7.城から街へ。そして……
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「ウィンディア様。お出かけしませんか?」
「却下よ。まだ仕事が片付いていないわ。この時期は忙しいのよ」
書類から目を離そうとしないウィンディアが、紅茶を啜りながら答える。
クレアがちらりと書類を覗き見て、それは三日前にアクエリア第一王女が言っていた税の引き上げに関するものだと理解する。お小遣いが欲しいから国民の税をあげろ、なんていう妄言を本気で実現しようとしているらしい。
「……そういえばウィンディア様って、このお城から最後に出たのはいつです?」
「覚えていないわね。王族は民草と住む世界が違うのだから、理由も無く城から出てはいけないと、お姉様に教わったわ。何か問題があるかしら?」
(あるに決まってんだろうが!! あのクソ姉、本当に最悪だなっ!!)
しかもウィンディアが本気で首を傾げているのだから、なおさら問題だ。
「理由があれば良いのですね? わたし、王都の市場で買い物がしたいのです。友達同士ではよくあることですよ! 行きましょう!」
「いえ、だから仕事が……」
「帰ったらわたしも半分手伝いますから! さぁさぁ!!」
手を引いて半ば強引にウィンディアを連れ出すと、クレアは廊下ですれ違う使用人に声を掛け、手際よく馬車と御者の手配をさせる。
馬車は城の玄関に着いたときには既に用意されていた。中にはティーポットとカップ、水と火の魔石が用意されていて、クレアが二人分の紅茶を淹れたところでちょうど馬車が走り出す。
「で、市場でクレアは何を買いたいのよ?」
「何がと言われても……そうですね。二人でおそろいのアクセサリーでも買いませんか? ペンやハンカチなどの日用品でもいいかもしれません」
「欲しいものは決まっていないのね」
「欲しいものは決まっていますよ。思い出です。今日はお友達記念日ですから」
「お友達……思い出……そ、そうなのね。お友達記念日……」
頬を赤く染めるウィンディアに、自然とクレアの頬が緩む。
これで自分より三歳上とか反則でしょ!、ベアトリスの次ぐらいに可愛いんじゃない!?と、可愛いもの好きのクレアもまた、目を輝かせていた。
やがて馬車が止まると、クレアとウィンディアは街の石畳へと足を着ける。
「ここが市場なのね」
「来るのは初めてですか?」
「小さい頃には何度か来たことがあるわ。ただ、本当に小さい頃よ。あの頃は少し怖いと感じていたけれど、こんなに活気があって力強いものだったのね」
物珍しそうに辺りを見回し、そわそわするウィンディアに、「いろいろと見て回りましょう。わたしもそれが楽しみなのです」と言うと、「し、仕方ないわね」と言いながらウィンディアは歩き出す。
雑貨屋でお揃いの羽ペンを購入して、密かに襲撃犯を撃退し、
試食のお菓子を食べ比べて明日のおやつを選びながら、こっそり刺客を返り打ちにし、
おもちゃ屋でテディベアを抱きかかえながら、『今だけは邪魔すんじゃないわよ』と隠れた破落戸達を睨み殺し、
トイレに行く振りをして暗殺者をボコしたあと、屋台の串焼きを二人で頬張った。
「ウィンディア様、いかがですか?」
「ええ、美味しいわ。城の料理も良いけれど、真っ直ぐに大味をぶつけてくるこちらも、これはこれで趣があるわ」
「まぁ庶民からしてみたら、貴族達の食べる料理の方が珍しいんですけれどね」
「なるほど、それもそうね。はふはふ……」
二本目の串焼きを頬張りながら、愉し気にウィンディアが笑う。
腹立たしい……
こんなのは本来、十八歳の少女が見せる顔ではない。
この楽しさを十八年間も奪われてきたのかと思うと、怒りで胸が苦しくなる。
そしてそれ以上に、そんなウィンディアをこれから傷つけようとしている自分に、若干の醜さを感じて、クレアは歯を食いしばった。
「クレア、眉間に皺が寄っているわよ?」
「いえ。ちょっと胡椒の塊に当たってしまいまして」
「それは気の毒ね……きゃっ!」
ふと、空気の流れが乱れる。
クレアがその違和感に振り向くのと、ウィンディアの背後を通った少年が麻袋の掏るのが同時だった。
「――風よっ!!」
「駄目っ!!」
一瞬。ウィンディアの手の中で、魔術式が展開する。
あまりにも早すぎる発動に、針を取り出す暇さえないと判断したクレアは、魔力を込めた自分の腕を魔術式に突っ込んだ。
