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011

『時に娘、貴様は技錬の樹については何か考えておるか?』


「技錬の樹?」


 稽古と稽古の合間の時間に、思い出したようにグリムガーンが私にそう尋ねてきた。


 彼に剣術を教わり始めてから二ヶ月は経ったが、こういう風に何かを聞いてくるのは初めてだ。


 それよりも《技錬の樹》とはなんだろうか? 恐らくゲーム内でのシステムを、別の呼び方で言っているのだろうが、これまでのやり取りから察するにこの世界の住人はシステムを認識できていない。


 正しくは、この世界に起きる様々な事象が元はゲームのシステムであることを知らず――――別の呼称で呼び、扱っている。


 以前試しにグリムガーンにステータス画面を開く為の動作をしてもらったが、開くことができなかった。そこで初めてステータスやレベルなどは、特殊な道具を使わなければ調べられないと言う話を聞いたのだ。


 こうして指先一つでメニュー画面を開けるのは、元プレイヤーである私だけだ。私に見えているそれも、彼らには見えていない。


 でだ、師匠の言うそれは――――技術の技と、鍛錬の錬と、樹木の樹と書いて技錬の樹だから……。


「もしかしてスキルツリーのことか……? スキルを手に入れる……」


『うむ』


 やはりそうか、スキルツリーだ。つまりプレイヤーが使う必殺技や特殊能力を取得する為のシステムで、彼らにとっては――――


『練達と風の神ソーンに祈りを捧げ、鍛錬に相応しい技能を授けて貰うための奇跡だな』


 神の奇跡。


 この世界ではそういう設定、というか出来る限り現実に則した――――神とか言ってる時点で現実的じゃないけど……とにかくそういうことになっているらしい。


「スキルについてはまだいいかなって、今は剣術に集中したい」


『そうか、それならいい。我も技錬の樹の祈りの義は基礎を修めてからの方が良いだろうと考えていた』


 スキルについては色々と制約や後戻り出来ない要素が多いので、まだ少し思案中だ。それに心剣流との兼ね合いもあり、スキルの取得も剣術に見合った物を選びたい。


『では、そろそろ再開するか』


「えっ、まだ全然休めてないんですけど……」


 そしてスキルの話をしていたら休憩時間が終わってしまった。私としてはこう、もうちょっと静かに体を休める時間を取りたかったんだけど……。


 仕方が無いので立ち上がって剣を拾い、またいつものように師匠と向き合う。正しい剣の振り方はぎこちないながらに出来るようになったので、あとはそれを体に馴染ませながら戦い方を覚えていくのだ。


『来い』


 一ヶ月ほど前に言われたことを意識しながら、相手との間合いを測る。フェイントを幾つも入れる師匠と違って、食らい付くだけで精一杯ながらに動きの速さは以前より格段に増した。


 相手がして来るであろう行動を常に考え『自分がこう動くと、相手はこうするだろうから、次はそれ対してこうする』といった、ある程度の定跡を自分の中で作っておくのだ。そうすると咄嗟に慌てて対応するのではなく、予定通りに体を動かすことが出来る。


『もう忘れたか、右を攻められたらカウンターだ。相手は当然それも見越して動いている、フェイントを入れろ』


「分かってるっ、けどさぁ!」


 そうは言っても、実際にやるとこれがかなり難しい。


 考えることが多すぎる上に、体は常に全力で動かさなければならないのだ。現状は考えている事を三割も行動に移せればまだいい方で、相変わらず思考と認識に体が追いつかないギャップに苦しんでいる。


『慌てるな、見えている事全てを急いで認識するから体が追いつかないんだ。落ち着いて必要な情報を取捨選択しろ』


 師匠の動きに慌てて付いていこうとするあまり手足がバタつく、と言えば伝わるだろうか。私がなまじ目のいいばかりに、普通は見えない細かいフェイント全てに引っかかってしまうのだ。ちゃんと冷静になればその限りではないが、生憎と落ち着いて対処出来る程余裕があるわけではない。


 徐々に慣らして覚えていくのが一番の近道だと師匠も言っていた。慌てればそれだけ動きが雑に、思考も纏まらなくなる。今はただ、目の前の課題を一つ一つ出来るように、努力を重ねるのだけに集中しよう。








 ――――あっという間に四ヶ月が過ぎた。


 最近時間が経つのが早すぎると思うようになって来たが、師匠にそれを話したら長命種にとっては普通の感覚だと言われてしまった。どうやら私は着実に人間ではなくなっている……いや、まあそれは二十年前からそうだったかもしれない。


 それで、何ヶ月経ってもこの土地に季節の変化がないので少し調べて見たら、どうやら結界は雲の上の成層圏までドーム状に広がっているようで、環境そのものを一定に保っているのだろうことが分かった。空が赤黒いのもその影響で、師匠曰く昔は青空の広がる草原地帯だったようだ。


 戦争中、というよりかは終戦の折に何かあったことは確実だが、師匠はそれに関して何も話してはくれない。


 私的には"魔族"を閉じ込める為の結界ではなく、"魔物"を閉じ込めるための結界だというのがどこか引っかかる。結局魔族も閉じ込められたのだし、そんな術があるのならもっと早く使って――――そもそも魔族と戦わないという選択肢をすればよかったのではないだろうか?

