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021

 武器庫を出たので次に行くのは以前言った通り結界の端だが、どうやら歩いていくにはかなりの距離があることが分かった。


 殆ど一つの国土丸ごとを結界で覆っているらしく、徒歩なら数週間は掛かると知った時はその情報を教えてくれた師匠に蹴りを入れていた。


 別に歩いてもいいが、無駄に時間を浪費する必要もないので、今は呼び出した黒堂の背に乗って走ってもらっている。これが案外快適で、乗用車並の速度で走っているのに背中は全然揺れない。


 背中は広いので足を伸ばして座る事も出来るし、途中にいる魔物は黒堂が轢き殺してくれる。


 ペットのキルした魔物の経験値は主人たるプレイヤーにも入るため、移動しながら楽にレベリングが出来てしまう。それを危ういと思ったのか、師匠に魔物を見つけた都度降りて戦えと言われてしまった。


 まあ、私も実戦で高めたいタイプなので、それは全然構わないが。


 一日半走って戦ったのはハイリザードマンが八体と、アシッドスライムおよそ十体。それにサンドワームが二十五体、オークなんて言う私が見たことがある魔物もちらほらいた。因みにレベルのアベレージは120。


 戦った感想? そんなもん「Lv.185のベヒモスと戦った後だと全部雑魚に思えました」以外にない。[泡沫胡蝶]の効果も相まって、大抵八回くらい攻撃を当てると相手が血溜まりの中で卒倒してしまうのだ。


 これを見てまた危ういと思ったのか、師匠に無駄に耐久値だけ高い[ダルチタンソード]で戦えと言われてしまった。


 あと、敵を切った時に気付いたのだが、[泡沫胡蝶]は多分手入れが必要ない。


 理由は浴びた血を全て吸って、それで刀身を再生させているからだ。戦いの後に確認したら刃こぼれ一つ付いておらず、その上血糊を吸収しながら微細な傷を早戻しのように再生させていくのを見た時は少しゾッとした。


『まるで貴様のようだな、吸血鬼の小娘』


「……刀と私を一緒にするな」


 そして、もう一つ発見というか……やってしまったことがある。


 大きな傷を再生させる度に空腹の度合いが増していた私は、リザードマンの流す血を見てとうとう我慢が出来なくなったのだ。


 芳しい香りに喉が鳴って、鱗に鮮血が滴る度に口から唾液が出て止まらなかった。鉄臭さという認識は無く、私は血を前に、大凡のヒトが想像するような美味な食事を目の前に並べられた時と同じ反応をした。


 気付いたら死体に犬歯を突き立てて、血を啜っていたよね。


 血を吸うのに嫌悪感が無かったのがまた、自分が人間じゃないことを再認識されられた。味の方はと言うと、空腹も相まって非常に美味でしたという他ない。爬虫類の血は少し酸味が強くて、人間の味覚で言う柑橘類みたいな味の感覚かな?

 

 四体程リザードマンから血を吸ったら空腹は収まり、吸血衝動も今は消えている。ただ、血の味を覚えてしまったので、これからは定期的に摂取する必要があるだろう。再生に使うエネルギーも血液で補充できるようだし、ストックしておくのもアリだ。


『しかし、あれだ。貴様が血を吸うてる時のそれは……倒錯的というか、少し描写としては官能的であるな』


「なにそれ……エロいってこと?」


『……ゴホンッ! か、感覚としての話だ。別に吸血鬼の食事はやましいことではない、寧ろ純血に血を吸われるのは誉とも感じる者もおる』


「純血?」


 私が小首を傾げると、師匠はやれやれと言った様子で肩を竦めた。


『貴様、もしや自分が何者であるか分かっておらんのか?』


「何者って、吸血鬼……でしょ?」


『そう、その吸血鬼の純血だ。魔族の中でも特に高貴な存在として、場合によっては王と同等の権力を持つのだぞ』


「えっ……」


 やはり分かっていなかったと、師匠は溜息を吐く。


 ……確かに種族選択の時に吸血鬼の血統を選べた様な気がするけど、あれって単なる見た目の違いじゃないの? 純血は瞳孔の形が縦に長く全体的に色素が非常に薄いとか、混血は髪色が必ずメッシュで純血ほど薄い肌の色が選べないとか……。


