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020

 ここに来た本来の目的を達成するために、私と師匠は漸く砦の中へと歩を進めた。内装は元いた砦とさして変わらず、一つだけ鋼鉄で作られた物々しい扉の部屋があった。


『やはりベヒモスが守護していたお陰か、随分綺麗だな』


 ここには死体が転がっているということもなく、道中無事な引き出しやチェストから布類と油などを拝借。インベントリに仕舞えば鞄要らずなので、必要な物はどんどん回収していく。そして運の良いことに、油紙に包まれて固形石鹸が数個程保管してあった。


「ラッキー、これで体と服が洗える!」


 体臭は然程だが、服の方は色々汚れっぱなしなので水洗いでは追い付かなくなって来たところだ。余裕が出来たら水場を見つけて全部洗濯したい。


 あと見つけたのは、ゲーム内にもあった[冤罪の山羊角]と[閃光石]という二つのアイテム。前者は使うとプレイヤーそっくりの実体を持つデコイが現れる山羊の角で、後者は激しい光で敵を暗闇の状態異常にする投擲アイテムである。


 そして本命、武器庫を探して鋼鉄の扉を開けると、案の定地下へと続く階段があった。緩やかな傾斜になっているそこを降りることしばらく、またもう一つ扉を挟んだ後に倉庫のような出で立ちの部屋に辿り着く。


「おぉ~」


 倉庫は師匠のいた地下室とは比較にならないほど大きい。それでいて棚や物がみっちり詰まっていて……これ、綺麗に残っているとか言うレベルじゃないな。荒らされた形跡もないし、槍が並んで立て掛けてある場所から数本無くなっている程度だ。


『さて、貴様の欲する武器はここにあるか?』


「それは探してみないと分からないさ」


 私は槍などの長物や斧の置かれたスペースを素通りし、剣が保管された場所を探して歩く。手前側にも剣は何本かあったが、拾った物と変わらない性能をしていたのでスルー。奥に行くにつれて武器と防具のグレードが上がっているようだが果たして、ゲームで言うレア以上の物があればいいのだが……。


「おや」


 と、早速それらしき豪奢な剣を発見したが、アイテム化して情報を見ると微妙な性能だった。多分砦で行われる儀礼用の剣か何かだろう。状態だけはそこそこ良く、これなら他の剣も期待できる。私はそれを元の場所に戻すと、また更に奥へと進んでいく。


 途中で攻撃力は並――――ゲームであれば店売りの一番安いもの――――で耐久値が異様に高い剣があったので一応インベントリに突っ込んでおいた。予備はいくらあっても困らないからね、使い潰してもあんまり心が傷まないし。


「ん~……無いもんだなぁ」


『お気に召さないか。どれもそれなりの業物だとは思うがな』


 師匠やこの世界の住人にとっては多分十分なんだろうけど、私からするとやっぱり物足りないというか……補正値と銘付きで且つ特殊効果がないとどうしても昔使ってた武器と比較して見劣りする。


 我儘言っているのは分かるが、どうせ使うなら強い武器がいい。


「あれ?」


 そんなことを考えながら歩いていると、鎖が何重にも巻かれた箱が棚の一番下に仕舞われているのを見つけた。丁度120cm程の縦長のシルエットで、存在感の割にまるで隠すような意図さえ感じられる形で奥へと押し込まれている。


 気になった私は手前の箱を全部動かしてそれを引きずり出し、巻かれている鎖を無理やり手で引き千切った。スライムとの連戦でレベルが上がり、STRは1000を超えているのでこの程度はなんてことない。


『貴様……ここまで厳重に保管されているのだ。危険な物かも分からないのだから、もう少し丁寧に扱え……』

 

 後ろで師匠の小言を聞きつつ、箱を開けると中にはまた棒の様な物を入れた袋が。剣道の竹刀袋のようなそれを持ち上げると、それなりに重量感がある。私は開け口を縛る紐を解き、中身を引っ張り出す。


「刀?」


『刀だな』


 中に入っていたのは私の予想通り剣……かと想いきや、刀に酷似した形状の武器だった。暗視状態なので色味は分からないが、鞘や柄の縁取りは非常に精緻で美しい。武器というよりも、観賞用の芸術品として作られた物ではないだろうか? 一応インベントリに入れて、名前と性能を確認――――


「ふえぇっ!!?」


『どうした?』


 した瞬間、予想し得なかったその文字列に、私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


===================

[泡沫胡蝶(うたかたのこちょう)+14]

STR+275 【瀉血徴収】


【瀉血徴収】

泡沫胡蝶によってダメージを与えると、対象に【出血】デバフを付与する(最大5スタック)(1スタック毎に効果が26%上昇)/【出血】が付与された対象は毎秒最大HPの3%ずつ体力が減少する(最大8秒)/最大スタックまで【出血】が付与されると【大出血】に変化する/【大出血】状態の敵に与えるダメージを1.3倍する/通常攻撃とWSにて与えたダメージの20%のHPを回復する

===================


 いや、物足りないとは言ったけど、これはちょっと他の剣と比べて強すぎだって! 上昇するステータス自体はまだ、序盤ボスの……レアドロップくらいだ。しかし、特殊効果の方がやばすぎる、それも【大出血】が特に。


