4.謎解きはランチの後で
連続投稿3日目です。
お読みいただきありがとうございます!
休み時間の生徒達の話題は、クレアを慈しみヴィンセントとプリメラを非難するものから、王家の横暴さに不信感を抱くものへと変わっていった。
クレアの狙い通りに。
まぁそれと同じぐらい、『変態鬼畜皇子』の噂が蔓延してしまったのは、クレアにとって不本意ではあるのだが。
「ごちそうさまでした。今日も美味しかったです」
油ものの上に他の食器が重ならないよう指を挟みながら、調理場に食器を返却する。食堂を切り盛りしているシェフの一人――グランツェは、笑顔でクレアの手から食器を受け取った。
「いつもありがとうございます。ですが本当に、食器はこちらで回収しますのでそのままで構わないんですよ?」
「美味しい食事を作っていただいているのですから、当然のことをしているだけです。武門の家系ですからでしょうか、クソど……貴族の考え方というのがあまり肌に合わないのかもしれません」
「我々は助かるのですが……指が汚れてしまいますし」
「洗えば落ちますよ。お皿の油を落とすよりも簡単なことです」
実家の訓練では土で手が汚れるどころか、野生のイノシシを倒して捌いた経験もある。アメストリア家は守る側なのだ。尽くされて当たり前、誰かに守られる側の貴族達とは根本的に考え方が違うのだろうなと、クレアは思う。
「最近はどうも教室にも居づらくて……洗い物ぐらいならば、わたしでよければお手伝いできると思いますよ」
「いやいや、そこまでしてもらうわけにはいないですよ!! こっちだってお陰で悪くない給料を貰ってるんです。理事長から直々にお説教されてしまいますって!!」
「それもそうですね。失礼なことを申しました」
「だからクレア様、貴族が平民に頭を下げちゃ駄目ですって!」
慌てるグランツェに、クレアが微笑む。
日頃からシェフに礼を言い、庭師に花について尋ね、清掃員と談笑するクレアは、令息令嬢である貴族達からは、奇異の目とは言わないまでも、不思議なものを見るような目で見られていた。第一皇子の婚約者という立場だったため、誰も咎めることなど無かったのだが。
だからといって、それに追従する者も一人もいなかった。もちろん、それが貴族としても、この食堂のルールとしても正しいものである。
けれど、今日はそうではなかった。
「クレア様」
声を掛けられてクレアが振り返ると、そこには爽やかな男子生徒の姿があった。
亜麻色の髪に琥珀のような瞳をした長身の四階生。この学校の生徒会長である、フォルクス・フォンバルディアである。
「ごきげんよう、フォルクス様。ですがわたしのような者にはもう、様をつけていただく必要はありませんわ」
ちなみにクレアとヴィンセント、プリメラは共に二階生である。
「先の宣言については公式発表されたらと思っていたが、お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。年下に敬語を使うのは苦手でな……」
「公爵家の令息としては当然ですわ。それよりわたしなどに何か御用でしょうか?」
「良いって言ったくせに、どこか棘のある言い方だな……まぁいいか。前から疑問に思っていたんだが」
フォルクスは食堂の厨房を指差すと、呆れたように言う。
「伯爵令嬢ともあろう者が、どうして自分で食器を下げる。下働きの真似事をしたりするんだ?」
「下働きの真似事……ですか? もしかしたらフォルクス様にはお話ししても時間の無駄かもしれませんが、それでもお聞きになりたいですか?」
「いや、だからどうして君は……ん?」
クレアが突然、フォルクスに頭を下げる。
「申し訳ありません。失礼な物言いをいたしました。わたしの話をせめて対等な目線で聞いてくださるのか、自分と異なる価値観を認めるつもりのない上からの目線なのか、試しておりました」
「ほう……」
さすがに気分を害したようで、僅かにフォルクスの眉間に皺が寄る。
爵位が下の、それも女性にそう言われては、フォルクスの反応はプライドの高い貴族としては当然だろう。人によってはクレアを殴っていたかもしれない。
まぁその場合、その後はクレアの独壇場になるのだが。
しかし、フォルクスはクレアの思っていた以上に大物のようだった。
「その様子では、俺は合格だったのだろう? さぞかし面白い話を聞かせてくれるのだろうな?」
その返答に、クレアはきょとんとする。
どうやら自分も相手を見誤ったのだと、そのときクレアは理解した。
「そうですね……では導入に、例え話から参りましょう。
フォルクス様が魔獣の出る山で遭難したとします。逃げ込んだ洞窟の中には、同様に遭難した農夫が一人。食料はフォルクス様の鞄の中にパンひとつのみ。フォルクス様はそのパンをどうしますか?」
