6.襲撃
お読みいただき、ありがとうございます!
今回はほんのちょびっと魔術戦です。本当にちょびっとですけど。
「行って参ります、お父様、お母様」
「ああ。ミサ、クレアの送迎は頼んだよ」
「はい、ゼレニア様」
翌朝、クレアは登校の準備をし終え、門の前でアメストリア家当主であるゼレニア伯爵と、その妻であるミルカ伯爵夫人に送り出される。
御者が既に待機してる馬車に、クレアはミサと共に乗り込み、扉が閉まるとゆっくりと馬車は走り出す。クレアが窓から外を見ると、はるか遠くでゼレニアとミルカはまだ大きく手を振り続けていた。
「まったく、おおげさよ。もう子供じゃないんだから」
「そう言いながらクレア様は、どこか嬉しそうに私には見えますが?」
「いや、そりゃまぁ悪い気はしないけどさ……」
こちらの姿が見えなくなるまで毎朝大手を振って見送りをしているアメストリア家の当主――ゼレニア・アメストリアは、七年前の戦争の大英雄である。
北の大国――ヴェルツェラ王国を相手にまさかの勝利。先代皇帝モードレイ陛下や宰相レイロライド卿と共に、三倍もの兵力差をひっくり返した立役者として、生きながらにして歴史の教科書に載るほどの人物である。
しかしその戦争の翌年に先代皇帝は急死。政権は現国王へと移ったのである。
「ねぇミサ……」
今週のスケジュールを確認しておこうと、クレアはミサに振り替える。
しかし窓の外から鋭い気配を感じたクレアは、咄嗟にミサの腕を引き寄せた。
「ミサ、伏せて!!」
「えっ……きゃっ!」
直後、窓を突き破ってクレアの目の前に現れたのは、剣ほどの長さのある氷柱だった。馬車の背もたれに突き刺さり、その後、ナイフほどの大きさと鋭さに砕けて弾け飛ぶ、二段階式の遠距離魔術だ。あまりに多い氷のナイフに、本来ならば少女二人の身体など一たまりも無かったはずだった。
「――Second-Minute!!」
そう叫んだのはミサだった。
ミサの魔法は、僅か一秒だけ時間を止める。
しかしその一秒は、今まさに扉を開いて馬車の外に飛び出そうとしているクレアがそれを完遂するのには十分すぎる時間だった。
盛大な音と共に馬車の壁が弾け飛ぶのと、ミサを抱えたクレアが地面に肩を打ち付けるのは同時だった。
御者はようやく異変に気付き、すでに馬車とは呼べなくなってしまったものを停めると、クレア達の方へと駆け寄ってくる。
(狙いはわたしか……ナメた真似してくれんじゃねぇか!!)
御者に声を掛け、ミサを肩に担ぎ、上半分が壊れてなくなっている馬車の蔭へとクレア達はその身を隠す。
ミサは口から僅かに血を吐き、顔色も蒼白で意識があるかも怪しい。魔法を使った反動であり、つまりは本当にその身を挺してクレアを助けたのだ。
敵の方角は分かってる。その素性の可能性にもいくつか心当たりがある。
クレアは馬車の蔭から駆け出すと、通りの反対にある建物のひとつを目指す。目視では確認できていないが、氷の魔術が放たれた角度から目星は付いていた。
クレアは腰の剣に手を掛ける。外出時には常に馬車の座席に置き、先ほど飛び降りると同時に持って降りていたものだ。
再度、氷の魔術が飛来する。クレアは剣を下から上に振りぬくと同時に大きく踏み込む。剣撃で砕けた氷柱がナイフとなって地面に突き刺さるときには、クレアの身体はもう更に三歩分も進んでいた。
(見えた……けど!!)
屋根の上の人影は、氷の魔術が効かないと見るや、身を翻して姿を消す。黒いローブを着ていて男か女かさえ分からない襲撃者は、クレアが現場に着いたときには既におらず、手掛かりさえ見つけることができなかった。
「畜生っ!! まんまとしてやられたわ!! クソっ!!」
苛立ちに任せて叫ぶ。
馬車も安いものではないけれど、それ以上にミサに魔法を使わせてしまったことと、自分の不甲斐なさが腹立たしい。
おそらく襲撃はクレアを狙ったものだろう。周囲を巻き込むことも厭わない手口に、クレアは本気で怒っていた。
だから、気付くのが遅れた。
背後に人の気配を感じて、クレアは背後へ剣を振り抜く。
「えっ……」
そこには見知った顔があった。
ふんわりとしたブロンドヘアに、翡翠色の優し気な瞳をした小柄な少女。隣国の第三王女であり、クレアから婚約者を奪った、春から学園に通うようになった留学生。
「あ、あの……やっぱりクレアさんですよね?」
「プリメラ・リンドオール……」
見られた……
クレアはプリメラの首筋に翳していた剣を引きながら、舌打ちする。
本来ならばプリメラは他国のとはいえ王族である。礼を尽くすのが貴族令嬢としての振る舞いではあるものの、今のクレアにそんな余裕は無かった。半壊した馬車の蔭で、ミサがまだ手当も受けないまま倒れているのだ。
クレアが踵を返して去ろうとしたところで、しかし「待ってください」とプリメラが声を上げる。
「その……あの馬車、アメストリア家の物ですよね。従者の方が怪我をされているのではないですか? よろしければわたしの馬車で……」
差し出された手を、反射的にクレアは払う。
先ほどの氷柱のような多重条件魔術式は、複雑であり使用できる者が限られる。それは同時にリンドオール王国が得意とするものであり、小国であるリンドオール王国が今日まで存続しているのもその魔術のお陰だと言っても過言ではないほどだった。
「……白々しい」
「えっ……す、すみません」
プリメラが顔を伏せる。同性から見ても愛らしいその表情や仕草は、まるで作り物のように、今はもう素直に見ることはできなかった。
立ち尽くしているプリメラを置いて、クレアはミサの元へと駆ける。
ミサが仕事に復帰したのは二日後。
王宮からの出頭命令がクレアの手元に届いたのは、その更に翌日のことだった。
Q:クレアとミサが戦ったら、どちらが勝ちますか?
クレア:「普通にミサじゃない? 1秒間何もできないって、普通に死ねるし」
ミサ :「それがですね、クレア様……あの魔法を発動しながら他のことをする余裕はちょっと……」
クレア:「えっ、そうなの? ってかそれ1:1じゃ全然使えないじゃん!!」
ミサ :「ですね……まぁ2:2以上になったら、味方を圧勝させる自信はありますが」
クレア:「………………怖っ!!」