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 結論から言うと、結界はまだ解除されていなかった。


 外に出て空を確認しても赤いままで、私は少し落胆した様子で建物の中へと戻った。大人しく待機していた黒堂を腕輪に戻し、死屍累々のその場所から少し離れたところに座り込む。


 屋外にいる魔物は国一つという規模のこの土地ながら、殆ど狩り尽くしたはずだ。恐らく残ってるとしても一割、結界が解除されるには十分な数まで減っている。それでまだ閉じ込められたままということは、私が見ていない場所があるということ。


 即ち


「魔王城か」


『正確には地底都市ヘルヘイムと、その中央に座する魔王城だろう』


 魔族の国の首都は地上に非ず、地底に築かれた大都市こそが大本営。地上にあるのは畑とそれを守る集落、それに戦争中に建てられた砦のみである。


 それは彼らの成り立ちのそれまた全てのはじまり。


 人と似て非なる存在である者たちは迫害され、住む場所を追われて地下へと身を潜める。そこで原初の魔族たちの王が生まれ、彼らの住む地下都市は国となった。


 何百年も外界と関わりを断ち、そして何代か前の魔王が地上に出戻りし――――その土地にイルウェトという名が付けられたのだと。


 因みに吸血鬼や巨人などの亜人は中立として魔族の国と深い関わりはない。時代によっては人類の敵になるので、魔族と呼ばれることもあるだけだ。


 それと魔王は世襲制ではなく、時の魔王が後継者を指名する形になっている。まあ、それでも大抵は自分の子供を教育して指名するようだが、子を成せない類の種は養子を取ったり優秀な魔族を次代の王に任命したりとかなり自由だ。


『我の時代の魔王様は先代の養子でな、聡明で辣腕だが手段を選ばんお方だった』


「だから戦争を?」


『それもあるだろうが、一番は例の協力者……裏切り者に唆されたのが大きい。あれさえいなければ、もしかすると人類に助けを求めて事は済んだかも知れぬほどだ』


 魔王を唆し、戦争の火種を作った連中か。


 度々師匠から話を聞くと、その悪辣さと謎めいた行動に何か巨大な陰謀を感じてしまう。普通の世界であれば陰謀論乙で済む話なんだろうけど、ここがAAOに酷似した世界である以上、そういった企みは実際無数に存在する。


 山谷の無い平坦な話よりも、世界征服を目論む謎の組織がいた方がゲームとしては盛り上がるのだ。ゲーム内のストーリーでも人間国家の複数と、あとは古代文明の生き残りが色々悪巧みをしていた。


「じゃあ、それも含めて決着を付けに行くか」


『行くのか、ヘルヘイムに』


 私が無言で頷くと、師匠は少しの間瞑目した。あくまでしているように見えてるだけで、違うかも知れないけど。


『一つ、伝えておくことがある』


「……はい」


 それから至極真面目な声音でそう言われ、私も居住まいを正して返事をする。


『ここを出てからの話だ。貴様が結界を解除する日は近い、ゆえに我は貴様に問わねばならぬ』


 何を、とは言わず黙って話の続きを待った。


『貴様は力を持ちすぎた、外の世界では化け物と呼ばれる程にな。それをどう使うのか――――教えてくれ』


「えぇ……いや、でも私は特に何かを考えてたわけじゃ……」


『我は貴様がただ力を得る為に剣を教えたのではない。得た力で何を為すかを、見届ける為だ』


 然らば結界を解いた後、その力の向かう先を明確にせねば身を滅ぼす、と。


 師匠の言葉に私は口を噤んだ。


 今はただ、結界を解くためだけに強くなりたかっただけで、外の世界でどうするかなんてものは殆ど考えていない。


『心剣流とは、剣神テイルロードに誓いを立てた者たちの振るう剣。心に宿した一振りの――――信念と言う名の鋼を以て、善を成すための剣だ。貴様は知らずに剣を教わった故に、その誓いを守れとは言わん』


