表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/66

022 Chapter2.焦土にくゆる白銀

 咽せ返るような血の匂いの最中、至る所に生命だった物の残骸が転がっていた。


 ある者は下腹部から臓腑を零れ落としながら蹲り、ある者は上顎から下が欠けた状態で天を仰いでいる。しかし大半の死体は仰向けかうつ伏せで、また首から上が存在しなかった。


 辺りに転がる頭部の山は、どれも自身が死んだと認識する前にその生命を終わらせている。故にどれも呆けたような表情で、何かを見下ろすように瞳孔を下へと向けていた。そして、その死を充満させた空間の中で唯一、生きている存在があった。


 それ――――まだ成人を迎えたばかりであろう少女が巨大なオークの亡骸の前に立ち、場違いなほど穏やかな表情で佇んでいた。



 腰まで届く艶やかな白い髪は半ば赤い飛沫に染まり、何処か現実離れしている可憐な横顔はこの惨状を見ながらに平静そのもの。なれど、この大地に流れる血よりも紅い瞳だけが、彼女が一体何を成したのかを伝えるが如く危険な色彩を帯びていた。


 そう、その手に握られた黒銀の刃が示す通り、凡そ数百……数千にも及ぶ魔物の群れは、たった一人の少女によって例外なく、方法は違えど殺されたのだ。


 今日まで明日が続くと思い込んでいた彼らの殆どは、相手が何者であるかを理解するより先に命を落とした。


 先ず、この矮小で愛玩動物のように可愛らしい少女を甚振って殺そうとした一つ目の鬼が、逆に心臓をくり抜かれて死んだ。次に突然の事で何が起きたかも分からず、激昂のままに襲いかかった人面鳥が八つ裂きになった。


 そこから先は、殆ど似たような事の繰り返しである。


 気付けば辺りは血の海へと変わり、大地は臓腑と死肉に埋もれた。


 これはたった五時間の出来事であり、その間に血の匂いに釣られてやって来たのを含めて、都合二千の魔物が平等に死を与えられる結果となった。今、ここに転がるどの魔物もレベルは150を超えており、土地によっては王や土着神として崇められるような存在だ。


 それを少女は、まるで家畜の屠殺でもするかのように屠った。他者の命を奪うことに喜びを抱くでもなく、涼やかな面持ちで淡々と剣を振り続ける姿は最早美しさすら感じられる。なれど、人の理を超えたその存在を伝える言葉を魔物たちは持たなかった。


 故にただ、死に沈む中でその濁った瞳が映すのは、死という概念を具現化した白銀のみなのである……。







 神聖歴1015年、私がこの世界に転生してから70年が経った。正確には70年と10ヶ月13日、時間が経つのはあっという間である。


 吸血鬼の寿命は永遠で、誰かに殺されるか自分で死を選ぶ以外では死なない。肉体の成長は17歳を過ぎた辺りで止まり、一切の老化を起こさず悠久の時を生き続けるのだ。混血(ハーフ)だとまた違うらしいけど、私は純血なので関係なし。おおよそ70年前と変わらない姿をしている。


 なお、変わらないのは見た目だけで、中身と私の強さの方は相当変化があった。


 70年も経つとそれなりに考え方も変わるし、感受性も少しは鈍る。後者はただ延々と魔物を殺し続ける殺伐とした日々を送っているからかも知れないが、まあ……色々と達観しましたよね。


 元日本人の感性は、死生観に関することには殆ど欠片も残っていない。生き物の死に心が動くことがなくなり、どうすれば殺しやすいかばかりを考えるようになった。お陰で魔物は楽に殺せるようになったけど、代わりに何か大事なものを失った気がする。


 人は……まだ殺したことが無いから分からないけど、魔物よりかは躊躇とか動揺するはずだ。確証はない。


 別に人間の倫理観を失ったわけではなくて、師匠にもその辺りの考えの重要さは耳にタコが出来るほど口酸っぱく言われた。だからルールがある以上はそういう考えには至らないと思うし、殺したいとも思わないだろう。


 逆にそういう話で言えば胆力は相当付いた。強い魔物と戦っていれば私も無傷では済まず、手足を何度かぶった切られたり吹き飛ばされたりしているが、今じゃ腕一本切り飛ばされた程度じゃ眉一つ……いや、痛いのを我慢している顔で済む。


