9.ウィンディアの騎士
今日はちょっと早めの掲載です
三日後の早朝。
王城に併設された練兵所に、クレアとウィンディア、そして五十人の兵士の姿があった。
「クレア。この人達は?」
「わたしの騎士様達です。三回回ってワンと言いなさい」
クレアが一枚のメモを胸元から取り出すと、五十人の兵士達が一斉に、三回回って「ワン!」と言う。その中にはジルド宰相も含まれていて、そのことにウィンディアは首を傾げているようだった。
「このように、わたしのお願いを聞いてくださる、信頼のできる騎士様達なのですわ」
「『絶対服従』の間違いではなくて? クレア、あなた悪い笑みをしているわよ」
「それでですね。皆様にお願いしたいことなのですが……」
「話を逸らしたわね……まぁ構わないけど」
クレアが合図を送ると、十二人の侍女達が台車を押してくる。
台車の上には小金貨や大金貨が五十の袋に分けて積まれていて、兵士達どころか、計画を知っていたはずのウィンディアと宰相ジルドまでもが息を呑んでいた。
「こんな金、一体どこから……」
『伯爵様、夜分遅くにすみません。王位継承権第一位のクレアと申します。ところでわたしのご用件に、心当たりはちゃんとありますでしょうか?』
『なっ……どうしてここが!?』
『心当たりがあるようでよかったです、拷問の手間が省けましたから。それでわたしに刺客を送り付けた件ですが……反逆罪ですよね? ってか、このわたし相手にナメたことしてくれたよな、あ゛ぁ!? 一族郎党ブッ殺されるか、全員処刑台に送られるか選ばせてやるよ、御当主様よぉ!?』
『そんなっ……助けてくれ!! 済まなかった、済まなかったぁっ!!』
『家取り潰して財産差し押さえてもよかったんだけどな……ほらよ、チャンスをやるよ』
『その……この鞄は?』
『自分と妻と娘二人、親族全員分の命のためにいくら出せる? 値段は自分で決めな、テメェの私財については調べてあるけどな。わたしは優しいからよぉ、もしテメェがわたしを納得させる額を入れられたら、今回だけは見逃してやるよ』
と、こんなやり取りが十回ほどあったのだ。
クレアはにっこりと笑顔を作り、胸の前で感謝するように手を重ねて言う。
「優しい貴族の方達から頂いた、善意の寄付です」
「強請りやがった……」「恐喝だよ恐喝……」「尻の毛まで毟られたわね、これは」「弱みを握ったな、貴族共の」「家族を盾に脅迫ぐらいはしてそうだな」「通報できない分、強盗より質が悪い……」「怖ぇ……」
「はい皆さん、命が惜しくば静粛に」
「「――イエス・マム!!」」
クレアの隣でウィンディアが呆れたように溜息を吐く。
心外だ。こんなにも真面目にやっているのに!!
それからクレアは「まぁいいわ。説明始めるわよ」と、リンドオール王国の地図を広げる。そこには兵士達の名前が、二人一組で地区ごとに割り振られている。
「あなたたちには約一か月半、ウィンディア殿下の名のもとに、農民達へ経済的援助をしてもらいます。金は余らせても使い切ってもかまいません。
人として当然のものを食べ、可能ならば衣服にも気を配らせなさい。村の代表者と協力する、全員集会を起こすなど、手法はすべてお任せします。
この国の民の姿に、まるで奴隷のような生活だと、ウィンディア様は心を痛められたのです。今回わたしは、殿下の願いに力添えをしているに過ぎません。
当然、貴族や他の王族達の知るところとなれば、妨害が来るでしょう。露見するのは時間の問題ですが、なるべく気取られないようにしてください」
「「はいっ!!」」
「また、この計画は『ウィンディア殿下の名のもとに』行ってください。わたしは打算でこの計画を支援していますが、殿下は本気で民のためを思っているのです。真に感謝されるべきは殿下であって、わたしではない……おいそこ笑うんじゃねぇ。
とにかく、決してわたしの名を出してはいけません。わかりましたか?」
「「はいっ!!」」
それからクレアは、ウィンディアに中央を譲る。
少し緊張しているウィンディアの肩に手を置くと、小さく彼女は頷き、そして兵士達へと真っすぐに目を向ける。
「まず、集まってくれた皆に礼を言うわ。わたしがウィンディア・リンドオールよ。この中には貴族の家の者も、裕福な商家の者もいることでしょう。内心不服に思っている者もいて当然だと思うわ。
だけどそれでも……まるで奴隷のような生活を、わたしは見るに堪えなかった。この国の民全員に、笑顔で暮らすチャンスが欲しい!
