3.クレアさん、メイド服を着る!
第2章ラストまで、毎日1話更新です。
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「本日より、ウィンディア王女殿下付きの侍女として働かせていただくことになりました。クレア・アメストリアです」
「話は聞いているわ。あんた、三日前に死んだらしいわよ?」
「そうなのですか? ……新聞?」
「見出しに書いてあるでしょ、同姓同名ってやつよ。賊に殺されて炎に焼かれた高潔な令嬢――吉と取るか凶と取るかは任せるわ」
彼女なりの冗談ともとれる言葉を真顔で言って、第二王女――ウィンディア・リンドオールはまた机の書類にペンを走らせる。
ちなみにこの国の王位継承権を持つ人物は五人。
第一位を第一王子ブレイズ・リンドオール、
第二位を第一王女アクエリア・リンドオール、
第三位を第二王女ウィンディア・リンドオール、
第四位を第二王子ラビティオ・リンドオール、そして、
第五位が第三王女プリメラだ。
第二王女ウィンディアは、民に重税を課し、民に対する貴族の立場、貴族に対する王族の立場を必要以上に線引きした法律をいくつも立案してきた女である。
事前に調べていた内容から、横暴でクズな人物像を思い描いていたクレアは、目の前の王女の様子に、心の中で首を傾げる。
普通に真面目に仕事をしているようにしか見えないんだけど……
『王族への謁見は無理だ。私にそんな権限はない』
『謁見でなくても構いませんわ。どんな方法でも、会うことさえできればね』
数日前にそう無理難題を吹っ掛け、その結果ジルド宰相が提案したのが、第二王女付きの侍女に紛れ込むという方法だった。
「あなた、紅茶は淹れられる? 一杯……いえ、二杯頂けるかしら」
「はい。腕前は先輩方に劣ってしまいますが。種類は何がお好みですか? ダージリンにアッサム、ヌワラエリア……ジャムの好みなどもお聞きできれば助かるのですが」
「あなたの一番得意なもので構わないわ。口に合わなかったら次から変えてもらうから」
そう話す間に、書類が二枚、三枚と片付いていく。心地よいほどにざっくりとした性格の王女様は、最初に一瞥したきりクレアの方をほとんど見ていないようだった。
それでも出合い頭に隣国から取り寄せた新聞を持ち出してくるあたり、無関心というわけではないのだろう。
クレアが「お持ちしました」と、再びティーポットを持って部屋に戻ると、ウィンディアから「あと二十秒待って」という返事。
書類が一段落ついたようで、小さくウィンディアは伸びをすると、部屋の隅から折りたたみ式のテーブルと椅子を二つ置いて、腰を掛ける。
クレアはテーブルにグラスを置き、ティーポットを傾ければカランという涼し気な氷の音。最後にミントの葉を添えて、「どうぞ」とウィンディアに差し出した。
「美味しいわ。ダージリンの二番積みね。アイスティーというのも良いわ。ところでいつまで突っ立っているの? あなたも座りなさい」
そう言うなりウィンディアはティーポットを自ら手に取ると、もうひとつのグラスに注いで、シュガートングを使ってミントを浮かべ、自分の向かい側に置いたのだ。
「あっ、あの……ウィンディア様!? 王族の方がそのようなことをされては……」
「構わないわ、仕事の合間の息抜きに付き合えって言ってるのよ。だから諦めて座りなさい、これは命令だから」
「……畏まりました」
クレアは椅子に腰を下ろすと、「いただきます」とグラスを傾ける。
そして一口目が喉の奥に落ちた途端、クレアは驚く。
紅茶の味とはまた別に、すぅっと身体の中に何かが染み渡っていく感触があったからだ。
「これは……」
「紅茶にほんの少し、魔力を沁み込ませただけよ。そう感じるということは、精神的に疲れている証拠。普通は異物が混ざっているように感じるのよ」
「そうだったのですね。ですが、わたしが疲れていなかったら?」
「知らんぷりをしたわ。私が淹れた紅茶ではないもの」
そう言いながら、
そっけない。けれどどこか憎めない。
クレアは、第二王女ウィンディア・リンドオールにそんな印象を受けた。
「それと、身分が上の者を名前で呼んではいけないわ。許しが無い間柄でそれは失礼にあたるのよ。私は友人が少ないから嬉しかったけどね」
「………………」
前言撤回。結構かわいい人なのかもしれない。
「ご忠告ありがとうございます」
「分かればいいわ。以後気を付けなさい」
それってつまり、本当に忠告だ。自分は気にしないけれど、気にする人もいるから気を付けなさいっていう感じの。
『あの方は王族で最後の良心だった』
ジルド宰相がそう言っていたので、リンドオールの王族は総じてよほど酷いのかと思っていたが、少なくともウィンディアにそのような印象はない。噂のほうがデマだったのではないかと疑ってしまうほどだ。
クレアがそんなことを考えていたときだった。
ノックが響き、一人の女性が入ってくる。
「ウィンディア、久しぶりね。ねぇねぇ、元気にしていたかしら?」
「まぁっ! アクエリアお姉さまぁぁぁぁっ!!」
椅子から立ち上がると、ウィンディアは足の裏に風の魔術を使い、跳躍。アクエリアの腰に抱きついてそのまま二人分の身体を滞空させ、扉を出てすぐの廊下の床にタッチダウンを決めたのだ。
血筋だっ――――――!!
