16.箱庭の暴君
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大胆不敵にハイカラ革命♪、そのちょびっと前のお話です。
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『ヴィンセント皇太子様より恩情「国民に罪はない」』
『ロシュヴァーン帝国の皇族を誘拐し、その身柄を盾に脅迫したことによって、王国に有利な形で三年前の戦争は終結した。8月2日に救出された、帝国の皇后セレフィナ陛下と第一王女フィオナ殿下は、三年間もの間、王城で軟禁生活を送られていたとのことである。それに対してロシュヴァーン帝国は、王国に金貨四億枚の賠償を要求していた。
しかし、「それでは王国の国民の生活が成り立たなくなる」として、ヴィンセント皇太子殿下とその婚約者であるクレア様の連名による嘆願。グレゴリオ陛下が王位を退くことを条件に、賠償請求を取り下げると、昨日8月3日、ドルムンド皇帝陛下より正式な声明が発表された。
それに対してグレゴリオ陛下は同日夕刻、『国家大同協賛法』を施行。騎士や兵士を動員して、貴族平民問わず、私財の差し押さえを行うとしている。グレゴリオ陛下に退位の意向は見えず――』
この新聞報道に対して貴族達は憤り。
「はぁ!? 私財の差し押さえ!? 今までどれだけ税金払ってきたと思ってんだ!!」
「今までも横暴だとは思ってきたが……そもそも戦争も誘拐も、王族が勝手に始めたことじゃねぇか!!」
「冗談じゃないですよ!! ただでさえ領民たちはギリギリで、こちらもなにかと切り詰めているというのに!!」
市場の商人達は困惑し。
「商品を纏めろ! 今すぐにでもこの国を出るしかねぇ!!」
「駄目だ。既に国境に繋がる街道にも兵士が配備されてやがる!!」
「ンなモン、袖の下でも握らせて通るんだよ!! 商品も売り上げも全部取り上げられちゃ、俺達には借金しか残らねぇんだぞ!!」
農民達は絶望し。
「……また、あの頃の生活に戻らなきゃいけねぇのか」
「ウィンディア様が、オラ達をせっかく気に掛けてくださったってぇのに」
「ウィンディア様は……ウィンディア様はどう考えているんだべか!?」
兵士達もまた、葛藤を抱えることとなった。
「駄目だ……俺の村は普段でさえギリギリだったってのに。今年こそ本当に、飢えで何人も死んじまう!!」
「ウチは商人だからな、全部持っていかれる。そうしたらもう首でも括るしかねぇよ!! 親父達、上手くにげてくれてっかなぁ!?」
「うちは貴族だから、私兵もいる。いっそのこと謀反でも起こして……いや駄目だ。それこそ家が取り潰されて、一族全員、首を刎ねられるだけじゃねぇか!!」
「お父様っ!!」
王城の謁見室に少女の声が響く。
ウィンディア・リンドオールは、一つの紙の束を手に、国王グレゴリオの元へと訪れていた。
「大金貨四億枚なんて、到底払えるわけがありません!! 試算したところ、この国に流通している貨幣の八割に相当する額です。これでは国民の生活が立ち行かなくなります!! ましてや、いかに武力を用いて脅そうとも、回収できるとは到底思えません。今すぐお考え直しください!!」
「ウィンディアよ。いざとなれば、金ならばいくらでも稼ぐことができる。魔力を持つ者は、我が国には掃いて捨てるほど生まれてくるが、他国から見れば珍しいのだからな」
「まさか民を……人を売るというのですか!? わたし達は同じ人間だというのに……」
「同じではないっ!! ウィンディア、貴様も王族であろう!? たかが貴族や商人と……ましてやそれ以下の下賤な者達を、人間などと呼ぶとは何事か!!」
「きゃっ!!」
頬を殴られたウィンディアが、石床に倒れて転がる。頬に痣を作り、口の端から血を流し、それでも起き上がってドルムンドを睨んだのだ。
「お父様……いえ、陛下!! 彼らは紛うことなく人です! 我等王族が守るべき民です!! 彼らにも心があって、生活があって、家族がいるのです!! どうしてそれが分からないのですかっ!?」
「たかが小娘が抜け抜けと……貴様も儂がその器ではないと言いたいのかぁぁっ!!」
直径が三メートルにはなろうかと言う、巨大な火球がグレゴリオの両手に作られる。
怒りで我を失ったグレゴリオは、その火球を自分の娘へ向けて撃ち放ったのだ。
「風よ――きゃぁぁっ!」
「しまっ……ウィンディアっ!!」
旋風が炎の勢いを押し返せたのも極僅か。室内は爆炎と熱風に包まれ、砕けた床が瓦礫となって四方に飛び散った。
やがて、沈黙。
国王も、控えていた兵士達も、粉塵が舞う中で息を呑み、一言も口を開けなかった。
次第に視界が晴れ、同時にグレゴリオは崩れるように膝を着く。
そこには確かに、娘を想う一人の父の姿があった。
「そんな……ウィンディア……」
抉れた床。罅の入った壁。
部屋中のどこを見渡しても、ウィンディアの姿は跡形も無く消えてしまっていた。
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「お聞きになられた通りです。ふふっ……皆様、良い記事をお願いいたしますね」
謁見室の隅で、クレアは三人の新聞記者に微笑む。
記者達は一様に、「「ええ、任せてください」」と不敵な笑みを作った。
『影』と『幻』の魔術の重ね掛けによって、ここにいる六人の存在が気づかれることは無い。
ちなみに六人のうち残り二人は、ドラクとウィンディアである。
「それにしても、間一髪でした。ワタクシも肝が冷えましたよ……ったく」
ラビティオによって刻印を解除されたドラクは、既に腕に魔封じの腕輪を着けていなかった。
それにしても、飛来する火球の目の前を走り抜け、二種類の魔術を同時に使用しながらウィンディアを救出したドラクの手腕は、見事としか言いようがない。
自分がドラクに勝てたのは単に相性が良かっただけなのだと、改めてクレアは実感する。
「本当、あなたがいてよかったです、ドラク。子供達ではウィンディア様を助けられなかったでしょうから。でもまさか、実の娘を殺そうとするなんて……」
「クレア嬢が万が一を想定して、ワタクシにウィンディア様を守れと言っていただけていたからです。でなければ自分も動けてねぇですよ」
ウィンディアは今、ドラクの腕の中で気を失っている。
そもそもウィンディアには、クレア達が尾行ていることを知らせていなかった。
ウィンディアが国王に直談判に行くと言ってクレアの制止も聞かないので、仕方なく記者を連れて国王に張り込む計画を、ウィンディアを護衛するタイミングでブチ当てたのだ。
根本は、彼女が心配だったからと言う理由だが、それでも……
「勝手に尾行したって知られたら、その……やっぱり怒るかしら?」
「正直に話しましょう。ワタクシも一緒に謝って差し上げますから」
「そうね……あっ、そういえばドラクのことも話し忘れてましたわ」
「………………」
クレアは、真っすぐでどことなく危なっかしい友人の髪を撫でる。
そしてクレアは「無事でよかった」と、ぽつりと小さく呟いたのだった。
ウィンディア殿下死亡疑惑!!
グレゴリオ陛下は、長男の不当な王位剥奪に憤り、我儘長女も大切にする、お父ちゃんです。
自分の娘が死んだとしたら、ちゃんとショックを受ける人です。
そしてその勘違いを「チャーーーンス☆」と笑う、悪女クレア。
親子の悲しみの涙にも、付け入る気満々です♪






