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 剣というのはかくも奥深きもの。ただ闇雲に振り回すのではなく、意志を持って敵を切り伏せることこそが真髄――――





『どうした、型が崩れておるぞ』


「ひぃ……ま、ちょっと、待って……」


『休むな、まだたったの八時間しかしておらん』


 息も絶え絶えな私が手に持った剣を支えに休もうとすると、グリムガーンこと師匠は厳しい叱咤の言葉を飛ばした。それを受けて再度剣を構え直す。まるで目の前に敵がいるかのように体を動かし腕を振るい、少しでも重心がズレたり、足運びが遅れると怒号が部屋へと響き渡る。


 剣の鍛錬を始めてからはや二週間、思った以上のスパルタに私はそろそろ音を上げようとしていた。最長で二十時間ラダートレーニングをし続けた私が、だ。


「きつい、きついって……」


『何を言うか、吸血鬼は疲労で死ぬことは無い。それに十年分の密度で稽古をつけろと言ったのは貴様だぞ』


 師匠の指導はもはやスパルタどころの話ではない。剣のを振るう為の動きを体に馴染ませる為にひたすら抜刀から上段中段下段、足の運び、それらを仮想敵に対してやり続けるのだ。一日平均十二時間ぶっ続けで、インターバルは三十分しかない。


 そして物理攻撃完全無効であるレイスの特性を活かし、グリムガーンは自身を動く木人に見立てて私に剣を振るわせた。つまり、対人を想定した稽古と同時に基礎をやっているのだからしんどいに決まっている。そのくせちょっとでも動きが悪いと怒られる。地獄かここは。


『違う! この距離の敵に対しては中段で半歩前、それだと間合いを相手に取られるだろうに!』


 摺足で後ろに下がった私に対し、グリムガーンは怒鳴る。


 彼の教える剣術――――心剣流は型らしき型がない実戦で培われた戦場剣法。怒涛と言っていい攻撃の手数もそうだが、相手の動きを利用して放つカウンターも主軸としている。相手の攻撃を気合で避け、その隙を突いて必殺の一撃を見舞うのだ。……気合とは?


『気合とは即ち精神の集中。落ち着いて、相手がどう動くか見れば自ずと攻撃は避けられる!』


「いや無茶でしょ」


 普段私の戯言にツッコミで返すことが多いが、稽古の時だけはそれが逆になる。


『油断するな、今ので喉を貫かれて死んだぞ』


「……ッ」


 グリムガーンは私が隙を見せると見せかけの反撃をし、どうやって殺したかを教えてくれる。指導としては親切極まりないけど、喉とか顎とか毎回殺し方が絶妙にエグい。しかも彼の殺気は本物で、始めの数日は本当に殺されたかと思って何度か失神した。


 感じたこともない圧力と、本物の殺意。


 どちらも温室育ちの私にとって初めてのもので、本音を言えばとても恐ろしい。今だって恐怖を噛み殺してなんとか体を動かし、死なないように頑張っている。


 だが、同時に彼がどれだけ強いかも私は実感した。私が剣の素人とは言えAGI560というのは、パッチ1.xx――――つまり初期のラスボスの攻撃なら余裕で見てから回避が出来る速度だ。それをやすやすといなし、逆に何度も殺し、何が悪いかを的確に教えられるグリムガーンははっきり言って化け物じみている。


『余計なことを考えるな、目の前の敵に集中しろ』


 お陰で最初の頃より大分動けるようにはなり、ただ闇雲に素振りをしていた頃と比較すると鋭い一撃を放てるようになった。


「分かってる……よっ!」


 一歩大きく距離を詰めると、体をぶつける勢いで剣を横薙ぎに振るう。だがそれも予期していたのか、グリムガーンは既に私が振った剣の間合いの外にいた。そして逆に伸ばして無防備になった腕を霧状の手が叩く。実戦ならこれで利き腕を失っていただろう。


