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遭難二日目 吹雪の中で

山荘にたどり着いたが、身動きできなくなってしまったりんと牧村。

吹雪の中、生存するための戦いが始まる。

 梨奈は、一向に晴れる様子のない吹雪を見ながら、徹やりんがどうなったのか心配でしょうがなかった。あれから連絡も入ってこない。時間的に、そろそろ何か動きがあってもいいはずなのだが。


 梨奈は、卒業してから地元の不動産会社に勤務していた。土地は金を生み出す。しかし、金が絡むと人の心は醜くなる。関係者の意地汚い醜い争いを見ているうちに、いつしか梨奈の心は疲弊し、仕事を辞めて引きこもるようになった。そんな時、父親が心配して、旅行がてらに東日本大震災で被災した地域の復興ボランティアに行ってみてはと提案してくれたのだ。


 このままではいけないと思っていた梨奈は、学生時代の友人と一緒に気仙沼へ復興支援に出向いた。その時に、市役所の担当で自分たちを指揮してくれていたのがオーナーの徹だったのだ。徹は支援の指揮を執っている間も、厳しくボランティアを指導していた。最初は怖かったが、それがケガをさせないように最大限の配慮をしているからこそ来る厳しさであることに気が付き、梨奈は徹に興味を持った。


 ある日のボランティアが終了し、いよいよ翌日に帰宅する日になり,梨奈は宿泊先を抜け出して夜の散歩に出かけた。街があったとは信じられない惨状に言葉を失いながら、海辺へ向かって歩いた。長野には海がない。だから、帰る前にどうしても夜の海を見ておきたかったのだ。


 足元を懐中電灯で照らしながら海岸線に来ると、かつては水揚げした魚をさばく市場があった場所へ出た。津波が襲ったとは信じられないような穏やかな波の音が耳に入り、海から吹いてくる優しい潮風を思い切り吸い込んだ。昼間もこの辺りへは来るが、夜の海をどうしても見てみたかったのだ。もっと怖いかもと思っていたが、波の音のせいか、いやな感じはしなかった。


 周辺をぶらぶら歩いていると、護岸の端に誰かがいるのに気が付いた。どうやらタバコを吸っているのか、暗がりに紫煙が舞うのがわかった。


 声をかけようか迷っていると、不意にその人影が海を覗き込むように前のめりになったのがわかり、梨奈は慌てて駆け寄った。


「危ない!」


 ライトで照らすと、その人影が驚いたようにこっちを見ていた。


「あ、市役所の牧村さん。」


 月明かりに、梨奈の声と姿を確認すると、徹は思い出したようにうなずいた。


「ああ、ボランティアで来られていた。」

「はい。月見里です。何をされていたんですか? まさか、飛び込んだりしないですよね?」

「ん? ああ。はは、すみません。心配させてしまいましたね。」


 徹はそう言うと、護岸から少し離れた。


「あなたも、こんな時間にどうされたんですか? まだ、街灯も少ないから危ないですよ。」

「ええ、私は長野の人間なので、夜の海なんて見ることがないですから。明日帰るので最後に見ておこうかなって。」

「そうでしたか。まだ、ここには何もないですから、面白いものはありませんよ。」

「牧村さんはどうしてこんな時間に?」


 梨奈の問いかけに、徹は困ったように頭をかいた。


「実は、震災で妻と娘を亡くしてしまいましてね。たまに、こうやって一人になりに来るんです。もっとも、家族を失ったので家にいても一人ですが。」


 それを聞いて、梨奈は徹が家族の後を追ってしまうのではないかという気持ちになった。


「あの! 私の父が、長野でペンションの経営をやってくれる方を探しているんですが、来ませんか?」

「えっ?」


 あまりにいきなりの話をしてしまったことに、梨奈は自分の顔が赤くなっていくのがわかった。相手は市役所の防災担当で、自分はそれを手伝いに来たボランティアである。それが自分のところでペンションのオーナーになってほしいとは、突拍子もないもいいところだ。


 しかし、徹の発した言葉は意外なものであった。


「ペンションのオーナーか、それもいいかもしれませんね。」


 そうして、連絡先を交換し、梨奈の父と電話で調整を重ね、数カ月後には徹は単身、長野へやってきた。いまだに話そうともしないし、梨奈から聞くこともないのだが、あの夜、ひょっとしたら徹はやはり家族の後を追おうとしていたのではないかと思う。そうなってしまわないように、長野へ行くことを決めたのではないのだろうかと思っていた。



