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026

 暗がりに粘着質な音を奏でて蠢く二つの影があった。


 まるで奇妙な踊りを踊っているような動作で、傍から見ている者の目にはある種滑稽に映ることだろう。しかし、正体を知れば誰もが恐れ慄き、叫び声を上げて逃げ出す古代の遺物。


「たぁ!」


 私は強く踏み込み、その流動的な肉体に刃を潜り込ませる。

 なれど手応えは無く、素早く剣を引き抜いた。

 直後、抱きつこうと両手を広げた相手から逃げるように後ろへ下がる。


「重撃――」


 私の右手に持った直剣へと光が宿り、一刀が縦に振り下ろされて石畳を砕いた。


「イィア……」


 また手応えはない。ただ少しその肉体を裂いただけで、直ぐに泥の肉体は失った部位を再生させる。まるで水に向けて剣を振っているようだ。


「追撃、連撃、重撃」


 今度は三つのバフスキルを炊いて、左の[泡沫胡蝶]を抜刀しながらの四連撃を放つ。左右合わせて八回分の斬撃が汚泥に刻まれ、辺りに淀んだ色の体液が撒き散らされた。


「ッ!」


 それが頬をかすめただけで肌が焼け、刺すような痛みが走る。


「初めてアシッドスライムと戦った時を思い出すなぁ……! おい!」


『慌てるなよ、フラン。あの時とは敵も状況も違う、当然貴様の強さもだ。必ず勝機はある、落ち着いて敵の弱点を見極めろ』


 昂ぶる感情は師匠の言葉によって程よく保たれ、全身に力が漲っていく。


 戦意は滾らせ、思考は冷静に。【並列思考】を活用して、状況と自分の行動を別個に管理しろ――――


「怒髪天衝!」


 今発動した剣豪のスキル[怒髪天衝]は[ブラッド・ソウル]の上位互換。従来の効果に加え、発動中は永続的に被弾後の一撃だけ攻撃力が大幅に上昇するのだ。


 左の《朽ちぬ者》へと踏み込み、敢えて伸ばされた敵の腕に体を掠らせ、攻撃力を上昇させた状態で双刃をその首へと叩き込む。


「ォオィアアアイア……!」


 刃が深く沈み込む感覚があり、完全とは言えぬまでもその首を半ばまで切り裂くことに成功。追い打ちを掛けようとした私を妨害するように、首が折れた《朽ちぬ者》との間へもう一体が体を挟んできた。


 私は欲張らずに飛び退き、一度呼吸を整える。


「……っ、やれそうだな」


 奴らの動きはさして早くないのが救いだ。お陰で二対一だが、瞬間的な一対一の状況を作り出して戦う事が出来ている。


 しかし、


「嘘だろ――――」


 そんな私の思考を読み取ったが如く、二体の《朽ちぬ者》がその肉体を変貌させ始めた。


 体が溶け合い、二体の境目が曖昧になっていく。一度不出来な粘土細工をぐちゃぐちゃに丸めたように人の形を失って、再びその中から新たな肉体が構成された。


 有り体に言えば、二つの体が一つへと融合して混然一体となり――巨人が生まれたのだ。


「サーチ……!」


 咄嗟にレベルを確認した私は、直後に後悔に襲われた。[汚泥の巨人][Lv.305]という絶望的な数字に、呼吸すらするの忘れてしまった。


「ォォオオオオオッ!」


 《汚泥の巨人》が咆哮し、その振動だけで大地が揺さぶられる。


 三メートルはあろうかと言う全高に、丸太のような手足。頭部はなく、明らかに先程の貧相な姿よりも強靭かつ――――


「はっ……や……!?」


 目の前から巨人の姿が消えたかと思った直後、腹部に泥で形成された拳が突き刺さっていた。骨がミシリ、と嫌な音を立てて体が浮遊感に拐われる。


「おごっ――――」


 次の瞬間、目まぐるしく変わる景色と共に衝撃が三度訪れた。どうやら知覚する間も無く体が地面を跳ね、壁へと叩きつけられていたらしい。


 痛みが全身を支配して、頭が真っ白になる。


「ゔっ……ぉえぇ……」


 崩れ落ちる石壁と共に地面へ落下する。

 喉奥から鉄錆の味がする液体がこみ上げて、思わず地面へと吐き出した。


『フラン! 生きておるか!?』


 瞬間的に背骨と胸骨、それに胃が磨り潰されたがなんとか生きている。再生で既に致死ラインは抜けて、現存HPは五割と言ったところ。




 ならまだ戦える、体を動かせ。

 



「重撃――――」


 起き上がる動作のまま地面を蹴って、傍にあった直剣を手に巨人へと飛びかかった。


 その胸元へ両足を着けて乗り、剣を突き刺す。直後、左半身の感覚が無くなり視線を動かすと、巨人に引き千切られてありえない方向へ捻れた腕が目に入る。


「おあぁっ!」


 ブーツが汚泥に沈む前にその体を蹴って離脱。

 左腕を再生させながら急いで[泡沫胡蝶]を回収する。


 だが、《汚泥の巨人》は[ダルチタンソード]を胸から引き抜くと、その手に持って振り回し始めた。どうやら武器を扱う知能までついたらしい。


「ヤバい」


 それを除いても状況は最悪と言っていいほどだ。既にSPは体感で半分を切っており、また先程のようなダメージを負えば直ぐに再生不可になって死んでしまう。


『……逃げた方がいいぞ、確実に殺される』


 その言葉には答えず、私は小さく息を吐いて呼吸を整える。腕はだらんと下げたまま、脱力して目の前の巨人を見据えた。


「重撃」


 その体勢からノーモーションで地を蹴り、巨人の懐へと肉薄する。奴も私の動きを認識して、下腹部経向けて振り抜かれた刀を直剣で弾いた。甲高い金属音を立てて火花が散って、腕に痺れが走る。


