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029 Chapter3.100年後の世界にて

 滅びた都市に、赤い風が吹く。

 壁は溶け落ちて、木々は黒くなりて朽ちていく。 

 骨身も同じく、白く燃え尽き、灰になった。

 逝く場を失いし魔の物も、全てが灰になった。


 玉座に座る死した王は、何も語らずその身を崩す。

 戦争の亡霊は、嘆き、悼み、最後の寄辺を失った。


 汚泥の悪魔を討ちし銀の俊英は、意識途絶えるその瞬間(とき)まで師を想う。


 神の奇跡か悪意の横槍か、指先まで灰と化した少女は死せず、ただ心だけがそこに残された――――








 晴天の直下、陽光に照らされて輝く青の原。遠くではカモメが鳴き、温い潮風が僕の肌を撫でる。強い海の匂い、少し湿った空気の温度。そのどれもが新鮮で、懐かしく、また僕の求めていた物だった。


「おう坊主、着いたぞ!」


 威勢のいい声と共にやって来た船乗りのおじさんに会釈をして、甲板から繋がれたハッチを降りる。決して大きくはない船だったけど、大陸間を移動する定期船はどれもそんな感じだ。


 白い石の道が続く港へと足を着けると長い船旅の弊害か、まだ体が揺れている感じがした。仰のけば、道の先には巨大な港町が。


 客引きの声に喧嘩の怒号。活気づいた市場とそこを行き交う人々の波は、地上にいるというのに少し酔ってしまいそうな光景だった。


「おぉ……」


 ここは新大陸ルースガルドの玄関口、リグリトア。


 大陸の最南端に位置するウィルトランド王国。その中で最も栄えているこの都市は、別名《はじまりの街》。ルースガルドで一旗揚げようと冒険者を志してやって来る人々は、必ずこのリグリトアを通るからだ。冒険のはじまり、それを彩るのがこの白い港町――――


 僕、アルカ・ヒイロもその一人。十五歳の成人の日に故郷を旅立ち、陸路で二ヶ月、海路で一週間掛けてこの大陸へとやって来た。


 元いた大陸は人間至上主義で、ルースガルドのような寛容性はない。僕の住んでいた村もそれなりに閉鎖的で、僕はそういう考えが理解できなくて常々ストレスでしかなかった。だから、この多種族多民族ごった煮のようなルースガルドに憧れたし、こうして一人海を渡ったんだ。


「……よし!」


 一度気合を入れ直して歩き始めた僕は、冒険者に仕事を斡旋する為の建物を探す。冒険者と言えば保障の無い日雇労働とよく言われて嫌う人も多いけど、過去の英雄の殆どは冒険者だ。


 特に僕が好きなのは《五英雄》のリーダー、リュウセイ。たった一人で数千の魔物を相手に戦って、国を守った話は英雄譚として海を超えた先でも語られている。


 僕も幼い頃にリュウセイの話を聞いて、冒険者になろうと心に決めた。


 と、


「うわっ!?」


「む……」


 考え事をしながら歩いていたせいか、人とぶつかってしまった。僕はその勢いで跳ね飛ばされてしまい、尻餅を着く。相手は微動だにせず、転んだ僕を見下ろしている。


 まるで、硬い壁のような感触だった……いや、ほんとに。


「これはすまん、少々考え事をしていたものでな」


「あ、いや……こちらこそ。ごめんなさい」


 差し伸べられた手を掴んで立ち上がると、その上背と体格の良さが更に分かる。身長は190cmはくだらないだろうし、肩幅とか筋骨隆々な腕とか、その全てが同じ人間とは思えない。


「ふむ……」


 彼はその黄金色の双眸を細め、考え込むように顎へと手を当てる。顔立ちは精悍で整ってはいるが、かなり厳しい。笑ったところが想像できない程度には……。


 けど、


「して、少年。この街の冒険者ギルドに行きたいのだが、道を知らぬか? 実を言うと、迷ってしまったのだ。俺としたことが……いやはや、以前来たときはこうも道が複雑では無かったのだがなぁ……」


 直後にその様相を崩し、恥ずかしそうに笑う姿を見て僕も思わず笑ってしまった。


「良いですよ、一緒に行きましょうか。丁度僕もそこに用事がありますから」


「なんと、それは僥倖。では共に往くか。ところで少年、汝の名前は何というのだ――――」


 そしてこれが僕と、ライジン先生との出会いだった。






 ルグリア帝国。


 神なき民族と呼ばれる彼らの国は、世界でも有数の列強国である。その謂れは古代の民が残した機械技術と魔法の融合した魔導工学に由来し、その技術によって軍事力と共に人々の生活を豊かにしていた。


