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038

 朝食を終えた私は、変装したソフィア、ファールと共に活気溢れる帝都二番街の中央通りにやって来ていた。


「おお……」


 目的はこの先にある地下水路。そこから上層へと向かう為、どうしても人目に付く場所を通らなければならないのだと。


 私も今は暗色の外套のフードで顔を隠しており、ソフィアとファールは何やら色鮮やかな模様の入ったお面を付けている。こんな格好をしていたら普通に考えたら目立ちそうなものだが、今の時期に限ってはそうではない。


「凄い人混み……」


「この季節は収穫祭ですからね」


 あちこちに掲げられた看板には"収穫祭"の文字が刻まれ、道行く人々の気分もどこか浮き立っていた。


「帝国の収穫祭では豊穣の神ではなく今代まで国を発展させてきた祖霊たちを祀っているんです」


「ふむ」


 仮面や黒い外套の類も祖霊と同じ格好をする事で、年に一度冥府から帰ってくる彼らを出迎える為のものらしい。お盆やハロウィンと言った風習に似ているのは、やはりここがゲームを元にした世界だからだろう。


 収穫祭自体は明後日からで、明日が前夜祭。街の飾り付けをする市民や、収穫祭を狙った商人たちは皆忙しそうにしていた。お面や串焼きなどを売る露天も立ち並んでおり、あちこちから香ばしい匂いが漂ってくる。


「もう、一人じゃないんだな……」


「何か言いましたか?」


「いや、何でもないさ」


 こうして人々の活気が溢れ、息衝くのを見ると何というか……感慨を覚えずにはいられない。


 結界が何故消滅したのかは分からないが、私は確かに100年後の世界に生きている。老人臭い考え方かも知れないけど、やはり長生きはするものだな。


「ところで、帝都は列車で移動するんだよな?」


「ええ、路面にも環状にも路線が走っていますから」


 帝都は一言で言えば中世に少し近世の要素を混ぜた、ファンタジーと科学技術が融合する都市だ。


 煉瓦屋根の家が連なる大きな通りには路面列車が走り、そこをドレス姿の貴婦人が日傘片手に優雅に歩いている。キャスケットを被った技師の男が階段の半ばで新聞を広げて座り、靴磨きの少年は中産階級らしき労働者の革靴を磨く。


 直に見たことはないが、産業革命が起きたヨーロッパもこんな感じだったのかも知れない。


 そして公共交通機関も存在し、帝都の各区域を行き来する魔導列車でこの二番街から上層の研究所まで行くことが出来るらしいのだが、私達は態々地下水路を通って上層まで向かおうとしていた。


 ジャックらの指名手配されていない組は別行動。列車に乗って研究所へと向かい、現地で落ち合う手筈となっている。


「……私達もジャックたちと一緒に列車に乗って研究所には行けないのか?」


「幾らお祭りとは言え、上層は警備が厳しいですからね。身体検査があったら、指名手配されている私達はそこで捕まってしまいます」


 そんな私の疑問にソフィアは即答し、両手を縛られるジェスチャーをする。


「貴族や、場合によっては皇帝も出入りしますから、厳しいんですよ」


 まあ、確かにお祭りとは言え、変な仮面を着けた人間を皇帝の居住区域に入れるわけないか。と、そんなわけでこうして市街地を歩いているわけだが、約束の時間までまだ少し余裕がある。


