12.無邪気な笑顔と世界にひとつだけのクマ
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「これじゃダメですよ、お義父様! 貴族連中には今までよりちょびっと得をさせるだけで良いんです。あいつら口実が無ければ動けないんですから」
数日後。王宮にある、皇帝の執務室にて。
クレアは皇帝の肩越しに、これから制定されようとしている法案にダメ出しをしていた。
ついでに皇帝の頭をぺしぺしする。どう考えても宰相レイロランドに相談をしていないであろうそれは、貴族に媚を売り、民衆を敵に回すような、模範のような悪法だったのだ。
「それよりも大切なのは民衆です。貴族連中に不満を持っている今のうちに、民衆を王家の味方につけるんです。彼らは『食べるものが無い』『あまりに不平等だ』なんて理由でも暴動を起こすんです。優秀な主導者が現れる前に、民衆の印象を変えなくちゃいけないんですよ!」
代案を簡単に紙に書いて皇帝に押し付ける。
この国の税は、国に納められるものと、領主の元に納められるものと、大きく分けて二通りである。領主が両方を取りまとめ、その内から国に納める分を王宮へ運ぶ手筈になっている。
国家へ納める分の税金を減らし、貴族達には領地へ納める税の増税を禁止する。暮らしが少しでも楽になったと感じれば、それは貴族ではなく国王のお陰だと、分かりやすすぎるほど明確に示すものだった。
「その必要性は分かるが……ここまでする必要があるのか? 損失は大きいぞ?」
「今までが不当な利益です。これでもまだまだ国庫は黒字になりますから問題ありません。貴族達がこぞって領地税を下げ始めれば安泰です」
「む……どういうことだ?」
「領民の心が領主ではなく陛下に向くことで、貴族達が焦りだすということですよ。結果として地方領主たちは多少なりとも減税策を取らざるを得なくなるので、民衆の暮らしは更に楽になります。民衆から貴族への反感も薄まり、何よりその流れを最初に作った王家に大きな信頼が集まります。わたしも政治の現場は素人なので、宰相閣下のお話も伺いたいですね」
「細部はこちらで詰めるとして、内容は概ねこの通りで良いでしょう」
宰相レイロランドは、クレアのメモ書きを眺めて頷いた。
「ひとつ問題があるとすれば、一時的にでも王家が貴族から反感を買う可能性があるということでしょうか。クレア嬢、三日後のパーティに急遽参加していただくことは可能ですか?」
「ええ、大丈夫ですけど……どのような関係が?」
「貴族の反感を抑えるには、王家とアメストリア家の関係が良好であるとアピールしておきたいのです。婚約破棄の噂が未だ流れている状態では、良からぬことを考える貴族がいないとも限りませんので」
「なるほど……」
つまりパーティでヴィンセントと踊れと。
単純ゆえに分かりやすい手だ。いや、数多ある策の中であえてその方法を選んだのは、やはり英雄と並び称されるレイロランド宰相といったところなのだろう。
「陛下。今後新しい法を出す際には、レイロランド宰相閣下に必ず目を通して頂いてください。閣下は政治と経済のスペシャリストであり、国家と王家の頼もしい味方です。絶対にですよ?
