磁場ゼロの向かう
磁場ゼロに向かう
朝、五時にみんなで早起きをして車に乗りこんだ。子供たちはまだ眠そうな顔をしている。幸い天気はよい。五月晴れのさわやかな一日になるだろう。だが、如月の心は複雑だった。
場所が意味ありげな所だからだ。
如月は確認したいことがあったのでもう一度じいさんに話しかけた。
如月誠「じいさん。車を走らせてるが、ここを選んだのは
パワースポット見学が目的ではないな」
神田じじ「最近、鋭くなったのう。その通りじゃ」
如月誠「この磁場ゼロには何が隠されているんだ」
神田じじ「ここまで来てもらったからの、少しだけ話をしよう。
今年は二〇二三年だったな」
如月誠「ああ、二〇一三年のアベノミックスから、かなり景気が
良くなってきて世界情勢も変わってきたが、今年二〇二三年、九月に人類が滅亡するという説が浮上しているが…」
神田じじ「その、人類滅亡説とこの磁場ゼロが関係しているので、
その下見じゃ」
如月誠「どういうことだ、じいさん」
じいちゃん「まだ、言えんことがあるが、ママさんのパワーと
マーチャンの剣道の腕を貸してほしい時がくるでな」
そんな話をしているうちに車は、目的地に近づいてきた。国道からわき道にそれて、しばらく走ったところで曲がり細い道に入った。時間は八時過ぎになっていた。
車は磁場ゼロ地点に到着した。何か得体のしれない重苦しい感覚が如月にも感じられた。
サッチィンは既に顔色が悪くなって、車の背もたれに寄りかかってぐったりした様子であった。
如月誠「どうやら、じいさんがいってた場所に着いたようだが、降りていろいろ確かめてみるか?」
神田じじ「いや、見るだけでいい。どうも、ママさんが
気分悪そうにしておるでな」
サッチィン「ごめんなさい。車酔いしたことないのに、ゲボゲボ」
愛ちゃん「ママ大丈夫」
純ちゃん「パパ、ちがう所で休もうよ」
如月誠「わかった、いつもと様子が変だ。
この近くにある『みんなの遊び場』に向かうぞ」
神田じじ「そうしようかの。ここから車でしばらく行ったところじゃな」
『みんなの遊び場』は磁場ゼロ地点から、三キロほど離れた緑が多い公園である。以前もバーベキューをした所で、そこなら子供たちも安心できるはずだ。
如月は公園まで車を走らせた。
如月誠「ここならいいだろう。みんな着いたぞ」
サッチィン「マーチャン、もう大丈夫。すっきりしたわ」
如月誠「よかった」
純ちゃん「パパ、いつものバーベキューやろうよ」
如月は駐車場でバーベキューセットを降ろした。
如月誠「よし、準備だ。純ちゃん、手伝ってくれるか?」
純ちゃん「うん、やれるよ」
如月誠「そうらー。どんどん運んでくれ」
じいちゃん「ほっ、ほー。みんな仲良くて、いいのう」
如月誠「準備ができた。さあ、どんどん焼こう」
純ちゃん「わーい。焼けた焼けた」
如月誠「じいさん、目の前、焼けてるぞ」
神田じじ「ほう、気づかなんだ。すまぬのう」
如月誠「さあ遠慮せずどんどん食べてくれ」
みんなでバーベキューを楽しんだ後は、ボール投げやバドミントンなどをした。さすがに子供たちも疲れてきたようだ。如月は帰り支度を始めた。じいちゃんは、如月家の家族と一緒に過ごした時間を十分堪能していた。
神田じじ「……。
嫌な予感がしておったが、今日のところは何も起こらんでよかった…」
三か月後の夏休み前
連休から三か月がたち、夏休みも近づいたころ、リビングでみんなと楽しそうに騒ぐじいちゃんの姿があった。もう如月家の一員としてすっかり受け入れられてしまったようだ。
如月も子供たちのはしゃぐ様子を見ながらくつろいでいた。