 お陰で使えば使うほど伸びる固有スキルの成長も芳しく、【再生】は今や部位欠損が起こった瞬間に即座に完治するようになった。




===================

[名前]フランチェスカ [クラス]剣豪

[種族]吸血鬼 [性別]女


冒険者等級:未登録

称号:積み重ねし命血の花道


Level:110

HP:12067/12067

MP:3200/3200

EXP:60240/9145060


スキル:【再生+56】【活性+56】【高揚+56】【血塊身防+14】【並列思考+14】【忘我集沈+14】【血操+10】【血活蘇生+2】

===================

===================

STR:4970

VIT:2835

AGI:6012

MAG:879

DEF:540

MND:1406

===================


 これが70年の成果、もとい私がどれだけ魔物を殺して来たかの証明である。


 二次覚醒を終えてレベルは110へ、[剣豪]は別分岐である[ソードマスター]と違いかなり通常攻撃に寄ったクラスだ。ステータスも相変わらずSTRとAGIに偏っているが、敵の攻撃で何回か死にかけたのでVITも何気に結構上がったし、固有スキルも四つほど増えている。


 【忘我集沈】は多分以前にも別の形で使ったから分かるだろう。【血操】は自身の体内の血の流れを操ることで、【毒】や【出血】などの状態異常に微弱な耐性を得るスキルである。


 そして最後に【血活蘇生】だが、これは吸血鬼がレベル100で手に入れる固有スキルで『死に至る致命的なダメージを受けた時、一度だけHPが20%の状態で復活する』という……まあ、吸血鬼のアイデンティティとも呼べるものだ。


 死亡時蘇生はゲームだと、蘇生技の無いAAOでも他の種族の固有の方が強いこともあって微妙な評価を貰っていた。しかし、ここが現実である以上評価が覆るどころか、吸血鬼で良かったと思えるほど性能としてはぶっ壊れている。


 具体的に言えば『自分の血』か『他者の血』を得る事を条件に肉体を再構築することができる。


 どちらも当時はフレーバテキスト――――世界観を深めるだけでシステムに影響のない文章――――として説明欄の下に載っていた程度の存在感だったが、この世界だと明確な条件という形に変化したようだ。


 一度、サイクロプスという魔物に上半身を丸ごと吹き飛ばされた事がある。その時は脳を失っても、記憶が一瞬途切れただけで復活できた。つまり私は恐らく血を全て抜かれるか、肉体を塵一つ残さず消滅させない限り死なない。実質的な不老不死として、完璧に人間を辞めてしまった。


 因みに【血活蘇生】は一度発動すると96時間のクールタイムに入り、次に使えるのは四日後になる。このレベルの吸血鬼が、四日おきにパッシブで死亡時自動復活効果が付くとか最悪すぎるな。私だったら絶対戦いたくない、出会ったらまず逃げる事を選択する。


 






 ――――さて、そんな強くなった私でも、今は少し困った状況にある。

 

「わお、でっかい」


『悠長な事を言っとる場合か、早く剣を抜け!』



 私は70年間イルウェトにいたわけだが、修行に費やしていた期間が長すぎて、もう時間の感覚がヤバい事になっている。 まあ、正確には時間の経過は普通の人間と同じように認識しているが、非常に悠長というか――のんびり屋さんになってしまったのだ。


 例えば、大抵の人間は1時間も素振りをしていたら、飽きてそろそろ別のことをしだすだろう。それを私は10時間や10日というスパンでやっても飽きない。時間の捉え方が大きすぎて、何をするにも非常に長い時間を費やす事が出来る。


 実際、外で魔物を殺す時間が三割、籠もって修行している時間は七割。およそ40年の時間を剣を振って、筋トレをすることに費やしていた。


 そして魔物の駆逐に関しては、それはもう見事なサーチ・アンド・デストロイ。出会う魔物全てを殺して回った。殺せない魔物が居たら、前述のように修行をして殺せるようになるまでレベルを上げた。レベルが上がらなくなったら、技術で殺せるようになるまで鍛錬した。


 師匠に教えられた『世界を脅かす』類の魔物は生半可ではなく、それ一体を倒す為だけに恐らく20年は鍛錬に費やし――――この世界の真理に気づいた。


 魔物を殺すにはステータスも当然大事だが、それ以上に技術が重要だ。


 この世界はゲームでは無く、ただダメージを与え続けて敵を倒すような単純なシステムではない。逆に考えれば、それは別にバカ正直に殴り続けて倒さなくても、急所を狙って殺すことが出来るのを意味する。


