神の手
李儒(文優)は、董卓の政治参謀である。
極めて有能な政治家でもあるが、元々はこの国に12人しかいない博士でもあった。
ありとあらゆる古典に通じており、物事の吉兆も的確に知ることができるという。
それだけではない。ついこの間、先帝と太后が投身自殺をしたと言われるが、直接手を下したのがこの男だと噂されてもいる。多分、本当の事だ。
学問の真髄を極めた人間が、こうも冷静に非道徳的なことができるものなのか、それとも、“だからこそ”なのか、俺にはわからない。
ただ、この李儒という男が、董卓の腰巾着のような者どもとは異質の存在であることは確かだろうと思う。李儒は、天文や易学の研究を通して、むしろ自分の手で「天意」を実現しようとしているのかもしれない。
彼は董卓の命や忖度によって帝を殺害したのではない。そうではなく「天命によって」自発的に、帝殺しをしてのけたのである。ひょっとすると董卓などはこの李儒によって操られているだけの人形に過ぎないのかもしれない。俺は李儒のあの落ち窪んだ暗い目を見ると、人間ではない何かと話をしているような、得体のしれない恐ろしさを感じるのだ。
「奉先どの。あなたは異国の本を研究して居るそうですな」
ある時李儒が俺に語りかけてきた。
「大秦国の本であろう?」
「李儒どのはあの本を知っているのですか?」
「この世でワシの知らぬことなど、在ってはならぬのだよ。森羅万象を把握し、天の意思を上申することが本来の私の仕事なのだからね。君が傾倒している安理巣徳という者も”我々”と同じような考えを持ってたのだろう。」
そう言って不気味に笑った。
「呂将軍。この世は五つの属性と陰陽で成り立って居る。君の生まれた年月はいつだね?
ならば属性は火だ。火の属性が陽の気を放っている。漢王朝は土の性質を持つ王朝。火は土を生む。
君のような英雄が居る限り、漢王室は安泰であろう。」
そういうと笑って宮中の闇に消えていった。