034 Chapter4.四位、あるいは5番目
倒れ伏して光の粒子と消える《グラキニオス》を横目に、地下通路から地上へと戻る。遠目に此方を観察していた、あれをここまで連れてきたらしき集団も慌てて逃げ帰っており、倉庫の中には三人だけとなった――――
「――――つまり、結界の解けたイルウェトから回収された私の心臓を使ってアレコレして? 権力者が暴走しかけてたから盗み出して来た、と?」
「はい」
あれから1時間と少し、ソフィア・クレイシアスから諸々の話を聞いた私は頭を抱える羽目になった。
なんか知らん間に私の心臓でエネルギー問題解決されてたし、明らかにマッドな研究で生命倫理に抵触しそうなことやられてた。ゲームやアニメで良くある、古代生物の細胞を培養して最強の人間兵器を生み出す――的なアレだ。
まさか自分がやられるとは思わなかったが、確か私は《悪神トロン》本人と思しきクソッタレに殺された筈である。それがなにゆえ心臓のまま100年も生きてたのか分からない。
ソフィアさんは神の力――《エーテル》というエネルギーが、私の生命活動を辛うじて支えていたとは言っている。そのエネルギーの元は可能性としては恐らく、《剣神テイルロード》の加護か……あのシステムに関わる上位存在か……。
ともかく私は100年後の世界にいきなりやって来て、そして――
「えっ、ルグリア? ここルグリアなの?」
「そうです」
とんでもない事実を知ってしまった。
私の知るルグリアといえば、研究者気質な民族で確かに高い技術力を持ってはいたが、単なる小さな集落でしかなかった。その土地に根付く古い民の末裔であり、本来なら帝国を作れる程の人口はいない。
本来なら、だが。
そもそもゲームでは、イルウェトに巨大な結界が張られていたなんて設定は無かった。設定資料の情報のみで言えば、『荒廃した土地で、滅びた国の内部では強大な魔物が跋扈している』というテキストがあるだけ。
つまり、結界とはこの世界でのみ発生した物で、本来ならば内部にいた魔物によって旧ルグリア帝国は滅びていたのではないだろうか?その生き残りがゲーム中に出てくるルグリア人で、この世界では結界によって魔物が外に出てこなかったお陰で滅びずに繁栄に成功している。
そう考えると色々な辻褄が合うし、少数の集団であっても頭のおかしい技術者であった彼らなら恐らく国を築く程度わけないだろう。さっきのマッド・サイエンティスト的な研究も、それで納得が行く。AAでこういう事するの、大体ルグリア人だからね。
ルグリア人は古代文明の研究に生涯を捧げ、一部とは言えその技術を再現するようなハイスペックヒューマンだ。古代機構と呼ばれる現行最強装備シリーズも彼らの発明だし、割と諸悪の根源だったりもする。
大体一連の流れとして『面白そうなので滅びた古代生物を復活させました!』『強すぎて他の生物が絶滅させられました!』『このままだと大陸が滅びるので倒してください!(クエスト発生)』という、まあ……恐竜を復元させてテーマパーク作ろうとする連中とやってることはほぼ同じだ。
奴ら絶滅した生物を蘇らせられる技術力持ちつつ、自己抑制力が三歳児並だからな。
邪悪とは言い難いが、まあ……とにかくやらかす。プレイヤーは毎度その尻拭いをさせられ、一部からは『ルグカス』『新大陸のヤベー奴』と呼ばれて親しまれている。……ほんと?
まあ、その技術力のお陰で私は復活できたわけであり、本来ならば感謝すべきところなのだが。
「人の心臓エネルギー炉にするって、頭おかしいよ……」
現在、この帝都で使われているエネルギーの四割は、私の細胞から複製した《心核》なる物から賄われているらしい。いや、マジで倫理観どうなってんの?