『振りが大きすぎる。やるにしても振った後すぐに返せ、でなければ最初から振るな』


「クソッ!」


 厳しい、実に厳しい。


 だが、とても充実していた。心失って呆然と終わりを待つより、無心で何かをするより、体を動かし試行錯誤をして強くなろうとしている今はとても楽しい。ついでに対人戦だから筋トレより経験値もおいしい。


『どうした!? 貴様は見えてばかりで動けていないではないか、目だけ良くてもなんにもならんぞ!』


 目がいいというのは、最近のグリムガーンの口癖だ。どうやら私は良く物を見ることが出来るみたいで、逆にそれがギャップになり上手く動けない原因になっているらしい。頭で分かっていても、体が付いてこないっていう奴だろう。ただ……


「このAGIで動けないのはなんでだ……」


 20レベルにしては高いAGIを有する私がここまで動けない理由が分からないのだ。実際グリムガーンもあまり早く動いている様子はないし、どういう理屈で動きを避けられているんだろうか。


『アジリティは関係ない、貴様の動きに無駄が多すぎるのだ。そして単調、次に何がしたいかが我には手に取るように分かるし、逆に貴様は我がどう動くか分かっておらんだろう』


「つまりどういうこと?」


『貴様はアジリティに頼り切って、相手が動いてからどうするべきか考えている。速さに自信があるならそれでいいが、貴様のような半端な速度では対応には遅れが出るのだ。もっと考えて動け、雑に足を動かすのではなく次の行動に則した立ち回りを組み立てろ』


 確かに、私はAGIを過信して動いていた節はある。昔のフランのスペックの感覚で、見てから避けようとしてその結果反応に遅れが出ていた。今の私はステータスも半端なら剣の腕前も初心者、なら出来ることと言えば考えること。仮にもAAOのpvpで鳴らした過去があるのだ、これくらい出来なくてどうする。


 今度は相手が回避することを前提に立ち回り、攻撃の動作と同時に更に距離を詰めて振った剣を途中で止める。そのまま肩口を狙って突きに移行し……すんでのところでグリムガーンは躱した。


「ッ」


『ほう、威勢がいいな。先程よりはマシだが、蚤が蟻になった程度だぞ』


 否、敢えて紙一重まで待ってから避けたのだ。この程度ではまだ不足だぞ、と伝えるために。


 だがこなしてみせる、私はこんなところで死にたくはない。絶対にここから出ていくのだ。そのために、"このエリアの魔物を全て殺し尽くす"為に、強くならねば――――








 打てば響く、というのはこういう存在のことを指すのだろう。


 二十年という月日をひたすら鍛錬に費やした少女は、次第にその体を強靭なものへと変えていった。我からしたら、この程度なら感覚としては人間の数ヶ月よりも短い。だが、その成果は大きく、はじめに見た時とは比較にならないほど、彼女は強くなった。


 一体何を目的にしてそこまで努力したのか気になったので聞けば、正直呆れて物も言えなくなってしまった。


 彼女は、フランはどうやらこのイルウェトに張り巡らされた結界を解除する為に、魔物を皆殺しにするらしい。勿論今すぐにというわけではなく段階を踏んで強くなり、やがては魔物を狩り尽くして外へ出ていくのだと語った。


 そんなもの、寿命のない種族からしても気が遠くなるほどの歳月がかかる。あまりに現実的じゃない。そう言おうとしたが、これまでの狂ったような鍛錬の様子から、彼女が冗談や夢想で語っているのではないと分かってしまった。時間がどれだけ掛かるかは問題ではなく、フランはただ"可能である"からやると言ったのだ。


 狂っている。もう一度言う、彼女は狂っている。そうでなければあんなわけの分からない鍛錬を二十年毎日続けはしないだろうが、それにしたってどういう思考回路をしていればそんな計画を思いつくのか。


