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023

 地面を蹴って一気に[アビス・クイーン]の本体へと肉薄する。それを咎めるが如く、六本の腕の内二本が振り下ろされた。


 その――人の全身を覆って余りある、巨大な腕の一本を横へと跳んで避ける。次いで床をこそげ取るように、横から振られたもう一方を剣で切り飛ばした。


「然程固くないな」


『油断するな、【再生】持ちだぞ』


 鈍い音を立てて地面へと沈み込んだ腕の成れ果てに目をやった直後、胴体に繋がる方の腕の断面が蠢いた。それから骨と筋繊維が早送りのように伸び、新たな腕を形作る。


 成程、DEFは低めだがVITが高く、且つ【再生】系のスキルを持っているようだ。


「【再生】も無限じゃない、【活性】が無かったら押し切れる」


『言葉より簡単なことではないだろう、無理はするなよ』


 部位欠損ですら治してしまう【再生】というスキルは、体の内側にある謎のエネルギーを消費して発動している。それが何なのか定かではないが、私は仮に《魂の熱量》と呼称した。


 空腹の原因でもあるそれは、生命の根源的なエネルギーなのではないかと思っている。肉体としての耐久値をHPで表すのなら、《魂の熱量》はさしずめSP(ソウルポイント)とでも言うべきか。これが尽きると【再生】や【活性】が機能しなくなる事は検証済み。


 つまり、この手の敵と相対する場合は、再生が機能しなくなるまでHPを削るか、高火力で一気に消滅させてしまうかの二択になる。しかし、私は後者に相当する攻撃方法を持っていない。必然的に長期戦になるわけだが、そうなれば総HPの多い敵の方が有利になるだろう。


 そうなる前に私が女王を殺すには、存在の核となる物を破壊すればいい。スライムだろうとエイリアンであろうと、魔物という括りの生物は皆等しくそれが体の何処かにある。


 懲りずに振ってきた右のフックを剣で受けると、私はその対面から挟むように落ちてきた腕の上へと飛んだ。足場になり得る大きさだったのが奴の運の尽き、そのまま腕の上を走って本体へと肉薄する。


「ギギャアアアアァァアァッ!」


 二歩で頭部へ届いた腕は型に倣い、弦月を描くが如く横一文字に剣を動かしてその肉を割いた。


 青褪めた灰色の交じる体液が宙へ飛び散り、それを避けるようにして着地する。女王は金属が軋んだような悲鳴を上げ、苦しんでいるので反撃は出来そうに無いが、代わりに周囲を孵化した魔物に囲まれた。


「有象無象が」


 そう言って腕輪を付けた左腕を持ち上げると、その中から黒霧を纏った暴風が放たれる。刹那、私を囲んでいた蟷螂や蛞蝓を掛け合わせたような魔物が、不揃いで潰れた肉片と化して命を散らした。


「黒堂、雑魚を頼む」


「グルルルァ!!」


 召喚されたベヒモス――――黒堂は私の声に了承の意を籠めて吠えると、孵化した魔物、卵に見境なく飛びかかった。前脚を振り下ろすだけで魔物を原型を留めぬ死骸へと変え、ただ走るだけでそこかしこに産み落とされた卵を潰して回る様は正しく災害。


 レベルが100を超えるか超えないか程度の魔物が抗える筈もなく、私を狙うよりも先に魔獣の餌食となっていく。そうして作られた道を駆け、三節棍のように振り回された腕を躱して節から断ち、女王の下腹部へと袈裟斬りの一撃を見舞った。


 内臓に届く前に刃が肉で止められたので、そのままの剣を更に横へと振り抜いて肉を裂く。


 だが、出血と痛みに激昂する女王は、その実大したダメージを負っていない。やはり何のバフも掛かっていない[ダルチタンソード]では威力不足か。


「属性付与:腐食、追撃」


 一度距離を取るために後ろへ下がり、口頭で[剣士]のスキルを発動させる。手にした鈍色のツーハンドソードに淡い輝きが宿り、肉を焼き焦がす酸と遅まきに連続して痛みを齎す追撃の効果が付与された。本来片手で振ることを想定されていないその剣を右腕で軽く薙げば、一度に数度連続して風を切る音が鳴る。


 芸もなく同じように迫る腕を飛んで避け、そのまましゃがみ込むような姿勢で天井に逆立ち。重力に則って落下する前に、自ら天井を蹴って女王へと飛んだ。


「牙突!」


 叫びながらその心臓部……と思われる箇所へ刺突を繰り出すと、剣が筋肉を貫いて臓腑へと達する。腐食属性が付与されたお陰か、まるで熱したナイフでバターでも切るかのように、肉は剣に触れた途端液体化して本来の役目を放棄した。