 梨奈は外の吹雪を見ながら、もう一度ため息をついた。


「梨奈さん! 車が戻ってきました!!」


 修一がフロントから声をかけてきたため、梨奈はキッチンから飛び出した。二人で出迎えると、りんを除いたメンバー達と撮影班が戻ってきた。若干だが吹雪が弱まり視界が開けたため、除雪車の後を追って戻ってきたという。


 中に入ってきたメンバーの表情を見れば、まだ、りんが戻ってきていないことがわかった。梨奈はメンバー達をダイニングへ案内させ、とりあえず暖を取ってもらうことにした。しかし、みんな思い思いのホットドリンクを手に取ったが、会話もなく、力なく椅子に腰かけ、憂いた表情で外の吹雪を見ていた。


「マネージャーさん。これからどうするっすか?」

「りんが見つからないことには何もできません。社長からは、明日以降の予定をキャンセルするので、とりあえずこっちで待機するようにと指示がありました。また、後ほど連絡して、今後どうするか決定します。」

「そうっすか。」


 修一はメンバー達の焦燥しきったその重苦しい雰囲気に耐えきれず頭をかいた。梨奈はため息を吐くと、


「はい! 重苦しい空気終了!! みんな、手を洗ったらキッチン集合! ほら、そのままじゃ風邪ひくから、着替えた着替えた。マネージャーさんもスタッフさんも、皆さん着替えてきてください!」


 手をパンパンと叩きながら、梨奈はそう言ってメンバーに着替えてくるように促した。メンバーをダイニングから追い出すと、修一と一緒にキッチンに入った。


「何するつもりっすか?」

「人間、お腹が空いてるときに不安なことが重なると、とことん嫌なこと考えちゃうもんでしょ? だから、とりあえずお腹を満たしましょう。幸い、今夜は宿泊ないんだし。」


 そう言いながら業務用の小麦粉を取り出した。


「さぁ。修一君、プレート出しておいてくれる?」


 梨奈は食材を厳選して次々テーブルの上に出していった。何が何だかわからないままメンバー達がダイニングに戻ってくると、


「皆さん。準備いいですか?」

「あの、これから何を・・・?」


 みはるが不安そうに聞いてきた。


「え? もう夕食の時間ですから。みんなで夕食にしましょう。」


 当たり前でしょ。とでも言うように、梨奈はそう言ってみんなに手を洗うように促した。


「で、でも。りんちゃん戻ってきてないのに、私達だけ食べるわけには・・・。」

「それに、食欲も出ないし。」


 果蓮や美優が口々に言うが、綾恵梨だけは梨奈の意図していることがわかったらしい。腕まくりして、


「梨奈さん。何から始めたらいいんですか?」


 そう言って梨奈の隣に立った。


「ペルヘ・シテート名物、月見里特製粉ものフェスタにしましょう。」

「うぇ。マジっすか?」


 うすうす意図が読めていた修一が、やっぱりかと苦々しい表情になったので、梨奈はその頭を叩いた。みはるは修一の隣に行き、何をするのか聞いた。


「粉ものフェスタって、なにやるんですか?」

「簡単料理で腹いっぱい食べて、また頑張ろうって企画をたまにやるんですけど、もんじゃ焼き、お好み焼き、たこ焼きって、粉もの料理ばっかり耐久で食べるんっす。死ぬほど腹いっぱいになりますよ。」


 その表情を見ると、毎回どれほど食べさせられているのかがわかる。


「さぁ、皆さん手伝ってくださいね。」


 梨奈は手を洗うと、用意した食材をメンバーに指示して切り始めた。


「マネージャーさん。アイドルさんにいっぱい食べさせちゃいますけど、今夜くらいいいですよね? 心配しなくて大丈夫です。栗栖さんの救助にはオーナーが行きました。オーナーは防災のプロです。必ず無事に栗栖さんを連れ帰ってくれます。」

「月見里さん。」

「さぁ。心配だと思いますけど、あなたが率先しなければみんな動きませんよ? お腹いっぱい食べれば、不安は吹き飛びます。」

「・・・ありがとう。そうね、腹が減っては戦は出来ぬ。かしらね。」

「はい!」


 真奈美は梨奈に頭を下げると、包丁を持って野菜を切ろうとしているメンバー達に、


「ちょっと、そんな持ち方してたらケガするわよ!」


 そう言って率先して準備に入っていった。そのあと、ダイニングのテーブルにホットプレートが並び、そこにもんじゃ焼きやお好み焼き、タコ焼き機と、散々食べることになった。



