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013

割と長いことおまたせしましたが、次回あたりからようやく話が動き始めます

 暗く濁った赤錆色の空の下、剣の留め具が僅かに音を立てるだけで他に音はない。周囲に魔物の気配もなく、砦の前に立っているのは私だけだった。そして少し風が吹いていて、通気性のいい布地の下にある地肌がスースーする。


「うぅ……なんか心許ないな……」


 以前外にいたときはそんな事考える暇も無かったし、それから先はズボンだったしで、実はこの装備……スカートで落ち着いて外にいるのは初めてだ。


 感想としては先程申し上げた通り、しかも脚装備に相当するものが、膝上まである金属製のグリーブ(脛当て)なので、素足が結構露出してるのだ。こう、太腿とか覆われてない部分があると恥ずかしいのは何故だろう。


 というかスカートが短すぎるんだよな、少し強い風が吹いたら見えそうでちょっと怖い。いや、まさかこういうデザインなのは、敢えて見せる為のものなのか? ゲームの装備の見た目にあれこれ言っても詮無いが、それじゃまるで私が痴女のような……。


「……」


 最近この体で生活するにあたって仕草に気を付けてるわけだけど、その弊害か以前よりフランがゲームのアバターだという感覚が薄れてきている。


 心がこの体を自分だと認識して、ちょっとした露出とかはしたない格好を恥ずかしく感じるようになってしまっているのだ。人前で下着だったのも、今思えば他人の体という認識だったからできていたんだろう。この体が自分の物だと思うと、今は恥ずかしくてとてもやろうとは思えない。


 うん? そう言えば心と肉体で認識の齟齬が無くなったのは、剣を振ってる時の動きが良くなったのと丁度同じ時期のような気がする。つまり、私がこの体を自分のものだと認めて、女性らしくあろうと意識し始めたから、結果的に思考と行動のギャップがなくなった――――


「……いや、まさかね」


 あるわけがない。


 偶然の一致だろうし、そんなことで強くなったら誰も苦労しない。


 と、


「ひゃうっ!?」


 不意に、苦笑いを浮かべる私の首筋にぞわりと寒気が走る。振り返るとそこには師匠が宙に浮かんでおり、物珍しげに腕組みをしていた。


『どうした、変な声を上げて』


「う……」


 ジトッとした目を向けられても何のことか分かっていないようだが、今の寒気はレイスの周囲の気温が下がる体質のせいである。黙って背後から忍び寄ってきたのも絶対わざとだ。変な声出しちゃったし、余計恥ずかしいんですけど……。


「なんの用……?」


『いやなに、貴様が外に出るなど珍しいからな』


「今からウェポンスキルの試し打ちするから、もうどっか行ってて」


『……我も見るに決まってるだろう、弟子の技だぞ?』


 追い払おうとしたら、師匠は近くの瓦礫の上に腰を降ろしてしまう。


 見られて何か不利益があるわけではないが、今のやり取りから真面目にWSを使うのはなんか嫌だ。かと言ってやらないわけにも行かず、私は渋々といった様子で腰の剣を抜くと中段に構える。


 一度深呼吸をして精神を集中させ、横薙ぎに剣を振り抜きながら技名を叫んだ。


「斬空波」


 すると、虚空を切った剣の後から三日月の形をした半透明の刃が生まれ、そのまま勢いよく放たれる。斬撃は幾らか平行に飛んだ後、岩肌にぶつかって消滅した。


 完璧にゲームと同じ挙動、射程を確認した私は、次に技名を口に出さず頭の中に思い浮かべながら剣を振ってみる。


「おぉ~」


 再度剣の軌道から斬撃が生まれて岩肌を削り取り、そのまま霧散するように宙へと溶けて消えた。どうやら念じながら行動をすれば、きちんとWSは発動するようだ。


『斬空波か、懐かしいな』

 

 師匠はそう言い、飛んでいった先の岩肌を見つめている。


 剣で遠距離攻撃出来るというメリットのためか、ゲームでも斬空波先生の威力は低めに設定されていた。よく使うとは言え、一番輝くのはステータスの低い最序盤であり、それ以降は他に強力なWSが増えていく。


