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025

 上階へとやって来た私は、部屋の構造がやや特殊な事に直ぐに気づいた。床には長いカーペットが敷かれ、その先には部屋全てを睥睨できるような高い段差の上へ椅子が置かれている。


 その段差の前に立つ師匠を見つけて声を掛けようとしたが、言葉が見つからなかった。


 仕方なく、部屋の奥へと進み、椅子――――玉座に座る王の姿を見やる。既に骨と僅かばかりの皮だけになって久しく、豪奢な服とは裏腹に木の洞のような目は何も映していない。胸骨が砕けていることから、心臓をやられたのだと分かった。


『ああ、まさか、そんな――――わが、我が王』


 堪えきれないといった様子で声を震わせる師は、触れられぬ手で王の亡骸に手を添える。


「この人が、魔王」


 師、グリムガーンが王の死を知ったのは、城から逃げ延びた同胞による伝令。直接その亡骸を見るのは、今日が初めてなのだろう。


『我は……俺は、貴方に忠を尽くせず、どころかこの国を滅ぼす選択をした事……許せなどとは言いますまいが、せめて、せめて貴方様に裁いて頂きたかった。あの日、我があのような事をしなければ、民草だけは逃げ延びたやも知れぬと言うのに、我は、我は……』


 師匠の言葉は罪悪感に塗れ、後悔と絶望に満ちていた。


 そして、恐らくはこちらが本音なのだろう。



――――貴様がこうして閉じ込められているのは、過去の魔族が……我が原因だ。それ故口にするのが憚られ……軽蔑してくれて構わん



 昔私に言った言葉が嘘とは思わないが、彼が本当に後悔していたのはこちらだ。魔族は完全に滅んだわけではなく、他の土地にも生きているとは言え、彼にとってここに住む人々こそが同胞だった。


 それを自らの手で閉じ込め、死なせた事を今日まで後悔してきたのだろう。


『裏切り者の卑劣な罠にかかり貴方が命を落とした時、我が傍にいればと――――どれほど思ったか。悔やんでも悔やみきれませぬ……』


 その後ろ姿に、私は何も言葉を挟めずにいた。無論挟む気も無かったが、師の行いでどれだけの数の人間が助かったかと思うと、自責の念に駆られる姿は見ていられない。



「……ッ」


 そんな時、ふと背後から足音がした。


  咄嗟に師匠へと向けて踏み出した足を止めた。呼吸も止め、心臓以外の全ての音を出さないよう、その場で完全に制止した。


「――――」


 ……微かに階段の下から足音が聞こえる。


 音の数とタイミングからして二足歩行の生物が、二人並んで歩いているようだ。今、一段一段階段を上って、少しずつこちらに近づいて来ている。単なる魔物かとも思ったが、様子がおかしい。足音が近づくにつれて、肌を刺すような何かを感じる。


 だからだろう、私が本能的に呼吸すら止めて気配を消したのは。レベルが189あったアビス・クイーンを見ても怖気づかなかったというのに、遠くから漂ってくる気配だけで既に背筋が凍るほどの重圧を感じる。


 階段の中腹で足音が一旦止まり、そしてまた同じペースで上るのを再開した。粘着質な水音と、不可解な歯軋りのような声を立て……そして"奴ら"は玉座の間に入ってきた。途端、視線が私に向いて――――


「ァ、アア、ァァ」


 短く、水音を含んだ声が静寂に響く。


 その声の主の姿は、なんと形容するべきか……そう、頭部は中心が空洞の楕円形で、胴体は腕が異常に長い枯れ枝のような人の……異形だった。


 まるで子供が粘土を捏ねて作った粗雑な人形のような、生命を冒涜したような姿をした異形。


「悪神の眷属――――」


 そして、彼らは私の敵だった。







 かつて古代の民と呼ばれる存在がこの星には住んでいた。


 彼らは幾つかの種であり、現在では及ばぬ叡智と力を持った神の子孫と呼ばれていた。なれど、彼らは悲しくも、その本質を辿れば今代まで続いた人間種と同じ存在であった。


 カラド族もその古代の民にまつわる一族であり、彼らは人ながらに命の延長――――ひいては不死を求めた。


 その原初の願いは虚弱で他種よりも短命なカラド族を救うため、一人の研究者が始めたものであり、誠なる善性から生命の真理へと手を伸ばしたのだ。


 不死の神の眷属、吸血鬼の真祖、死して尚その自我を保つ亡霊、その全てを研究し尽くし、彼は答えに行き着いた。


 ――――純粋な人の身のままでは目的は叶わない


 悟ったカラド族の研究者は、一月にも及ぶ儀式の末に変性と悪徳の神トロンを現世に呼び出し、縋った。


 トロンは悪神なれど、生命の理そのものを変える力を持つ。その移り気な性格から気まぐれに人間を助ける事も多くあった。そして今回は純に面白いと、カラド族の野望を叶えたのだ。