『そんな事も知らないとは、一体貴様は何処の家の生まれなのだ……? 白銀の髪であればノスヴァルト家か、アロントーチ家か、ハイネベルク家が純血の血筋だが、あやつらの面影を貴様には感じない。それに公爵の家に生まれたのなら、それなりの教育がされている筈……』


「えっと、その……あはは……」


 そうか、そういうことか。


 この世界が現実である以上、プログラマーが配置してるのではなく、生きている人はみんな当然誰かのお腹から生まれてきているのだ。


 特に血統を大事にするらしい吸血鬼の純血は、私のようなプレイヤーでもなければ高い家格の生まれであることは絶対。ここで「両親はいません、家名もありません」なんて言ったら絶対怪しまれる。


 いや、もうなんかそんなレベルを超えた状況にいるけど、どう説明すればいいんだ……!?


「き、気付いたらここにいたのでそれ以前の記憶がなくて……」


『……まさか貴様、何もないところから突然現れました、なんて言うまいな?』


「いやいやまさか、お母さんのお腹から生まれて来た……はずだよ」


 そうです、そのとおりです。なにもないところに突然現れました。


『そうであろう、虚無から誕生したのは吸血鬼の真祖のみだ。しかし、記憶がないとなると……いや、これ以上はよそう。貴様にも色々と事情があるのだろう』


 おや、なんか師匠が勝手に考え込んだ挙げ句勝手に話を切り上げてくれたぞ。助かったが、何か私の予期しえない想像とかしてるんじゃあなかろうか……。 







 怪しげな暗色の空模様の下、荒野が延々と続くその最中に境界があった。赤茶けた大地と肥沃な緑の広がる草原との間に半透明の膜が張っており、見上げたとて何処まで続いているかも分からない。


 通り抜けようとすればまるで無限とも思える空間に体を挿し入れたような感覚にさえ陥るほど、その膜はけんもほろろに私の意思を突き放す。


「やっぱり無理か」


『当たり前だ、我も試さなかった訳ではないのだぞ』


 結界の前にやって来た私は、どうにか抜けられないかと色々試してみたものの、その全てが徒労に終わった。


 剣で斬りつけようにもまるで水に刃を入れているような手応えしか感じず、触れたら触れたで空気を押しているかの如く手応えがなく、足を踏み出せば不思議な力で一向に前に進まない。


 (まさ)しく暖簾に腕押し、最後の辺りはパントマイムでもやってるような気分だった。


「結界の解除条件は、結界内の魔物を一定数以下まで減らすこと……だったっけ」


『そうだ、そうすれば自ずと結界は役目を終え、消滅するだろう』


 私が尋ねると、師匠は確信を持ってそう答えた。が、そこなんだよな、この数十年間で一番疑問に思っていたことは。師匠の素性とか過去とかは別に死んでも知りたいとは思わないけど、何故結界についての情報を持っている?


「ねえ、師匠がどこでその条件を知ったのか教えてくれない?」


『……知る必要があるか?』


「ある、それが確かな物か判断するには」


 そして師匠はそれについて何かを隠している。というか、思い出したくないような感じで私の問答をいつも躱すのだ。そこまでして言わないのだから勘ぐるのも当然、ソースの無い情報を鵜呑みにするほど私は馬鹿じゃない。


 師匠が私を気にかけ、剣を教えてくれたから、今はその信用に免じて行動しているだけである。


『知ったら貴様は我を軽蔑するぞ』


「しないから言ってみ」


『いいや、そういう奴に限ってするのだ! 絶対に言わん!』


「だからしないって、そもそも下がる程師匠の人間性の評価高くないし!?」


『なぬ!?』


 まるで意固地になった子供だ。これは重大な秘密と言うよりも、彼個人の感情が理由で言いたくないと思われる。その辺りは本当に本人にしか分からない矜持があるので、正直無理に問いただすのは気が引ける。気が引けるのだが、私がそういう事情を鑑みないのはもう分かっているだろう。


「……別に、どんな悪逆非道な行為に手を染めていようが、私にとってはどうでもいいと言うか。これから魔物の虐殺する身からすると、寧ろ師匠がとんでもない悪人だった方が罪悪感無くなると思う」