直後。不発に終わってもなお、突風程度の威力の衝撃が吹き荒れる。
そしてその中心に割り込んだクレアの腕は、どす黒く内出血をしていた。
「ごめんなさい、クレア……その……」
「問題ありませんわ。実家の鍛錬ではもっとひどい傷を日常のように負っていましたから。それより少年を追いましょう」
軍事訓練を受けたクレアと、風の魔術を得意とするウィンディアが駆けると、少年には簡単に追いつくことができた。
少年の身なりはとても裕福そうとは言えない。薄汚れたシャツと半ズボンはどちらも体のサイズには合っておらず、何より手足が身長の割に細すぎたのだ。
クレアは少年の胸倉を掴むと、路地裏に引きずり込み、その身体を地面に叩きつけて麻袋を回収する。
「クレア、そこまでしなくても……その中には大した金額は無いっていないわ」
「いえ、駄目です。ここで成功させたり、罰も無く見逃したりすれば、彼は掏りを繰り返します。何度かは成功して端下金を掴むでしょうが、街の隅に彼の死体が転がるのは時間の問題です」
それからクレアは「何人ですか?」と少年に問う。少年が「僕を入れて六人……です」と答えると、麻袋から小金貨を三枚取り出して、少年の手に乗せた。
「こちらにいらっしゃるのは、ウィンディア・リンドオール殿下です」
「えっ、王族!?」
「あなたにこの小金貨をお貸しします。これで服を買い、身なりを整えて、日雇いでも構わないので職を探しなさい。
生活に余裕ができてからで構いません。利子も一切取りません。王宮を訪ね、小金貨三枚をウィンディア殿下に返しに来なさい。殿下の優しさを裏切ってはいけませんよ」
しばらく目を丸くしていた少年だったが、言葉の意味を理解できると、クレアとウィンディアに頭を下げてお礼を言った。
去っていく少年の背中が見えなくなると、やがてぽつりとウィンディアが呟く。
「クレア……あなた、慣れているのね」
「ええ、まぁ。見慣れた光景ですから」
ウィンディアの悲し気な表情を見るのが、クレアは辛かった。
それでも意を決して、クレアは言う。
「殿下、お見せしたいものがあります」
それからクレア達が馬車で向かったのは、王都の外。街道の路面が舗装されていない状態となってから更に暫く進むと、農村が見えてくる。
「………………」
ウィンディアは息を呑む。
掏りの少年と同様かそれよりも酷い身なりの者達が――それも大人が、自分と同じぐらいの歳の少女が、年端も行かない子供が、年老いた老人が、土にまみれて壊れかけの農具を振るっているのだ。
「……クレア、ここはどこ?」
「リンドオール王国です」
「この人達は、どうしてこんなことを……」
「これが民草の日常です。王都を一歩出れば、国の至る所で目にする光景です」
「そんな……」
ウィンディアが顔を青ざめる。
知識や常識は奪われているものの、元より聡明な彼女は、自分が行ってきたことの意味にようやく気付いたのだろう。
「自分達が食べる分を確保できれば、農民は生きていけます。農作物が余れば売って、その分暮らしを裕福にできます。ですが、重税で食べることさえままならなくなった民は、本来人が食べないような物も食べなくては生きていけません。
彼らが、アクエリア様が『さらに重税を課せ』といい、『搾ればさらに出てくる』と揶揄した民草です。これでも『お姉さま』の言う通り、税を増しますか?」
「そんな……そんなことって……わたしは今までなんてことを……」
ウィンディアの震える身体を抱きしめながら、クレアは御者に王都へ引き返すよう指示をする。
ごめんね、ウィンディア。でも……
「あなたを守るために、必要なことだから」
この光景に涙を流せるウィンディアだからこそ、クレアは彼女がこの国の王に相応しいと思ったのだ。
ウィンディア「クレア、感想が来てるわよ。あんたがあまりにも容赦ないって」
クレア「ありがとうございます!」
ウィンディア「褒めてないから。いや、『容赦ないクレア面白すぎます(笑)』……?」
クレア「あら、褒められてますわね。良い性格してますわね、この方」
ウィンディア「むしろそれ、わたしがクレアに思っていることよ。
それと別の方から、王位継承権を奪ったことには絶対裏があるって言われてるわよ?」
クレア「ギクッ……」
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