5.花一匁
メリークリスマス!!(2回目。いっぱい言いたいだけです!)
ちなみに物語の中は7月です(>_<)
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「……どうしてこうなった?」
闘技場の中央で剣を握りながら、第一王子ブレイズ・リンドオールは冷や汗が背筋を流れるのを感じていた。
数日前のことだ、たった一人の女性によって、自分の世界が崩れ去ったのは。
けれどその崩れた灰色の世界の向こうに、青空のような澄んだ光が見えた気がしたのだ。
その女性は、自分より五つほども歳が下で、王族とは身分の釣り合いようもない侍女で、何より王族を敬おうとしない礼儀知らずだった。
けれどブレイズには、そのクレアと名乗った少女が、他のどんな女性とも違って見えた。特別に思えたのだ。
地位も、権力も、魔力も、ましてや男ですらない相手に、『こいつには敵わない』と感じたのは初めてだった。自分が世界の中心だと思っていた。
けれどあのとき、自分がただ箱庭の中にいるだけだったことに気付かされた。
今までの自分がとても陳腐に見えた。
クレアの声をもっと聞きたい。彼女の笑顔をもっと見たい。
物語の中だけだと今まで鼻で笑っていた『恋』が、現実にあるのだと身を以て知ったような気がした。
それなのに……
「どうして俺が君に剣を向けなくてはいけない!? 答えてくれクレア!!」
「あら。決闘でもしてやろうかと、そう仰ったのは殿下ではありませんか」
美しい笑顔でにっこりと笑うクレア。ブレイズの背筋に寒気が走る。
自分は悪魔にでも騙されているのではないかと、そんなことをブレイズはふと思った。
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時は遡り、変態王子の愛の告白をクレアが一蹴した日の午後。
「ウィンディア様、三日後の午前にお暇をいただけますでしょうか。ブレイズ様と決闘をすることになりまして」
「あらクレア、それは大変ね……えっ? 本当に大変なことになってるわね」
第一王子ブレイズと言えば、国王陛下と並ぶほどの魔力量を持つ、リンドオール王国屈指の魔術師だ。彼が王族であることも併せて、国王以外は誰も逆らえないと噂される人物である。
ペンを握る手を止めたウィンディアが「どうしてそんなことに?」と聞いてきたので、クレアは紅茶を淹れ直しながら「相手をしてくださると殿下が仰いましたので」と、しれっと返す。
「クレア。あなた、魔力量はどれぐらいかしら?」
「一般的な国の平民の平均のさらに半分程度です」
「お兄様はこの国で最上位の魔術師よ。精々怪我をしないようにしなさい」
「それはご命令ですか? 応援ですか?」
「……では応援の方にするわ。そちらの方がお友達っぽいわよね」
またこの人は、冷めた目で可愛らしいことを言って……
「いえ、間違えたわ。身分違いは友人になれないのだと、お姉さまに言われたんだったわ」
あー。そういえばそんなこと言ってたわね、あのいけ好かない第一王女様が。
クレアは丁寧にお辞儀をすると、ウィンディアに言う。
「そのお気持ちだけでも、わたしは嬉しく思います。ご期待に沿えるよう努力いたします」
そして、三日後の闘技場。
「ブレイズ様。決闘を受けていただきありがとうございます」
大勢の貴族や王族、それどころか国王と王妃までもが興味本位で足を運んだその場所で、給仕服姿のクレアはフライパンを手に微笑む。
給仕仲間や貴族御用達の商人などを通して、盛大に噂をばら撒いたのもクレア本人なのだが。
「……どうしてこうなった? どうして俺が君に剣を向けなくてはいけない!? 答えてくれクレア!!」
「あら。決闘でもしてやろうかと、そう仰ったのは殿下ではありませんか。男に二言はございませんでしょう?」
昨日の夕方頃には城内は決闘の話題で持ちきりになり、賭け事までもが始まる始末。クレアもちゃっかり、自分が勝つ方に大金貨二枚を賭けている。これで勝てたらがっぽりだ。
「もしわたしが勝ちましたら、殿下がお持ちのものをひとついただきたく思います。殿下がわたしに勝たれた場合には……えっと、その……わたしに厭らしいことがしたいと仰っていましたが……」
「言ってねぇ!! てか言葉を選べ! 何故か父上まで見に来てるんだぞ!?」
「えっ。ですがわたしを、地下牢に繋いで飼ってやるって……」
「だぁぁぁぁっ!! 俺が勝ったら俺の妻になってもらう!! それでいいな!?」
「ええ、構いませんわ」
「お、おい……」
立会人を快く引き受けてくれたジルドは、クレアに聞く。
「どうしてお前はフライパンなんかを持っているんだ?」
「剣を持てないからですわ。うっかり首を刎ねてしまいそうになりますもの。ふふっ……」
「そんな余裕は無いと思うがな。俺程度と同じだと思っていると死ぬぞ?」
「魔術で来ると分かっている分、こちらの方が楽ですわ。それでは、そろそろ合図、お願いしますね」
風に砂埃が舞い、その中でクレアとブレイズが睨み合う。
とんだ馬鹿王子だと思っていたが、確かに気を引き締めた後の彼の雰囲気は一級品。己の魔術に誇りを持つ、一人の騎士がそこにいた。
「始め――――――っ!!」
直後、ブレイズの左手に魔術が展開する。直径三十センチほどの炎の塊が作られ、それがクレアの元へと一直線に放たれる。
対して、クレアが放ったのは二本の針。それらは火球の上を素通りして、ブレイズの両肩目掛けて飛んでいく。
本来ならば肉眼で捕えることの難しいはずの縫い針。それをブレイズは剣の一振りで地面へと叩き落す。
対するクレアも紙一重で火球を回避。しかしその時には既に、ブレイズの手には次の魔術が展開しようとしている。
「クレア、悪いが勝たせてもらうぞ!」
「それは困りますわ。それでは約束が果たせませんもの」
高速で飛来する火球が、連続で三発。それにクレアは怯むことなく、前方に駆けて、潜り、飛び越え、身を逸らして回避。次の魔術が放たれる前にブレイズの左手をフライパンで殴り、軌道を逸らさせる。
「チッ……君は何者なんだ!?」
「今はただの侍女ですわ。あなたももうすぐ、ただの男にしてあげますわね?」
ブレイズの振り下ろす剣は、観衆のほとんどが見入るほどの見事な一閃。クレアはそんな最も読みやすい軌道を僅か半歩で回避し、身体を一回転。剣身をフライパンで殴って弾き飛ばすと同時、ブレイズの喉を蹴り飛ばす。
ブレイズが右手に魔術の術式を展開するが、
「このっ……」
「無駄ですわ」
魔術の添えられた針が術式の中央を貫くと同時、干渉を受けた魔術式が不発する。
宙に舞った剣が、まるでそこに落ちてくるのが計算されていたかのようにクレアの手に収まる。実際には剣の柄に絡めた糸を引いただけなのだが、観衆にもブレイズにもそう見えたことだろう。
そして剣先をブレイズの喉元に突き付けると、クレアは笑った。
「わたしの勝ちですわね?」と。
クレア無双4回目。戦闘が拮抗する局面でもないので、サクサク進みます。
第一王子ブレイズはちゃんと強いです。クレアとその家族がおかしいんです!
では皆様、素敵な聖夜をお過ごしくださいませ^-^






