18.作り笑いは誰が為に
お待たせしました! プリメラvs悪エリアの姉妹対決です!!
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『無限砕氷領域』
多重条件魔術式という言葉を、プリメラはクレアから聞き、初めて知った。有名な言葉らしく、図書館に行って調べたらすぐに見つかった。
そして思ったのだ。
『そういう名前が付いていたのですね』と。
倉庫に閉じ込められていた時間が長かったので、魔術はプリメラの玩具だった。
魔術式を作る魔術を作った。
大気中の魔力を集める魔術を作った。
一緒に組み合わせたら、一時間ぐらいずっと魔術が発動し続けた。
氷の魔術と組み合わせたら、部屋いっぱいにキラキラが広がった。
それが今、王国の魔術師団のいる一帯を取り囲んでいる。
小さな魔術とはいえ、どれだけたくさん発動しているのかはプリメラにも分からないのだ。そんな中で新たに魔術を発動するなんて、できるはずがない。
プリメラはそのことをアクエリア達に説明する。
魔術師団一同は、それを簡単そうに話すプリメラに唖然としていた。
「安心してください。既に発動しているお姉様の水の鞭だけは使えます。まぁそれでも、一応言っておきましょうか。
逃げるなら今のうちですよ、お姉様?」
「こンの、出来損ないがぁぁぁぁっ!!」
アクエリアが水の鞭が振り下ろすのと、プリメラが氷柱を作って飛ばすのはほぼ同時だった。
クレアのように上手に鞭を回避できないプリメラは、僅かに身体を浮かせて少しでも衝撃を逃がそうとする。その間に追加で放った氷柱が五本。アクエリアはそれらを難なく回避し、しかし、破裂した氷柱の破片がナイフのように、背後からアクエリアに襲い掛かる。
「ぐっ――、何よこれ!?」
「わたしも最近知ったんですが、多重条件魔術式というらしいですよ」
「はぁ、最近!? ――きゃっ!!」
前後から襲い掛かるナイフに、アクエリアはとうとう回避ができなくなる。一つ一つの傷は浅いが、既に十本以上をその身に受けて、痛みに動きは鈍っているようだった。
アクエリアが水の鞭を手元に引き寄せようとする。おそらくナイフに対する防御に使うつもりなのだろう。けれど……
バキッ――
「なっ……」
いつの間にか凍っていた鞭は、アクエリアの手元から二十センチ程度のところで音を立てて折れる。プリメラが最初に鞭で弾き飛ばされたとき、プリメラはその鞭を抱えて離さなかったのだ。
「あんたまさか、このためにわざと初撃を受けたっていうの!?」
「げほげほっ……いえ、避けれなかったのは本当ですよ。だけど、タダで受けるのなんて、もったいないじゃないですか」
「だぁぁぁっ、クソがぁぁっ!!」
プリメラが同時に十五の氷柱を放ち、それを何度も繰り返す。
アクエリアは空気中から鞭に水分を補給しようとしていたが、こちらの思惑通り、思い通りに集めることができていないようだった。回避と防御をせざるを得ない状態まで追い詰め、ひとつフェイントを混ぜたところで、アクエリアの足に一本の氷のナイフが刺さる。アクエリアが足を縺れさせて倒れたところで、プリメラはあえて攻撃の手を止めた。
「お姉様の鞭、痛かったですよ?」
プリメラはそう言いながら、大きな氷の槌をその手に作る。
「でも、わたしのとどっちが痛いですかね?」
「なっ……!? どうしてよ!! 私の鞭の水は全然戻らないって言うのに!!」
「お姉様の周りの空気は特に念入りに冷やして、わたしの指揮下に置いていましたから。わたし、氷の魔術だけは得意なんですよ? それと、前から思っていたんですが……」
「クソっ――、クソブタがぁぁぁぁぁっ!!」
「お姉様、語彙少ないですよ?」
氷の槌が振り下ろされる。それが決着だった。
「プリメラ、大丈夫か!?」
駆け寄ってくる少年に、プリメラは「はい!」と微笑み返す。
「って、いや、大丈夫じゃないだろ! こんなに怪我をして……」
「昔に比べれば、本当に大したことはありません。こう見えてわたしって、結構丈夫なんです!」
そんなことを言ってからプリメラは、自分がリンドオール王国を離れてから、まだ四カ月半しか経っていないのかと思い直す。
ずいぶん昔のような気がしていたけれど、あの城の倉庫で暮らしていた日々から、まだ半年も経っていなかったのだ。
それもこれも全部……あの日の出会いから始まったのだ。
厄介払いのようにロシュヴァーン帝国へと送られたあの日。
プリメラを温かく迎え入れてくれたこの皇子には、感謝をしてもしきれない。
随分と長い間凍っていた『心』が、動き始めたのを感じた。
こんなにも優しい世界があるのだと、夜に部屋でひっそりと、嬉しさに泣いたことを覚えている。プリメラにとってはそれほどまでに衝撃的で、何より満ち足りた時間だった。
だから……
「ヴィンセント様。無理なお願いを聞いていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ助かったよ。お陰で我が軍は無傷だからね」
帝国のために、この人のために、プリメラは笑顔を捏造る。
嬉しくても笑えない自分だから、嬉しい時に笑顔を作ろうと決めた。
悲しくても泣けない自分だから、悲しい時には悲しい顔をしようと決めた。
『嬉しい』も『悲しい』も、そもそも感じなくなっていた。
『嬉しい』も『悲しい』も、この人が自分に取り戻させてくれたものだ。
だから、感謝しても感謝しきれないこの人のためにも、表情とまだちぐはぐなこの感情を、できる限り大切にしようと決めたのだ。
「ヴィンセント様、あの……手を繋いでも良いですか?」
「手を繋ぐって、まぁ別に構わないけど……冷たっ!!」
「あぁっ、ごめんなさいぃぃっ!!」
このあと、魔術を封じられた王国軍は、剣と盾で武装した帝国軍に降伏。
帝国軍が王国軍に対して圧勝すると考えていたクレアの、想像の斜め上の結果をプリメラ・リンドオールは叩き出したのだった。
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そして場所は移り、リンドオール王国王城。
「チッ、ついに王都まで入ってきたか……魔術師団を配置につかせろ!! 暴徒共を城に近づけさせるなと伝えてこいっ!!」
三千人の選りすぐりの魔術師で編成された魔術師団は、リンドオール王国の有する最大戦力である。
それを国内の暴徒鎮圧に使わざるをえないのは腹立たしいが、背に腹は代えられないと、国王グレゴリオは控えていた騎士に伝令を命じる。
「陛下。魔術師団なら、三時間ほど前にアクエリア様と共に城を出て行きましたが……」
「………………は?」
唖然として、グロリアスの開いた口が塞がらなくなる。
グロリアスはこのときようやく、城の最大の守りをいつの間にか剥がされていたことに気付くのだった。
今更ですが、タイトルについてのお話(?)です。
悪「役」令嬢なんて生ぬるい
→「主人公は悪役どころかちゃんとした悪女です!」という意味です。
アクエリアを上を行く悪女!!
しかもクレアにその自覚はありません!!






