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037

 柔らかな光が瞼へと差し、すこし肌寒い風が肩口を抜けていく。


「ん……」


 思わずシーツを手繰り寄せて頭まで被るが、それでも一度覚醒した意識は段々と微睡みから私を引き上げた。石鹸の匂いのする枕に頭を埋めながら猫のように伸びをして、ゆっくりとマットの上に上体を起こす。


「ん゛ぅぅ~~~……あぁぁぁ~~……」


 ベッドの横にある窓から見せる外は既に明るく、癖で開いたインターフェースには8時50分の時刻表記。眠らなくても死なない身としてはかなりの寝坊だ。


「やはり、100ねんのねむりの、へいがいか……」


 寝起きで少し掠れた声でそう呟きベッドから降り、備え付けの洗面台の蛇口を捻る。


 『魔晶石という魔力を伝導する石へ水の運搬と濾過を意味する術式を刻んだ』とかいう謎技術でジャバジャバ水が出るが、正直この辺りのフレーバー要素が現実になっても私に理解する脳みそはない。


 要はAAが現実になって魔法にも理論が生まれたということ。ゲームだと魔導書を読むと即座に魔法を覚えられたのも、普通に勉強しないと使えない技術に変化している。まあ、なんか科学とは違う方面の技術だと思っていればいい。多分。


 とにかく歯を磨いて顔を洗うと、丁度扉をノックする音が聞こえた。


「はーい、起きてまーす」


 そう答えて鍵と扉を開けた先に立っていたのは、ソフィアさんと剣を提げた男性二人――恐らく雇われた護衛だろう。が、なぜかソフィアさんは私の姿を見て硬直。後ろの護衛たちは顔を赤くして目を逸らしている。これは一体何事だろうか。


「ふ、フラン様、殿方のいる前でその格好は少々……というかあなた達も早く後ろを向きなさい!」


「うぁ……!」


 そこで、彼女の視線が顔ではなく服に行っているのを見て、私は改めて自分の格好を確認した。そういえば結構薄手のキャミソールとセクシーランジェリーでしたね、はい。


 途端に顔が熱くなって慌てて扉を閉める。普通に恥ずかしいのもあるけど、私の下着姿に赤面しながらもチラ見してくるあの二人の態度が……そ、そういう対象としてみ、見られているという実感をでででで……ですね、その、あの、はい。


「ふぇぇ……」


 こんなことで自分の女を自覚するの、いやだぁ……!


 くそっ! この下着用意した奴絶対許さんからな! 朝イチで恥掻かせやがって、痴女と思われたかも知れんやんけ! 絶許だ、起訴も視野に入れて報復してやる!







 2秒でお着替えを終えて改めて扉を開くと、何処か怖い笑顔のソフィアさんが出迎えた。その後ろではホッとしつつも何処か残念そうな男衆、ラッキースケベは早々起こらんのだよ……もう二度と起こす気はないけど。


「200年前の人……吸血鬼というのは、下着姿で人前に出るのが当たり前なのでしょうか?」


「……いえ」


「では、今後このようなことがないように。男は獣ですので、無闇に肌を晒すのは危険です」


「……はい」


 ……結構ガチめのお説教を食らったので。


 しかして、ソフィアさんに怒られつつもリビングへと向かうと、既に主要な面々は起きて朝食を食べていた。因みに此処にいる六人と、後は姿を見せないファールも合わせてアジトには十人程が詰めている。


「おや、これはフラン殿。よく眠れましたか?」


「お陰さまで、久しぶりにベッドで眠れたよ」


 そう笑顔で挨拶を交わしたのは、黒縁の眼鏡が印象的な線の細いジャックという男。彼は《パンドラ計画》が軍事的な利用へと傾いたのを切っ掛けに上司へと直訴した結果クビになり、どうにか計画を阻止すべく反対派の派閥を立ち上げた実質的な主導者だ。


 研究所ではそれなりの地位にいたようで、《エーテル》を《魔力》へと変換する技術を考案したのも彼らしい。立ち位置としては『《エーテル》の平和的利用はしたいが、軍事転用はしたくない』といったところ。


「そう言えば昨日の話でも言いましたが、その体を調べさせて頂くのは――」


「まだ保留、それと体を調べるって言うのなんか嫌だからやめてくれる……?」


 まあ、典型的なルグリアソウルを持ちつつも、一定のラインは弁えている類の人間だ。これでルグリア人の中では比較的まともと言えるのは、果たして良いことなんだろうか?