宰相閣下、陛下が戯けた戯言を愚かにも施行しようとしていたら、わたしに連絡していただけますか? 剣を持って駆け付けますので」
というかそもそも、王宮の出入り許可をブン取ったのって、この皇帝の愚行を止めるためってのが一番の理由だし。
皇族の権威が失墜しようが、断頭台で皇帝の首が飛ぼうが知ったこっちゃないんだけど、皺寄せととばっちりがくるのは勘弁なのよね……
「頼もしい限りです、クレア嬢。そして、今まで申し訳なかった。私がついていながら、皇族の暴走を止めることができなくて……」
「いえ、もし閣下が解任されてしまっていたら、既にこの国は帝国ではなくなっていたことでしょう。忠言と機嫌取りの匙加減はとても大変だったと思います。ったく、この愚王は……」
「愚王!?」
「愚かな王様と言う意味ですわ、陛下」
「それぐらい分かるけれども!?」
まぁとりあえず税制緩和が施行されれば、差し当たっての国内の情勢は大丈夫だろう。
となると問題は……
「そっかぁ……パーティか」
あまり積極的に参加したがる方ではなかったクレアは、久しぶりのパーティを思い馳せても重い溜息しか出てこない。クレアはダンスが大の苦手だった。完璧に踊れるのと、楽しむことができるのは別物なのだ。
「あれ……?」
ふと思い返す。最後にヴィンセントと踊ったのはいつだろうかと。
そして思い出す。三か月前のパーティで踊っていることを。
(ああ、なるほど。嫌々、作業的に踊っていたから印象に薄いんだな……)
ダンスパーティなど、何が楽しいのか分からない。そこで『筋トレをしていた方がマシ』なんて考えが浮かんでしまって、さすがにそれは女性としてはどうなんだとクレアは項垂れる。
きっと『令嬢』と言う生き物は、自分と真逆の思考をしているのだろう。そんなことを考えてしまうクレアだった。
そして翌日。日曜日だったので、アメストリア邸の自室でクレアは読書をしていた。
二日後のパーティに着ていくドレスも選び終えたし、日程も調整済み。社交の場に出る日が近いので、剣の稽古は今日はお休みだ。優雅な休日である。
そんなとき、窓の外からガラゴロと馬車の車輪の音が聞こえてくる。
来客かしら?と、栞を挟んで机に本を置いて、クレアは窓の外を眺め……
「げっ……」
思わず素の声が漏れる。
皇族の紋の入った馬車の窓越しに、ヴィンセントの姿が見えたのだ。
「ミサ! 助けて!!」
「クレア様、いかがいたしましたか!?」
慌てて部屋に飛び込んできたミサに、クレアは言う。
「着替え手伝って!! あのクソ婚約者が門の前まで来てるのよ!!」
「なんと!! ですから家の中でもある程度の身だしなみは整えるべきですと日頃から……」
武門の娘として育てられたクレアは、基本的にプライベートはがさつである。令嬢モードは疲れるのだ、四六時中やっていては身が持たない。
今の格好なんて、Tシャツに短パン、裸足。髪はゴムひとつでごしゃっと一気にまとめただけであり、これをポニーテールを呼ぼうものなら、ファッションを気に掛けている女性達に大顰蹙を買うほどのボサボサっぷりだ。
「小言は後で聞くから、とにかく急いで! わたしがハリボテの贋作令嬢だってバレたら何かとマズいのよ!!」
「ハリボテの、贋作令嬢……ぷっ、くくく……」
「笑ってる場合じゃないのよ、ミサ! ああもうっ!!」
肩を小刻みに揺らし、お腹を抱えながらも、ミサの仕事は的確だった。
白色を基調としたノースリーブのワンピースに淡い水色のシースルーを重ねた、夏らしい色合いの流行ファッション。癖のある髪は魔法のように流れるような艶を取り戻し、銀のヘアアクセでワンポイントを飾る。
品があり、かつ突然訪れた相手にも気の負い目を感じさせない程度にラフな格好。薄く化粧をし、あとは以前にヴィンセントから贈られたブレスレットを手首に着けて完成だ。
準備が整ったところでちょうど侍女の一人が呼びに来て、クレアは部屋を出る。
「ごきげんよう、ヴィンセント様。お待たせしてしまいましたでしょうか?」
「いや、構わない。先日のドレスも素敵だったが、今日の装いも実に君らしい。似合っているよ」
「ありがとうございます」
クレアはヴィンセントの社交辞令に頭を下げる。
ゼレニアが「クレア、先日とは?」と首を傾げていたが、クレアは聞こえない振りをした。ちなみに『先日』とは、クレアが皇帝を脅迫した日のことである。
「ところで本日は、どのようなご用向きでいらしたのでしょうか?」
「ああ。近くに寄ったついでに、使用人達にでも預けられれば良いと思っていたんだけどね……ほら、約束のプレゼントだよ」
ヴィンセントが手を鳴らすと、二人の騎士が馬車から大きな箱を運んでくる。
一辺が1メートルを超えているであろう、立方体に近い巨大な箱。中身を理解した瞬間、クレアの表情がほころぶ。
「ヴィンセント様……それはもしかして……」
「先日言ったテディベアだ。シュタイフ工房に特注した、世界に一つだけのものだ」
「たった四日で……小さいサイズのものでも、注文してから半年待ちって言われていますのに……」
(国家権力すげぇ! 割り込みの依頼とか、皇族の権力マジパねぇよ!!)
