青白い月明かりの下で
「どこだっ!? どこから火の手が上がった!!」
「それが中からだそうで……襲撃した連中も想定外みたいで慌てています!」
「避難してきた全員を確認しろ! 貴族平民問わず全員だ!!」
「ヴィンセントは……息子は無事なのか!? レイロランドはどこにおる!?」
「陛下、ヴィンセント様も宰相様も無事です! ですが、婚約者のクレア様が……」
「クレアはまだ出てこないのか!? あんな賊ごときに後れを取るクレアではないだろう!?」
今にも炎の中へ駆けだそうとするアベルを、カインが必死に止める。
「兄さん! 兄さんはヘレンさんの傍にいてあげるべきだ!! あんた次期当主だろっ、心細いのが自分だけじゃないって気づけよ!!」
「クソっ……どうして俺を連れ出した!? クレアはたった一人で残ったって言うのに!!」
甲高い音。ヴィンセントの頬を叩いたのはガイルだった。
「殿下、不敬を承知で友として言います。あの場に残っても丸腰の俺達にできることなんてありませんでした! クレア嬢は国のために剣を握った。だけど君は彼女とは違う! ヴィンセント、お前が国のためにできることは、死に急ぐことじゃないだろ!!」
「クソっ……クソぉぉぉぉぉっ!!」
「プリメラ様。リンドオール王家は代々、強い魔力をお持ちだと聞きます。この炎をどうにかすることはできませんか?」
フォルクスの問い掛けに、プリメラは首を横に振る。
「申し訳ありません。わたしには四大元素の魔術の才が無いのです。わたしには水の魔術は使えない……わたしはリンドオール王家の落ちこぼれですから」
「失礼なことをお聞きしました。ですから……泣かないでください」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「失礼ですが、貴族の皆様の中に水の魔術が使える方がいらっしゃいましたら、ご協力をお願いします! 中にまだ取り残された人がいるのです!!」
ガイストを筆頭に騎士団のメンバーが頭を下げて回る。
騎士団の魔術師は既に魔術での放水を開始している。それでも全く埒が明かない。風に煽られて勢いを増す炎に、消火は全く追いついていなかった。
「援軍はまだか!? このままでは……このままではクレア様がっ!」
「団長っ、報告です! 捕えた襲撃犯達が一人残らず……死にました」
「なっ……どういうことだ!?」
「目を離した隙に、身体に刻まれていた魔術が発動したようです。彼らの黒幕はその……不明のままです」
「ふざけた真似をしやがって!!」
それから数分後に舞踏会館の屋根が崩れ落ち、次第に壁が崩れる。
翌朝の新聞では、『行方不明者1名』とだけ報じられた。
完全に消火したのは二日目の午前十時頃。
消耗した第一騎士団達と、応援に駆け付けた第二騎士団により、瓦礫の撤去作業が開始される。
掘り起こされたのは、貴族達の証言にあった二十九人分の男性の遺体。
そして女性と思われるひとつの遺体。
「この短刀は……間違いない。クレアのものだ」
「このブローチもだ。これが此処に在るってことは……」
「クレアさん……そんなっ……」
このときダンスホールに居た皇族・貴族が計百二十六名。使用人達を入れれば二百人を超える。その全員が無事に逃げ出せたのは、クレアが一人であの場に残ったからだ。
翌朝の新聞報道で、国民は涙した。
英雄ゼレニア・アメストリアの娘――クレアの死が報じられると、その最期が書かれた記事を多くの人が何度も読み返した。
貧しい村々にも掲示板に新聞が貼り出され、そこには人だかりができていた。
『この国のために命を懸けてくれた少女がいた。彼女が守った国で、我々は一人一人が強く優しく、手を取り合って生きなくてはならない』
記事に添えられた言葉は、皇帝自らが新聞社へ頼み込んで載せてもらったものだった。
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時は少し遡る。
「げほっ、げほっ……畜生、残ったのは結局、十七人だけじゃん?」
「リーダー、喉大丈夫かよ? いつもより皺枯れた声してんぜ?」
「まぁその分、取り分が増えたって思おうぜ? 三日前に初めて会った奴ばっかだったんだしよぉ、気にすること無ぇって」
国境付近の森の奥。襲撃者の残党と彼らに『リーダー』と呼ばれた女はそこに身を潜めていた。
舞踏会館の襲撃から四時間。黒ローブ姿の人数は、二百人から十七人へと減ってしまっている。第一騎士団の予想以上の強さと、ダンスホールで一人剣を振っていたデタラメ女――クレア・アメストリアのせいでだ。
「おい……げほげほっ、まだフードは取るなって言ったじゃん?」
「け、けどよリーダー。ここまで来たら見つからねぇだろ。何より暑いんだって、これ」
「知ってるじゃん。アタイも同じ格好なんだからよぉ? それでもここでミスるわけにはいかねぇじゃんよ?」
黒ローブの男達の不服そうな態度に、女は溜息を漏らす。
「アタイらの襲撃は、完全に成功したって手放しに喜べる状況なわけじゃないじゃん? そこんとこ分かってる?」
「はあ? 標的だったクレアって女はリーダーが殺したって言ってたじゃねぇか。だったら成功でいいだろうよ……むぐっ!?」
「声がでかいじゃん? まだ国境も超えてないってのに……思い出してみな。アタイらの故郷はどこで、依頼主は誰じゃんよ?」
「ジルド・グスタークって奴だろ? 『ダルク』って名乗ってたけどそれは偽名で、本当はリンドオールの宰相だってリーダーが言ってた……そいつがどうしたんだ?」
「じゃぁもうひとつヒントをやろうじゃん? 作戦が終わった後、落ち合う場所は何処って言われてたか思い出してみな」
「それは、王国の国境に入ってすぐの、森の中の小屋だろ? 確か、人目に付かないようにって……ごふっ!」
突然、話していた男の首に剣が突き立てられる。
その剣を握っていたのは黒ローブの女の方。得物を引き抜くと、フードから僅かに覗いた女の口元が不敵に笑った。
「リーダー、何を……ぐふっ、」
「テメェまさか裏切り……げふっ、」
続いて一人、また一人と、立ち上がろうとした男達が、立ち上がる間もなく切り伏せられていく。
「人を殺めようとされたのですから、ご自身が殺されるとしても文句はありませんわよね? それが紳士というものですわ。何より皆様が刃を向けようとした令嬢は、大人しく殺されるようなまともな少女ではなくってよ?」
十六人の男達の息は既に途絶えていた。
まぁ、待ち合わせ場所に行ったところで、皆殺しにされていただろう。それが半日早くなっただけだ。
立っているのが自分だけになって、ようやく女はローブのフードを背中へ落とす。
敵は判った。待ち合わせ場所も聞いた。
剣の血を拭うと、女はそれを鞘に仕舞い、ローブの布で隠す。
「さようなら。あなた達はもう用済みですわ」
青白い月明かりの下で、クレア・アメストリアは優しく微笑んだ。






