016
アシッドスライムとの死闘の後。
【活性】と【再生】でもすぐには回復しきれない疲労と怪我を回復させるために、私は珍しくとても長いこと眠っていた。目を覚ましても暫くは微睡みの中から抜け出せず、少しだけ空腹感があることに気付いて漸く徐にベッドから体を起こした。
「んーっ……」
淑女らしくお行儀よく伸びをし「そういえば」と左腕を見れば、肉体を元の形へと再生させる文字通り【再生】のお陰か傷は完璧に回復している。体調も概ね問題はなさそうだし、寧ろ以前よりよっぽど調子がいい。
『起きたか、小娘』
「……私、どれくらい寝てた?」
なんとなく会話の種にしようかとそう尋ねれば、師匠は指で1という数字を作って私に見せた。
「あれ、一日だけなんだ、てっきり二日くらいは寝込んでたかと」
『違う、一週間だ』
「あっ、はい」
どうやら一週間ぐっすりと、それはもう死んだように眠っていたらしい。この体になってから色々驚きはあったが、一週間も眠るなんて初体験である。あと、お腹空いたのも何気にこの二十数年ではじめてかもしれない。怪我が大きすぎて、再生にエネルギーを沢山使ったせいだろうか?
いや、それよりも何か大事なことがあったような気がする。私の目的の過程にあるなにか、これを達成するためにあんな無茶をした何か……そう、ステータスだ。
「よし、見よう」
実はあの時にレベルアップしてから、まだ一度も確認していない。
ちゃんと落ち着いて見たいというのもあったし、戦いの直後は疲れすぎてすぐにでも寝たかった。別にすぐに確認しなくても上がったステータスは逃げないからね。ゆっくりじっくり、どれだけ上がったかを堪能させて貰うではないか。
「ではでは」
いつものようにルーン文字を描いてメニューを開き、ステータス画面を……オープン。
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[名前]フランチェスカ [クラス]剣士
[種族]吸血鬼 [性別]女
冒険者等級:未登録
称号:ジャイアント・キリング・イン・ザ・スライム
Level:50
HP:3120/3120
MP:1250/1250
EXP:0/3825000
スキル:【再生+1】【活性+2】【高揚】【血塊身防】
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STR:1330
VIT:685
AGI:1602
MAG:165
DEF:138
MND:226
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まあ、なんということでしょう。あれだけ貧弱だったレベルが一気に30も上がり、今ではステータスが一部四桁を超えています。四桁ステータスは大体敵の強さと比較しても80レベル相当なので、今ならアシッドスライムも余裕で狩れるはずです。
と……冗談はさておき。たった一体のスライムを倒しただけで、これだけ飛躍的に成長したのも全て鍛錬値のお陰だ。他の余り上がっていないステータスを見ると、一度のレベルアップで大体30以上も数値の伸び方に差が出ているのが分かる。
一見インフレしてるように見えるものの、魔法職ならこれがMAGとMP及びAPに偏るだけだ。どの職業でやっても大抵二、三つのステータスが突出するのが普通である。
アビリティの部分にある種族・職業の固有能力にプラスも付いて成長している。性能が微妙に上がっているはずなので、今後ともお世話には……【再生】先生にはあまりなりたくはない。
増えた称号は確か、50以上レベルの離れたスライムを倒すと貰える奴だったはず。このゲームにおける称号は名前の下とステータス画面に新着の物が表示され、付け替えや固定も可能だが特に意味はない。他のゲームだと特殊効果とかあるけど、AAOにおいては本当に何の意味もない文字通りの称号である。
強いて挙げるなら、高難易度ボスを倒した時の称号を付けてると周りのプレイヤーから「スゲー」って言われるくらいだ。私もちやほやされたくて頑張ったことがあるので、コレクション要素としては人気が高かったな。
さて、色々と確認出来たところで今後のことについて考えたいのだが、私はそれに関わる大事なことを一つ思い出した。ステータスに次いで大事なことと言えば……そう、武器についてだ。
アシッドスライムとの戦いで初期武器である[鉄の直剣]を失った私は丸腰。これからどうやって魔物たちと戦って行けばいいのか分からないのである。一応この砦の兵士たちが持っていた剣はあるにはあるが、どれも放置されて久しい、一、二回の戦闘で保てばいい方だろう。
「師匠、この辺りで武器が調達出来る場所とかって……流石に無いよね?」
『無いな。少なくともこの砦周辺にはない』
まあ、概ね予想していた通りの返事である。別に以前のように『あるぞ』なんて答えてくれるなんて思ってない。偶然はそう何度も重ねて起きはしないのだ。
『だが、そうだな……ここからずっと東に行った所になら、もう一つある砦の中に大きな武器庫があったはずだ』
「ふむ……武器庫」
如何せん戦争から五十年経っているので状態がどういうものかにもよるが、この世界のモデルは一応ファンタジーRPGという題目で作られたゲーム。錆びないような、こう……不思議な加工がされている武器があってもおかしくはない。あわよくばゲームでも強かった武器とか拾えたらとも思うけど、それは期待しないでおこう。
私はこうして目的地を定めた……と、その前に。地下から出ると周囲を見渡し、砦の少し離れた地点にモゾモゾしているアシッドスライムの群れを発見。一週間もあればどっか行ってるとも思ったが、まだ近くに留まってくれていたようだ。
