8.諦められないもの
読んでいただきありがとうございます。
もう8話なのですね。
「婚約については、もうすでにわたしがどうこう出来るものではないのです」
クレアはプリメラに答える。こんなに長話になるのだったら、やっぱり紅茶が欲しかったな、なんて思いながら。
「ヴィンセント様がわたしのことを拒絶された以上、地位が下の伯爵令嬢の気持ちなど無価値です。王家とアメストリア家の利害関係しか、わたしとヴィンセント様を結び付けるものはありませんわ」
あとは愚王が、今後のアメストリア家との関係を取るか、恐れる必要のないリンドオール王国のご機嫌伺いを選ぶかだろう。迷った挙句、ヴィンセントに選択を丸投げということもあるかもしれない。
現状はまだ、クレアが正式な婚約者である。しかし旗色が悪いのも事実だった。更には学園内でのヴィンセントとプリメラの噂が追い打ちをかける。
愚王にまともな判断は期待できない。
最悪、早ければ数日以内に、婚約解消が正式に発表されるだろう。
そうすればほら、在庫処分のために安値で買い叩かれる残念令嬢の出来上がりと言うわけだ。まぁそれも仕方のないことだろう。
そう思っていたはずなのに……
「では、クレアさんも婚約解消に同意されたということで、問題はありませんよね?」
「どうしてそのような結論に?」
「どうしてって……だってクレアさん、ヴィンセント様を愛しているわけではないですよね? ならば未練は無いはずでしょう?」
プリメラにそう言われ、胸の中にどす黒い悔しさのような、それでいて憤りのような感情が広がる。
確かにクレアは、ヴィンセントを愛しているわけではなかった。
顔も美形だと思うし、性格も基本的には誠実だった。『優しさと聡明さを兼ね備えた皇太子』という噂は少々大げさだが、次期国王としては及第点の人物である。
それでも恋をしているかと問われれば、人前では悟られないように愛想よく振る舞いはするものの、クレアの答えは否だった。
「わたし、ヴィンセント様に本気で恋をしてしまいましたの。ですから、譲ってくださらないかしら? 結果が同じなら、クレアさんにも納得していただきたいのです」
(……ふざけんなっ!! 納得なんてできるわけねぇだろ!!)
クレアが八歳の時に、唐突にヴィンセントとの婚約は決まった。それまで騎士志望として剣術に力を注いできたクレアは、七年前のあの日から今日まで、必死に王妃となるための準備を一から積んできていた。
政治と経済学を。王族としての在り方を。外交を。そして何より、貴族令嬢としての振る舞いを。国を良くするために努力しているのだと思えば、苦手な勉強も続けることができた。
王妃としての自分を何度も夢に見た。国を良くするために尽力する自分を何度も想像したし、その隣には必ずヴィンセントがいた。
剣を持たずとも、この人と共に戦っていくのだと、ずっと思っていた。
政策としてやりたいことは、いくつも胸の中に秘めたまま積み重なっている。
愛だの恋だのがこの胸の内に無くたって、王妃としての準備は七年間、一切の手を抜かずにやってきた。その自覚も自負も、何より誇りがあるのだ。
(それを自分から手放せだ!? 諦めろだ!? 冗談じゃねぇぞクソがっ!!)
テーブルの下でこぶしを握り締め、綺麗な笑みを顔に張り付ける。そして小さく頭を下げる。これが女の戦いだ。
「申し訳ありませんが、そのお願いについては了承しかねますわ」
「あら。それは残念です」
全く残念そうに見えない笑顔で、プリメラはそう言った。
どうやら頭は賢くはないようだが、本能的にクレアの内心を見抜かれていたのかもしれない。そう思うとどこかむず痒いものがある。
敵に塩を送られたのだと、色恋に疎いクレアでも理解できた。まぁプリメラにその自覚があったかは定かではないが。
「クレアさん。これでわたし達、恋敵……いえ、ライバルですね」
「そうですね。手加減はしませんわよ?」
「それは困りますわ。ヴィンセント様が悲しむようなことをされては、わたしも黙ってはいられませんから。知っています? わたしこれでも王族ですのよ?」
それは暗に、クレアがヴィンセントに仇なすことをしなければ、王家の権力を使うつもりはないと言っていた。本当にプリメラは、心の底からヴィンセントに惚れているのだろう。
クレアがプリメラに頷くと、二人揃って席を立つ。
クレアは予定より一時間早く早退すると、準備を済ませて王宮へと向かった。
そして時刻は十五時。そこには皇帝の前で頭を下げるクレアの姿があった。
本日も、もしかしたら2話更新するかもしれません
そう言いつつ、できなかったらごめんなさい。
プリメラちゃんは、打算で生きているクレアとは正反対。優しくおバカで天然な天才児という設定です。
これはこれで魅力的な子...ちゃんとそう見えるような文章力が欲しいです