 そもそも自分より強い魔物が出てきたらどうするのと尋ねれば「倒せるようになるまで鍛える」と言った。つまり、今までやって来たことを繰り返し続けるのだ。ここに住む魔物が滅ぶまで、延々と、無限に。多分、彼女はここに来る前からおかしかったのだろう。


 基本的には常人と変わらない精神性を有しているものの、ある特定の部分に関してのみ常軌を逸している。時間の感覚だとか、可不可で勘定をするだとか、とにかく目的達成の為にはその過程にある労力を鑑みないし、それが理由で途中で諦めたりすることがない。


 このままでは何かの拍子に人道を外れるか、力及ばず悲惨な死を遂げてしまうかもしれない。


 フランはどれだけ掛かろうといずれ結界を解除して外の世界に出るだろう。その前に我がなんとかして彼女を正しい道の上に乗せ、死なぬように導いてやらねば。人道に反さなければ、彼女の行動力と強さはきっと多くの人と、何よりフラン自身の為になる。


 故に、手始めに少女の剣の師になることにした。


 幸いにして世界でも最高峰の人材から手ほどきを受け、我自身も生前はこの世でも有数の実力者だという自負がある。剣を通じて師弟関係を築き、我を目上の存在として認識させるのだ。そうすればコントロールも容易であろうし、何より指導を初めて分かったがフランは才能がある。


 先ず、彼女は目が凄まじく良い。動体視力という面でも、観察眼という面でも。天性のものもあるだろうし、あれは常日頃から物事を観察し続けた者の目だ。彼女の過去は知らぬが、恐らくそういった術を必要とする環境で育ったのだろう。


 そして恐怖に対してとても素直だ、あれほど素直な者も珍しいだろう。痛みや危険に敏感で、強い恐怖感を抱いている。そう言うと戦いには不向きに思えるが、実は臆病さは才能である。


 危険を素早く察知でき、何が自身を脅かすかを理解し、回避する。自然界では必須とも言えるその才能を、彼女は人ながらに有していた。この才能を上手く伸ばせば、相手の放つ攻撃の危険度を正しく測り、最適な対処が出来るようになるはずだ。


 これらを鑑みると剛というより、柔軟に敵の攻撃をいなしつつ反撃を加えていく型の剣士が最も向いているだろう。そのためには正しい指導と、彼女の人格を歪めないように手助けしてやる必要があるが。それも含めて成長が実に楽しみだ。


 死して尚、この世に何か残すことが出来るとは、我の人生……否、霊生もまだまだ捨てたものではないかもしれぬな。


 それにしても、彼女はどこの貴族の娘なのだろうか?


 純血の吸血鬼はその全てが尊き血筋、出自は限られてくる。それに、質量に関係なく大量の道具を出し入れできる[空間収納]の技能を覚えておる。これは[技能の書]という本にて覚えられるが、その高価さを考えると貴族や王族でなければ早々手に入れられん。


 しかし、我の知っているどの家系とも血の繋がりを感じない。貴族としての作法や所作も知らんくせに、強くなる方法だけは知っておる。偉ぶる様子もなく、彼女は吸血鬼と言うよりまるで人間――――いや、それはないか。


 どこから迷い込んだかも分からない謎の多い娘だが、それでも面倒を見ると決めたのだから最後まで責任は持つつもりだ。あくまで、彼女の目的に少しだけ手を貸すだけで、後はフラン次第ではあるがな。








【TIPS】


[心剣流]


東方ヒノモノに伝わる剣術をより実戦寄りにした戦場剣法であり、《義と剣の神テイルロード》へと誓いを立てた剣士たちの振るう剣。その心に一振りの鋼を持ち、それを信念として義を全うする彼らは《類別なき人界の守護者》と呼ばれ、悪神から人々を守るために戦う善神の使徒でもある。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 先の方に書いてあるのかもしれませんが、前の方の話で筋トレの称号がありましたが心剣流も達成率に会わせて称号が変化していくのかな? キャラ作成拘って更には自キャラに見とれていたのでナルシ…
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