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032

 ファールの築いた道から包囲網を突破したルークとソフィアは、通路の突き当りを目指して走っていた。追っ手がいないか時折背後を確認しつつ、それでも足は全力で前に動かす。


 二人分の息遣いだけが空気を震わせ、定期的に明滅する壁の灯りだけが彼らを照らしていた。一体あそこからどれだけの時間を走ったか分からない。気付けば視界の先には通行止めを示す巨大な門が現れ、その隣――壁面には地上へと繋がるであろう梯子があった。


「あれだ!」


 そう叫んだルークが、一目散に梯子へと駆け寄った。


 鉄製の梯子の先には、下から押し上げるタイプの落とし戸が見える。それを確認し、ルークは直ぐにその手すりを掴んで登ろうとしたが――なにかに気付くと動きを止めた。


「……?」


 まるで微かな声に耳を澄ませるように、訝しく眉を顰めて宙を睨む。それはソフィアも同じく、彼女は徐に通路の脇にある水溜りを見ていた。


「……揺れてる?」


 何秒かおきに水に波紋が生まれ、そして足裏から振動が伝っている。何が原因か分からないそれは、段々と大きくなり――はっきりと聞こえるほどに音も鳴りはじめた。


 ルークが感じ取った音は大きくなって分かったが、何かが歩くような音だった。


「なあ、そう言えば奴さん、こっちから来てたよな……?」


「そう言えば……」


 帝国兵は、方向的に言えば此方側からやって来ている。それが果たして、なんの妨害もなく出口へと続く梯子を登らせるのだろうか?ルークの脳裏にそんな疑問が湧いて出る。


「つまり、これって――」


 一度顔を見合わせ、上を見上げる二人。


 ズン、ズン、と既に耳朶を震わせる程強くなった揺れは、どうやら頭上から来ているらしい。まるで、何処かからここへと近づいてきているかのように……。


 嫌な予感に顔を引き攣らせるルークと、声を失って目を見開くソフィア。


「まさか――――」


 しかして、ルークが咄嗟に梯子から離れてソフィアの方へと駆け出した直後、


「なっ……んてこったよぉ!!」


 凄まじい轟音を奏でて通路の天井が抜けた。


 瓦礫を撒き散らし、土煙を上げて上から何かが落ちて来たのだ。尚、ルークは間一髪の所でヘッドスライディングが間に合い、崩落には巻き込まれる事は無かった。


 しかし、天井が落ちた事で星明かりが差したその煙の中に何かが蠢く。下手したら五メートルはあろうかと言う、巨大な何かが地響きを伴って不明瞭な空間から姿を現した。


「ば、けもの……」


 それは人の姿をした怪物、と称するべき存在だ。


 二足歩行で歩いてはいるものの、その四肢は筋肉で膨れ上がり、手は甲殻類の鋏のような物に置き換わっている。全高は先程述べた通りで、いうなれば巨大な――肉の塊と形容するしかなかった。


「Uwooooooo!!!」


 咆哮する顔には黒目の無い瞳が二つと八目鰻を連想させる口があるだけで、鼻や耳や髪の毛と言った要素は皆無。青褪め、血管の浮き上がった皮膚にも体毛は一切生えていない。そして、その首には巨大な枷が嵌められている。


「これ、これ……どうすんだよっ!? やばいって!」


 突然の襲撃者にパニックになったルークがソフィアを見るが、彼女も青を通り越して蒼白になった顔で化け物を見上げていた。


「あれ、は……どうしてここに!? 廃棄されたはずでは……!?」


「どういうことだよ! あんた、あの化け物について何か知ってんのか!?」


 明らかに既知、という声音のソフィアに、ルークが詰め寄る。


「あれは《パンドラ計画》の内の一つ、人造神性存在創造の過程で作られた怪物(クリーチャー)――《グラキニオス》」


「人造神性って……いや今はそうじゃない。あれは、帝国が作った化け物ってことでいいんだな!?」


「ええ、《パンドラ》の中にある神の因子を利用して作った、二番目の実験体です。高い再生力と膂力を得た代わりに、著しい知性と理性の欠落があった失敗作ですが……」


 つまり、あれはこの場に置いて途轍もない脅威だ。と、言外のその意味をルークは理解して――すぐに《グラキニオス》へと向き直る。


 そして、腰に提げたホルスターの留め具を外し、小型の魔導拳銃を二丁抜いた。


「早くそれ持って逃げろ! 俺が時間を稼ぐ!」


「ですが、一人であれの相手など――」


「いいから早く! それは大事な物なんだろ!? だったら俺に構うな、あんたにはやるべきことがある!」


 ソフィアの反論はルークの二の句に遮られ、彼女は少し迷う素振りをした後に梯子へと駆け出した。それを横目に、ルークは何処かヤケになったような笑みを浮かべて見送る。


「さて……バケモノだかなんだか知らないが、俺からすればデカい的には違いない」


 ルークという男は小市民ではあるが、根底にあるのは善性だ。


 人間として普通の感性を持って、人並みに死に対して恐怖もする。理不尽があれば怒るし、誰かに対して負の感情を抱くことだってある。なれど、それでも目の前に困っている人がいれば、手を差し伸べずにはいられない。


