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やゆよ  作者: 毛 飛猿
5/5

失われたのは意外な物。馴染み深い不思議な話

歌い出しがどうにも聞こえづらい。

 〜〜○うがな川の○うに、○う日の向こうの明日へのメッセージ〜〜

輪唱する歌声もどうも聞こえづらい。サビに至るまでも、ところどころ聞こえづらいところはあったが、歌い出しの緊張のせいで声が出ていないのだろうと思っていたが、生徒らは目一杯口を縦に開き感情を表して歌っている。あろうことか、もう一つの高校が歌った同じ課題曲の同じ部分が聞きづらかった。


 「文部省からお借りしている大事なかな文字五十音。三文字ないではないか」と責任ある男は言った。本部に音響を手がける赤ら顔の男も入ってきて、部下らを責める姿勢だ。しかし、責任ある男がすでに説教の佳境は終わったという態度を表し、音響のベテランはむっつりして腕を組んで部屋の隅で部下らを睨むだけだった。


 「そうなんです。僕は一組目の歌を聞いてすぐに気が付きました。音響の問題ではなく、五十音を配列する作業に不始末があったと気がついて一目散にステージ裏に向かいました。案の定、それらはなく、作業を行った係らに問いただしても知らぬ存ぜぬの無責任な発言ばかりで、たったひとり、最後の最後を運んだ彼女がそれっぽいことを教えてくれました。」勇敢に青年は言い、証言をしたという後輩の女性が前に出され発言した。


 「私もみんなが焦って運んでいるので、自分の仕事を切り上げ手伝いにいきました。私が到着した時にはほとんど全てが運ばれていて、金庫の中を覗くと「わ ん」が残されていましたのでそれを運びました。」


 「ちなみに「を」を運んだのは僕ですが、その時にはありませんでしたし、全員に確認してもそれらは最初から見当たらなかったようです。僕は皆を信じますし、一つ一つ確認しながら運べと命じましたから」と青年


 「そうだ。「わ ん」の上に置いてあったはずだ。それは私も担当と昨晩確認した。「を」はバランスが悪いので横に置いておくことにしたんだ。「わ ん」を運んだという君はそれらを見なかったのだな」責任ある男


 「ええ、見ませんでした」対立している人をきっぱりと跳ね返す口調。


ひらがな文字「や・ゆ・よ」はステージに運ばれなかった。機転を利かして文字を運んだ係らの証言を信用するとすれば問題の三文字は金庫にすらなかったことになる。結果、一つの課題曲、二つの若い合唱団が煮え湯を飲まされることになった。全国大会の舞台の仕組みなど知る訳もなく、若い歌い手は泣いて訴えた。事を荒げたくない主催者側とスポンサー、文部省からの大事な借り物を無くしてしまったことが知られれば、その管理能力を問われ叱咤されるのは必至だ。

「全校の後半の自由曲の歌詞をくまなく調べろ」という責任ある男の号で部下らは歌詞に消えた文字が含まれているかを調べる。

 「youは?」

 「それは英単語だ」

 「夕焼けは?」

 「漢字の発音はいけていた。問題あるまい」

 「どうして?」

 「そんなこと知るか」

 「ヨットは?」

 「…わからない、どうなんだろう」

 「おい、そこ、無駄口叩いていないで○ってくれ○!!ん!?」 

 「あれっ。こっちも影響?」

 「ん。その○うだ」

 「面倒なことになった。◯うじ君、君の漢字はどんなんだっけ?漢字表記なら名前で○ぼう、おっと、呼び合うことも不可能な○うだ。あああああうっとうしいぞ」

 「洋二です」

 「案外、多いかも。自由曲に含まれているじゃないか。漢字でもなく、カタカナでもない」


 下端係が急務で各校の後半課題曲の歌詞の単語を調べている部屋に背広を着た三人の男らが入って来た。メインスポンサーのお偉いさん、文字を貸し出した文部省のお方、インタースクール運営に関わる理事的立場のアメリカ人。三種三様の仏頂面。どれも小太りな体格で、後半戦開始の遅れの責任を問いただしに来たのだ。