『なんだその無茶苦茶な理屈は……』


「だ……だー、かー、らっ! 言えばいいじゃん、サラッと、恥ずかしい物だと思うから余計口にし辛いんだって。ほら、ここには私しかいない、言ってみ?」


 若干ヤケになった私が顔を赤くしながらそう言うと、師匠は観念したように溜息を吐いた。


『……我が頼んだのだ』


「へ?」


『この地へやって来た人間の術士に、我が頼んだ』


 そうして告げられた話に驚かなかったと言えば嘘になる。


 曰く――――師匠は戦争中、逆侵攻して来た人類に殺され、その死に際にこの地を結界で封じることを懇願したのだ。「何故そんな事」と聞けば、魔王軍に加担した部外者に背中から刺されたとか。その部外者というのがどうにも名高い悪神の信者で、師匠も魔王には手を組まない方がいいと忠言したらしい。


 ただ、魔王軍に大量の魔物を操る術を教えたのが彼らで、一時はそれで戦況は優勢だったとも語っていた。


『奴ら、始めから魔王様が狙いで我らに近づいて来たのだ。そして逆に人類に攻め込まれたのを頃合いと見て、本性を現しよった』


 獅子身中の虫ではないが、懐に入れた部外者は魔王軍が劣勢と見るや潔く裏切り。本営である魔王城にて将軍や元老院の貴族を殺して姿を消した。


 その後、何故か制御下にあった筈の魔物たちが暴れだし、前方からは人類、後方からは言う事を聞かない魔物の軍勢に挟まれた魔王軍はあっけなく壊滅した。黒堂という例外もいるので、勿論全ての魔物が暴走したわけではないが、それでも殆どの魔物が魔族を殺して回る地獄が繰り広げられたらしい。


 中には裏切り者たちが連れてきた天災を巻き起こすような魔物もおり、このままであれば魔族だけでなく関係の無い国の関係のない一般人にまで被害が及ぶと考えた師匠は、自身を追い詰めた人間の集団に懇願した。


『どうか、永劫この土地を封じて欲しい』と。


 それを承諾した結界術士が『範囲内の魔物が全体の一割を切るまで続く』結界を彼ら自身が人柱となり、絶対に破れぬ物として張った。師匠がレイスとして蘇ったのは、この地がどうなったのかという心残りのせいでは無いかとも言っていた。





『貴様がこうして閉じ込められているのは、過去の魔族が……我が原因だ。それ故口にするのが憚られ……軽蔑してくれて構わん』


「……」


 珍しく恥じ入るような態度でそう言った師匠をジッと見つめる。言っていることは全部本当なんだろう。私がここから出られないのは結界のせいだし、師匠が結界を張る理由の一端を担ったのも事実……だからこそ、


「それだけ?」


『は?』


 私の口からはその言葉が自然と(まろ)びでていた。


「いや、それだけなのかなぁって。『敵の人間を閉じ込める為にやった』とかならまだしも、それだけだったら別になんとも……」


『だが、そもそも我らが結界を張らなければ、貴様はここに閉じ込められてはいなかったのだぞ』


「師匠が魔物を閉じ込めたのと、私がここから出られないのは違う話でしょ」


 そう言うと、師匠は口を噤み、ただ申し訳無さそうに二つの光を細めた。


 第一、時系列を考えれば後から入ってきたのは私な訳で、その責任が師匠にあるはずがない。それに師匠は他の国や、ひいては世界の事を考えてその選択をしたのだ。少なくともAAOにいたNPCは一兵卒でレベルが30とかなので、ここにいる100レベルを超える魔物が外の世界に出て行ったら相当やばかったであろう。


 尤も、外の世界にプレイヤーレベルで強い人物が居ないとは限らないが、そんなものは少数なのは容易に想像がつく。よって師匠の判断は正しい。結界による封印を施した人間たちも含めて、私は寧ろ尊敬の思いすら浮かんだ。


 ……絶対口に出して言わないけど。


「それに、ここから出る力を師匠はくれた。結界は私が必ず解く」


 私は確固たる信念を以て私は目の前の亡霊へとそう告げ、結界から踵を返して歩き始めた。 

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[一言] プレイヤーが特殊とはいえ無から生まれてるから真祖なんじゃ… ひょっとして始祖の末裔のアクたんより格上?
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