「ここでもないか」


 しかし、心臓を貫いたはずの私に手応えは無く、女王は手傷を負ったとは思えない勢いで私の体を壁へと叩きつけた。壁を一枚破壊して止まったようだが、左からの攻撃だったので無意識にガードしようとした左腕の骨が折れ、皮膚を突き破ってしまっている。


「いっ……」


 即座に鈍い音を立てて元の形状へと戻って行くものの、これが滅茶苦茶痛い。なにせ開放骨折した骨を無理やり腕の中に戻しているようなものなのだ。思わず涙目になり、無意識に治った腕をさすってしまう。


『核は見つかったか?』


「……頭部、腹部、心臓部を調べたけど無かった。多分、体内を循環してるか、本体とは別の場所にあるパターンだな」


 魔物の幾種かは核を体内で自在に動かせるか、外部に露出させて隠していることが稀にある。あのサイズで循環型ならかなり手間なので、私として後者であって欲しいが果たして……。


 それを確認するには、一度真っ二つにするのが早い。


 私はその場で何度か軽くステップを踏むと、女王に向かって走り出した。なるべく姿勢を低くし、足が地面に着く時間を限界まで削って一瞬でトップスピードに乗る。視界に映る景色が目まぐるしく変わり、一瞬でその黒光りする外皮が間近に迫った。


 今度は体全体で捻りを加え、渾身の力を籠めてその肉体を縦に両断する。鋼が骨を断つ感触、布地のように切り裂かれる肉の音が一瞬の間に響くと、数拍遅れて女王の体が正中線から左右に割れた。そのまま分かたれた左右の肉塊は地面に横たわるかと思われたが、双方の断面から伸びる肉の繊維が絡み合い肉体を一つへと接いでいく。


 そして、再生が最も早く顕著な場所に核があると知っている私は、その様子をつぶさに観察した。


「無い」


 結果として得られたのは、女王が体内に核を有していないという情報。女王は均等なタイミングで肉体を再生させている。多分、このまま本体と戦い続けても私の体力が削られるだけだ。


 そう思案している間にも攻撃は降り注ぎ、それを躱したり弾いたりしつつ打開策を練る。


「本体に核は無し、周囲には卵と魔物……」


 この建物の何処かに隠しているのか、はたまた核を持たない突然変異種なのかと可能性を一つ一つ精査していくが、どうにもしっくりこない。何か大事なことを見落としている気がする。それも、私が自分で見つけた何かで、すぐ目の前にある気がするのだ。


『小娘、足元だ!』


 途端、足元の石畳が割れて触手のような物が飛び出し、私の腹部を勢いよく貫いた。


「ぐ」


 痛い。そしてまるで火箸を押し当てられたかのように熱い。


 減った筈の血は余計に頭に昇って、瞬間的に激昂しそうになる。


 これだから痛いのは嫌なんだ、やられた事を強く認識して怒りっぽくなってしまう。プレイヤー時代も、PvPで負けるとカッとなることがままあった。


 煮えたぎるような激痛と共に触手が引き抜かれ、ごぽりと口から血の塊を吐く。丁度胃をやられたらしい。この程度で死にはしないが、手痛い反撃を食らったのは確かだ。


「……下か、道理であれが柔らかいわけだ」


 穴の空いた地面へと戻っていく触手を見て、私は口元の血を拭いながら忌々し気にそう呟く。しかし、やってくれたな、まさか地上のアレが《偽囮(ダミー)》とは。流石の私でも気づかなかったぞ。どうしてあれが動かなかったのか、部屋内を埋め尽くす肉の膜の正体が何なのかも分かった。


 あれは本体などではなく、恐らく手足に付随した単なる生殖器官の一部に過ぎない。


 この場合で言えば私を誘き寄せた擬餌状体でもあるが、兎に角本体は地下だ。この部屋に蠢く赤い肉も含めて空間全てが奴の体、もとい口の中に私は飛び込んでしまったということである。


「ふぅ……」


 沸騰寸前の思考をクールダウンさせるためにゆっくりと呼吸をする。こういう時、いきり立って突っ込んでも大抵は良いことがない。先ずは落ち着いて観察をし、それからどうするべきかを組み立てるのが最良だ。少なくとも私はそれでここを七十年生き抜いて来た。


「たあっ!」


 再度別の位置から飛び出して来た四本の触手をそれぞれ剣で切り落とす。


 不意打ちでなければ、地面の振動で何処から出てくるかは分かる。とは言え、この下に潜む本体をどうやって倒せばいいのかは……ちょっと思いつかない。こういうのが剣士の弱いところで、面での制圧力や破壊力を求められると途端にどうしようもなくなる。


 地面を全て引っ剥がして中から本体を引っ張り出すわけにいかないし……いや、引っ張り出す?


