15.写真には写らない美しさがあるから
リンダリンダ~♪
「『影』の魔術は、そこにあるはずのものを無いように、そこに無いはずのものを有るように感じさせる魔術。音も気配も自在に消せるけれど、姿を消す事はできない……だったかしら?」
音も気配も、その姿さえも見えないはずのドラクの斬撃を、クレアは剣で受け止め、押し返す。
「そして『幻』の魔術は、そこにあるはずのものを見えないように、そこに無いはずのものを見えるようにする魔術。音も気配も消せないけれど、自在に姿を消す事はできる……そうですわよね?」
クレアは振り向きざまに背後を一閃。虚空を振り抜いたはずの剣には確かな手応えがあり、赤い雫が数滴、宙に舞う。
直後の三連撃を防いで四撃目を受け流し、クレアは見えないはずのドラクの頬を鮮やかな回し蹴りで蹴り飛ばす。
「一人でどちらも使いこなしてしまうドラク様は、まさに『幻影』のように、誰にもとらえることはできないのでしょう。恐ろしいですわ……」
「でしたらワタクシの刃を阻む貴様は、一体何者だと言うのでしょうね……なぁ!? クレア・アメストリア!!」
「別に大したことではありません。例えばこうして隙を作って差し上げれば……」
ガキンと、剣と剣が重苦しい音を響かせる。
「ドラク様の取れる選択肢は五択程度には絞れます。五対一で戦っていると思えば、さほど難しいことではありませんわ」
「それでいてまだ余裕があるってか……冗談キツいですね、このバケモノが!」
「もうっ……冗談ではありませんのに。相手の五倍の速さと反射神経があれば良いだけですのよ?」
「……あなた、いままで脳筋と言われたことは無いですか?」
「えっと、その……褒め言葉としてなら」
「は? 馬鹿ですか? ってか褒め言葉の『脳筋』って何だそりゃ!?」
「ちなみに……」
クレアは姿勢を低くすると、前方に大きく足を薙ぐ。
足払いからの蹴り上げ。ドラクの身体に肘や膝を駆使しての連撃を加えていく。
「浮かし技に持ち込んでしまえば、相手の居場所は一択ですのよ? わたし、頭を使うのは苦……シンプルで効率良く攻めるのは得意なんですの」
「クッソ……この女ぁぁぁぁっ!!」
「いけませんわね。怒った殿方ほど単調な生き物は居ませんわ」
振り下ろされる見えない剣を弾き飛ばし、踵落としでドラクを地面に叩きつける。
触覚だけを頼りに魔封じの腕輪を装着させれば、痣だらけのドラクの姿が現れた。おそらくそれなりにイケメンだったであろうその顔は、腫れたり黒ずんだりで酷いことになっている。
「ちょっとやりすぎちゃったかしら?」
ドラクの背中に腰を下ろすと、「終わりました。もう出てきても大丈夫ですわ」とクレアは虚空に声を掛ける。
「うわぁ……大人の男の人を倒しちゃった」
「……お姉ちゃん、すごいね」
「というか圧倒的……」
「この人の姿、見えてなかったはずだよね?」
「ええ。わたしは『音の無い場所』が分かるから全部視えてたけど、最初の一撃しか伝える余裕は無かったから」
「リツちゃんいいなぁ……俺達は『朽』だからさ」
「今回は全然役に立てなかったもん」
「みんな平和ね……あたしは今、この人が味方でよかったって本気で思ってるわ」
『影』と『幻』の魔術が解除されて、八人の子供達が姿を現す。
ロシュヴァーン帝国では四大魔術を使えることさえ珍しいので、目の前で人が突然現れたことに、帝国第一騎士団の面々は目を丸くしていた。
「皆さんにはご紹介しておきます。『影』の魔術適正を持つ、クロエ君とノワールちゃん。『幻』の魔術特性を持つ、ミストちゃんとイル君。『音』の魔法が使える、リツちゃん。『朽』の魔術適正を持つ、テッド君とアンちゃん。そして、『鎖』の呪詛が使える、ルイリ君。
生まれてすぐに殺されるはずの子や、村や集落で迫害されていたりした子で、プリメラ様が秘密裏に保護していた子供達です。戸籍もありません」
そんな酷い扱いを受けてきた子供達だからこそ、簡単にこの国から逃がせるというのは、クレアにとって幸運なことであり、誰にとっても皮肉なことなのだろう。
「この子達は、ロシュヴァーン帝国へ連れ帰ります。第一騎士団の皆さんには、彼らの護衛をお願いしたいのです」
「……失礼ですが、姐御。それは彼らが稀有な人材だからですか?」
「いいえ。義理よ」
騎士の一人の問いに、クレアは答える。
「皇后陛下と皇女殿下は、プリメラ様のお陰で救うことができました。ならば彼女が守ろうとしていた者達を守るのは、我が国として当然の責務です。ですからわたしが、信頼する第一騎士団の皆様にこの子達を安全を託すのは当然の事なのです」
クレアが「頼みましたよ」と言えば、返ってくるのは百人分の最敬礼。
誇らしげな表情の騎士団に、クレアもつい頬が緩んでしまったのだった。
そして翌朝……
「陛下。わたし、ペットを飼い始めましたの♪」
国王グレゴリオの玉座の前で、クレアは不敵な笑みを浮かべる。
クレアの手には鎖が握られ、それはリンドオール王国の王族親衛隊隊長であるドラク・ヴァンパルヴィアへと繋がれていた。
「陛下……申し訳ありません」と頭を下げるドラクを肘鉄と踵落としで地面に伏せさせて黙らせる。ドラクは魔術を抜きにしても十分に腕の立つ騎士だったが、本物の一騎当千の英雄に育てられたクレアにとっては、もはや脅威でも何でもない。
「げほげほっ……陛下……拾い上げていただいたというのに……親衛隊にまで取り立てていただいたのに、申し訳ありません。お役に立てず、申し訳ありませんっ!!」
床に伏せながらも、ドラクはそう繰り返す。
こいつ、もしかして意外と真面目な人だったりするのだろうか?
