2.未だ悲しみの中に……
早速のブクマ、評価、感想、ありがとうございます!
連続投稿2日目です。よろしくおねがいします!
翌朝、セントアンジュマリア学園の正門前に停まった馬車から降りたクレアは、しかし数歩を踏み出しただけでその場に泣き崩れた。
多くの生徒がそれを目撃していたものの、大っぴらには自国の第一皇子に楯突くことなどできず、目を逸らしてその場を歩き去っていく。
クレアは侍女に支えられ、弱弱しく見える足取りで再び馬車の中へと戻っていった。
その更に十分後。馬車から降りたヴィンセントが、それに続いて扉から降りてくるプリメラに手を差し伸べる。
「その……ありがとうございます、ヴィンセント様」
「当然のことをしているだけだよ。さぁ行こうか」
そう言いながら、ヴィンセントが感じたのは違和感だった。
確かに昨日の件で注目されるだろうとは思っていた。しかしヴィンセントが校舎に入り、階段を上り、廊下を進んでいるうちに、その違和感は確信に変わっていった。
「クレア様、おかわいそうに……」
「私の友達が、クレア様の教科書がプリメラ様の取り巻き達に破られているのを見たって言ってたわ。クレア様は溜息を吐いただけで、泣き言なんて言わなかったって」
「アメストリア家って武門の家系でしょ? クレア様は本当は騎士志望だったらしいわよ。婚約前はダンスもろくに踊ったことが無くて、必死に練習したって聞いたわ」
「婚約を持ち掛けたのって、実は王家の方なんだって。それなのに破棄って……」
「あの凛としていたクレア様が、あそこまで落ち込むなんて。よほど殿下のことを想っていらしたのね」
悪事が明るみに出ようと、少なからずクレアを擁護する噂が混じるだろうとは予想していた。学園内ではクレアの評判は悪いわけではないからだ。
しかしあまりにも、クレアを擁護する方向へ偏りすぎている。
そして……
「というかあの教科書の件、プリメラ様の自作自演らしいわよ」
「えっ……」
それを耳にしたプリメラが、思わず足を止めてしまう。
噂をしていた女生徒達は慌ててその場を去っていく。生徒の多くが廊下で立ち尽くしたヴィンセント達から距離を取り、目線を逸らした。
ヴィンセントはプリメラの手を握ると、教室へと歩を向ける。
「プリメラ様が編入してきたのって、要は国家間の政略結婚の口実を作るためなわけだろ? ある程度地位があれば誰でもいいだろうに、よりにもよって婚約者がいる人を横取りしちまうんだから、とんだ悪女だな……」
「確かに可愛いけどさ、それに引っかかる殿下も殿下だよな」
「あのときクレア様さ、ヴィンセント殿下が助け起こそうとしたときに異様に怯えていたじゃない? 普段から暴行を加えられていたんじゃないかって話よ」
「私もそれ、聞きましたわ。それと以前、クレア様が腕に包帯を巻いていたときがありましたの。剣の稽古中に怪我をしたなんて言っていましたけれど、あれってもしかして……」
「校舎裏でクレア様がプリメラ様を恫喝していたってのも、本当かどうか怪しくなってきましたね。会っていたとしても、通りかかったときにたまたまそう見えただけということもないでしょうか?」
「いや、クレア様は嵌められたのかもしれないぞ。プリメラ様は隣国の王族だ。クレア様は皇太子殿下の婚約者であろうと、地位は伯爵令嬢だ。呼び出されれば行かないわけにはいかないだろうしな」
「何なんだ、これは一体……」
教室の自席に腰を下ろし、ヴィンセントは言葉を漏らす。
しかし聞こえてくるのは噂話をしているその断片だけで、面と向かってヴィンセントに言ってくる者もいないのだから、反論も訂正もしようがない。
頭を抱えるヴィンセントの隣には、彼以上に顔を青くしたプリメラの姿。ヴィンセントはプリメラの手を取り、自分がしっかりしなくてはと気持ちを切り替える。
「大丈夫だよ、プリメラ。所詮は噂だ。暫くすれば皆飽きて言わなくなるよ。それまでは僕が君を守るから」
「ヴィンセント様……」
「朝っぱらからお熱いじゃないですか、お二人さん」
聞き慣れた声に、ヴィンセントが顔を上げる。そこにはヴィンセントの親友である、ガイル・レティストラが立っていた。
帝国の誇る有能な宰相の一人息子で、レティストラ家の次期跡取り。雪のような透き通る白髪に、柘榴石のような赤い瞳をした少年は、人とは一線を引き、冷めた表情をしていることが多い。