「師匠、ちょっと地面潜って下の様子を確認出来る?」


『出来ることには出来るが、何か嫌な予感がするんだが……』


 そう言って床を透過して地中へと潜った師匠はすぐに戻ってきた。


『おったわ、端的に言うとこう……バケモノがな。あれが地中から触手を伸ばして操作しておる』


「ならよし、ちょっと力技だけどこれが一番早い」


 ちゃんと地下にいることが分かれば、後はもう一つしかやることはない。


 私は剣を鞘に収めると足元の感覚に集中し、次に何処から触手が現れるかを感知する。幸い吸血鬼は感覚が鋭いので、振動だけで粗方の場所は掴めた。そうして地中を掘り進み地面を割って飛び出して来た触手を、脇の下に通すように避けるとそのままがっちり抱え込む。


「捕まえたぞ!」


 ぬるりとした感触に、昔ミミズを素手で触ってしまった時のことを思い出すが、我慢。腰を深く落として思い切り触手を引っ張り上げる。まるで地中から芋でも掘り起こした時の如く地面が盛り上がり、隠れていた本体の一部が地表へ顕になった。


「黒堂!」


「ガウッ!」


 それを見て黒堂にも触手を噛ませると、二人で大きく踏ん張って完全に魔物を引き摺り出す。最後の方は力余って飛び出した、という表現の方が正しい勢いのまま魔物の本体が地鳴りを上げてその姿を外界へと晒した。


 して、本体の姿はなんというか……かなり特徴的なフォルムの生物だった。肥大化した胴体は寸胴のようで、手足の代わりに触手が発達している。目は退化したのか見当たらず、口に当たる部分はまるで、こう……ヤツメウナギのような鋭い歯が円状に並んでいた。


「キシャァァァアアア!!」


 なんとも奇妙な魔物だ。[アビス・クイーン]という名の意味も、これでなんとなく分かった気がする。


 本来こうして地表に姿を表すことはなく、地中で一生を過ごすのだろう。露出させた人型の生殖器官兼疑似餌は口も兼ねていると見た。そしてこうなればもう、まな板の上の鯉。


 ともかく、私に引き摺り出されたからには、既に勝敗は決した。


 私は抜剣と共に女王の体を切り刻み始めた。どこに核があるのかは最早どうでもよく、当たるまで剣を触ればいい。そう思っていたが、意外とすぐに核の存在する部分に当たり、程なくして地底の女王は断末魔を上げて絶命した。


 核を砕かれたので肉体は塵となって消え、代わりにドロップアイテムがその場に残る。


「懐中時計みたいだ」


 銀を基調としたやや古めかしいその時計は、奴が何処かで飲み込んだのか粘液に塗れていた。布で汚れを拭き取れば、シンプルながらに意匠を感じられるデザインが露わになる。蓋を開いて中の時計を確認すると、長短の針は正しく現在時刻を指していた。


 そしてその時計盤の裏では歯車ではなく、宇宙めいた空間で大小様々な光が瞬き少しずつ移動している。


『ほう、魔道具か』


「あ、やっぱりそうなんだ」


 効果を確認するために一度インベントリに入れたのだが、どうにも表示される文章は要領を得ない。


===================

[星導の懐中時計]


時戒神の娘たる天道と啓蒙の神ヘレーネの眷属器。暗渠たる奈落を歩くなれば星を手に。闇は光を必要とせず。光は時の中で。星燃ゆるは魂の輝き、此は此方の一瞬を切り取り閉じ込める。さすれば死せる命、天楽たる指針の音に悠久の間庇護されん。

===================


 ヘレーネとはAAO内の神話に出てくる神の一柱、星と勉学の神として崇められている。学徒や賢者、星を見て歩く旅人にも安全祈願という意味合いで信奉する者が多い。


 ゲーム時代の神の立ち位置は守護神。キャラクリの時点でヘレーネを含めた十二の神から信奉する神を選ぶシステムで、特に成長率やステに関わりは無いが同じ守護神を祀る国の周辺では取得経験値量が3%プラスされる。


 これがそのヘレーネにまつわるアイテムだというのは分かったものの、効果がどういうものかが一切書いていない。 ただの時間が確認出来るものと言うわけではあるまいし、何かしら特殊な力が備わっている筈だ。


「……また今度調べるか」


 しかし、今はそれより外の様子を確認しに行くほうが先。私は懐中時計を首へと掛けると、廃墟の外へと向かった。


 これで結界が解除されていれば良いのだが……。







【TIPS】


[吸血鬼その2]


個人差はあれど[吸血鬼]は高い生命力を持ち、個体によっては肉体の殆どを消滅させられても死なず、特に脳か心臓のどちらかが残っていた場合は絶命するより先に再生する。ゆえに[吸血鬼]を殺すには、脳幹と心臓の両方へと同時に致命傷を与え、且つ再生の時間を与えない内に肉体を灰にする必要がある。

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― 新着の感想 ―
[一言] 23話から巻きに入ってるの、良いと思います。 膨大な準備(Lv、武器)さえ整えば、あとは最大効率で稼ぐだけ、というのがMMOというものですから。
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