目を輝かせて、なおもアクエリアと呼ばれた女性の腰から離れようとしないその姿は、プリメラ・リンドオールを彷彿するには十分すぎるデジャヴ感があった。
「お姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまお姉さまっ!!」
「もうっ、仕方のない子ね」
ちなみに『お姉さま』と呼ばれて、満更でもなくウィンディアの頭を撫でている女性は、第一王女のアクエリア・リンドオールで間違いないだろう。
というかウィンディア、キャラ壊れすぎ……
「そうだ、お姉さま! 私にも友達ができたのです!!」
そうか……さっきの『友達が少ない』さえ、盛っていたのか。
「クレアよ! 綺麗で可愛くて、紅茶を淹れるのが上手なの!!」
「クレアと申します、第一王女殿下。つい先ほど、『侍女』から『お友達』へランクアップしました」
「いえ、クレア。侍女の仕事はきっちりしてもらわないと困るわ」
「訂正します。二足の草鞋になりました」
馬鹿正直にお辞儀をしてみせるクレアに、「ふふっ」とアクエリアは意地の悪い笑みを浮かべる。
「あなた、ご実家は?」
「辺境の伯爵になります」
「そう……残念だけれど、格が違いすぎるわね。ねぇねぇウィンディア、対等な相手でないと友人にはなれないの。そういうものなのよ。アレはあなたの友達ではないわ」
「えっ……そ、そうなのですね……」
「それよりもウィンディア。ちょぉっとまた、作ってほしい法律があるのよ。遊び足りないから、お金をわたしのところに入るようにしてほしいの。お姉ちゃんのお願い、聞いてくれるわよね?」
「ええ、もちろんですお姉さま! 胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るものって、お姉さまが言ってくださいましたもの! 増税策なんていつもやっていることです。このウィンディアが頑張ってみせますわ!」
「ええ、いつもありがとう。愛しているわ」
(こいつかぁぁぁぁぁっ!!)
真面目なウィンディアに仕事を全部押し付け、それでいて常識を与えずに、アクエリアが行動を全部操っていたんだ。友人がいないと嘆いていたウィンディアの心に付けこむのは、そう難しいことではないに違いない。
ウィンディアの発案で悪法が施行され続ければ、彼女の評判なんて目も当てられないことになるに決まっている。それに気づかせないためにも、殆ど城の外へ出させてもらってもいないはずだ。
(反吐が出るな……このアクエリアって女!!)
「あら、あなたまだいたの? 邪魔よ、さっさと下がりなさい」
ああ、そう言ってくれたことは助かる。
怒りで殺してしまいそうになる気持ちを抑えるので今は精一杯だ。
「かしこまりました。それではまた昼食の折にお迎えに上がります」
クレアは小さくお辞儀をすると、ウィンディアの部屋を離れた。
性格最悪の第一王女と、そいつのせいで常識を奪われた第二王女。
確かに二人は、玉座に相応しくないと言わざるを得なかった。
そしてクレアが厨房へと向かっている途中だった。
背後からの声で、クレアは振り返る。
「そこの女。見ねぇ顔だが、上玉じゃねぇか。気に入ったから俺が飼ってやるよ」
下卑た笑みを浮かべた、赤髪の青年が言う。
「俺はこの国の第一王子、ブレイズ様だ。逆らったらどうなるか分かってるよなぁ!?」
王子王女が五人もいるので、覚えやすさ重視の名前になりました。
ブレイズ(火)、アクエリア(水)、
ラビティオ(土・グラビティより)、
ウィンディア(風)です。
プリメラ「あれ? わたしは……?」
クレア 「ふんわりほわほわした、プリンみたいなイメージらしいわよ」
プリメラ「まぁ♪ わたしプリン大好きです!」