だから皆の力を、わたしに貸してください。よろしくお願いします!!」
王女殿下が、平民や下級貴族で構成された兵士達に頭を下げた。
それも自分のためではなく、この国で最も卑しい身分の者達のために。
乾いた地面を涙で濡らす少女に、五十人の騎士は最上級の礼で応えた。
「「――お任せください、殿下!!」」と。
クレアの騎士改め、ウィンディアの騎士達は、馬に乗って国の方々へと駆けて行った。
ウィンディアは執務室へと向かい、侍女達もそれに続いた。クレアが練兵場に一人残ったのは、ウィンディアにも内緒でやることがあるからだ。
「はぁ……よしっ! もうひと働き、頑張らないと!」
「貧民街へ行くつもりだな?」
「えっ?」
振り返ると、そこにはまだジルド宰相が残っていた。
(そういえばいたわね、こいつ……)
「今何か失礼なことを考えなかったか?」
「それは気のせいかと。少々存在を忘れていただけですわ、閣下」
「微笑むな可愛い声を出すなその表情で毒を吐くな。君に限っては沈黙と虚偽こそ美徳なのだから、化けの皮の隙間から本性をのぞかせるな、性悪女め!」
「あら、酷い言われようですわ。ふふふ……で、あなたはどうして残っているの?」
「私ならば力になれると思ってな。地図をよこせ」
ジルドは地図を受け取ると、その上に七か所を丸で囲み、最後に一か所、バツ印をつけた。
「貧民街の位置だ。主だったものが七か所ある。こっちのバツ印には、今はもう使われていない兵舎が放置されている。老朽化は進んでいるが、崩れたりはしないだろう。使用していた頃は兵士千人が寝泊まりしていた。雨風を凌ぐだけならば、その倍は収容できるだろう。掃除は必須だがな」
「なるほど……貧民街から集めた人たちに仕事を与えたいのです。国営農場で輸出用の作物をと考えていたのですが、他に彼らができそうな仕事はありますか?」
「それこそ、貨幣を作る仕事を斡旋すればいい。国内に流通する貨幣の数を倍に増やすとなると、造幣局だけでは手が足りないからな。必要な道具や魔石は私が調達しよう」
「………………」
いきなり妙に協力的になった宰相に、クレアは首を傾げる。
クレア達の計画に加担するということは、言うなれば国王に反逆するようなものなのだから。
「突然どうしたのですか? 熱でもあるのでは?」
「私にも、この国に思うところはある。陛下の耳に入れば立場が悪くなるというのに、ウィンディア殿下が覚悟を決められているのだ。宰相の私が手をこまねいているだけなど耐えられんよ」
「そうでしたか。大変失礼をいたしました。無礼な発言をお許しください」
「………………は?」
ジルドが目を丸くする。自分の発言におかしなところでもあっただろうかとクレアは首を傾げるが、その原因が思い当たらない。
「宰相閣下、どうされたのですか?」
「はぁ……いや、何でもない。妻が君を気に入るはずだと思ってな。あいつは人一倍、人を見る目があるからな」
「褒められている……のよね?」
それからクレアは再び地図に目を落とし、そして違和感に気付く。
ウィンディアが掏りに遭った王都。
しかし近くには、貧民街など書かれてはいなかったのだ。
やっと物語が動き出しました♪
クレアが活き活きしてます^^
ジルド「一国の宰相に『三回回ってワンと言え』と言えるのは貴様ぐらいだぞ」
クレア「たかが小娘に言われて、実際にやってしまうのもあなたぐらいのものですわよ?」
ジルド「……こんなことをさせて楽しいか?」
クレア「勿論よ。どうしてそんな当たり前のことを聞くのかしら?」
ジルド「………………」
ブクマ・評価・感想・お待ちしております。






