2.突撃!隣の(国の)晩ごはん♪
お読みいただきありがとうございます!
……おい。どうしてこうなった!?
「こちら、知人の娘でクレアだ。少しの間、うちで預かることとなった」
「まぁ、じゃがいもでも拾って来たのかって思っちゃったわ。これは丸洗いね。それに変な臭い……お風呂を貸してあげるから、早く女の子に戻りましょ!」
(おい奥様。土で汚れてるのは認めるが、勝手に人を馬鈴薯扱いするんじゃねぇよ)
「ありがとうございます。お世話になります」
「妻のミリムです。クレアさん、グスターク家へようこそ!」
明るく笑うジルド宰相の奥さんは、どうやら悪い人ではないようだ。
そして同時に、クレアの苦手なタイプの女性だった。
「火の魔石に水の魔石か……さすがは魔術王国リンドオールってところね」
火の魔石には火の魔力を込めることができる。水の魔石には水の魔力を込めることができる。僅かでも魔力を持っている者ならば、魔石に触れれば込められた魔力を使うことができるらしい。
軍需品でもあるため、ロシュヴァーン帝国では正規のルートでは手に入らない。クレアも現物を見るのは初めてだった。
不用心だ。これを盗んでしまえば、クレアでも火と水の魔術が使えてしまうのだから。
(まぁ……こいつらがいなければだがな)
「クレア様。奥様より芋を人に戻せと命じられました。侍女のメイです」
「クレア様。ドブ臭を川のほとり程度にと指示を受けました。侍女のイドです」
「はぁい、私が命じました! それじゃぁやるわよぉぉぉっ!!」
「というかどうして奥様までここに……ふぎゃぁぁぁぁっ!!」
兄姉達とどこか似た容赦の無さでもみくちゃにされ、クレアの身体が磨き上げられる。
ミリムが逃げ出そうとするクレアを「ほら、猫じゃないんだから!」と取っ捕まえては、メイのタオルとイドのスポンジで瞬く間に武力制圧される。
(絶対に楽しんでるよ、この人達っ!!)
シャワーをぶっかけられ、浴槽に放り込まれ、百数えるまで出ちゃ駄目よと見張られる。
それでもクレアの身体の無数の傷痕に触れてこなかったあたりはありがたかった。剣の鍛錬や軍事教練に参加したときのものだが、令嬢としてはあまり褒められたものではないはずだからだ。
「……あなた、虐待でもされていたの? よかったらうちの子にならないかしら?」
「………………」
前言撤回。お風呂を出るときになって、ミリム夫人はとうとう我慢できなくなったようだったからだ。
「ありがとうございます、奥様。ですがそこまでお世話になるわけにはまいりませんわ」
「そう……残念」
だからそう、本当に残念そうにしないでよ……
良い人が相手って、どうしてこんなにやりづらいのかしら。
侍女のメイとイドに『部屋着用のドレス』なんてものを着せられ、「こちらの部屋をご自由にお使いくださいとのことです」「なにかありましたら、私達をお呼びください。ご対応致します」と、豪華な部屋にポイっと一人、放り込まれた。
「……落ち着かない。ひどく落ち着かないわ」
ジルドに『身体の汚れを落とせるところに案内して』とクレアは言った。大衆浴場とかがあれば良いし、最悪川で水浴びをするだけでもよかった。
それがまさか、隣国の宰相閣下の邸宅で、実家よりも貴族っぽい格好をさせられるなんて……
「Tシャツと短パンが恋しいわ……」
ちなみにメイとイドに言ったら却下された。驚いた奥様がその反動で舞踏会用のプリンセスラインドレスを装飾品も含めて一式フルコーディネートしかねないらしい。
うん、確かにミリムならやりかねない。それにはクレアも納得だった。
「さて……と。そろそろ来てもいい頃だと思うんだけどな」
ノックの音が聞こえて、クレアが返事をすると一人の男性が入ってくる。
着替えの際に剣を取り上げられているクレアは、そっとポケットに万年筆を潜ませながら、眼前の男を笑顔で優しく睨んだ。
「お待ちしておりましたわ、宰相閣下」
「ああ。脅迫めいた置手紙で呼び出されたからな」
ジルドの書斎に置かれていた手紙を、クレアの目の前で苛立たし気に破り捨てる。それを意に介することなく、クレアはティーカップに紅茶を注いだ。
「メイさんとイドさんが置いて行ってくださったのです。閣下もいかがですか?」
「穏やかな笑みに違和感が無さ過ぎて寒気がするな。警戒心が絆されそうになる」
「お褒めいただき恐縮です。ですがわたし相手では、帯剣せずに部屋の外へ置いてきた方が得策だったかと。魔術戦ではわたしに勝ち目がありませんもの」
「馬鹿を言え。ペン一本、ハンガーひとつ、カーテン一枚でも手元にあれば、どれだけ魔術に長けようとも、接近戦では《・》私に勝ち目などあるまい」
「かいかぶりすぎですわ」
「最悪を想定しているだけだ。そしてその想定を斜め下に裏切るのが貴様だ」
「ですが今のところは、閣下の思惑通りでしょう?」
