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035

 男は縦のみならず、横幅も広いその剣をまるで自らの手足のように動かした。


 下段から縦に切り上げを放ち、それを後ろへ身を引いて躱すと直ぐに次の一撃が飛んでくる。返す太刀で振るわれた袈裟斬りを、二刀を交差させることで弾き返す。


「ッ!」


 万歳の体勢になった胴へと蹴りを放てば、膝で止められる。逆袈裟に振り上げれば、剣の鍔に弾かれる。相手が振るう攻撃も、私が放つ攻撃のどちらもが有効打にはなり得ない。


 まるで、型の決まった演舞でも踊っているかのようだ。


「甘い……!」


 肩に向けて突きを放った私に対し、相手は踏み込みながら体を回転させ、剣を横薙ぎに叩きつけてきた。それを後方へ宙返りして回避。相手も回避先を読んでいたのか、大きく踏み込んで剣を振り下ろす。


「らあっ!」


 刀身で滑らせるように斬撃の軌道を逸らし、[重撃]を発動。剣が淡く光り、相手はそれを見て咄嗟に剣を盾にした。


「ぐっ――――」


 甲高い金属音を奏でて二者の刃がぶつかる。なれど、スキルで嵩増しされた威力(ダメージ)を受け止めきれずに黒衣の男が吹き飛ばされた。


 ただ、そこから転がりつつも受け身を取って、即座に立ち上がるのは流石としか言いようがない。普通なら壁までぶつかって気絶ルートか、そうでなくともあの勢いの中で体勢を立て直すのは曲芸レベルだ。


「何で襲ってきたのか知らないけど、やるな」


「……やはり記憶が……いや、人違いか?」


「何?」


「独り言だ」


 実はまともな対人戦が初めて、ということもあってかなりSTRを抑えて戦っていたのだが――これならもう少し力んでも大丈夫だろう。


 技術という面で言えば相手も私に匹敵する物を持っている。こちらのDEFの兼ね合いから、油断すれば普通に一本取られかねない。それはそれで楽しそうだけど、負け癖は付くと面倒だ。


「連敗は流石に避けたいんだよねっ!」


 神とのアレを負けと言っていいのかはわからんけど。


「戯言を……!」


 振り回される剣を避け、刃を流し、突きを弾く。かなりの速度でアクロバティックな動きを見せる相手に対し、私は常に受け身で立ち回る。


「そこだっ!」


 飛び込み切りを跳んで避け、その先にあった壁を蹴って頭上を取った。そこからさながら独楽の如く体を捻って勢いを付け、その剣へと刃を叩きつける。


「ぐおっ………!?」


 男は腰を落として受け止めたが、その衝撃に地面が耐えきれず砕けた。


 飛び散る瓦礫と沈むこむ膝。受け止めきるのは不可能と判断したか、彼は自ら衝撃の方向へ飛ぶ。そうしてかなりの勢いで滑空しながらも壁に足を着け、水平に立っているような体勢に。


「ライアット・ブレイク!」


 そしてWS[ライアット・ブレイク]を発動して、壁を足場に此方へ帰ってきた。が、一々受け止めてやる必要もなし。


「くっ……避けられたか!」


 空中にいる時点で軌道は決まっているので、少し横へとそれるだけでいい。


 緋色の光を纏うそれは武器破壊効果のあるWSで、攻撃範囲の広いあの大剣とは相性がいいのだろう。普通に受け止めていれば、剣が一本駄目になっていたところだ。


 いやぁ、なんだか段々と楽しくなって来てしまったぞ。今まで魔物ばっか相手にして来たが、人相手は読み合いやフェイントも使う辺りが新鮮でいい。特に《心剣流》は対人と対魔物の両方を兼ね備えて――――


「……ッ!?」


 ズキリ、と頭に痛みが走った。


 《心剣流》は私が習った剣術の流派だが、一体それは『誰』に教わったんだ……?


