10.反逆の悪女
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とうとう皇帝との対決です!(まだ10話目ですが)
「クレア・アメストリア、参上いたしました」
午後三時。王宮にある謁見の間へ通されたクレアは、皇帝ドルムンド・ロシュヴァーンの前で膝を着き、頭を下げる。
ヴィンセントの実の父親であり、先代皇帝モードレイの実子。齢三十七とは到底思えない威圧感を纏わせ、貫禄自体は国を纏める者としては申し分ない。
「顔を上げよ」
「はい」
真正面から見たドルムンドの顔は、厳つく恐ろしい。皇帝の隣には、宰相レイロライドの他に、ヴィンセントも控えており、今回の呼び出しの内容がクレアの予想通りであったことを悟る。
「クレアよ。そなたを呼んだのは、この息子との婚約についてだ」
早速本題か……ずいぶんと嫌われたものだな。
ヴィンセントとの婚約が決まってから、皇帝陛下とも何度か顔を合わせる機会はあった。皇帝にも、上手でもない愛想を使い、クレアと努めて仲良くしようとしていた時期もあったのだ。
「一般生徒が大勢いる前で、ヴィンセント様から一方的に婚約の破棄を告げられました。正式な手順が踏まれることなく、短いながらも自身の半生を唐突に否定されたため戸惑ってしまい、見苦しい姿を晒してしまいました」
「半生を否定されたとな……随分と大げさな言い方ではないかね」
「いえ。わたしは八歳まで騎士を目指しておりました。そのため貴族女性としての礼儀作法や所作などは最低限のものしか身に付いておりませんでした。ですからわたしは、ヴィンセント様との婚約のお話をいただいてからは、隣で王妃としてお助けできるよう、一から学び直したのです。わたしにとってこの七年間は、剣のみに費やしてきた時間よりも長いのです」
「そうか。大儀であった」
過去形……ということは。
「それは、わたしとの婚約破棄はヴィンセント様の独断ではなく、王家としての意向だと仰るのでしょうか?」
「ああ、そうだ。儂に仲裁を願おうと思っていたようならば、読みが外れたな。ヴィンセントから話は聞かせてもらった。其方と息子との婚約は白紙に戻す。異論はあるまいな?」
皇帝ドルムンドはそう言い放つと、にやりと下卑た笑いを浮かべた。
けれどこの展開はクレアの想定内。クレアは表情を変えぬまま、瞳だけは獲物を刈るように研ぎ澄まし、内心でほくそ笑んだ。
「畏れながら申し上げます、陛下。それは愚策です」
「何だと?」
クレアの言葉に、皇帝は苛立ちを顕わにする。隣ではヴィンセントが眉間に皺を寄せていた。どうやらあの程度の言葉で、物事を上手く運べると踏んでいたらしい。
(こちとら、先代皇帝モードレイ陛下のお眼鏡にも適った、英雄ゼレニア・アメストリアの娘なんだぜ? どんだけ理不尽な期待に晒されて、それを結果でひっくり返してきたと思ってんだ! 家名しか誇るものの無いボンボン共がナメてんじゃねぇぞ!!)
「現在、セントアンジュマリア学園内で、とある噂が流れております。御存知でしょうか?」
「噂だと……?」
「ええ。皇族の貴族に対する振る舞いが横暴であるという内容です。『人の振り見て我が振り直せ』とばかりに、平民に対する自らの態度を改めるべきと考え始めた子息令嬢達もいるほどです」
「な……んだと!?」
「ヴィンセント様が起こされた婚約破棄騒動の一件以来……そうですね、あえて言葉を選ばず言わせていただくと、皇太子様の人望は地の底です。何せ、『変態鬼畜皇子』と陰で呼ばれるほどですから」
「なっ……変態!?」
皇帝がヴィンセントを睨む。ヴィンセントは苦々しい表情で黙るのみ。皇帝から発言を求められない限り、原則としてこの場での彼に発言権は無いからだ。
そして学園は貴族社会の縮図であると共に、子息令嬢達の情報交換の場でもある。学園で得た情報はそれぞれの家の当主へと報告される。
つまり貴族達の社交の場では既に、『変態鬼畜皇子』の汚名が広まってしまっている可能性が高いのだ。
「貴様……まさか貴様が学園でそのような噂を!? 不敬罪であるぞ!!」
「それらの噂は、わたしが休学中に流れ始めたものです。多くの生徒達と、そちらのヴィンセント様も証人となってくださるはずです。よろしければこの場でご確認ください」
さぁ……どちらに転ぶか。
見ると、宰相レイロランドが青い顔をしている。愚王がこれから最悪の決定をすることを予測したようだ。
(だよな、宰相様。わたしもそっちだと思うぜ?)