「思惑通りなものか。ことが上手く運びすぎて不安になるほどに想定外。悪魔と契約を交わしたとでも言われた方がまだ納得するぞ、私は」
「あら、失礼な方ですわね。あなたの目の前にいる悪魔は、お風呂と夕飯の恩義を忘れるほど礼儀知らずではありませんことよ」
「……まだ夕飯の時間ではないだろう」
「御馳走していただけるのでしょ? 厨房を覗いたら五人分の食器が用意されていましたわ。今晩はシチューだそうです」
「いつの間に……それは私の家族をいつでも殺せるという脅しか?」
「さぁどうでしょう? 最悪の場合を想定してみればいいと思いますよ?」
「……悪女め」
「それはちょっと失礼ですわ。自分を殺そうとした相手を殺さずに利用しようと考えるぐらいには寛大なのですよ、わたし」
「使い潰すの間違いだろう? はぁ……そして出涸らしの茶葉のように、いずれ私は捨てられるのだろうな」
「また溜息……宰相とは苦労人の人が就く決まりでもありますの?」
「王族がクズだと皺寄せは宰相に来るのだ」
「……なるほど、納得の道理ですわ」
そう言えば世の中には、まともな王族というものもいるのだった。身近にいないから自分が忘れていただけのようだと、クレアも項垂れる。というか北の大国なんてガッチガチの独裁王政だし、ここら辺の国でまともな王族ってほとんどいないということになる。ヴィンセントやプリメラは、そう考えると比較的まともな部類に入ってしまうのだろう。
まぁ気を取り直して、クレアはジルドに質問する。
「で、ジルド宰相。わたしを狙った目的は何ですの?」
「は?」
ジルドが首を傾げる。
「貴様、『今のところは、閣下の思惑通りでしょう』などと、思わせぶりなことを言っていただろう!?」
「ええ」
クレアは頷く。
「宰相閣下の狙いは分かっていますから。戦争を回避したかったのですよね?」
どう考えてもおかしいのは、兵士五十人にせよ、二百人の破落戸にせよ、宰相一人の独断で動かせる人員の枠を遥かに超えていることだ。そう考えると、その背後には王族の誰かからの命令があると考えるのが妥当だろう。
更に、宰相ジルドまでをも顎で使えるという条件を加えれば、該当する人物は一人しかいない。
「皇帝陛下の暗殺を目論んだのでしょう。黒幕はリンドオールの国王陛下。国内が慌ただしくなったときに宣戦布告を受ければ、指揮系統が滅茶苦茶な帝国に勝ち目はないと考えた……そんなところではないですか?」
けれど、ロシュヴァーン帝国の場合、そうはならない。
八年前の戦争の英雄ゼレニア。クレアの父が名乗りを上げた瞬間、軍部の統制の問題は一気に解消する。むしろ士気は盛大に高まるだろう。国内の情勢は皇太子ヴィンセントと宰相レイロランドがいれば問題ない。
皇帝暗殺は帝国にとっては大きな悲報となるだろうが、隙にも痛手にもなりはしない。
隣国の宰相様は、そのことをよく理解していたのだ。
「陛下の暗殺計画を無謀と考えたあなたは、標的を極秘で挿げ替えることにした。きっと国王様は進言しても聞く耳を持たないような方なのではないですか? だから襲撃という事実と失敗という結果が欲しかった。むしろ皇帝とプリメラ様あたりは襲撃しないように命じていたのだと思います。ダンスホールを燃やしたのも、報酬を後払いにしたのも、全ては口封じのためということなのでしょう?」
「まるで見てきたかのようだな……」
「ただの憶測ですわ。合っていたようで何よりです。ですが、分からないことが一つだけ……どうしてわたしは狙われたのですか?」
「……君がいなくなれば、プリメラ様が幸せになれると思ったからだ」
「……はい?」
「あの方は王族で最後の良心だった。せめて隣国での生活に幸あれと、そう思ったのだ」
プリメラとヴィンセントの婚姻にクレアが邪魔だったから。それも政治的な意味ではなく、プリメラ個人の色恋沙汰のためにクレア死ねと、そういうことである。
(腹立たしいが、それよりも今は……)
「陛下を玉座から引きずり下ろします。自己嫌悪に溺れるほどの生き恥を晒して、無様に泥水を啜っていただかなくては、わたしの気がおさまりませんから」
クレアは笑顔を捏造ると、可愛らしく微笑んだ。
「手始めに宰相閣下、わたしを王族の方々に会わせてくださいな」
クレア「宰相閣下。あなたの奥さん、ヒドくないですか? 初対面で『芋』言われたんですけど、わたし!?」
ジルド「ユーモアあふれる妻だろう! 優しくて器量良しで、まさに天使だと思わないか!?」
クレア「確かにとっても良い人ですけれども!」
グスターク家は夫婦円満です。
さて、次回からついにリンドオール王族登場です。
・続きが気になる
・ちょびっとでも見どころがある
・作者を応援してあげたい!!
という方は、下の『☆☆☆☆☆』に評価をお願いします
激アマ採点でお願いします!!