それを確認すると、今度は砦内の倉庫や死体から武器を剥ぎ取る。無事な物を全部集めて四十本くらいなので、間に合わせとしては問題ない。予定としては後十……いや、あれを全部狩ってから武器庫に向かい、そして結界を調べに行こうと思う。
今なら然程苦戦すること無くスライムを倒せると思うので、一日もあれば全部狩り尽くせるはずだ。元より私の目的は魔物の殲滅、ここで見逃す理由もない。
「さあ、私の糧になって貰うぞ、経験値共」
そうしてちょっと臭いセリフを吐きつつも、やることは一匹ずつ釣りだしてちまちま殴るだけ。
本日の一体目は取り敢えず無傷で勝とうという目標を立て、少し時間が掛かったものの一週間前よりは大分早く倒すことができた。
二体目も同じ戦法で倒し、三体目に取り掛かる頃には我ながら大分調子に乗っていたと思う。途中で結構肝の冷える場面があって、思わず小さい悲鳴を上げてしまった。やはり油断大敵、初心に帰った私は非常に冷静に手堅く、それでいて迅速にスライムを狩っていく。
レベルが上ったことの恩恵は大きく、最早油断さえしなければスライムは敵にすら成りえない。しかも倒せば倒す程追加でレベルアップするものだから、最後の方は一体目の半分の時間で倒し切ることができた。
途中から戻って来ない私を探しに来た師匠に見守られながら、最後は殆ど【一重紙切】の練習台としてスライムは無事狩りつくされた。
そして最後の一匹で、消滅して行くスライムの中からアイテムがドロップした。半透明の球体で、核と良く似ている。触れた途端自動的にインベントリへと収納され、【Item】のタブを開くと[アシッドスライムコア]と言う名前のアイテムであることが判明した。
使い道は追々考えるにしても、AAO同様魔物を倒すとアイテムをドロップするという情報を得られたのは収穫だ。ゲームで有用だったアイテムもまた手に入れることが出来るし、この土地の未知の魔物からのドロップも期待出来る。
◇
赤茶けた荒野を往くのは白い少女と黒い亡霊。
スライム狩りの翌日、東の武器庫を目指し歩き始めて三時間。
二十年掛けて漸く外を歩けるようになった私は、生温い空気の世界であってもこうして地下から出られたことを嬉しく思っていた。だってそうだろう、人間明るいお日様の下にいるのが普通なのだ。地下に籠もってばかりいたら病気に……
「私、吸血鬼だったわ……」
『何を当たり前のことを呟いておるのだ』
普通吸血鬼は太陽を嫌い、夜以外に活動することがない種族である。それを超克した始祖と呼ばれる吸血鬼の加護によって、眷属たる私たちも太陽の下で灰にならず動けるのだ。因みに始祖自体はストーリーに出てくることはないが、その直系の末裔はメインストーリーに深く関わってくる存在だったりする。
末裔の名前は『アーク』、通称アクたんだ。
齢百を超える高齢ながら、見た目は十歳かそこらの少女という合法ロリっぷりに、主要NPCの中ではプレイヤーにかなり……いや、特定の趣味を持つお兄さんたちに絶大な人気を誇っている。そしてサブクエでアクたんから貰える装備がべらぼうに強い為、私も色々な意味で彼女にはお世話になった。
アクたん、この世界にもいるのかなぁ……?
いるならば是非会いたいが、多分まだ生まれてないんだよね。少なくともあと三十年は後だし、私はここからいつ出られるのかもわからんし。
そんな過去の思い出に心を馳せていると、地平線の先に人工物らしき物が見えてきた。恐らくあれが武器庫のある砦だろう。遠目から見える分にも私のいた砦より綺麗で、健在のように思える。これはちょっと、期待してもいいんでないか?
だが、もう目前と言えるほどに砦へと近づいた時、私はそこに覚えのある姿を見た。
禍々しいねじれた双角を持ち、黒毛で、顔と手足は肉食の獣のそれだと言うのに体躯は牛のように巨大な魔物。忘れる筈がない、奴は二十一年前、ここへ迷い込んだばかりの私が始めて出会った存在だ。
「……よお、二十年ぶりだな」
故に、そう言わざるを得なかった。
奴もまた、私がいずれ狩る予定だった魔物の一体なのだから。
「グルルルル……」
私が声を掛ける前からこちらに気付き、その魔物は低い唸り声を上げていた。サーチで情報を探れば[ベヒモス]という名と[Lv.185]という割と絶望的な数字が見える。
『小娘、ここは逃げたほうが良い。今の貴様にあれはまだ荷が重いぞ』
「……分かってるよ」
師匠の言う通り逃げるのが最善手な気もするが、私はもう少しだけ相手の様子を伺っても良い気がした。どうせそのうち戦う相手なのだから、どういう動きをするのか情報が欲しかったのだ。幸いにしてベヒモスと私の距離は相当ある。レベルが上がった今のAGIなら黙って接近されるようなこともない。
「少しだけ、少しだけだ。"観察"してみよう」
『全く……慎重なのか無謀なのか、時折分からんくなるな貴様は……』
そうは言ってもタダで尻尾巻いて逃げ出すより、多少の危険を冒して次に繋がる何かを得るのも深謀遠慮。少なくとも、奴のAGIの数値の予測ができる程度には見ておくべきだ。
【TIPS】
[アーク]
吸血鬼の始祖の末裔であり、黒髪金眼の幼女。始祖から代々アークという名前を継いでいて、本編に登場するアークは13代目。先代は生きてはいるが、既に隠居済み。ゲームでは一部のプレイヤーに熱狂的人気があり、NPCなのに親衛隊が作られて日夜変態が集っていた。
アクたん、色々設定だけは考えてるけど、出てくるのがどう足掻いてもめっちゃ先っていう悲しみを背負ってます。因みにロリババアですが口調はババアではありません、吸血鬼にとって1世紀は10年くらいの感覚なので。