 ニジマスがどうやって始まったのか、初めてのステージはどうだったか、卒業していったメンバーがいたことや、初めてのCD発売の感激、メジャーデビューの驚き、そして、新メンバー加入。これまでの歴史を梨奈と修一は聞いた。


 正直なところ、山奥で仕事をしていると、芸能に関しては疎くなってしまう。地下のシアタールームは梨奈が造らせた物だが、もっぱら洋画ばかり見るので、日本の芸能事情には疎かった。一方の修一は、あまりアイドルに興味がなかったそうだが、メンバーに鼻の下を伸ばしているのを見る限り、どうやらどっぷりはまりそうな予感がしていた。


「あの。オーナーはどうして防災の話を初日にされたんですか?」


 すっかり表情が明るくなった果蓮が、飲み物を片手に聞いてきた。梨奈はちょっと困った顔をしたが、いい機会だから話しておこうと口を開いた。


 徹が気仙沼市役所で防災担当課長として、小中学校や介護ホームを中心に、地域の防災力アップに尽力をしていたこと。しかし、東日本の震災で壊滅的な被害を受け、多くの市民に加え、自分の家族を失ったこと。ここへきて、雪山には雪山の災害があることを学び、研究し、ペルヘ・シテートに宿泊した方からは、絶対に被害者を出さないんだという信念をもって、防災説明会に取り組んでいること。地域の組合に防災の重要さを訴え、毎年、防災組合での講習会を企画していることなど、徹が取り組んでいることを説明した。


「以前、オーナーはおっしゃってました。『家族を災害で失ったときの喪失感、絶望感はいまだに言葉にできない。でも、はっきり言えることは、同じ思いを誰にもしてほしくないということだ。』って。だから、今回、栗栖さんが行方不明と聞いて、オーナーはすぐに救出に動きました。きっと、今頃は合流して吹雪を避ける行動をとっているはずです。」


 梨奈の言葉に、メンバーは期待を込めて頷いた。期待に満ちた表情でみんながりんに思いを馳せている時、突然、


「ところで、月を見る里って書いて、『やまなし』さんって読むんですね。」


 みはるのいきなりの素朴な質問に、その場のみんなが吹き出してしまった。


「えーっ! 今その質問??」

「だって、ネームプレートに『月見里』って書いてあったから、ずっと『つきみざと』さんだと思ってたんだもん。オーナーさんも倉科さんも下の名前で呼ぶからさぁ。」

「最初に紹介してもらったでしょ?」

「そうだっけ?」


 笑いすぎて目に涙を浮かべた梨奈が、


「里で月がきれいに見えるってことは、周りに高い山がないから『やまなし』って伺ったことがあります。同じように、鷹のような天敵がいなくて小鳥が遊べるって書いて『たかなし』さんってのもいるそうですね。え、じゃあ、さっき『月見里』特性粉ものフェスタって言ったのも・・・。」


 そう聞くと、


「そう。山梨県じゃないのに何で山梨特製なんだろうって。山梨で有名な食べ物だと思ってた。」


 と、迷答したみはるに、その場の全員が腹を抱えて笑いあった。その時には、もう戻ってきたときのような悲壮感はなく、絶対に戻ってくると信じる気持ちが生まれていた。


 食事を終えると、梨奈はメンバーに元の部屋を使うように伝え、後片付けを始めた。食後に事務所と電話会議をした真奈美の話では、明日、天候が回復したら、スタッフとメンバーは引き上げさせると話があった。自分が残り、りんの帰りを待つという。


「梨奈さーん。ダイニングの清掃と片付け、終わりました。・・・うぇっ。」


 食べ過ぎて苦しいのを我慢して、清掃を終えた修一が戻ってきた。


「ありがとう。修一君、悪いんだけど、こっちはもう少しかかるから、明日の天候を調べておいてくれる?」

「了解っす。」


 お腹を抱えた修一がキッチンから出ていった。確か、徹は今回のような吹雪は、何日も長続きしないと話していた記憶がある。吹雪きさえ収まれば、山岳救助隊も動き出すはずだった。



 その日の夜半になって、徹は寝付けずに身を起こした。りんは眠っているようだ。腕時計を見ると、まだ日付が変わったところだった。りんを起こさないように暖炉に近付くと、薪を足して火が消えないようにした。携帯が使えないため、明日の天候がどうなるかわからなかったが、いつもの流れなら、明日は吹雪も収まるはずである。山岳警備隊がゲレンデコースを捜索すれば、必ず徹のスノーバイクを見つけるはずである。そうすれば、そこから斜面を降ったこともわかるはずだし、山岳警備隊なら、そこからここへ移動したことも予想できるだろう。