「見えてるぞ――――」


 巨人が返す太刀でこちらの首目掛けて剣を振るい、咄嗟に顔を逸らした私の目の前を質量の塊が通り過ぎた。


 しかし、それは敢えて振らせた一撃だ。

 巨人は剣を振れるが、それはただ武器として闇雲に振り回しているだけ。正しく技術を修めた者が相手では、そもそも勝負にならない。


 そして、その巨腕故に横へと剣を振れば下半身は死角となる。そこへ潜り込んだ私は、左の膝を、泥の肉を銀に輝く刀剣で断ち切った。途端、体を支える事が出来ずに脛から下が崩壊する。


「オォ……!?」


 片膝を着く形で体勢を崩した巨人の心臓部が目の前にやって来る。心臓にあるであろう核を破壊する絶好の機会だ。


「朱花月舞」


 次の一撃のみを確定クリティカルヒットにするスキルを発動。

 腕を弓弦のように引き絞り、刃の切っ先を巨人の胸へと向ける。狙い澄まし、力を溜め、そして――――


「金剛穿ち!」


 音速を超える刺突が放たれた。


 火薬が爆ぜたような音を立てて[泡沫胡蝶]が《汚泥の巨人》の心臓を貫く。その最中では硬い金属のようなものの感触があり、確かにそれを破壊した手応えがあった。


 直後に巨人の肉体が歪んで、その形を保てずに崩壊を始めた。つまり、これで私の勝利だ。





 そう思ったのが命取りだったのだろう。


「あ゛っ――――」


 崩壊を止めた巨人の左手が私の腹部を掴んでいた。

 ミチ、と膨らんだ風船を捻った時のような音を立てて、体が潰されていく。

 痛い、痛い痛い痛い痛い。


「がぁぁああああッ!!!?」


 核だ、そうか。二体が一つになったのなら、核だって二つあって当然――――


『――――フランッ!』


 指の隙間から噴水のように血が噴き出し、喉からもせぐりあげてくる。

 圧迫感で息が出来ない、内臓が潰れて、肺が――――


「ごひゅっ……」


 喉から声にもならない空気と血が漏れ出す。

 腕を叩いて抜け出そうとするが、周囲に汚泥を撒き散らすだけで何にもならない。寧ろ、手が瘴気に爛れて溶け出している。


 通用しなかった。結局技術を無視した圧倒的な力に押しつぶされて負けた。この70年間を否定されたみたいで、腹が立つ。


 慢心していたわけじゃない、格上が相手だと理解して戦っていた。だからつまり、私は順当に死にかけている。勝てない相手に挑んで、普通に負けて、殺されるのだ。


 こうなれば【再生】も【血塊身防】があろうとも最早意味を成さない。諦めて一度死んだとしても、ここで蘇ってまた奴の掌の中で二度殺されるだけだろう。


「ひ、ぎっ……」


『早く抜け出せ! 力を籠めろ! そのままでは死ぬぞ!』


 既に下半身の感覚が無い、恐らく神経系を潰された。腕にも力が籠もらず、見れば筋肉が瘴気に毒されてぐずぐずに溶け切っている。痛みが段々と引いていって、寒くなってきた。


 意識が――少し薄れかけている。気を抜いたら眠ってしまいそうだ。


『フラン、聞こえているか!? 目を閉じるな、意識を保て! おい! フラン!』





 ――――ああ、これは本当にヤバい。


 今までも格上に勝てたから今回もその気だったけど、さっき師匠の言うことを聞いて逃げていれば良かった、これは流石に勝てんわ。


 だって私、単なる社会人ゲーマーなんだぜ? それが神の眷属に勝てる道理なんて、同じ土俵に立つ以外にないでしょ。


 でも、私にしては頑張ったよなぁ。


 70年もずっと同じ目的に向かって努力して、それであともう少しってところまで来た。結局負けたけど、多分二度の人生で一番頑張った時期だと思う。


 それでも、あの僅かの命だ。


 一度殺されて、蘇生した私はもう一度激痛の中で苦しみ絶命する。

 私は最早上体を保つ力すら無く、巨人の腕に凭れ掛かるようにして死を待っていた。


 そうして少しずつ、少しずつ、破片を千切るように意識が失せていく。


 まだ生きたい、そう思っても体も頭も言うことを聞かない。

 戦う力がもう残っていない。

 

 とても寒くて、凍えそうだ。

 

 ああ、で、もまだ、私は、死にたく、ない、のに――――

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。自作キャラがヒロイン兼ねてるパターンなら自作キャラの人格が覚醒して逆転の王道パターンだけど、今までの積み重ねから考えると違いそうだしどうなるか……
[気になる点] まさかのジ・エンドですか? [一言] これからも頑張ってください。
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