 あの場所、赤茶けた地獄の大地で私は一人――いや、一人だったか? 他にも何か、私の傍にはいつも誰かがいたような気がする。いや、私はあそこを一人で生き抜いたはずだ。あそこには生きている人なんて誰もいなかった。


「!」


 頭を押さえる私を訝しみながらも、黒衣の男は攻撃を止めない。


 横薙ぎの一撃を避け、返す太刀の逆袈裟を剣で弾く。剣戟は止まず、何度も金属同士のぶつかる音が夜に響き渡る。


 余計なことを考えずに済むこの時間は、心地よかった。


 しかしまた、終わらせなければならない時間でもあった。


「今度は私から……行くぞ!」


「なっ――――」


 [重撃][追撃][連撃]の三種のバフを用い、力強く地面を踏み込む。それだけで大地が剥がれ、振り抜いた剣が男の翳した刀身にぶつかって体を後ろへと押し込んだ。


 先程までとは違うガンッ、と鈍い音が連続して鳴る。男は何とか軌道に剣を置く事で、私の攻撃を受け止めている。なれど確実に、着実にその足は後ろへと下がり、一歩ずつ私に追い詰められていた。


「ぐっ、なっ、まさか、先程までは本気では――――」


「あったらもうこの世にはいない」


「……ッ!」


 その一言で男の顔が強張り、背中が壁へとぶつかる。逃げ場のない状況に追い込み、大剣を持つ腕の袖を剣先で縫い付ける。もう一方の剣は首筋へと当て、詰みであることを宣告。


「やはり……やっぱり、そうとしか思えない……が、俺の負けだ」


 それを理解してか、黒衣の男は何処か苦しげな面持ちで敗北を宣言した。







 互いに矛を収めた直後、離れて見ていた二人が慌てた様子で戻ってくる。


「な、なんだったよ今のは!?」


「それは私が聞きたい」


 私、急に襲ってきたのを迎撃しただけだし。恨みを買った覚えどころか、この世界で言葉の通じる知り合いなんて一人くらいしかいない……あれ? ああ、神様だ、神様。あれを知り合いと言っていいのかはわからないけど。


 つまり、初対面の人間に攻撃される理由など、これっぽっちも無いはずなんだがねぇ。


「……人違いだった」


「えぇ……」


 黒衣の男の一言に、私は半目になってため息をつく。


「すまない、よく確認もせずに襲った事は謝罪しよう。だが、先程ので決着が着いたなどとは――」


「いや、私の完全勝利でしょ」


「俺はまだ本気を出していない……!」


 こいつさては負けず嫌いだな? 私も大概そうだが……関係ない話をするのは後にしよう。別にどちらが強いとか勝った負けたとかはいい。


「どうやら再生にミスがあった」


「えっ……?」


「特定の事柄に関する記憶が所々抜け落ちている」


 そう、明らかに私は部分的な記憶障害に陥っている。


 前後の記憶から勝手に補填されているが、先程から感じている違和感はその程度で拭えるようなものじゃない。何か私にとって決定的な記憶が欠落しているのだ。

 

 アイデンティティの喪失とまでは行かないが、行動や思考の理由が度々わからなくなる。何故、私は助ける者の声に強く反応するのか、何か理由があるはずだったそれが――分からない。


「そうですか……十分な設備なしではやはり……」


 告げられた言葉にソフィアは成程と頷き、なぜか黒衣の男……えっと名前なんだっけ?


「あのぅ……」


「ファールだ」


「アッハイ」


 ファールも納得気な顔をしている。


 唯一、ルークだけが『えっどういうこと』みたいな顔で私を見ているが、別に分からなくても支障はない。


「研究所の設備さえ使えれば、《エーテル》粒子から記憶に関する情報を再構築――――欠けた記憶の活性は可能ですが……」


「敵の本陣に乗り込む事になるだろ、そりゃ! 無茶だぜ!?」


「いや、そんな事は無いと思う」


「「えっ」」


「えっ?」


 それに色々と問題はあるだろうが、記憶を取り戻す手段があるというだけでも十分だ。




「と、取り敢えず協力者のアジトでも同様の装置を開発していますので、まずはそこへ」


 が、取り敢えず彼らの安全が第一なので、その協力者の元までは同行する。目覚めたばかりで情報が足りないし、あとはお腹も空いた。少しだけ新鮮な人間の血を貰えるか、ソフィア辺りに聞いておこう。








【TIPS】


[ウェポンスキル]


広く武技と呼ばれる技能の別称


練達の神ソーンに祈りを捧げる事で技能を見出し

修練を重ねてその鋭さを磨いていく


運命神アソーティカとの誓約を交わせば

クラスを変更することができ

使用、取得できる技能も変化する

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