そんな彼が、ヴィンセントの前では「大変なことになってしまいましたね」と無邪気そうに笑う。
「大変も何も、どこか異様だ。昨日の今日でクレア寄りの噂がこれほど流れるとなると、いくら何でも作為的な物を感じる。クレアが噂を流させた、そうとしか考えられないだろう、ガイル?」
「いや、残念ながらそれは無いですね」
ヴィンセントの言葉に、ガイルは首を横に振る。
「あのあとクレア嬢は、食堂で一人で昼食をとっていました。まぁほとんど手を付けないまま下げていたようでしたが。五限の授業を半分も受けずに体調不良で保健室に行き、迎えの馬車を呼んで帰りました。今朝も登校はしたものの、校門のところで泣き崩れて、結局誰とも話さずに帰っていきましたから」
「………………」
ガイルの言葉に、ヴィンセントとプリメラは息を呑む。
特にヴィンセントは、クレアが何らかの仕返しをしてくるのではないかと、昨日の午後からずっと気を張っていたのだ。大抵のことは器用にこなし、一人で何でもできてしまう彼女は一筋縄ではいかないだろうと思っていた。
伝えられたクレアのあまりにも痛々しい様子にヴィンセントは唇を噛む。しかしそれも、プリメラが不安そうに彼の顔を覗き込むまでだった。半ば自分に言い聞かせるように、「仕方ないよ。自業自得さ。彼女はそれだけのことをプリメラにしてきたんだから」と言った。
「知らなかったのですか? 婚約者だというのに」
「……興味はない。もう既に婚約は破棄している」
「いや、婚約ってそう簡単に破棄できるモンじゃないですからね?」
「それに俺は、このプリメラと添い遂げると決めたんだ。クレアの奴がプリメラの敵ならば、彼女は俺の敵だ」
「まぁそういうことにしておきましょう。俺はあんたの味方ですよ、皇子様」
ガイルはそう言って『皇子』に微笑んだ。
暗に『親友としては反対している』と言うガイルに、それを理解した上で「ああ、感謝している」とヴィンセントは言った。
クレアが再びセントアンジュマリア学園の校門をくぐったのは三日後のことだった。
泣きはらしたように赤い目をしたまま、しかし姿勢は凛として、以前と同様の佇まいを取り戻している……と周囲には見えている。
ヴィンセントとの婚約破棄に何ら感慨も無い。実家の名誉が傷つくことを度外視できれば、クレアは『清々した』と喜んで婚約破棄を受け入れ、真っ向から王家に喧嘩を売っていただろう。
そんなクレアの内面については露知らず、学園に通う令嬢達や令息達が、クレアの姿を見ると集まってくる。
「もう登校されて大丈夫なのですか?」
「今回の件、殿下の振る舞いはあんまりだと思います!」
「私達はクレア様の味方です! 私達が付いています!」
「助けられることがあれば言ってください! 力になりますから!」
「あ、その……ありがとうございます」
お淑やかにクレアは微笑みを返すものの、
(やりづれぇぇぇぇっ!! あまりにもチョロすぎて計算外なんだけど!)
本音はこっちである。
(えっ、ってか何? 付き添いで来てくれた保健委員の子と、早退を休み時間にブチ当ててすれ違った数人に、ちょろっと弱音を漏らしたぐらいじゃ、普通はこうはならねぇだろ!!
この国の貴族は、善良な馬鹿と小狡いクズしかいねぇのか!? この先の計画を何段階も練ってたってぇのに、無駄になったじゃねぇか!!)
本当に大丈夫かよ、この国……
集まった中には公爵家の令嬢や公爵家の令息まで混ざっていた。たかが伯爵令嬢であるクレアに媚を売る必要など全くないはずだ。
愚王を筆頭に、どうにも貴族が使えない。ロシュヴァーン帝国の未来に不安を感じたクレアだった。
お読みくださりありがとうございます!
昨日は、投稿初日だというのに、感想をいただくことができました!(わぁい♪)
本当にありがとうございます!
並行して執筆している作品とはかなり毛色が違うので、これはこれで書いていて楽しいです。
読んでいただけた皆様にも、読むのにかけた時間分だけでも「楽しい」と感じていただける作品になっていればいいなと思います。
すてら頑張ります! 応援よろしくお願いします!!
もし気に入っていただけたら、この下の☆の5番目をポチリとおねがいします。
↓↓評価☆☆☆☆☆↓↓