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018

 真っ向から迎え撃つことで責任を取ると、そう決めた。


 頭部だけで自身の倍はあろうかというその巨体は、真っ直ぐに私へと向かって来ている。怒り悲しみ、その慟哭のままに全力で私を殺そうとしていた。


『……貴様、本当に逃げる気がないようだな。死ぬぞ?』


「多分、こうなったら逃げても追ってくるから。だったら向き合って対処した方が安全だと思う」


 今からアレを倒すと言えば、無理だろと自分で言いたくなる。


 正直に言って、ステータスに差がある私がベヒモスの攻撃を受ければ最悪即死もあり得る。


 しかし、生きて止める以外に選択肢はない。そしてそれは決して不可能ではない。可能であるならば成功させる為に全力を尽くすだけだ。


 ぶっちゃけ、半分はただの感情論なんだけど……。


 意地で命を捨てる馬鹿になるつもりはないが、私にも譲れない不文律がある。


 何が私をそうさせたのかは分かっている。ベヒモスの孤独が理解出来てしまったからだ。前世で温い諦観に染まって、生きる事を放棄していた頃の自分と重なってしまった。


 一人だと悲しみの行き場も、置き場も無い。


 師匠という存在が居なければ、私は孤独に負けて――――今もあの洞窟の隅で蹲っていたかもしれない。心剣流を教えて貰えず、スライムに殺されていたかも知れない。


 だから孤独な誰かを見ると、どうしても救ってやりたくなる。「俺はちゃんとお前を見ているぞ」と、そう言ってやりたくなるのだ。


「グモオオォォォ!!」


『フラン……!』


 凄まじい圧力とともに私の体を撥ね飛ばす勢いで迫るベヒモスの頭部を、私は両手を広げて迎え入れる。直後、数トンはくだらない体躯が、その華奢と言える胴体を跳ね飛ばさんと衝突した。


「――――ぐッ」


「ガッ!?」


 なれど、私は踏みとどまった。


 トラックにぶつかった方がまだマシ、なんて思えるレベルの衝撃を受け止めたのだ。堪える為の足は深く陥没した大地に沈み、十センチ程後退りはしたがベヒモスの突進は止まっている。


「き、効いたぁ……」


 当然体の方は無事なわけがなく、ぶつかった瞬間に耳を塞ぎたくなるような鈍い音を立てて鎖骨と肩の骨……多分肋骨も数本折れた。直接その頭部を受け止めた両腕は、力の入れすぎで血管が膨張して破裂しているし、衝撃に脳みそが揺らされて視界もぼやけている。


『な……フラン、無事なのか?!』


「こ、れが……無事に、見えるか……」


「グガッ、グゥアァァァァ……!」


 突進が止められた事に困惑するベヒモスは、尚も私の体を押し込もうと力を入れている。


 お陰でミシリ、と腕の骨がそろそろ限界だと悲鳴の軋みを上げ、折れた胸骨が肺に刺さって吐血した。が、それでも私の体は人の形を保ったまま、ベヒモスと押し相撲を継続できていた。


「っふ、ぐぅ……どうした牛公、お前の力はこの程度か?」


 その理由は、私の使った固有スキルにある。


 私が使ったのは、[吸血鬼]がレベル50で取得出来る【血塊身防】と言うもの。効果は単純明快、体内の血液を凝固させて鋼鉄並みの硬度を得る防御強化だ。


 基礎VITが高くDEFの低い吸血鬼は、HPが高いだけで威力のある攻撃を受けると脆い。そこをサポートするのがこのスキルであり、瞬間的に防御力を上昇させることで前衛としての性能を補強してくれる。


 元より基礎の防御力を捨てて、攻撃性能に特化させるのが最も正しい吸血鬼の運用方法だ。硬いのは一瞬だけだが、正規のタンク職が死ぬような攻撃も受けきれるため、一瞬だけ吸血鬼が敵のヘイトを持つような使い方もされる。


 つまり、どれだけ痛い攻撃だろうとも、一瞬だけなら耐えられる。


「グガァァァアアア!!」


「来い――――」


 上体を擡げて今度は上から圧し潰そうとするのを、私は前脚を支える形で受け止めた。


「い゛っ……!」


 今度は相手も力を入れやすい部位ということもあり、受け止めた瞬間手首の骨が折れる。スキルで防御力を上げてこれは、素で受けたらとっくにミンチになっていたことだろう。


「……どうだ、また受け止めてやったぞ」


「グゥ……」


 引き攣った笑みを浮かべてベヒモスを仰ぎ見れば、先程よりも困惑の色を深めた琥珀の瞳と目が合った。「一体こいつは何をしたいんだ」と言わんばかりの表情に、私は一笑して腕に力を籠める。


 次第に前脚が押し戻されていくと、ベヒモスは自ずと身を引いて私から離れた。反撃もせず攻撃をただ受け止めるだけの相手に、どうするべきか様子を伺っているらしい。その間にも折れた骨は【再生】で接がれ、取り敢えずの応急処置は済んだ。


