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少女は人知れぬ森で鍛錬をしていた。
そんな彼女の人生を変える出会いとはーーー。
誰かに望まれて生きるのか
ーーー否。全てを悟った。望まれずとも存在しなければならない。
本当に全てを悟ったのか
ーーー否。存在する意味は悟れずのままだ。
存在する意味を知りたいか
ーーー……否。できることなら、、睡ってしまいたい。
******
「はぁっ!!」
鬱蒼とした森に馬を走らせる、少女。
朝にふさわしい小鳥のさえずりも聞こえない。
今日はとても強い風が吹いている。
ただでさえ動きにくい着物を着ていて、操りにくい馬が今日はもっと走らせにくい。
彼女の首をすっかり覆い隠すローブが、何度も吹き飛ばされそうになった。
ここは、天森国で唯一、魔物が湧き出るとされてきた森。
その名も、魔召森。
天森国だけ魔物がうろちょろしてないのは、彼らの先祖が奮闘して、ここにすべての魔物を封じ込めた功績である。
そんな森で少女は、ひとり鍛錬をしていた。
人目から隠れるため、また自分の腕を磨くためだけに。
自ら危険な場所に身を置いていた。
彼女にとってそれは苦ではなかった。
その冷酷な青い瞳を、また生気を感じさせないオーラを一度感じるだけで、魔物は逃げていく。
少女はそれを逃さず、剣で討ち取り、時に自慢の鎖で蹴散らし、または魔法で消滅させていく。
そうやって強くなること、彼女はそれだけでよかった。
******
「ご主人様、なぜこんな物騒なところを通られるので?
いくらご主人様が世界最強、とは言えどもわざわざこの魔召森の脇を通る必要は……」
「ガイア、言葉に気をつけなさい。
私は世界最強などではない、あくまで聖騎士長というだけだ。」
「はいはい、でも人間としては世界最強であることに変わりはありませんから……
それで、なぜなのですか?」
「最近、天森国でも、魔物が観察されるようになったと聞いている。
またそれによって初めてこの国で死者が出た、ということも。
しかもそれらは、この国の首都 聖桜付近のみで観察されている。
その上、その近くに、この魔召森がある。
疑うのは当然だ。
以前はもっと活気があって、賑やかな国だったのだが……」
「でも、魔召森の結界はかなり強く、何十年も破られていない、と聞き及んでいますが…。」
「だからこそ調べる、それが騎士として当然の務めだ。
それに…」
男はため息をついた。
そして、服の袖をまくり、手首に手を当てる。
彼の手首から腕にかけて、炎の、刻印があった。
「それに、我が主からいただいた、この刻印が、一心同体ともいえようこの刻印が、天森国についてからというもの、この森に近づけと、騒いで止まないのだ。
もしかすると、主から十年以上前に最後に頂いたご通告に関することやもしれぬ、と…。」
聖騎士長の美しい赤髪が、風になびいていた。
******
(また、しくじった。なぜ、結界が壊れる……?)
森の境界で鍛錬を積む少女。
だが彼女は、魔物を打ち倒しては結界を壊し、それを修復するという繰り返しに苦戦していた。
結界が壊れるたびに、小さな魔物が外へと逃げていく。
ようするに、国に魔物の被害をもたらしているのは、
彼女であった。
それでも彼女はそんなことは構わない、自分が強くなれればいいから。
(でも、今日はいつもより、格段に強い。
こんなに風が強く吹いてるのに、炎属性魔法がこんなに上手く使えたのは初めて、かも?)
彼女は、森の奥まったところに少し戻り、一息ついた。
そしていつもの癖で、厚いローブの上から、首に手を当てる。
ローブの下の華奢な首には、青白く光る、鎖の刻印があった。
それが、彼女の動力源。
何をするにしても、呼吸をするのにも、魔法を使うのにも、この刻印が彼女の全てを支えていた。
また、それが、彼女が怖がられた一つの由縁でもあった……。
そのとき、何かの気配を感じた。
存在虚化魔法と遠隔透視魔法を即座に発動。
つまり、相手に自分を見えなくさせ、遠くから相手の様子を伺う。
(人間……。
でも、敵、じゃない……?)
彼女は初めて、一つの概念にたどり着いた。
つまり、
(……味方……?)
彼女の眼には、1人の男性と女性、そして後ろに大勢の人々が見えた。
彼女にとって一番の敵、魔物よりも敵である人間。
それらが彼女に初めて、味方として映った。
最前列にいる男性は、赤く燃えるような赤髪とルビーのごとく輝く瞳を持っている。
とても背が高く、体格も良い。
それでも、怯えさせるような存在ではなく、むしろ皆を抱擁してくれそうなオーラを放っていた。
そんな彼に、少女はどんどん引き寄せられていく。
そして、驚愕した。
(目が、合ってる……!?)
つまり、魔法が、意味を成していない。
彼女はその無意味な魔法を解除した。
驚愕しても、彼女の馬は、聖騎士長へと引き寄せられていく……。
「あっーーー。」
そして、さらなる驚き、いや恐れが、彼女を襲った。
彼の手首に、赤く光る、炎の刻印が見えた。
******
「さっきから何を見ておられるのですか?ご主人様。」
聖騎士長の一行は森の境界の中途半端なところで暫し休憩を取っていた。
だが、聖騎士長だけは、体を休めず、一心に森の奥を見つめている。
彼の炎の刻印が一層、濃く見えた。
「しばらくすれば、お前にも見える。
静かにしていろ。」
そして数分後。
「ご、ご主人様!何かが、馬に乗って、こちらに向かってきます!
いや、馬に乗っているということは、人間……?
しかしこんな危険な森の中で、人間が何を……?」
そこでガイアははっと気づく。
「もしかして、あの者をずっと見ておられたのですか?」
「ああ、そうだ。
彼女は存在を見えなくする魔法を使っていたのでな。
お前には見えなかったのだろう。
しかし、もしかすると彼女からこの森について何か聞けるかもしれない。
この刻印もそう合図しているように感じるからな。」
その少女は、彼らの目の前までやってきた。
様子を窺っている。
だが、聖騎士長が放つ微笑みは、彼女を恐れさせるようなものではなかった。
「少女よ、わざわざ呼び出してすまない。
少し恐れさせてしまったようだな……。
……あぁ、そうだ、自己紹介しよう。
我が名はーーーシェエラザード・サラ・ヤルウェー だ。
そしてこちらが、私の側近、ガイアだ。
その、もしよければ……其方の名を教えて欲しいのだが……。」
その時、
今までになく強い風が吹いた。
少女のまとっていたローブから、首が、刻印が僅かに見えてしまった。
「ーーーあっ……。」
少女の口から僅かな嗚咽が漏れる。
ローブをきつく握りしめ、後退りしようとする少女。
だが、シェエラザードの声が彼女を引き留めた。
「ま、待ってくれーーー。」
彼の顔には喜びとも悲しみとも言えぬ表情があった。
「其方の、……名前を、教えてくれないか。」
一度も言ったことのない名前。
一度も呼ばれたことのない名前。
形ばかり付けられただけの名前ーーー。
少女は、その言い慣れないことばを放った。
「ーーー柳橋 蓮睡……。」
と。
その場にいるすべてのものが息を飲んだ。
ただシェエラザードだけが、広大な世界から、たった一粒の高価な真珠を見つけたかのような、笑みを浮かべていた。
「もしや、其方が、長年探してきたーーー
虚鱗士、なのか……?」