「ん……それは隠れて食べるか、半分に分けるかという問題かい? それなら大抵の貴族は隠れて一人で食べるだろうね。僕もそうするだろう。二人で死ぬよりも、一人でも生き残った方がいい。けれど……君のその様子だと、これは正解ではないようだ」
「この問いに正解などはありませんが……そうですね。その答えが今の帝国の現状そのものだと思います」
クレアはパンをちぎる様な手ぶりをする。
「最も生存率が高いのは、パンを分けることです。ただし、農夫の方をあからさまに多くです」
「農夫の方を……多く?」
「ええ。何気ない素振りで二つに分けたパンのうち大きい方を、偶然上手に分けれなかったという風に振る舞いながら、当然のように大きい方を農夫へ渡します。そして言うのです。もし麓まで降りることができたなら、助けを呼んできてほしいと」
「……それで確実に生き残れるのか?」
「いえ。ですが、それで助からなかったのならば、何をやっても無駄でしょう」
「農夫に助けを呼びに行かせたのはなぜだ? パンを独り占めしたまま、一人で山を降りればいい」
「貴族が武術を嗜もうと、日々汗を流している農夫には敵いません。ましてや山道を進むことにおいては、彼らの日常の範疇です。農夫には、貴族にはできないことができるのですわ」
「なるほどな……だが農夫が助けを呼んでくれるとは限らないじゃないか」
「農民は、家族や集落が助け合って生きています。よほど困窮していない限り、隣人が困っていたら助けるのが当たり前なんです。貴族が自分のためにパンを分けてくれた。それも自分の方により多い方をとなれば、大抵の場合は恩義を感じるのではないですか?」
「確かに納得だ。ちなみに君は、僕の答えを帝国の現状のようだと言ったが、それはどういうことだい?」
「我々貴族にとって、民は無くてはならないものです。ですが民にとって貴族とは、生活を豊かにしたり秩序を保ったりはしますが、生きるために必要な存在とは言い難いのです。
民が貴族を敬うべきという思考はまぁいいでしょう。ですが、貴族や王族が民の暮らしを思わずに悪政を敷いた場合、本当にただの害悪と成り果てるのです。それを忘れ、守られて当然だと考える貴族があまりに多過ぎるような気がするのです」
この思考は、もしかしたらクレアが武門の家系だからかもしれない。
兵士というのは、民や貴族のために命を懸ける。たった一つの自分の命よりも、より多くのものを守れるようにと。
だから時折思ってしまうのだ。この帝国の貴族のために命を懸けるのは、絶対に願い下げだ、と。
「身分など関係なく、良き仕事には感謝を。自分にできないことができるのならば、身分など関係なく尊敬の念を。互いが互いを敬わない国など、わたしには崩れかけの積み木の城に見えますわ」
クレアが言い終えると、フォルクスはくつくつと喉を鳴らし、次第には声を出して笑い出した。
「いやぁ確かに! 皆が王族の横暴さを噂していたが、その関係は平民と我々貴族の間にも起こりうるということか!」
「あくまで一意見です。が、ご満足いただけるお話はできたようですね」
「ああ。確かにこれは面白い!! 傑作だ!! 我が国の皇太子殿下は、これほどの者を蔑ろにしたのか!」
食堂中にフォルクスは声を響かせ、クレアは「大したものではございませんわ」と答える。
しかし直後、クレアは目を丸くする。
この時間の食堂は、人手が足りないほど忙しい。
フォルクスは自分の席のまだ下げられていない食器を確認すると、それを手に取り、自分で返しに行ったのだ。
「すみません。そういう意図でお話ししたのではなかったのですが……」
「いや、僕がそうしたいと思っただけさ。それよりも食堂の隅に移動しよう。面白いものが見れると思うよ」
首を傾げながら、クレアはフォルクスの後に続く。
暫くすると何人かの生徒がぽつぽつと、食器を持って立ち上がり始めたのだ。
「王族の横暴さについて陰口を漏らしたからには、自分はそのような振舞いはできない。誇り高い貴族としてはね」
シェフや給仕達に礼を言われ、令息令嬢達もまんざらではないようだ。
一番驚いているのはシェフのグランツェで、あまりの事態に顔が若干青くなっているようだが……大丈夫だろうか?
「ちなみにさっきの例え話。もし遭難したのが僕じゃなくクレアだったら、どうしていたんだい?」
「パンは農夫にあげて、わたしは魔獣を刈って食べます。そのあとは農夫を背負って下山しますわ。わたしは軍人としての訓練も受けていますから」
こう見えて腹筋割れてるんですよ? そうクレアが付け加えると、「それは反則過ぎでしょ」と、フォルクスはまた腹を抱えて笑っていた。
乙女ゲーム物なら、攻略対象になっていたであろう、フェルクス生徒会長。
何気に良いキャラしていると思いませんか? 個人的にお気に入りなのです。
次の出番は少し先になってしまいますが。
ところで主人公が腹筋割れているのはありですか?
ヒロインならありえないけど、悪役令嬢ならOK……ですか。