 トロンはカラド族たちの存在の位階を一つ上へと引き上げた。これにより人の身を捨て、彼らは朽ちぬ体を手に入れた。


 なれど、得た力は不滅とはとても言えない物だった。強引に存在の格を上げられたカラド族の魂は、その負荷に耐えきれずに変質してしまったのだ。肉体は汚泥へと変わり、確かに老いることはなくなったが、それは不死ではない。


 生み出された仮初の黒曜の心臓が破壊されれば、その身は溶けて消えてしまう。彼らは余りにも脆く醜い泥人形に変貌しただけだった。


 たった一人残されたカラド族の研究者は、同胞の変わり果てた姿を見て嘆き、そしてトロンを恨んだ。恨み、何故このようなことをしたのかと、問うた。


 それを知った悪徳の神は遣いの蛇を差し向け、さも当然のように答えた。


――――真の不滅とは神性にのみ宿る


 道理を弁えよと、そう言ったのだ。


 人の身を捨てたとはいえ、不死性は神のみが有すべきものだと。そして人の身でそれを手に入れたのなら、魂は変性するのが摂理。


 カラド族の研究者は、そこでようやくトロンが自分たちを救う気がなかったのだと気づいた。悪神は過ぎた真理に手を伸ばした人間を弄び、そして嗤う為だけに降臨したのだ。


 ただ一人残されたのも、同胞の変わり果てた姿を見て絶望する顔を楽しむためだった。研究者の男は嘆き、悔やみ、そして悪神への怒りを募らせてその姿を闇の中へと消した。


 残されたカラド族は新たに自らを《朽ちぬ者(イモータル)》と名乗り、世に混沌をもたらさんとし、邪悪を討ち滅ぼす為に人類は結託。長い戦争の末に勝利を得た。







 以前にも古代人の話をしたが、今の話はその時に言っていた人類と戦争をしていた種とは別の古代人。


 悪神トロンの眷属《朽ちぬ者(イモータル)》。


 AAOのサブクエの中でも特に[クロニクルクエスト]という題名で括られた物は、こういった古代人とイモータル関連のクエストをストーリーの中心に添えていたが……。


「まさか本物を拝む事になるとは」


『……フラン、気をつけろ。奴らだ、奴らが我らの王を唆した張本人だ』


 今、私の目の前にいる《朽ちぬ者》が全ての元凶。


 そう聞かされた私は、いやに納得せざるを得なかった。歩く先に汚泥を撒き散らし、瘴気で生命を爛れさせる。悪神の眷属である奴らは、世に混沌を齎す事が存在意義だ。人類と魔族も関係なく滅ぼそうとしたと言われても、信じられるほどの邪悪なオーラが目の前の奴らからはする。


「尋常じゃない……」


 サーチでレベルを確認したところ、どちらも[Lv.210]という、私がゲームで見たことがない領域に足を踏み込んでいる。アプデなんか存在しないこの世界で、200がカンストラインで無いとは思っていたが……今そういう感慨に耽っている暇は無いだろう。


「ァ、アァ、ア」


 二体のイモータルは呻き声のようなものを上げ、私へ向かってあるき出した。


 このイモータルという種は根底の精神性が"邪悪"であり、生き物を見ると基本的には無差別に襲ってくる。今、目の前にいるのはイモータルの中でも最下級の《泥人》。移動速度は遅いが、私よりレベルが上なので油断は出来ない。


 私は[泡沫胡蝶]でなく金属を叩き潰すために刃の分厚い[ダルチタンソード]を抜き放った。


 そして、不意打ち気味に左から首へとツーハンドソードを振り下ろす。速度も入射角も申し分なし、同レベル帯の魔物なら三人纏めて首の骨ごと両断出来ただろう手応えの良さだ。


「ッ!?」


 しかし、私の振った剣はその汚泥の体に止められ、引き抜こうとして一瞬反応が遅れた直後、全身に激痛が走る。


 イモータルの手が私の脇腹を掴んで瘴毒を体へ流し込んでいた。


「がっ……」


 血液が沸騰したような錯覚が起き、視界が白く濁る。


 筋肉が痙攣して体が上手く動かせないが、辛うじて震わせるように振った剣の先から[次元断撃]を放った。[斬空波]の後釜であるこのWSは、付与された空間属性によって命中と同時に相手を後方へ小ワープさせる。


「ぐふっ……ぁ、クソッ……」


『無事か!?』


「なんとか……」


 手が離れたことで流しこまれる瘴毒が消え、私も大きく後ろへと飛び退いた。【再生】が始まり、煙を上げてグズグズに溶けて汚泥へと変わった肌が再生されていく。


 しかし……なんとか逃げたものの、これは非常に拙い。


 今まで戦ってきた中で私の攻撃を受けきった相手はいるが、一切の手応えがないなんて初めてのことだ。アレは、普通に肉体を斬っても死なないのではないだろうか……?


「いや、弱点はある。確か核だった筈……」


 汚泥の肉体は幾らでも再生するが、奴らも心臓部に核を持っている。


 物理攻撃無効の汚泥が緩衝材となって核への攻撃を防いでいる為、核を狙おうにもまずはあの体をどうにかして削がなければならない。ゲームの時は普通に倒せたので、その方法も必ず存在する筈だ。

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