 ゆえに私の希望もあって、少し寄り道をしながら目的地へと向かっていた。


「おぉ……」


 屋台の厳しいオヤジが顔に似合わない手付きで溶いた小麦粉を鉄板で焼き、薄く広げたそれに肉や野菜などの具材を乗せて巻いていく。


「あいよ! オーク肉とリーザ菜のクレープ一丁!」


 私はその肉巻きクレープを受け取ると、早速一口頬張った。


「ん!」


 じゅわ、と口の中に肉汁が溢れ、少し辛めのソースも相まってガツンと来る。歯ごたえのある菜っ葉と絡めるとさっぱりとした後味になって、幾らでも食べてしまえそうだ。


 お祭りの屋台で買う食べ物だからか二割増しで美味しく感じる。食事をする必要がない私にとっては、娯楽的な意味合いが強いからかもしれない。


 そうして時折屋台を冷やかしつつも通りを進み、暫くした頃。


「あっ」


 道の先で荷物を抱えた女性が躓くのを見てしまった。その拍子に紙袋から果物が落ちて転がり、周囲の人々は女性避けるようにして歩いていく。それに対して反射的に拾ってあげようと足を前に踏み出した私は、何故か一瞬躊躇ってしまう。


 あの程度人の手を借りず何とか出来る、そう思ってしまった。実際、誰かが助ける必要も無かった気がするが、だからといって足を止める理由にはならない気もする。


 そう考えると途端にじわり、と違和感が染み出す。それは事象と化して視界を滲ませ、眦を指で拭うと――そこには灰色の"泥"が付着していた。


「どうしましたか?」


「……いや、なんでもない」


 慌てて服の袖で泥を拭い、訝しんだソフィアには咄嗟にそう返す。


 ただ、頬に泥がついていただけで、それが目に入って涙が出たのだろう。


 記憶が足りていないから、少しだけ自分の考えに違和感があっただけ。私はそう結論付けると、慌てた様子で落とした荷物を拾う女性を横目に水路を目指した。






 水流が地を震わせる音と共に下方へと落ちていき、複雑に入り組んだ道を進んで何処かへと運ばれていく。涼やかな空気を肌で感じながらも、何処か不気味なその景色に私は小さく息を吐いた。


(でか)すぎんだろ……」


 そんなわけで《エンルーブ水路》へとやって来たわけだが、これがゲームであれば重苦しい音と共に網膜投影か何かで視界にダンジョン名が表示されそうな規模だ。地下水路というよりかは、何かの儀式を行う神殿と言われた方が信じられる。

 

「後々拾えるキーアイテム持って訪れたら通れる隠し通路があって、その先にボスとか配置されてる奴だこれ……」


 何を言っているんだこいつは、と顔に出ているファールに睨まれつつも、私達は上を目指して水路を上っていく。


 上層に行くには幾つか大きな区画を超えなければならず、入り組んだ地形を登ったり降りたりしなければならない。そして地下水路は一応整備されているが、水棲の魔物が何種類か生息している。とは言っても、私とファールがいれば全く問題にはならないが。


「よっ」


 水場から湧いて出たスライムを蹴りで破裂させつつ、高台へとジャンプ。上にいた水風船に脚を八本くっつけたような[リキッド・スパイダー]という魔物も拳で粉砕。


 安全を確保してから下へと合図を送ると、ソフィアを抱えたファールが登ってくる。


「これで今どれくらいだ?」


「半分までもう少しってところでしょうか」


 三十分程進んだので尋ねてみたが、まだ先は遠いらしい。ダンジョンとしては冗長で簡単でも、環境的に余裕があることだけが救いか。これが汚水の臭いが充満する狭苦しい環境だったら、もう少ししんどかっただろう。


「……静かに、何か聞こえる」


 そう思案していた私の耳に、何か聞き慣れぬ音が響いた。


 大きな水風船が撓むような、所謂水ヨーヨーと呼ばれる縁日のアレを弾いたような音だ。それが水路の先から、段々と此方へと近づいて来ている。


 待ち受けるようにソフィアを後ろへ下がらせ、私とファールは前に出た。そうして、数秒の間が空いた後に水路の角から奴は姿を現した。


「んなっ……」


 両方の壁にぶつかる程の巨体を揺らし、此方へと転がって来ている巨大なスライムが。







 ドドド、と擬音が付きそうな勢いで押し寄せる青の波濤に追い付かれまいと走る。


 横には顔を真っ青にしたソフィアを抱えたファールが、背後には無数に分裂した[ブルー・スライム]とその親玉たる[マザー・スライム]が転がり跳ね、時に流されながらも私達を追いかけて来ていた。


