、と呼ばれた化け物は触手を鞭のようにしならせ、明らかに私に対して敵意を剥き出しにしてこちらへと歩いて来ている。遊ぶ、という雰囲気ではないが、これは彼なりに趣向を凝らしたおもてなしらしい。


『精々良いデータを取らせてくれ』


 彼がそう言って口角を釣り上げたと同時、化け物は腕を振り上げて襲いかかってきた。

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