031
人の身の丈程もある大剣を軽々と振り回し、その先にいた《硝喰らい》の体がくの字に拉げる。ファールはその勢いのまま、斜め回転のサマーソルトを放って前後の個体を吹き飛ばした。
滞空中も飛びかかって来る相手を足場に、アクロバティックな空中戦を繰り広げている。そしてまた一体、踏ん張りの利かない場所の筈が、凄まじい勢いで特大剣に地面へと叩きつけられた。
その戦闘風景を見ていたルークとソフィアの二人は、凄まじい戦闘力に声も出せずにいた。斬る――というよりかは叩き潰すような剛剣に、人間離れした身体能力の合わさったそれは、人の姿をした暴風と表現するのが正しい。
一体、また一体と数が減っていき、五分もする頃には立っている《硝喰らい》はいなくなっていた。
「終わった、先を急くぞ」
「あ、ああ……助かった!」
果たして本当に同じ人間なのか内心で訝しむルークだったが、味方である以上は余計な事をいう必要はない。簡潔に礼を述べると、再び無愛想な用心棒に先導される形で通路を歩き始めた。
だが、やはりあの尋常ではない強さについて尋ねずにはいられない。
「……あんた、傭兵って言ってたよな」
「それがどうした」
「いや、あんた程強い奴なら、有名人のはずだと思ってさ。さっきのニュースじゃキャスターも知らないような口ぶりだっただろ?」
デリケートな部分には触れないよう、精一杯気を遣いながらルークはそう尋ねた。
そんな彼の問いかけに、ファールの瞳が逡巡するような色彩を帯びる。そして顔こそ前を向けたままだが、明らかに考え込む素振りを見せていた。
「……お前、ここでステータスを閲覧出来るか?」
「ステータス……って、あれは特殊な魔導具が無けりゃ見れないだろ。俺は単なる整備技師だぞ」
ルークは眉を顰めて訝しみながらもそう答える。
正確にはステータス閲覧技能である[解析]を何らかの方法で取得していればその限りでは無いが、基本的に専門の施設に行かなければステータス、及びクラスなどの情報は個人で閲覧は不可能。
その言葉の意味する事が分からず、ルークが首を傾げるのは当然のことだった。
「ならいい。その問いに関して、俺は余所者とだけ言っておく」
そして「別の国から来た」と暗に告げるファール。対してルークは、少しその返答の不自然さを感じ取り、これ以上は地雷を踏む可能性があると、詮索をやめた。
「……」
「……」
「……」
ただ、そうなると三人の間には沈黙が横たわる。
元々会話が上手いわけでも無いソフィアと、純粋に口下手なルーク。そして必要以上に他者と関わる気の無さげな雰囲気を醸し出すファール。一度会話の間が開くと、誰もその沈黙を破ることができない。
カツ、カツ、という黙々と歩みを進める足音だけが通路内に響いていた。時折何か話題を提供しようとして、ソフィアが口を開けては閉じる。それを見てルークも声を発そうとして、二人して被るというのを何度か繰り返した後、
『あつ……い』
全員の耳朶へと少女の声が鳴った。
「……なんだ?」
澄んだ鈴の音ような声が『熱い』や『痛い』と呻き声を交えながら言葉を紡いでいる。それを聞いてルークがソフィアを見るが、彼女は無言で首を横に振った。
「こ、これ! 《パンドラ》から聞こえる声ですよっ!」
「本当に聞こえた……女の声だ……」
それから暫く、途切れ途切れに声が聞こえたかと思うと、数分後に再び場には静寂が戻った。信じられないと言った表情を浮かべるルークを、何故か自慢げなソフィアが見やる。そしてファールは、考え込むようにして口元を手で覆い隠していた。
「この……《パンドラ》は、痛いと言ってたが………もしかして今も、苦痛を感じてるのか?」
「そうです、肉体が無い以上痛覚も存在しない筈ですが――私はこの声を聞いてしまった。もしかすると、あそこで行われていた実験でも何かしら痛みを感じていたかも知れないと気付いたんです」
「なんてこった……そんな、俺たちゃどうすればいい!?」
はっきりと目の前で苦しむ《パンドラ》の声を聞いたルークは、動揺した様子で頭を抱える。それは「どうにかして助けられないのか!?」という意味であり、ソフィアは彼の言葉を正しく理解した上でトランクを地面に置いて――その留め具を外した。
「ここに心臓と、蘇生薬のアンプルがあります」
中に入っていたのは、透明な筒型容器に容れられた赤黒い臓器と、ガラス製の小さな細い瓶のような物。
「このアンプルを心臓を保存している容器にセットすれば、理論上 《パンドラ》の蘇生は可能です」
「なら――」
「ですが、研究所にある装置を使用しない状態で蘇生を行えば、不安定過ぎてどうなるか分かりません。不完全な形での蘇生になる可能性もあります」
そうなれば、苦しむのは生き返った彼女です――そう最後に付け加えたソフィアに、ルークは言葉を噤む。実際、研究所には蘇生のプロセスを安定化させる装置があり、本来ならばそこで《パンドラ》は復活させる予定だった。