 だが、出来るのなら、その力を人道に則ったことに使って欲しい。


 そんな、どこか懇願めいた声を聞いて――――私はそこで気づいた。


 戦争で強靭な人間と魔族たちを殺した魔物も、私は一人で殺し尽くした。その力を外の世界で振るえば、もしかしたら沢山の人が殺せるかもしれない。


 危険な力だ、間違いようもなく。


 ただ、


「私は、まだ……自分が何をしたいのか分からない」


『そうか』


「少し、考える時間が欲しい」


『ならば宿題だな。我とて別に貴様から離れるわけでもあるまいし、期限は定めん。ゆっくりと考えるがいい』

 

 今は、まだ自分の行く先は見えない。



 


 恐らく地底都市には、少なくとも結界の展開条件を満たす数の魔物がいる。


 逆に言えば地上をほぼ殲滅したので、そこさえ片付ければ多分全部終わりだ。結界は解消されて空に青色が戻って、またこの土地は豊かになる。


『うむ、基盤に破損は無い。これならまだ使えるぞ』


 転移陣を見た師匠はそう言って、上へと乗るように指す。それに促されて足を乗せた瞬間、床へと刻まれた紋様が薄らと発光し始め、私が完全に陣の上へと移動すると陣を囲うように筒状の光の膜が展開された。


「あれ、まだ起動しな――――」


 それから五秒後、なんの前触れもなく私の視界が白に包まれる。一瞬遠近感も上下も失った状態に陥り、次の瞬間には全く別の場所に居た。目の前には瓦解した廃墟の壁ではなく、しっかりとした作りの石壁が見えた。足元の陣は、まるで役目を終えたと言わんばかりに光を失っている。


「ここは?」


『魔王城地下、扉の間だ。戦時はここから兵が各地の砦に飛び、また城へと戻ってきていた』

 

 おっかなびっくり、転移陣から離れて部屋を見回すと、今私が立っているのと同じような――――人が五十人ほど乗れそうな――――台座が幾つも並んでいた。


 部屋の大きさとしては先程いた空間とは比べ物にならず、東京ドームがすっぽり入りそうな規模である。私から見て部屋の左右に通路があり、それを阻む扉はどちらも開け放たれていた。私が右か左かと迷っていると、師匠は無言で左の通路に行くよう視線で示す。


「しかし、広いな。流石魔王城」


『まだこの程度で驚くな。通路の先にはもっと凄いものがあるぞ』


 まるで豪邸に住んでいる友達の家に遊びに来たような感覚だ。師匠も心做しか少し楽しげな声音で間取りについて話しており、この先には宝物庫があると言う。


『何分非常時だ、幾つか戦闘に有用なアイテムを貴様に貸し出してやる』


「えっ、マジ!? 魔王秘蔵のアイテム!?」


『……終わったら返すのだぞ?』


「分かってるって!」


 魔王城の宝物庫とかそれもう絶対非売品のレアアイテムがある奴じゃん! 振ったら雷鳴が轟く魔剣とか、王家に伝わる絶対防御の盾とか、魔法反射の鎧とかとか!


「ヒャッホー!」


 師匠の言葉を聞いて期待に満ち満ちた私は、目を輝かせて半ば駆け足で通路を進んでいく。幸い生き物の痕跡も反応もないので、少しくらい騒いでも問題はない。それよりもお宝だ、お宝が私を待っている――――


「ほへ……?」


 目当ての場所に辿り着いた私は、思わず間の抜けた声を漏らした。


 通路の突き当り、そこを右に曲がった所にある巨大な両開きの扉だったであろうもの。堅牢な鋼鉄で出来ているそれが、まるで紙くずのようにひしゃげて床へと転がっていた。そして、その部屋の中は更に酷い有様で、廊下の一部も含めた床が殆ど抜けており、宝石の一粒どころかもぬけの殻……。