 

 まあ、基本的に起きている間は無限に剣を振らされているので、分からないことに延々と思考を割く時間なんて無かったりする。


 それと少し発見があったのだが、剣ダコはどうやら【活性】と、欠損していようが肉体を再構築するスキル【再生】でも消えないようなのだ。


 元々細くて柔らかい私の手はこの数ヶ月の間にすっかり血で滲み、幾つもマメとタコが出来てしまった。それも再生力が自慢の体なので、勝手に消えて無くなるだろうと思っていたら、マメだけが治って角質は分厚く硬いまま。今じゃ触れば分かる程指先や付け根はゴツゴツとしている。


 一体何が違うのだろうと考えて、タコが慢性的な刺激に対する皮膚の防御反応であることを思い出した。それでこの固有能力たちが『明確な傷は治すが、単なる状態の変化は治さない』という仮説を立てたのだ。


 よく考えたらタコはただ皮膚が分厚くなるだけだし、傷や怪我と認識されないのもあり得る。私としては困るけど指自体は細いままなので、これ以上手が不細工にならないようにバンテージを巻いた。


『……おい小娘、そのようなはしたない格好で寝転ぶでない』


「んー」


 この数日は師匠が砦から出て周辺を散歩? する時期だ。なので鍛錬も程々にベッドに寝転んでゴロゴロしていたのだが、帰ってきてそうそう小言を言われてしまった。因みにシーツは倉庫から無事な物を持ってきて取り替えてある。


 はしたないと言われたのは、今の私がゲームで言う全裸、つまりインナーだけの状態だからだろう。まあ、インナーと言ってもボクサーパンツみたいな形状なので、がっつり下着みたいな感じではない。男家族がいようがパンイチで過ごしていた姉を持つ私にとって、この程度は普通の範疇だ。


『適当に返事をするでない。前々から思ってたが、貴様は肌を露出させすぎだぞ』


「え~、別にいいだろ? 見てるの師匠だけだし、それともなに? 私の下着姿で興奮したり……」


『するわけがなかろう!』


 おっ、珍しく大声で否定したぞ、これはクロだな。


 見るからに堅物そうだし、女性のこういう姿に耐性が無いと見た。


 スカートの丈がちょっと短いだけで注意するタイプの先生と同じ匂いがする。昔、クラスのギャルが延々とそのことで怒られ続けてたのだが、ちょっとこっちが言うと声を荒げる部分とかまんま――――


『……いいから服を着ろ、そんな貧相な体を見せてどうすると言うのだ』


「は? 今貧相って言った? この完璧な美体を、貧相と?」


『そうであろう、凹凸のない女性の体など子供と変わらん』


 そう言った師匠の声音は、本心からのものであった。


 つまり、女性のはしたない部分に耐性が無いくせして、人の身体的特徴を貶めたことになる。これはいけない、断じて許していいものではない。別に巨乳が嫌いというわけではないが、人には最もフィットした大きさと言うものがあるのだ。


「私の、これは、敢えて、このサイズなんだよ! 身長と体格から弾き出された、最も美しい曲線を描く大きさなの! 分かんねぇかな!?」


『ああ、我には貴様の言ってることがさっぱりわからん! 貧相なものは貧相だ! それに女性らしさとは、ふくよかさであろうが!』


「多様性を認めろ! 女性軽視だ! 人権侵害で訴えてやる!」


『ならまず女性らしさを先に身に付けてから物を言え! 貴様の仕草はどう見ても男だぞ、自覚があるのか!?』


「……えっ?」


 あれ、ちょっと待って。仕草が完全に男って、どういう事? 私は八年間ネトゲで女性を演じ続けた男だぞ、そんなことがあるはずない。


 いや、でも……確かに言われて見れば、当時から露骨に女性扱いされたことはあんまり無かったような……。基本的にさん付けで呼ばれてたし、関わりのあったプレイヤーは大体みんな敬語で礼儀正しくて、こう……俗に言う姫っぽい感じとは違った雰囲気だったけど……えぇ……。


『この際だから言わせて貰うが、普段から淑やかさの欠片も無いガサツっぷりだということを自分で自覚しろ』


「うっ……」


 あまり意識して女性を演じると逆にネカマっぽい、というネットでのアドバイスを参考にして自然体でいたのだが……もしかしてあれも逆効果だった!?


『座る時に胡座を掻く、歩く時に足を開きすぎ、他にも行動の一つ一つが女性らしさの欠片もない。それに本当に淑やかな女性は大声では笑わんし、自分の体をそう言って評価はしない』


「なん……だと……」


 つまり、私はネカマとしては0点どころか、マイナスまで振り切っていたのか。なんてことだ、今世紀で一番の失態、出来ていたと思っていたことが出来ていなかったショックがあまりにも大きい。なんならこの世界にこの体で転生したのと同じくらい……いや、それはないか。


「……」


『ま、まあ分かったのならいい。別に貴様を虐めたくて言ったわけではないのだから、今後気をつければいいことだ』


「そうだな……これからは気をつけることにしよう」


 私はそう言ってすぐに、インベントリの肥やしになっていた装備を引っ張り出すと着始めた。久しぶりに袖を通すドレスアーマーは、この体が女性であると意識させるデザインで心が引き締まる。


「よし……」


 美少女アバターを使う者として、私の……中の人のせいで『フラン』がガサツで程度の低い女だと見られるのは耐え難い。彼女は私の目指した完璧な存在なのだ。なれど、それはふわふわとした甘いスイーツのような存在ではなく、たとえるなら氷菓のように冷たくてクールな美少女。


 言葉遣いは少し気をつける程度で、あとは女性らしい仕草を身に着けよう。


「私、頑張るよ師匠」


『お、おう。まあ、努力するのは良いことだな……』


 結果的に中の人のメンタルが死んだりしても、それはコラテラル・ダメージという奴だ。きっと、多分、メイビー。







【TIPS】


[スキル]


スキルツリーを用いて様々な技を習得し、身体能力を上昇させることが出来るシステム。種族やクラスの特性として元々所持している固有スキルというものも存在する。

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[一言] フランちゃんに中の人などいない!良いね?
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