その代償として身体の自由と意識の遮断、それにエネルギー抽出装置に繋がれ――道具扱いされる。
「私と同じように研究所を離れた仲間が今、装置を開発している最中です」
ただ、ソフィアの内心では不安もあった。
《パンドラ》と呼ばれたこの女性が、悪人でないとは限らない。過去の悍ましい戦争によって滅びた土地から発掘されたという所以もあり、彼女の復活をそういう意味で危険視する意見もあった。
「とにかく、隠れ家へと向かいま――――」
「いたぞ!」
そう言ってソフィアがトランクを閉じた直後、先程まで三人が通ってきた方向から帝国兵が十人程姿を現した。
「もう追っ手が……!」
「走るぞ」
それを見て三人が駆け出そうとした時、更に前方から通路を照らすように光が照射される。思わず目元を腕で隠したファールが見たのは、魔導小銃を構える兵士の姿。
「囲め!」
「チッ……」
前後を挟まれ、舌打ちが漏れる。なれど、ファールは直ぐに抜剣すると前方へと駆け出した。
「走れっ、強行突破する! 後ろは気にするな!」
「第一射、撃てっ!」
そう叫んで、前方から発射された――――火薬ではなく魔法で加速した――――弾丸を必要範囲だけ大剣で叩き落とす。常人には不可能な芸当に兵士たちは一瞬鼻白むが、直ぐに第二射を装填して発射した。
「ぐっ……」
だが、背後にいる二人の分も銃弾を弾いていれば、当然体の方は疎かになる。
ファールは肩を掠めた鋼鉄の礫に顔を顰めながら、肉薄した先頭の兵士の魔導小銃の銃口を叩き切る。武装を破壊された兵士は思わず呆け、直後に胴を蹴り飛ばされて背後へと吹き飛んだ。
「はぁああッ!」
剣の"峰"で兵士の体を叩き、"刃"で小銃を破壊していく。その間に脇腹へと弾丸が命中し、浅くない傷を負うが、ファールは痛みを感じさせない動きで兵士の隊列の中心に穴を作った。そして後ろから走ってくるルークとソフィアに目配せすると、二人にその道を駆け抜けさせる。
「二人抜けたぞ!」
「逃がすな! トランクを持っている女を狙え!」
「させるかッ!」
標的がソフィアへと移った瞬間、ファールの大剣がその後頭部を叩く。二人が完全に包囲網を突破した後も、兵士の中心で荒れ狂う暴風の如く立ち回り――そして傭兵は笑う。
「此処から先は通行止めだ――――ゆえに、死にたい奴からかかってこい!」
ほんの一瞬にも満たない笑みとその言葉は、直後に銃声と怒号で掻き消された。
一斉に放たれた銃弾を避け、体に届き得る物は剣で弾き、どうしようもないものは致命傷にならないように掠める。その先に待ち構えていた兵士が大盾を構えて突進するが、それを足場に敵の中心へと跳んだ。
「ひっ……!?」
着地先の正面にいた兵士が銃口をファールへ向け、剣が銃諸共兵士の体を宙へと浮かす。その背後を狙おうとした兵士は、回し蹴りでくの字に吹き飛ばされた。
距離を取るため、後ろへと下がろうとした兵士たちは峰で意識を刈り取られる。スタンバトンを構えて殴り掛かる兵士は蹴りで体勢を崩され、剣の腹が側頭部を叩く。
十数人いた兵士が、一瞬にして全滅した。
「化け物がっ……!」
見かねた指揮官らしき男が、通常の小銃よりも更に一回り大きい銃を構えた。その引き金を引くと銃口から普通の弾丸ではなく――着弾地点一帯を焼き尽くす焼夷弾が発射される。
しかして、魔導回路に従って発動した爆炎魔法により通路に火の海が広がった。
「やったか!?」
指揮官が思わず叫ぶも、それが引き金となってか――頭上から降ってきた大剣が、銃を持っていた腕ごと切り飛ばす。
「ぐ……おおぁあああっ!?」
「そういうの、軽率に口にしないほうが良いぞ。フラグだから」
爆発の直前、天上に這うパイプを掴んで事なきを得たファールが地上へと降りてくる。そして、膝を折った指揮官の目の前で地面に刺さった剣を抜くと、その切っ先を首へと当てた。
「撤退しろ、そうすれば見逃してやる」
「……くっ、ふふ、まさかたった一人にやられるとはな。しかし、何故我々がお前達を挟み撃ちに出来たか、分かるか?」
出血する腕を抑えつつも青褪めた顔で笑う指揮官。それを見て、ファールは目を見開く。
「まさか――――」
そしてやられた、といった焦燥の表情を浮かべ、二人の後を追い始めた。これは囮で、本命はまだ先にいると――――
【TIPS】
[帝国式魔導小銃]
ルグリア帝国の兵士たちが使用する小銃
撃鉄を打撃することで半端であった魔導回路を完成させ
小規模な爆破の魔法を発現させて弾丸を射出する
薬莢の排出を手動で行う必要があり連射性能は低い
極北の鍛冶工房の異端から発した武器は、帝国にて独自の進化を遂げた
工房の原典とは違う流れを生んだと言っても過言ではなく
非力な者でも効率よく暴力を手に入れられる