そんなことを考えていると、クレアの耳に濁った溜息が届く。
「……やはり、所詮は下賤のドブネズミだったか」
「へ、陛下……?」
目を見開くドラクに、
「はっはっは!! そんな薄汚い奴がペットとはな!! 家畜を愛でた方が数倍マシだろうが、貴様にはお似合いだぞ、クレア・アメストリア!!」
下卑た笑みを浮かべて、グレゴリオが高笑いをする。
「高貴なる魔術の一端さえ扱えないクズ男だ、姿を捉えられてしまえばもはや利用価値も無い。痛くも痒くもないわ、欲しければくれてやるぞ!! がっはっは!!」
それからパチンと、クソ国王が指を鳴らす。
何そのタイミング? かっこいいと思っているのだろうか?
しかしそれよりも……
「えっ、本当に貰っていいのですか? やった! ラッキー♪」
「は? えっ……?」
頭上に疑問符を浮かべる国王グレゴリオを無視し、クレアは絶望で表情を失っているドラクの手を握る。
「ドラク・ヴァンパルヴィアさんと仰いましたね。わたし、あなたの技量と誠実さには感動いたしましたの。おそらく暗殺や誘拐などの汚れ仕事にも、主のためだからと心を殺して務めてきたことでしょう。残念なのは、あなたの主に見る目が無かったという只一点のみです!
お給金はこの国で頂いていたものの倍額お支払いいたします。ポストは騎士団の士官以上を用意しますわ。ご家族や親しい方がいらっしゃるのでしたら、その方々もまとめてロシュヴァーン帝国内で住めるよう手配しましょう。あっ、こんな勝手がたかが令嬢に許されるのかと不安に感じられていらっしゃいますか? 大丈夫です、この程度は皇帝を脅せば一発ですので。いかがですか!?」
「……皇帝を、脅す……?」
「正論で退路を断ち、言葉のナイフを突き付け、笑顔でトドメを差すことですわ」
熱心に勧誘するクレアに、徐々に青ざめていたドラクの顔に血の気が戻り、それ以上に混乱と困惑が浮かんでくる。
そして、「クソッ」パチン「何故だ」パチンと、鳴り続ける指パッチンの音。
「あの……陛下。何をされているのですか?」
「クックック……その男には、裏切れば体内の魔力を暴走させて爆発させられるよう刻印が刻まれているのだ。儂からの信頼の証だと言えば、そいつは疑いもしなかったがな!! ……あれ? いや、今度こそ発動するはず……」パッチンパッチン。
クレアは目線で手に持つ鎖を先を辿る。
ドラクの手に嵌めているのは魔術封じの腕輪だ。ドラクの体内では今、魔力の流れが止まっている。
どうやら意図せずして、クレアはドラクの命を救う結果なってしまったらしい。
「陛下、今までお世話になりました。地獄に落ちろクソ野郎」
「ぐっ……ぐぬぬ……」
「では陛下。大金貨四億枚の件、よろしくお願いしますね。ああ、こちらとしては陛下が玉座を降りてくれるだけでも構いませんわよ。その後は王位継承権第一位のわたしが女王となり、結納品代わりにリンドオールの全権をヴィンセント殿下へ捧げます。つまり、この国を帝国の属国にしますので」
「こンの糞がぁぁぁっ!!」
グレゴリオが放った炎弾を跳躍で回避する。クレアが立っていた場所には直径二メートルほどの大きさで床が抉れていた。直撃していれば骨しか残らないであろう程の威力に、さすがは魔術王国の王族だとクレアは唾を呑む。
この男と相対するならば、一手読み違えれば即死。だというのに、そんな相手に心躍ってしまうのだから、我ながら始末に負えないなとクレアは思う。
まぁ、今回の計画では、その望みが叶えられることは無いのだが。
「そもそも、ドラク隊長を抜きにして、ロシュヴァーン帝国に勝てると思っているのですか? 良くて晒し首……民衆の目の前で処刑されるかもしれませんわね。
少しは分を弁えた方がいいですわよ。あなたはこの国の統治者の器ではございませんわ」
「統治者の器ではない……だと!?」
「ええ。あなたが治めるぐらいならば、たかが十六歳の子娘であるわたしのほうが何億倍もマシですわ。だから王位をよこせと言ってあげているんですよ、陛下。ふふっ……」
もっと言えば、最強の魔術師ですらない。
少なくともクレアは、この男よりもはるかに卓越した魔術の使い手を一人、知っているのだから。
クレアとドラクが退出すると、扉の奥で荒れたような醜い叫びが聞こえる。
「さてと。追加になった条件も、民衆に開示してあげることにしましょうか……ふふっ」
そしてこの日の夕刻。
国王の命令で、貴族平民問わず、国民の私財の差し押さえが始まったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
テンポ良く、掘り下げずにざっくりと進んでおります!
ドラク「ざっくりすぎでは!? ワタクシとの戦闘、一話の半分ぐらいしかなかったのですか!?」
すてら「2話に跨ってたからそう感じるだけですよー ……1400文字、短っ!!」
ドラク「ほれみろぉぉぉぉっ!!」
テンポを優先して、説明を割愛したり、端折る場面もいくつかあります。
ですが、説明不足や分かりづらいところがありましたら、教えていただけると嬉しいです。