「クレア様、お運びいたします」
「どちらにお持ちしましょうか」
二人の騎士がそう言ってくれたが、彼らはヴィンセントの護衛だ。職務上、護衛対象から離れるのは良くないだろう。
「いえ、あとはこちらで運ぶので大丈夫です。ありがとうございます」
クレアは丁寧に頭を下げ、騎士達に礼を言う。
そして、ひょい、と。
クレアは一人で一辺1メートル越えの箱を軽々と抱えたのだ。
「「………………えっ?」」
「ん? ………………あっ、」
嬉しさのあまり我を忘れていたことに、今更ながらにクレアは気付く。
恥ずかしさに頬を赤らめ、しかし最初に笑い出したのはヴィンセントだった。
「す、すみません。はしたないところを……」
「いや、喜んでいただけたようで何よりだ。突然押しかけてしまって申し訳なかったね。明後日のパーティ、楽しみにしているよ」
「はい。ありがとうございます」
ヴィンセントと護衛の騎士二名が、クレアとその父ゼレニアへ礼をし、踵を返して歩き出す。
しかし少しして、ふと立ち止まってヴィンセントは振り向くと、笑って言った。
「クレアには、その無邪気な笑顔の方が似合っていると思うよ?」
(えっ、それってどういう……)
その意味を聞き返そうとして、一瞬言葉に詰まる。
再び口を開いたときには、既にヴィンセントは歩き出してしまっていた。
P.S.
部屋に戻ったクレアは、箱から取り出すとすぐに、特大テディベアに抱きついた。
それを贈ってくれた婚約者のことなど、もはや頭の片隅にさえ残っていない。うっとりとした表情でもふもふの毛並みに頬をうずめ、「ああ……至福だわ」と、学園の生徒達が聞いたら耳を疑うような甘い声を漏らす。
そしてそれを家族・使用人総出で見守る、アメストリア家の人々。
眼福とでも言わんばかりに、こちらもうっとりとした様子で上機嫌なクレアを眺めては、幸せそうな表情をしていた。
「ヴィンセント様……グッジョブ!」
そう最初に言ったのは誰だったか。
アメストリア家の人々は一人の使用人を除いて、婚約破棄騒動を知らされていない。
ミサ以外の心の中で、ヴィンセントの株が爆上げされた瞬間だった。
宰相閣下は苦労人です。本気で帝国を憂いている人物であり、ようやく理解者が現れたとクレアを歓迎しています。本当にお疲れ様です。
愚王はお馬鹿なので、分かりやすく指示を出さないと理解できません。クレアの取った方法が、『脅迫』と『宰相がダメと言ったらダメ』です。
ヴィンセントは誠実な人物です。悪い人じゃないです。たぶん。まっすぐすぎて暴走しちゃうところはあるようですが。
『片方だけの話を聞いて婚約を破棄した』ことと『誠実』が矛盾するのでは?と感想にておっしゃってくださった方がいらっしゃいました。ありがとうございます。
その回答はいずれ本編にて。随分先になってしまうとは思いますし、勿体ぶるほどの内容でもないんですけどね。
第一章はあと3~4話ほどかな? 先の見通しが甘いすてらなので、もうちょっと伸びたりするかもです。