 そして私の体に巡る《エーテル》――つまりは神の力を調べたがり、こうして隙あらばその催促をしてくる。いや、確かに私も知りたい事ではあるんだけど、彼に任せた場合……色々と危険な気がするんだよね……。


「それで、今後の動向は?」


「そうですね、貴女が目覚めたというのなら少し順序を飛ばそうかと」


 私の問いにそう答えたジャックは、紅茶を啜りながら灰色の紙束を持ち上げる。俗に新聞紙と呼ばれるそれの紙面には、破壊されて炎上する研究施設らしき建物の写真が載せられていた。


 この世界に印刷や写真の技術があるのは一先ずとして、その記事には『帝都中央研究所襲撃! 死傷者多数、犯行は同研究所職員か?』と書かれていた。


「デマか」


「ええ、徹底的に此方側を悪者にしたいようで」


「そうですよっ! 私に人を殺せる度胸なんてあるわけないじゃないですか!いや、でもちょっと、建物を爆発させたりはしましたけど……」


「???」


 何か物騒な発言が聞こえたが、とにかく相手は反対派を潰す方針らしい。


 まあ、国家権力に逆らった順当な末路ではある。この場合、人道的に正しいかどうかではなく、国という大きなコミュニティの中で定められたルールに反している方が悪なのだ。そして相手は国の頂点、そこから私の心臓を窃盗して来たのだから当然犯罪者――というわけである。


 私はソフィアさんに恩があるからこうして今この場に座っているが、よく考えたら内ゲバなんだよね。極端な話、『戦争兵器造りたい派』と『造りたくない派』の争いなんだし。


「で、順序を飛ばすとは具体的に何をするつもりなんだ?」


「皇帝を交渉の席に引き摺り出そうかと思ってします。貴女というカードを持つ此方の言い分を、相手はある程度聞かなければならない立場にありますから」


「あー……ね、はいはい」


 どうやらジャックは私を交渉の材料にして、皇帝へと直談判をするつもりらしい。少数であれど、こうしてオリジナルを手元に持つ彼らの発言力は小さくない。今の私はただの心臓ではなく、思考する知的生命体なのだから。


「貴女を蘇らせた対価であれば、これくらいの協力はしてくれますかね?」


「……まあ、いいけどさ」


「逆に言えばこれで貸し借りはゼロ。交渉の後、またフラットな関係から良好な仲を築いて行きたいと思っているんですよ、僕は」


 そう言ったものの、ジャックはまだ何か隠していそうな笑顔を浮かべている。察してもらって構わない、とも言いたげだった。


 実際、交渉の席で彼が皇帝に何を上申するかは知らないが、絶対にある程度私を縛る約束をすることは間違いない。それも恐らく私に便宜を図っていると思わせる絶妙なラインで、双方に――実際はあちらの方が利が多い条件でだ。


 最初から対等な関係などは、この場限りの方便だろう。勿論私の機嫌を損ねるのが一番のタブーであると理解している以上、力づくで縛ってくることはない。


「それでは、よろしくお願いしますよ。フラン殿」


 かくして貼り付けたような笑みを浮かべて手を差し出して来たジャックと、私はなんとも言えない表情で握手を交わしたのだった。








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[帝都日報]


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庶民向けと貴族向けの二種があり

素早く、正しく、公平にがモットーの

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なれど、その会社も社員も見たものは誰もいない

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