「クレア、今すぐその発言を取り消せ! 陛下の御前で皇族を貶めるような虚偽を申せば反逆罪になるぞ!」
ヴィンセントが叫ぶが、わたしは首を横に振る。
どうやらヴィンセントも気づいたようだ。この場でクレアの意図を読めていないのは、政治に疎い侍女や兵士達を除けば愚王だけである。滑稽すぎるだろう、これ。
「ヴィンセントよ。学園内で流れている噂は、そこのクレアが流したものだと儂は睨んでおる。儂の言うことは間違っておるか?」
「……いえ。陛下の言う通りです」
「ふっ……小娘。つまりはそういうことだ」
(ああ、本当に愚かだ。今の遣り取りで、わたしはこの国をひっくり返せる足がかりを得たというのに、そのことに全く気付いていないなんて)
「ふふっ……」
笑みがこぼれた。まぁもはや猫をかぶる必要さえ無くなってしまったのだ。これぐらいは構わないだろう。
別に国家転覆をしたいわけじゃない。効率も悪い上に被害も出る。最終手段と言ったところだろう。
けれどそれが可能だということは、クレアの手に交渉における最強札があるということを意味する。クレアは皇帝の前に姿を見せた時点で、既に王手を掛けていたのだ。
さぁ。種明かしをしながら、愉しいお話でもしましょうか。
「これでは、王家が横暴だと噂をされても仕方がありませんわね。事実なのですから」
「所詮は貴族の子娘よ。皇族が横暴で何が悪い? この国で最も権力が強いのはこの儂であるぞ?」
「そうですね……正直に仰ってもよろしいのでしょうか? 問われたことに答えて不敬罪を訴えられたのでは、こちらも堪ったものではありませんので」
「貴様は既に反逆罪で捕らわれる身だ。今更不敬ごときを罪に問う必要などない。この儂を前に、言えるものなら言ってみよ」
「では、僭越ながら申し上げます」
クレアは皇帝の睨みに動じることなく、優しく微笑み、そして言う。
「頭が悪いです」
「………………は?」
直後、その場の空気が凍り付いた。
ヴィンセントも、宰相も兵士も侍女も皇帝本人も、あまりに失礼な発言に開いた口が塞がらなくなる。
「陛下は『何が悪い』と問われましたので、『頭が悪い』とお答えしました。先の展望も無ければ、機を見る目も持ち合わせてはいないように思います。空気を読むセンスも欠如しているようですね。思いやりも無ければ、臣下の働きを労う気遣いも無さそうです。他者と協力するということが何たるかを知らないまま、己の思惑に皆が協力するのを当たり前と考えている節もあるようです。気に入らないことがあると権力を振りかざしたりはしていませんか? もしそうならば、それは子供の癇癪や女性のヒステリーと何ら変わりません。端的に言って、性格が悪くて質が悪いです。わたしが兵士や給仕ならば、仕え甲斐など全く感じないでしょう。おそらくあなたに向けられてきた賛辞のほとんどが上っ面で、笑顔のほとんどが偽物です。そしておそらくは、それに気づくどころか疑いもしてこなかったのでしょう。貴族であれ平民であれ、人間はあなたの思い通りにはなりません。あなたが『最高権力者』という最強札を持っていたというそれだけで、周囲の者はそれを装うようになるのです。皇帝陛下はその程度のことにも気づいていないご様子でしたので、それらも含めて『頭が悪い』と評させていただきました。今座られているその椅子が陛下にふさわしいと本当に思っているのは、あなたを含め極少数です。もしくはあなたが皇帝であることに都合が良いと感じている者でしょう。そもそも権力や出自以外で、己の長所を挙げることができますか? それはあなたが他者から尊敬されるに足るものですか? あなたが平民の一般程度の認識力さえ持っていれば、こうはなっていないはずです。あなたの傍には宰相としてレイロランド様が控えていらっしゃるのですから。ですがその忠言にも選り好みをし、自分に都合の悪いものはすべて切り捨てていらっしゃるとお聞きしています。それと……」
「貴様……よくも儂の前で!!」