 国の中枢である帝都は鋼を用いた高い城壁に囲まれている。帝都の中心から段状に階層が分かれており、外壁に最も近い場所は地面と接しているが、中心に向かえば向かうほど高さが増していくのだ。


 中心にそびえる宮殿から一段下がった所に貴族の住まう区域があり、その下には工業区、商業区、平民区とされている。


 ゆえに坂や階段が非常に多く、移動が困難ではあるが――それを解決したのが、各区間を繋ぐ魔導列車の存在だった。環状に運行する列車と縦に移動するモノレールの二種があり、それらを管理、運用する運転技師や整備技師は帝都の子供たちの憧れでもある。




 ――――そして、ここは帝都平民区二番街ターミナル。


 時刻は午後6時45分きっかり。様々な路線が交差するこの二番街ターミナルは、帰宅ラッシュも相まって非常に人で混雑していた。


「はっ……はっ……」


 無数にある改札を抜けてホームへと向かう人間が大多数の中、一人だけその流れに逆行して歩いている者がいる。コートのフードを目深に被った女性が、トランクを抱えて小走りに駅を抜けようとしていた。


フードから覗く碧い瞳は周囲を気にするように動き回り、少し息切れした様子で人の波に抗っている。時折ぶつかる人に怪訝な視線を向けられながら、女性が駅の出口へと辿り着こうとした時――――


「いたぞ!」


 背後から聞こえた声に振り向き、即座に早足を駆け足に変えた。


 大きな出入り口を抜け、階段を駆け下りる。その後ろから、武装した八人ほどの集団が彼女を追って出てきた。顔を完全に覆うヘルムに、非金属の軽量なアーマーに身を包んだ集団は、トランクを抱える女性を見ると声を張り上げた。


「待て!」


 追われている側がその言葉を聞くわけも無く、女性は階段を降りきって大通りへと飛び込む。


「逃がすな! 絶対にあのトランクを取り返せ!」


 その号令と共に八人も階段を降りはじめ、周囲の人々は何事かと顔を見合わせる。


「……なんだ?」


 そして、その雑踏の中にいた――濃い褐色の肌に短く刈った黒髪の男、ルーク・ブラウナーは前方から聞こえる騒ぎに足を止めた。魔導列車の整備技師である彼の仕事は、運行が終了する夜から開始する。その為に出勤していた最中なのだが――――


「うおっ!?」


「きゃっ!」


 不幸にも正面から走ってきていた女性と、衝突してしまった。


 鈍い衝撃とともに倒れ込むと、目の前いっぱいに碧の瞳が映る。ぶつかった拍子にか、被っていたフードが取れ、豊かな金の髪がふわりと靡く。その整った顔立ちにルークは一瞬固まり、女性の方も驚いた様子で彼を見つめていた。


「ごめんなさい!」


 しかし、直ぐに前方から聞こえる複数人が走る足音に女性は我に返る。立ち上がって落としたトランクを拾い上げると、一言謝ってからまた雑踏の中へと紛れてしまった。


「追え! 見逃すんじゃあないぞっ!」


 横を走りすぎていく兵士に呆然としつつ、ルークも立ち上がると整備道具の入ったトランクを手に――目を細めた。


「あれ? これ、俺のじゃ……ない」


 《IDEA》というロゴの入ったそれは、ルークの物ではない。


 もしやと思った直後、ハッと顔を上げて先程の女性が走り去った方向へと踵を返す。ぶつかった拍子に鞄が入れ替わって、彼女が間違えて持って行ってしまった。そんなベタな、と思いつつも怒号を頼りに走る。


「待って! ちょ、お願いだから……!」


 このままでは仕事が出来ない―――そう内心で悲鳴を上げながら、ルークは碧い瞳の女性を、武装した兵士たちの背中を追った。


 人混みを逆走し、雑踏を抜け、路地を曲がる。


 そうして走ること暫く、ルークは息を切らしながらも彼らに追いついた。路地を三つほど曲がって最後の角の過ぎると、水路の横で女性が兵士たちに囲まれていたのだ。なにやらよく状況は分からないが、あの装備は帝国の正規兵のもの。