 まあ、今の私はその最序盤に相当するステータスと装備しかなく、これが主なダメージソースの一つだ。


 もう一つ大事な事だが、WSは性能の高さに比例して詠唱時間……キャストタイムと再度使用できるまでのリキャストタイムが変わる傾向にあり、[斬空波]はキャストタイムが0.5秒、リキャストが1.5秒となっている。


 キャストタイムは剣を振っている間に終わり、リキャストも短く使い勝手がいい。本命は別にあるけど、今後暫くはお世話になるであろう斬空波先生には足向けて寝れないですよほんと。


『それで、我の教えた戦術も覚えたであろうな?』


「ん、バッチリ」


 そして、レベル20でも格上に勝てる戦い方を、師匠には伝授してもらった。


 ただ、諸々の事情から練習が殆ど出来ず、やるとしたらぶっつけ本番。一応動き自体は覚えたので、早々失敗することはないと……思う。後はもう、機会が訪れるまでひたすら鍛錬の日々を送るだけだ。


 経験値的にもあと数週間あればレベルが一つ上がりそうだし、上手いことタイミングが合えばよろしいけど。


「師匠から見て、今の私の仕上がり具合はどの程度かな?」


『貴様はそもそもレベルが低すぎるからな。我が見てきた中で低い者でもレベル50はあった故に、強さと言う量りで見るのはちと難しい。だが、剣の仕上がりで言うならば、いい線行っておるんじゃあないか? 』


「ほんと!?」


『ああ、我がまだ若い頃に開いたちびっ子剣術道場で一番強かった少年といい勝負だろう』


「……因みにそれ、満何歳?」


『十歳だ……ああ、あの少年は当時八歳だったか』


 いや、ふざけんなし。私の実力八歳相当かよ、と言うかその子供のほうがおかしいだろ。バケモノか?


「でもそれってつまり私の兄弟子ということになるし、今はどれだけ強くなってるんだ……」


『死んだ』


「え?」


『戦争で死んだ。前線に赴いて、それ以来連絡は途絶えた。まだ十五歳だった。なまじ才能があって、我がそれを半端に鍛えたばかりにあやつは戦争に殺されたのだ』


 そう言った師匠の声音は酷く老いているように聞こえ、形の無い姿に疲れ切った老人を幻視した。なれど、彼はなにか恨み言を吐くでもなく、ただ『あやつは戦争に殺された』ともう一度繰り返した。


 私は師匠のことを殆ど知らない。


 故郷を離れ旅をしていた筈の彼がどうして戦争に参加したのかも、彼が何故死んだのかも。正直気にならないと言えば嘘になるが、聞いて何かが変わるわけでもないだろう。ただ、こうして時折外の景色を眺める理由だけは今日、なんとなく分かったような気がする。


『それでも我はまだ、いつかひょっこりあやつが帰ってくるのでは無いかと思ってしまう。なに食わぬ馬鹿面で、手土産を抱えてな』


「師匠……」


『貴様は死ぬなよ』


 師匠はまだ弟子が戦争から帰ってくるのを待っているのだ。音信不通なだけで、きっと生きていると信じて。だからああしてイルウェトの地平を見つめ続けている。


「うん、私は死なない」


『そうであってくれ、若人の死は老人にはちと重い』


 縋りにも似た師匠の言葉に私はそれ以上会話を続ける事ができず、ただ暮れゆく空を背に地下への道へと踵を返す。夜は魔物の時間、私はこれ以上師匠の隣にいることが叶わなかった。


 彼がもし私を本気で弟子として見てくれているのなら、いつか全てを話してくれるのだろうか。けれどその時、私はちゃんと師に返す言葉を用意出来るのかが分からない。それでもこの時私は生きて、師匠の過去を受け止められるだけ強くなりたいとは思った。


 私は落とし戸の前でもう一度振り返ると、気の利いた言葉を掛けようとして口を開き、なにも言えずにまた背を向ける。


「師匠、もう歳なんだから風邪を引かない内に戻った方がいいぞ」


『馬鹿言え、レイスが風邪など引くものか』


 代わりに溢した冗談もそれに対する返しも、心做しか今日だけはどこか湿っぽい空気を孕んでいた。

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