 徹は暖炉を整えると、窓辺から薄暗い外を見た。まだ、風も雪も強いようだ。闇の中から聞こえてくる風の音がそれを物語っていた。



 翌朝、徹が目を覚ますと、りんはすでに起きていて、暖炉に薪を足していた。窓の外はまだ吹雪いているが、昨日よりは幾分収まったようにも感じた。


「あ、おはようございます。」

「おはようございます。あまり眠れませんでしたか?」

「いえ、ぐっすり休めました。寒かったので、暖炉の火を大きくしようと思って。」


 部屋の中は暖かいくらいだったが、りんはそう言って火かき棒で暖炉の薪をかきまぜた。徹はその様子を見ながら暖炉に近付いた。遠慮していたとは言っても、窓辺は多少寒かったのだ。暖まろうとすると、りんの額から汗が流れているのがわかった。よく見れば、なんだかつらそうだ。


「栗栖さん?」

「・・・はい。」


 徹を見るりんの表情は、少し虚ろなような気もした。


「ちょっと、ごめんなさい。触りますよ?」

「は、はい。」


 徹はりんの額に手を当てた。


「熱があるじゃないですか。」

「あ、やっぱりありますか? なんか、寒いのにぼーっとするなぁって思ってました。」

「捻挫したから発熱したのだと思います。今、食事を作りますから、つらくても食べてください。」


 徹はそう言うと、湯を沸かし、消化がいいようにと非常食の中から梅がゆを用意し、りんに食べさせた。その間にリュックの中をあさり、薬袋を取り出した。


「栗栖さん。今まで薬でアレルギーが出たことはないですか?」

「大丈夫だと思います。」


 徹はそれを聞くと、痛みを引く薬と胃薬をりんに渡した。


「痛み止めは解熱作用もあります。ただ、少し強い薬ですので胃を傷つけやすいんです。なので、胃薬を一緒に飲んでください。それから、包帯を巻き直しましょう。」


 そう言うと、予備の包帯と湿布を取り出した。


「ふふふ。オーナーさんのリュックって、魔法のリュックみたい。なんでも入ってるんですね。」

「災害はいつ起きるかわからないので、いつでも持ち出せるように部屋に用意していたんです。ここに着いたから必要ないですが、多少の食料と飲料水も入ってます。他にも、救命用のマウスピースや、保温用の防災アルミシートとか・・・。まぁ、防災バカなもんで。」

「そのオーナーさんの知識のおかげで、私は助かってるんです。素敵だと思います。」

「ありがとうございます。地味な趣味ですよ。さぁ、食べたら横になってください。頭に乗せる氷のうを作ってきます。」


 徹はそう言うと、少しでもりんが快適に休めるように、残っている毛布を取り出して布団代わりにすると、その間に防災シートをはさんで保温力を高め、着替え用に用意してあったジャージを丸めると、頭の部分に挟んで枕代わりにした。そして、りんの左足の湿布と包帯を取り換えた。


「昨日のうちにやっておけばよかったですね。」

「いいえ。それじゃ、すみません。少し休ませてもらいます。」


 りんは横になり、天井を見上げた。みんなは無事に滑り終えただろうか、真奈美は心配しているだろうなと、そんなことを考えていた。明日は雑誌の取材が入っていたはずだったが、キャンセルになるのか、それとも、残ったメンバーだけで対応できるのだろうか。そんなことを考えているうちに、仕事をキャンセルすることで信用を失うのではないか、そうしたらせっかく順調に来た活動が頓挫してしまうのではないだろうか。と、嫌なことを考え始めてしまった。そして、最終的に本当に助かるのか、自分はこのまま熱で死んでしまうのではないかと不安に駆られていった。


 徹はまだ吹雪の収まらない外に出ると、ビニル袋に雪を詰めた。ビニル袋と言っても、ジッパーの付いている食料品の保存用のもので、これがいろいろと代用できて便利なため、リュックの中には箱ごと用意していた。小屋の中に戻ると、りんが天井を見上げたまま涙を流していたので、


「どうしたんですか?」


 と、慌てて駆け寄った。


「オーナーさん。」


 りんは不安そうに徹を見上げると、


「私、このまま死んじゃうのかな?」


 力なくそう呟いた。それを聞いた徹は、大きな声で笑って見せた。そして、取り込んできた雪の入ったビニル袋をタオルに包むと、りんの頭の上に乗せた。


「笑うなんて酷いです!」

「はは、すみません。大丈夫、人間そんなに簡単に死にはしません。ましてや栗栖さんはまだ若い。ちょっと慣れない環境で疲れが出ただけです。ひと眠りすれば元気になりますよ。そんなこと考えないで、ゆっくり寝てください。」