「くっ……このままでは追い付かれるぞ!」


 苦しげな表情でそう叫ぶファールに、私は無言で前を見据える。





 ――――いきなりの遭遇戦となったアレと先程まで戦っていた私は、現状では倒すのが不可能だと判断した。


 文字通り壁のように此方へと迫ってくる[マザー・スライム]は、斬ったり叩いたりすると破損した部位を通常の[ブルー・スライム]へと変化させる。


 殴れば殴る程エネミーが増え、囲まれる状況になるのだ。しかもマザーの核を破壊した途端、周囲にいたスライムの一匹が新たな[マザー・スライム]に進化し、死んだ同族を吸収して巨大化した。つまり、あのスライムを全て倒さない限り、永遠にマザーは復活し続ける。


 普通この手のエネミーって、本体を倒せば終わりっていうお約束なのでは……?


 そんなわけで、如何に私とファールの戦闘力が高いとは言え、非戦闘員のソフィアが無傷のままあれを全て倒すのは少し厳しい。何せ二人共魔法や広範囲に効果のあるWSが使えないので、面での制圧力が皆無なのだ。


「ったく、何で魔法覚えてないんだよお前!」


「わ……俺は重剣士だから仕方ない……と言うか、あんたこそ範囲系WSが一つもないのはおかしいでしょ!?」


「お、お二人とも喧嘩している場合じゃ……」


 クールな面が剥がれて声を張り上げるファールはソフィアに宥められ、続く言葉を何とか飲み込んだらしい。口元を襟で隠して鼻を鳴らすと、私から視線を逸らした。


「……で、これをどうする?」


「どこかで撒くしかない。ソフィア、この通路よりも高い段差は無いか?」


「こっ、この先の上層に繋がる区画に更に最下層へと続く穴があります! そこなら、スライムも登ってこれないかと!」


 重畳、その情報だけで万事解決だ。


 足を踏み出す度に水飛沫を跳ねさせる水路の角を曲がり、その先にある人口の滝を目視する。そこへと一直線に走り込み、背後にスライムたちが付いて来ている事を確認。


 しかして横を走るファールの襟を掴んで、


「行くぞっ!」


「おい、待てまさか―――」


 そのまま滝へと跳んだ。


Geronimo(ジェロニモ)ooo!!」


「ひ、ひゃあああああっ!?!?」


「お、おおお、おおっ!?」


 空中へ投げ出される体、一瞬感じる浮遊感。直後に重力という絶対の法則に、下方へと体が押しのけられる。それと同時に[剣豪]のスキル[空渡]を発動、何もない筈の宙で私は足を踏み込んだ。


「うっ!?」


 一歩、マットに足が沈むこむような感覚がして、若干落下しつつも速度が落ちた。その間にもスライムたちは止まる事を知らず、最下層へと大口を開けた穴へと投身し続けている。


 そして二歩目で体が上昇し、三歩目を後ろ歩きの要領で踏み込み、元いた場所へと降り立った。


「……やるならやると言ってくれ」


「し、心臓が、止まるかと」


 巻き込まれた二人は気が気でないようだったが、目論見通りスライムはマザーも含めて最下層へ落下。これで後顧の憂いを断ったというもの、心置きなく上層へと上ることが出来る。







【TIPS】


[空渡]


剣豪の扱う歩法の一つ

空気を蹴り、数歩だけ宙を歩く


剣の祖であるテイルロードは

空を自在に飛ぶ邪竜の首を断つ為に

その術を編み出したと言われる


人の身なれば踏めるのはほんの数歩ではあるが

剣の達人はうそぶいた


「たった一歩で、誰の首を刎ねるのにも事足りるのだ」と


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