「二番街地下射撃大会ベスト8様がお相手してやる……!」


 震える足をなんとか律し、両手に構えた二丁拳銃の銃口を《グラキニオス》へと向ける。


「GuoooooooO!」


 文字通り地を揺らす咆哮に竦んだ心で、涙目を浮かべながらも注意を引くために引き金を引いた。撃鉄の代わりに成立した魔導回路が銃弾を発射。直径10ミリを超える大口径のそれが、青褪めた皮膚へと放たれ――弾いた。


「……ッ、冗談だろ!?」


 普通の人間ならば骨まで粉砕して然るべき威力の銃撃が、皮膚すら貫通せずに弾かれた。なれどその光景に叫ぶルークは、尚も装填された銃弾を撃ち続ける。


 端から倒そうなんて気はないし、ソフィアが逃げる時間さえ作れればよかった。


「こっちだ肉だるま!」


 発砲しつつ梯子とは逆の方向へ走り、《グラキニオス》の敵視を受ける。ルークの目論見通り、その巨体は――――痛みを感じた様子はないものの――――攻撃をしたルークを狙って動き出した。


 怪物は俊敏ではないものの、明らかに体格とは不釣り合いな速度で自身を攻撃した小蝿へと狙いをつける。そうして徐に右腕を振り上げ――そのままただ真っ直ぐに地面へと叩きつけた。


「うおおぉぉっ!?」


 たったそれだけに地面が割れ、何とか避けたルークも立っていられずに尻餅を着く。


「おいおい反則だろっ……!」


「Gyaaaooooo!!」


 次いでもう一方の手を振り上げているのを見て、慌てて立ち上がると腕の射程範囲外へと飛び込んだ。再び激震が走り、怪物は衝動に任せて咆哮を上げる。


 ルークはその隙に瓦礫の後ろへと隠れ、魔導拳銃――リボルバータイプの弾倉(シリンダー)に弾を込め直す。普段護身用に身に着けているこの拳銃の弾は元々入っていた六発と、予備のスピードローダーが二つ、バラも合わせれば四十八発。


 今しがた十二発消費しきったので、ルークが攻撃出来るのはあと三十六発だ。


「ああ畜生、もっと真面目に練習しとくんだった……」


 ただの整備技師たるルークのレベルは今――――義務付けられた年に一度の診断で確認した――――8である。クラスは[機工士(メカニック)]というある意味では特殊な物だが、戦闘に有利なスキルは一切取っていない。


 戦闘を主に行う仕事に就かなくてもある程度レベルを上げる人間が多い中で、それをしてこなかった事をルークは今更ながらに悔いていた。


「おわっ!?」


 その後悔の最中――まるで机の上の邪魔な物を退けるかのように、《グラキニオス》が瓦礫を薙ぎ払う。ルークの体は吹き飛ばされ、転がりながらも辛うじて直撃を避けた。


 急いで立ち上がり、その合間に二発。腕を引いてパンチの構えに入ったのを見て、慌てて撃つのを止めて逃げ回る。


 しかし、そんな立ち回りはいつまでも続かない。これまでは運良く避け続けられていたが、そもそも質量の差からして絶望的である。少し逃げ先を誤れば――――


「ぐ―――」


 その手の甲がルークの体を弾き、壁へと叩きつけた。


 背中に強い衝撃を受けて横隔膜が麻痺し、呼吸ができなくなる。脳も揺れ、頭部からは赤い鮮血が滴る。意識が朦朧とし、ルークは立ち上がる事が出来ずに倒れ伏した。


「くそ……いてぇ……」


 ぼやける視界の先では、追撃を与えようと《グラキニオス》が拳を振り上げている。ただ、それを見てもルークに立ち上がるだけの力は残されていなかった。








【TIPS】


[魔導双銃]


帝国で製造されている二丁で一組の拳銃


極北の源流を汲んだそれは通常の小銃とは異なる弾丸を使用しており

薄い鉄板であれば容易に貫ける威力を持つ


なればこそ、努々その使い道を誤らぬよう気をつける必要がある

極北の工房は魔を狩る為に、人の手に依らない力を生み出したのだから


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。今回の更新の敵で心臓はミスリードで主人公のではない可能性も? 読み返したら心とは書いてあっても心臓とは書いてなかったのね……
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