「下手をすればパン……フランさんも兵器として扱われていた可能性もありました」
「うん、なんか容易に想像つくのが嫌だ……」
ルグリア人の中では珍しくまともなソフィアさんの言葉に私は遠い目をする。自分と違う時代の人だから、人体兵器として扱っていいとか本気で思ってんだろうな。分かる、私の知ってるルグリア人はそういう事をする人種だから。
「というか……私のせいで色々と迷惑を掛けたみたいで、すいません」
「えっ、いや……そんな、此方こそこんな事になるまで放っておいて申し訳ありませんでした……」
私が頭を下げると、ソフィアさんも慌ててペコペコと顔を上下に振る。
なんか普通にいい人だなソフィアさん。私の知ってるルグリア人だと謝罪に合わせて「それはそれとしてその体弄くり回してもいいかな?」くらいは要求してくるぞ、そういう人種だから。でも有能過ぎて、連中がいないと最強装備を作れないというジレンマ。
いや、でもこの世界のルグリア人も《古代機構》を作れるのか? なんなら滅ぼした方が人類の為なのでは……? ゲーム本編の時間軸に突入したから補正込みで絶対何かやらかすぞ………………もうやらかしてたわ。
「で、あの用心棒はまだなのか?」
「用心棒?」
ルークの言葉に、一人悩ましげに思案していた私は首を傾げる。
「あ、はい。私が雇ったんです。けれど、途中で帝国兵に挟み撃ちにされた時、足止めする為に分かれてしまって……」
なるほど、当然だが一人で逃げ切るのはリスクが高い。腕の立つ用心棒を雇うのは当然だろう。此処に来るまでにも追われていたようだし、見たところルークは戦闘を生業にする類の人間ではない。三人目の同行者がいたわけだが、はぐれてしまった……と。
それにしても、挟み撃ちということはそれなりの数がいただろうに――たった一人で足止めとは。
「相当強いんだな」
「ああ、凄かったぜ」
ルークは何処か、その人物に憧れを感じさせるような顔つきでそう言った。目の奥には熱が帯び、心做しか声音も少し高く聞こえる。
その顔を見ると彼も男なのだろうと、つい思ってしまう。私は――うん、女になってしまったけど、強い人に憧れるのは男としては普通のことだ。それにこの世界は強さの上限が、地球よりもうんと高い。高みが手の届かない場所にあればあるほど、人は憧憬という感情を懐きやすくなる。
「お、来たぞ!」
そして噂をすれば影、ルークが嬉しそうに声を上げて立ち上がった。
その視線の先には、此方へと走ってくる黒髪の男が一人。襟が口元を隠すほど長く、代わりに左の袖が無い――ファンタジーにありがちな構造の良く分からない服を着て、手甲を嵌めた右手に身の丈程もある特大剣を持っている。
「……ッ」
それを見た途端――私の思考にノイズが走り、何かの映像がフラッシュバックする。
これは既視感と嫌な予感、そして前方からひしひしと向けられる戦意? 何故か分からないが、私は無意識に立ち上がって二人から距離をとった。
「二人共遠くへ、なにか……様子が変だ」
ルークたちは私の様子に何か感じ取ったのか、大人しく倉庫の外へと退避する。それを見て、私は改めて用心棒の男へと視線を戻すが――思考が淀む。
目覚めたばかりだからか、記憶に混濁がある。まるで虫食いのように、忘れてしまった何かがあるような気がしてならない。あれ、そう言えばいつもこういう時、後ろに誰かいたような――――
「うっ……!?」
頭に鋭い痛みが走って、足元がふらつく。駄目だ、絶対に何か忘れているはずなのに思い出せない。
黒い影、大剣、剣……? そうだ、剣だ、私は剣を使う。
インベントリにあった[鉄の剣]を二本装備し、腰に現れたそれを即座に抜いた。手に伝わる柄の感触は何処か懐かしく、少しだけ違和感が拭えたような気がする。しかし、まだ何か足りない。
まるで至らぬ何かを抱えたような、欲しいと思っていた物とは違う玩具を買い与えられた子供のような、そんなよく分からない感覚がした。
「やっと見つけたぞ……!」
「何を――――」
目前まで迫った男がそう言って地面を蹴り、更に速度を増した状態で剣を振り上げ――私へと叩きつけた。それを咄嗟に右の剣で弾くと、夜闇に火花が散る。大剣の勢いに押された私の体が後退り、靴の踵でブレーキを掛ける。
初撃を弾かれたことでか相手も立ち止まり、私に剣の切っ先を向けた。
「決着を着けようか、四位」
「……四位?」
そうして、何故攻撃されたのか分かっていない私と、黒衣の大剣使いとの戦いが始まった。
【TIPS】
[グレートソード]
特大剣と呼ばれる、身の丈を超える巨大な剣
扱うには尋常ではない膂力を要し
使用者自身がその重量に飲まれない必要がある
この剣を十全に振り回せるのであれば
どのような相手であっても重厚な刃で叩き潰す事が叶うであろう