 それと同時に空腹度も増したが、今は気にしている場合ではない。


「来い、まだいけるぞ」


「グルァ……!」


 インベントリから、間に合わせに拾って来た中で最も上等な武器を装備する。性能で言えば[鉄の直剣]よりも攻撃力は高いが、ベヒモスを相手に取るならそれも誤差の範疇だ。


「ガルルルァッ!」


 巨躯の飛びかかりを避け、返しに[ブラッド・ソウル]を発動させた重撃を前脚へと放つ。なれど、私の剣は魔獣の薄皮一枚削いだだけで、大した痛痒にもなってはいない。


 硬すぎる――――というよりかは、私のSTRとDEFに差がありすぎるのだろう。スライムを狩ってレベルが50まで上がったとは言え、まだ奴とは100以上もレベル差がある。まともにダメージが入ることを期待して攻撃するだけ無駄だ。


「ガアアァァアア!」


 それでも攻撃が避けられただけでなく、反撃をされたベヒモスは多少驚いている。恐らくこの辺りでは強すぎて、他の魔物に反撃された事すらないのだろう。慌てて密着する私を引き剥がそうと、頭を振り回して角での薙ぎ払い攻撃を仕掛けてきた。


 それを曲芸のように体を捻って飛ぶことで避け、着地際にまた前脚へと剣を振るう。


 よし……AGIだけならほぼ互角だ。こちらから攻撃はせず、回避と直後のカウンターのみに集中していればなんとか戦えるぞ。


「ガルッ……ガァ!」


 攻撃を受け止められた上、避けられてしまったベヒモスは子供の駄々のように地団駄を踏む。


「どうだ、私はお前より強いんだ。分かったか?」


 嘘だ、私はベヒモスより弱い。ちょっとした判断ミスで死にかねないし、今だって出せる限りの全力で向かい合ってこれである。


 まさに一つのミスで死ぬプレイヤーと、桁違いのHPとステータスを持つボスの構図だ。しかし、だからこそハッタリでもなんでも口にしなければやってられない。その言葉を理解したのか、ベヒモスはいきり立って前腕を私へ向かって薙ぎ払う。


「それでいい」


 私は破滅的な一撃を紙一重で躱すと、また同じ箇所へとカウンターを放った。


 ここまで苦戦したことがないベヒモスは、段々と動きに精彩を欠きはじめる。最初に受けた突進以上に鋭い一撃が降ってこない。その後も怒りに身を任せた攻撃は躱され、都度ベヒモスは私からの痛くもない反撃を食らい続けた。


 風圧だけで骨が軋むレベルの攻撃に、私の体もそれなりにしんどいが。治りかけの肉体はかなり悲鳴を上げているし、さっきから走る激痛に脂汗が止まらない。


 それでも戦えば戦うほど、疲労と痛みに比例して動きのキレが増していくような気がする。そしてそれは決して勘違いではなく、短時間での進境著しい私の目はベヒモスの動きを完全に捉えてた。


『この戦いの中で動きを見切ったか。流石と言わざるを得ない目の良さだな』


 唸りを上げて宙を裂く爪を横目に躱し、カウンター。噛みつきを懐に潜り込んで、カウンター。突進の軌道を読み、交錯するようにその体に剣を走らせた。


「そろそろ、限界じゃないのか?」


「ガッ……!?」


 その直後、ベヒモスは体のバランスを崩して倒れ込む。脚に力が入らないのか、起き上がろうとしても中々上手くいっていない。それもその筈で、今の奴は《ダウン》状態なのだ。


 AAOでは魔物の部位によって耐久値が設定されており、それを削り切ることで一定時間のダウンを取る事ができる。現実的な表現として反映されたそれは、足の腱の切断という形で以て現れた。


 あの体躯は恐らく三本の足で支えきれるものではない。流石のベヒモスとて、暫くは立ち上がれないだろう。奴が自身の耐久力を過信し、弱点でなければと受け続けた結果だ。


『涓滴岩を穿つ。寸分違わず一度与えた傷口に攻撃を与え続けた忍耐の結果だな』


「終わりだ、ベヒモス」


 ゲームだとダウン中は弱点を攻撃し続けるだけだったが、今は鍛えようのない柔らかい部分……眼球から脳を穿てばベヒモスは一撃で絶命する。私がただそこへ剣を押し込むだけで、覆しようのない筈の戦いに勝利することができるのだ。


「グル……」


 奴もそれを悟ったのか、既に暴れる事無くその身をジッと横たえている。


「こっちの事情でお前を殺すから、私を恨んでもいい」


 私は眼球の前に剣を突き付けてそう言う。琥珀色の瞳は白い髪の少女を映しており、先程までの悲しみを湛えた物とは違って見えた。


 まるで敬意と受容、相手を認めたようなその目は――私に向けられているのか?







【TIPS】


[血塊身防ブラッド・オブ・ハーデン]


全身の血液を凝固させる事で7秒間にDEFを固定値で3000上昇させ、効果中はどれだけ大きなダメージを受けてもHPが必ず1残る。他の種族も同系統の固有スキルを持ち、例として[人間]であればHPが強制的に1になる代わりに、パーティー全体に消費したHP分のバリアを張る【鋼鉄の意志(アイアンウィル)】というスキルを取得できる。

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