 どれくらいヤバいかと言うと、この【大出血】の状態異常は強すぎるが故にボスモンスターしか持っていない。その効果は驚異の毎秒7%の継続ダメージ(最大10秒)で、付与された瞬間に受けたダメージと合わせて回復が間に合わなくなる事さえ日常茶飯事である。


 そもそも【出血】の時点でプレイヤーメイド、つまりプレイヤーが装備を作る際には、かなりの確率で付与を指定される効果だ。それがスタック式で、しかも最大まで貯めると【大出血】になるとかぶっ壊れも良いところ。


 たとえレベル1のプレイヤーであっても1ダメージさえ与えられるのなら、理論上はレベルカンストのボスだって倒し切れる。


「これはやばい、師匠、これやばいよ!?」


『お、落ち着け小娘。顔がおかしなことになっておるぞ』


 しかもだ、この武器は強化値が+14ということは恐らくまだ【改化】すらしていない。


 武器としての格を文字通り一つ上の次元に上げるそのシステムを使えば、追加の特殊効果付与と強化の最大値を伸ばす事ができる。もっと説明するとAAOには【改化】【真化】【極化】【神化】【絶化】という5段階の武器強化システムがあり、【絶化】まで行けば強化値は+999まで、特殊効果は追加で2個付与されることになる。


 +1される毎にステータスは大体数パーセント上がるので、【絶化】を目指すのがプレイヤーにとっては普通。私もよく使う武器は軒並み【絶化】していたが、そこから強化値をプラスして行く作業は地獄だった。


 素材には専用のオーブを使い、【絶化】後に使うオーブをドロップする敵が、レベルカンスト勢10人で挑んでも偶に全滅するようなダンジョンの敵しか落とさないのだ。しかも一週間のドロップ量に制限もあり、毎週制限がリセットされる度にギルメンと地獄のダンジョン周回をしていた。


 話が少し逸れたが、この武器は恐ろしい。最大まで強化したらどうなるのか、想像もつかない程ポテンシャルを秘めている。というかヤバすぎて見なかったことにしたい。


 でも、これ、使ったら絶対楽しい……楽しい……。








「結局持って来てしまった……」


『まあ、良いではないか。武器としてはこれ以上無いのだ』


 地上に戻って来た私は、道なき荒野を歩きながら自分の腰に提げている――――黒漆と緋色の装飾が美麗な――――刀剣を見てなんとも言えない表情になっていた。


 地下で思った通り[泡沫胡蝶]はその見た目から見惚れる程に美しく、鞘だけでも数時間は眺めていられる。そして抜き放った刀身はそれ以上で、黒銀の刀身と濃い茜色の刃文(はもん)の色合いは見るだけで溜息が出てしまう。


 それと特殊効果の確認の為に指先を少し切って見たら、八秒間小さな傷口からあり得ない量の血がドバドバ出てやばかった。私の場合【活性】でダメージはほぼ相殺だけど、武器の性能は迂闊に自分で試すもんじゃないわ。次からはちゃんと魔物で試そう、"殺してもいい"魔物で。


 一応言っておくが黒堂を見逃したのは例外で、基本的に敵対する魔物は全部殺すつもりだ。


 どうあっても私の目的はここの脱出。『魔物さんが可哀想だから』なんて言って、何も出来ないのは本末転倒。私は相手にも意思があり、感情があることを知った上で殺すと決めた。魔物という存在の意義がAAOと同じなら、殆どの相手も私を殺す気で襲ってくるだろう。


 黒堂のように無闇な戦いを望まない相手は、その都度どうするか考えることにした。


「……魔物は、人類の敵」


 基本的に魔物は自分たち以外の種に対して非常に敵対的であり、特に人間は殺害の対象であると言ってもいい。そうでなければゲームとして成り立たないというのもあるが、AAOにはそれに説得力を持たせる設定が一つある。





 ――――今私がいる時代から更に数千年前、人類と戦争をしていた者がいた。


 それは魔族ではなく、魔族よりももっと恐ろしい存在であり、また人智を超えた力を持っていた。彼は人類という存在を許容せず、滅ぼす為に新しい生命を生み出した。それが魔物と呼ばれる存在である。


 魔物は本能的に高い攻撃性と人間への憎しみを植え付けられており、生まれた瞬間から人間を駆逐する為の兵士だった。だが、それを生み出した者は一つの誤算をしていた。生み出された魔物は爆発的に数を増やし、そして創造主へと牙を剥いたのだ。結果的に人類と魔物との三つ巴の争いになり、元より敵の多かったその者は敗走し、どこか違う次元へと消え去った。




 ……というのが昔話という体で聞ける民家がゲーム内にある。


 こと今に関して言えばこれが歴史上の出来事として現実化している可能性は大いにあり、私も何らかの形で関わることもあるかもしれない。


 因みに魔物は数千年の間に意図的に組み込まれた遺伝子情報が薄れていき、時折テイムできる固体が出てくるようになったという考察をどこかで見た。


 あくまで考察なので公式ではなく、かくいう私もなんとなく違うのでは? と密かに思っている。でなければ魔族が大量の野生の魔物を調教出来る理由がわからん。


 そんな思案に耽っていると、視界の先に二足歩行の蜥蜴(とかげ)のような魔物が姿を現した。すかさずサーチをし、相手の名前とレベルを確認。


「[ハイリザードマン]の[Lv.117]か、今ならやれそうだな」


 そう独り言ち、一度師匠の方を見てから私は剣を抜いた。

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