「陛下のご命令ですので。それともご自分の言をお忘れでしょうか? 不敬を問うことはしないので思いの丈を述べよと申されたのは陛下だと記憶しています。わたしの言葉に高圧的な口調で言葉を挟むことが、臣下達へどのような印象を与えるか、せめてお考え下さい。さもなくば、陛下が横暴であること、ご自身の言葉に責を持たれていないこと、何より七歳まで剣しか握ってこなかった小娘程度を言葉を全て聞いた上で言い負かす程度のこともできないと、ご自身で宣伝されているようなものです。ましてやわたしは、あなたの義娘となる予定の、皇太子殿下の婚約者です。本来ならばクレア・アメストリアという人間の為人はある程度知っているべきでありますし、わたしがある程度の反論をしてくることは予想してしかるべきものでしょう。御身は玉座に座られているほどの方なのですから、その程度のことはしていただかなくては臣下が困りますし、民草が困ります。今までそのようなことは意に介したことはございませんか? ご自身の至らぬ点があれば国民が不利益を被るというのに、それを憂いたことはありませんか? もしそうでしたとしたら、あなたは民を大切にしていないということなのでしょう。そのような状態で民に陛下を敬うよう強要すれば、いずれ必ず皺寄せが来ます。他者を大切にするからこそ自身も大切にしてもらえるのだということは、辺境の村の子供さえが知っている人間としての常識です。陛下を人間としてあたりまえのはずの常識に乏しいと言いましたが、これらは少し考えれば分かることばかりです。これも『頭が悪い』と評した理由のひとつです。それと……」
「長い!! 話が長いんじゃ!! もっと簡潔に述べられぬのか!?」
「簡潔には申しました。ただ一言『頭が悪い』と」
「ではそれで終わりでよいではないか!?」
「いえ、陛下が『は?』と聞き返されたので、その一言ではご理解いただけていないと判断致しました。長いと申されましたが、まだわたしがお伝えしたいことの一割にも満たないです。これでは『言ってみよ』と申された陛下のご期待に沿えた返答とは言えないでしょう。もうしばしその耳をお貸しいただければと思います。次に……」
クレアはその後も言葉を続け、
「クレア嬢。確証の無い話を陛下の御前でされるのはいかがと思いますが?」
「いえ、宰相閣下。陛下は寛大な心で思うところを述べよと申してくださいました。わたしはその意向に沿うよう発言をしているだけです」
宰相レイロランドの指摘を却下し、
「クレア、いい加減にしないか! 不敬にも程があるぞ!!」
「ヴィンセント様。陛下の許可なく発言しているあなたこそ不敬ですわよ。何より陛下は、わたしの不敬をお許しくださっております」
怒りに満ちたヴィンセントに正論を叩きつけて沈黙させ、
「発言を許す。ヴィンセント、この娘を止めよ」
「陛下、そのようなことを申すのは感心できません。人としての器が知れてしまいます。自身の言に責任を持つべきです。ましてや尻拭いを自分の御子息に押し付けるなど、恥じるべき行動だと思います。では続けますね……」
いい加減、痺れを切らしてきている皇帝に、さらなる追い打ちをかけ、
「そろそろ飽きてきましたので、最後にもう一つ……」
「ま、まだあるのか……」
「はい、陛下。そもそもこの話を始めたのは……」
「いや、いい……先に進めてくれ……」
どうやら『そろそろ飽きてきた』にツッコむ気力も無いらしい。
クレアの『陛下から求められた意見』は二時間半に及び、全てが終わった時にはどこかげっそりとした皇帝が、死んだ魚のような目をしていた。
クレアが「ご満足いただけたでしょうか」と問うと、皇帝の首が僅かに縦に動く。どうやら返事をする気力もないようだ。
どこか安心したように溜息を吐くヴィンセントと宰相、そして侍女と兵士達。
けれどクレアは一拍置いて、尚も皇帝へ言葉を投げかける。
「では、先ほどの愚策の撤回をお願いします」
第十話の文字数4987文字中、1426文字分がクレアの吐いた罵詈雑言。
愚王感想文(原稿用紙三枚半)は、良く書いたもんだと我ながら思います。
ちなみにすてらの読感文は、18文字ほど空白を残しての改行と、工夫を凝らした文字数の水増しをふんだんに盛り込んだ『原稿用紙2枚+1行』です。
えっ、血液型? 『きっちり真面目』が売りのA型ですが何か?