 彼らが彼女を追いかけていた理由がこのトランクなら、ついでに渡してしまおう。そう考えてルークが声を掛けようすると、兵士たちは一斉に腰に提げたスタンバトンを抜いた。


「構え!」


 帝国製のそれは、魔晶石と呼ばれる宝石へと属性を刻印をした物を動力として使用する。兵士の持つスタンバトンは雷の属性が付与されており、ああして魔力が無い人間でも魔法の籠められた武器を扱う事が可能なのだ。


 しかし、話はそこではない。見るからに非力な女性一人を、武装した屈強な男が八人がかりで囲んでいる。そして今にでも攻撃を加えられるように、棒状のそれは電流を纏っていた。


 恐怖に顔を引き攣らせ、眦に涙を浮かべた女性と目が合う。明確に助けを求めている人間の目だ。


「おいおいおい、待て待て!」


 ルークはそれを見て一度大きく息を吸うと、意を決したように大股で兵士へと歩み寄る。


「何だお前は?」


「こんな……女性に、武器持って数人がかりで囲って、あんたらどういうつもりだ!? 見ろ! 彼女は怯えてるじゃないか!」 


 二者の間に割って入り、そう言い放つと兵士たちは互いに顔を見合わせた。ルークがそれに眉を顰めていると、部隊長らしき男が一歩前へ出てくる。


「退くんだ、我々は中央議会の勅命で動いている」


 ジリ、と兵士の一人がスタンバトンを構えてルークへとにじり寄った。それを横目に冷や汗を流しながらも、ルークはトランクを足元に置き――両手を広げて女性を庇う。


「何故!? 無抵抗の女を襲うのが憲兵の仕事だってのか!?」


「一帝都市民に話せるような内容ではない。いいから黙ってそこを退け! これ以上は職務妨害と見做すぞ!」


 その脅しに少し後退る。


 単なる整備技師の男が、帝国兵士とまともにやりあっても勝ち目など無い。これ以上は流石に拙いと思ってはいるが、ルーク自身も最早引くに引けなくなっている。


 根が善良なこの男は、賢く権力に従うより――目先の困っている人間を救う事を選択してしまう性質(たち)だった。背後の女性が実はとんでもない殺人鬼だとか、国家の重要機密を盗んだスパイだとか、そういう事情があるかもしれないが、この際どうでもいい。


「う……」


 いよいよ本気で殴りかかられそうになり、焦燥の滲んだ顔で背後の女性を一瞥する。


「ごめんなさい……私、あなたを巻き込んで……」


「……良いってことさ、俺のじいちゃんがいつも言ってたからな。何に優先しても女性は必ず助けろ、って。それも美人なら尚更」


 ぎこちない笑みを浮かべてそう言うと、女性は申し訳無さそうに目を伏せた。それを見てルークは『こりゃ仕事絶対クビだな』と頭の隅で思いながら、振り上げられたスタンバトンの痛みに備える。


「やっぱ怖ぇけど!」


 だが、肩口に目掛けて叩きつけられようとしたそれは、



「ふんっ!」



 突然頭上から降ってきた"黒衣の男"に兵士が踏み潰されたことで地面を転がった。そして、ルークたちが呆然とその男を見て口を開けている最中。


「すまない、道が混んでいて五分遅刻した」


 そう言って、ルークの背後にいる女性を一瞥する。


「あ、あんたは……?」


「わ……俺の名前は、ファール・ノン・ジョーヌ。しがない傭兵だ」


 ルークの問いかけに淡々と答えると、ファールは背負った身の丈程もありそうな大剣を片手で抜いて構えた。その明らかに常人離れした膂力に、兵士たちは思わずたじろぐ。


「依頼主に手を出すというなら、まず先に俺を倒すんだな」


 そうして、挑発とも警告ともつかない言葉とともに、帝都の路地の一角で戦いが始まった。








【TIPS】


[スタンバトン]


帝都憲兵隊の使用する魔法を付与した打撃武器

暴漢程度ならば容易く行動不能に追いやる威力を持つ


かつて雷撃を棍棒に纏い振るった英雄の武器を模したそれは、帝国の秩序の証でもある

※登場人物補足


[ヒイロ・アルカ]

名前で察して


[ライジン]

名前で……


[ルーク]

ハリウッド映画事件巻込型人情黒人奴


[ファール]

ヒント:フランス語、単語、三つ


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