「でも・・・。」


 再び泣きそうになると、困ったような顔を見せた後、暖炉に木を足しながら徹が口を開いた。


「『ウィンターメモリー』のMV、ちょっと切ないですけど、みんなかわいらしくて素敵な曲ですよね。今の季節にぴったりだ。」


 りんは驚いて徹の顔を見直した。『ウィンターメモリー』は、メジャーデビューをする前の楽曲で、失恋した気持ちが冬に吐く息の白さのように、すぐに消えてしまえばいいのにという失恋を歌ったものだ。メジャーデビューの前の、それもシングルタイトルにもなっていないような楽曲を知っていたため、りんは驚いたのだ。


「オーナー、さん?」

「『漸近線』とか『心より、、、』も好きですね。」

「えっ、何で知ってるんですか?」


 どちらもメジャーデビュー前の楽曲だ。思わずりんは半身を起こした。徹は転がり落ちた氷のうを受け止めると、起き上がったりんの頭に乗せ、バツが悪そうに微笑んだ。


「・・・ファンなんですよ。ニジマスは。」

「本当ですか!?」

「いい歳したおじさんが、アイドルのファンなんて知られたら、梨奈も修一もバカにするだろうし、みなさんも気持ち悪がるかなと思って、今まで黙ってました。」

「そんなことないです。メジャーデビュー前の曲まで知ってらっしゃるなんて、嬉しいです!」


 徹はりんに横になるように促すと、自分用にコーヒーを入れ、話し始めた。


「少し長くなりますが・・・。」


 徹は、東日本の震災の時に気仙沼にいたことや、そこで妻と娘を失ったことを話した。


「娘は、テレビを見ながら、アイドルの歌や振り付けを覚えてよく踊っていました。七五三の時に、アイドルの衣装に似せた衣装を妻が仕立てたんです。」


 その時の衣装が、ニジマスのインディーズデビューシングルの曲の衣装にそっくりだったのだという。自室で動画サイトをなんとなく見ていたら、彼女達のMVを見て、亡くなった娘のことを想い涙したのだ。娘が生きていれば、今年は一七歳、本当のアイドルになっていてもいい年齢だ。だから、画面上で頑張るりん達を見ているうちに、本当のファンになっていった。


「娘は死んでしまいましたが、同じ年代の子達がアイドルとして頑張ってくれている。そう思うと、私も頑張らなければって思えるんです。」


 徹の話を聞き、りんは天井を見ながらつぶやいた。


「・・・残念です。」

「えっ?」

「残念ですよ。娘さんが生きてらっしゃったら、もしかしたら同じニジマスのメンバーとして一緒に頑張れたかもしれないのに。」


 そう言って、りんは微笑んで見せた。


「栗栖さん。あなたは、優しい方ですね。」

「オーナーさん。ファンなら私のことは『りんりん』と呼んでください。」

りんに言われて、徹は顔を真っ赤にさせて頭をかいた。


「さすがに、それは恥ずかしいですよ。」

「じゃあ、せめて名前で呼んでください。今度、『栗栖さん』なんて他人行儀な呼び方したら、ツンツンしちゃいますからね! それから、オーナーさんの方が先輩なんだから、敬語も禁止です!」


 そう言って、頬を膨らましてみた後、りんは笑ってみせた。


「善処します。さぁ、少しお休みしましょう。そういうわけですから、必ずみんなの元に帰します。だから、安心して休んでください。」

「はい。頼りにしてます。」


 りんはそう言って目を閉じた。さっきまでの不安な気持ちはすでにどこかに消えていて、安心して眠りにつくことができた。


 徹は氷のうが落ちないように気を付けながら、何度か水になった雪を交換し、熱が下がることを祈った。時間が過ぎ外を見ると、吹雪は弱くなり風も収まりつつあった。


「インフルエンザじゃなければいいんだが。」


 そう呟くと、徹は携帯電話を取り出し、電源を入れた。ここについてからはバッテリー保存のために電源を切っていたが、相変わらず圏外のままで、小屋のあちこちに移動して何とかアンテナが立たないかと画策したが、徒労に終わった。


 そうこうしているうちに夜になり、今日幾度目かの氷のうの交換を済ませると、徹も休むことにした。りんの熱はまだ下がらなかったが、朝よりは顔色もよく、回復してきてはいるようだ。徹は、明日は晴れるように祈りながら眠りについた。


 こうして、遭難二日目を終えた。


                                        続く

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