 そう、DEFなど単なる数値に過ぎず、全身が全て同じ硬さなわけではない。柔らかい部位は当然存在するし、心臓、喉、脳、肺、動脈――――これらを傷つければ大抵の生物は他の機能が十全であろうと死ぬ。それまでどれだけHPを保っていても、一瞬で0になる。


 私よりどれだけ強かろうが、DEFがSTRに勝っていようと、連中は急所を貫かれて死んできた。私がレベル110のステータスで格上の魔物と渡り合えたのはそれが理由だ。殺すための技術を身に付け、それで効率よく命を奪った。


 しかし、それでも一向に結界が解除されない事を訝しみ、この数年間は原因を探っていた。


 結果、特定の種類の魔物が異様に多い事と、彼らの生息圏が狭い地域に絞られている事。そして、それら全ての魔物が決まって同じ場所からやって来たことを突き止めた。


 その場所というのが廃墟――――軍の施設の一部――――であり、イルウェト下層に存在する魔王城に繋がる転移魔法陣が設置されていた建物だった。


 転移魔法陣というのは、AAOにおける移動手段の一つ。管理している国や企業にお金を払うことで、対になる転移陣を設置している別の場所へと一瞬で移動できる。


 基本的に大きな都市には転移陣があり、ゲームでも同じ国家の違う都市はかなり楽に移動することが可能だ。それ以外にも個人の領地やマイハウスなどにも置けるので、私も自宅から全ての主要都市に行けるように転移陣を揃えていた。


 それと同じ物が今、私の目の前にもあるのだが……どうにもその上へと居座る存在がいた。


 瓦礫に張り付く肉の塊と、胎動する無数の赤黒い卵。そしてそれを生み出し続けている、全高が三メートル以上ありそうなエイリアンめいた人型の魔物がその建物に巣を作っていたのだ。


 粘液に覆われた光沢のある黒い外皮に、元々付いているものに加えて脇の下と腰から生えた三対の腕。関節は四つあり指は三本。そして頭部は前後に長く伸びた丸みのあるフォルムで、目は確認出来ないが代わりに顔の半分を占める口からびっしりと並んだ歯が見えた。


 サーチで確認した所、表示されたのが[アビス・クイーン][Lv.189]という表記。いわゆる女王蟻のような存在のようで、彼女が魔物無限湧きの原因になっていたようだ。


 私は周囲に侍っていた女王の親衛隊らしき魔物を一掃すると、徐にアビス・クイーンへと歩き始めた。相手も歪な威嚇音を立ててこちらを見ているが、自重がありすぎるせいかその巨体が動くことはない。代わりに、卵から孵化した魔物が立ち上がるや否や私へ襲いかかって来ている。


 どいつもこいつも生まれたてだっていうのに、レベルが100超えてるのはちょっとおかしくない? 中で成長してから出てくる仔サメタイプの方式なのかな?


「さて、久しぶりのボス戦だ」


 元凶が判明した私のモチベーションは(すこぶ)る高い。


 それに自分よりレベルが上の敵と戦うのは久方ぶりなので、緊張と共に高揚感が湧き上がってくる。痛いのは嫌いだが、どうにもこの数十年で命がけのやり取りというものに快感を覚えてしまったようなのだ。


 まるで甘い毒のような、嫌いになれない中毒性に冒されてしまった。こればかりは一度味を占めたら戻れない。前世でも体に悪い、止めようと思いつつも、結局煙草を止められなかったのだから尚更である。


 かくして、私はその死に近しいであろう場所へと――――内心嬉々として――――身を翻し、飛び込んでいった。


 

一気に時間が飛びましたが、「ここで長々と語るよりもさっさと話進めろカス」と内なる自分に言われた気がするのでカットしました。本番はこの先ですので、ご了承ください。ただ、合間の話は閑話で語る可能性があるかも……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] このほんは序盤の鍛えているストーリーが本格的に進む前でもけっこう面白いので閑話とかけっこういれてほしいです。あと、主人公変わりすぎ(笑)まあ、かっこいいけど。
[一言] 夜叉剣豪は5段目の覚醒でしたっけ? 私はまだ3回の変身を残しています! このボス突破で3段階目くらいは突破したいねー さすがにレベル上限カンストしてるとねーw
[良い点] あまり長々とトレーニングばかりやってても飽きちゃいますからねぇ(読者が [気になる点] 一定数以下にならないようにこんな魔物を仕込んでたのかな? [一言] そろそろ脱出かな? 主人公以外…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