 おかんむり代表としてスポンサーのお偉いさんが、責任ある男に詰め寄る。ああだこうだと説明する、納得がいかないお三方は天を仰いで馬鹿馬鹿しいと部屋を後にする。金庫を開けた時には三文字は無かったという部下の主張を受け、盗難の可能性があるとし、金庫番担当の男への責任追及へと動く。


 文部省から借りたかな文字、ただのかな文字ではない。平安時代に世に広まった起源のかな文字でこそないが、大正時代以前に復元されたレプリカ。希少価値が高い逸品で、普段世に出ることは少なく、首脳会談や皇室の挨拶で使う大事な文字。記念となる全国大会、大型のスポンサーさんの意向とあって文部省の重い扉が開かれここへと運ばれてきたのだ。一文字一文字に価値があり、特にその曲線美が好まれ、消えた三文字の価値は高い。


 「普段使っているかな文字の三文字を代用すればいいのではないか」と軽々しく名案を思いついたと発言する部下だが、ことの重大さがわかっていない。

 「象牙とプラスティック、絹とポリエスティル、鉄とアルミニウム」質の違いを教えてやった。スポンサーを請け負う企業らは普段、頑丈な鉄金庫に守られた歴史的価値あるかな文字の音色が披露されるという謳い文句に惜しみなく協力すると契約を結んだのだ。一般家庭の食事テーブルに並ぶようなかな文字が混ざるようなコンクールになるのは企業の名を汚す契約違反だと怒る。


 混ぜれば良いは一番近道な解決策だが、最も可能性の低い策。スムースな絹を指の腹で撫で途中で化学質な素材にざらつきを感じる。意図していないチグハグが生まれてしまい耳に不快、とても全国一を決めるコンクールにはならない。ここは代々木、公民館の地方予選ではないのだ。


 「もともとなかったんだな!? それに担当がまだ来ていないとなれば、必然的に奴が怪しい。いますぐ、居所を探す!!」責任ある男は部屋隅の黒電話に向かって急ぎ足で歩く。チンッと受話器をあげる音がしてジュルジュルと番号を回しては、ダイヤルが戻る音が部屋にこだまする。


 「もしもし警察ですか?」責任ある男は盗難と決めつけて先に警察に届け出を出す事を選んだ。

 「はい。そうですが。」警察。電話の向こうの声は野太くこもり、語尾にアクセントを感じさせる。

 「盗難の届け出を出したいのですが」

 「盗難ですか。それは それは。どちらですかな?」 

 「代々木コンサートホールです」

 「ん??〇〇木ですか?」受け答える警察官の声が一層にどもり聞こえが悪くなる

 「代々木ですよ。有名どころじゃないですか」 

 「田舎から転勤してきたばかりでね。生涯初の都暮し。勉強中なもんで、いずれにしろ、そちらで盗難があったのですね?一体何が?」

 「かな文字三つです。とても歴史的価値ある文字らです」

 「あなた、正気ですかいな?」

 「正気も正気です…」と責任ある男は熱くなってきた受話器を右から左の耳へと取り替えて、全国大会の合唱コンクールの仕組みを田舎出身の警察官に教えた。

 「知らなんだ。それとも田舎者をたぶらかそうとしているたちの悪いいたずらか。コンサートっていうのはそういうもんだったんだとは」

 「方法は様々です。それ◯り、感心している場合じ◯ないです。なくなったのは事実です。担当の男が来ていないのもどうにも怪しい。スポンサーらの意向で事を内々に進めて欲しい」滑らかに行かない会話にイライラする。

「あい○。あれっ?本当だ、言えない。じ◯あ、その担当の方の線から捜査開始しますわ」田舎出身警察は面白がっている様子。

 「ほうとうにです○。担当の男は柳田雄介です」

 「○なぎた、○うすけねっと…」

 「○川の柳にたんぼの田に、雄の助です」

 「あれま、漢字なら平気なんですな」

 「ええ、消えたのはかな文字ですからね、何とぞ、お願いします」

 「摩訶不思議な事件、さすがは都会ですな。ぞくぞくします。精進させていただきます。ガチャリッ」電話を受けた田舎侍に不安を覚えたまま、続けざまに責任ある男は柳田雄介宅に電話をかける。黒電話のダイアルが戻る音が再び響く。


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