『……なんだこれは、どうなっている!?』


「師匠、あれ見て」


 宝物庫が荒らされているのを見て驚愕する師匠とは逆に、冷静になった私は部屋内に残った赤々しい肉の膜を指差す。つい数十分前にも、私達はそれと同じものを見ていた。


『あれは、先程の魔物の物か?』


「だろうね」


 部屋の中に入ると、天井にも同じ穴が空いているのを見つけた。恐らくあのアビス・クイーンという名の魔物が、下からか上からかこの宝物庫の壁を食い破って行ったのだろう。


「そう言えば……」


 アビス・クイーンは、あの姿に見合わないアイテムをドロップしたな……。もしあれがこれを成したのと同一の個体だとすると、元々ここにあったそれを偶然飲み込んでしまったということになる。他のアイテムを避けて、あれだけを? それは不自然だ、他のアイテムは消化されたとしても、懐中時計だけが残るというのはおかしい。


「元々、あれをここから持ち出す為に誰かが仕組んだ……?」


 いや、それこそ荒唐無稽な想像だろう。


『あの懐中時計、我も知らぬ品である。何か特別な力があるやもしれんな』


「それなら、魔物を惹き寄せる力でも働いてたのかも」


 とは言え、ここで考察ばかりしていても仕方がない。あくまで私の目的はヘルヘイムに巣食う魔物の殲滅だ。


「無いものはしょうがないし、早く外へ行こう」


 私と師匠は早々に見切りを付けて来た道を引き返し始める。とは言いつつも師匠は何か納得行かなそうな表情で何度か宝物庫を振り向いてはいるが。そうして扉の間に戻ってくると今度は逆の通路を進んでいき、その途中にあった階段をのぼる。


 途中にあった鉄柵も開け放たれたまま、まるで私達を歓迎しているようだ。


 城の地下を抜けてもう一つ階段を上がると、今度は豪奢な調度品の立ち並ぶ広間が現れる。そのどれもが埃を被り、蜘蛛の巣に塗れていなければさぞ華麗な空間だったのだろう。


 師匠は足を止め、懐かしむように主亡きその場所を眺めていた。どんな思いでここにいるのかは分からないが、彼にとっては久方ぶりの帰郷だ。私が何か口を挟むのは止した方がいい。


 私は一人、不気味な美しさを静かに湛えるのみの広間を少し歩き回り、そしてバルコニーへと続く扉を見つけた。取っ手は錆び切っており、押すと不快な金切り声が上がる。


 それを両手で押して扉を開くと、地表よりも淀んだ生温い空気が部屋へと入り込んできた。仄かに熱気を孕み、血とそれに混じった金属の香りがする。これが、死んだ世界の匂いか。


「死者の国、ヘルヘイム」


 外は概ね私の予想していた通り、洞窟にしては高い天井に、広すぎる空間が広がっていた。


 そこかしこに建物が立ち並び、消えることのない光を放つ輝煌石と呼ばれる鉱物が死せる魔の国を照らしている。そして、無音。


 生存者は絶望的で、代わりの入居者も姿が見当たらない。もしかすると、そこまで数がいない可能性がある。もしくは、単体で強大な何かが潜んでいるか。


「私が終わらせるんだな」


 魔族が人類に対して侵略行為を働いたのは、理由あってのこと。そもそも戦闘というのは暴力的な外交であって、国が……ひいては民衆が生きていく為に行うものだ。


 私は関係ない部外者であるが、この土地に住んでいた子供たちも戦争と関わりの無い犠牲者である。その魂が静かに眠れるようにするくらいは、もののついでにやっても許されるだろう。


 そう心を決め、師匠の元へ戻ろうとした私は、広間の中心にある巨大な階段へと向かった。横幅が十メートルほどもありそうなそれは、上階に何があるかをなんとなく示している。


「玉座の間、か」


 微かに響く師の声を聞きながら、私は一歩上段へと足を掛けた。

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