すると突然じいちゃんがわけのわからないギャグを言ってきた。
神田じじ「おー、なじむぞ、実になじむ…」
如月誠「じいさん、なんのギャグいってんだ」
じいちゃん「いやー、もうすぐ夏休みじゃ。
最近、かなり居心地よくなっての」
如月誠「はー、それかよ」
純ちゃん「パパ、夏休みの絵日記があるから、どこか行きたいな」
如月誠「そうだな、毎日プールでした。ママのお手伝いでした。
では、絵日記を飾れないな」
愛ちゃん「パパ、夏休み。たのしみ」
如月誠「愛ちゃんそうだね。よし、今度はみんながびっくりの所が
いいかな。ただの遊園地や動物園ではなく、ちょっと目先を変えてみるかな。インターネットで調べるか」
如月は夏休みに過ごす候補地の情報をを検索し始めた。
毎年のことだが、夏休みに行く場所を決めるのは、かなり迷うものだ。
多くの旅行情報を見てみたが、なかなか決まらない。そんな時窓際の風鈴が涼しげな音を鳴らした。
如月誠「ちょっと一息入れようかな」
そうつぶやいたとき、タイミングよく、サッチィンが夏のおやつを持ってきてくれた。
サッチィン「じいちゃん、みんな、スイカが冷えてますよ」
愛ちゃん「はーい。愛ちゃんはスイカ大好き。じじは?」
神田じじ「大好きじゃて、みんな来るのじゃ」
そう答えるとじいちゃんはスイカをもってベランダに向かっていった。
じいちゃん「ベランダで、こうして『スイカの種飛ばし』はしたことあるかの」
純ちゃん「やったことないよ」
神田じじ「そうかそうか、やってみてごらんよ。絵日記が書けるぞ」
愛ちゃん「わー、じじはおもしろい」
神田じじは、子供たちと夏の朝の時間を過ごすのがとても楽しかった。
家の回りはセミが騒がしく鳴いていた。
サッチィンは朝食を準備し、リビングまで運んできた。
サッチィン「おはよう、みんな、じいちゃん?あれ、
いつもの『お日様にあいさつ』をやってるのかしら。
今朝はじいちゃんの好きな、デコレーションホットケーキ
なのに…」
じいちゃん「ママさん、ただいま。家の周りの木を見ながら、
愛ちゃんと純ちゃんにセミの話をしていたら遅くなった」
サッチィン「そうだったの」
愛ちゃん「ママ、セミのぬけがら」
サッチィン「わー、すごいわね」
純ちゃん「あしたの朝はもっと早く起きて、セミの脱皮をみるんだ」
サッチィン「じいちゃんはなんでも知ってるのね」
じいちゃん「年の功じゃよ」
純ちゃん「今日はホットケーキだ。それに上にいっぱいクリームや果物が載っている。すごい」
愛ちゃん「愛ちゃんもホットケーキ大好き」
みんなと朝食をとりながら、神田じじがどんなひとなのか質問してきた。
神田じじ「ママさんのホットケーキは最高。
昔はこんなにおいしいのなかったものな」
サッチィン「じいちゃん、いくらなんでも大げさね。
何歳になったんですか?」
神田じじ「三〇八五歳…」
サッチィン「え、……」
神田じじ「いや、八十五歳じゃ。ジョークじゃがの。
ホットケーキ、ほんとうまい」
少し遅れてリビングにやってきた如月は、サッチィンが怪訝そうな顔つきをしているのに気づいた。
如月誠「はらへった。サッチィン、おれにもホットケーキは」
そう言いかけた直後、如月は神田じじに近づきすぐ隣まで来て耳打ちを始めた。
如月誠「じいさん、またなんかやらかしたんだろう。
サッチィンのオーラが変わったぞ」
神田じじ「すまん。ほんとの歳をいっちゃったからのう。
八十五歳といっとくれよ」
如月誠「わかった。わかった。でも、三〇八五歳なんて無茶苦茶な年齢はどこからきたんだ?」
さすがの如月もあきれ顔になった。如月は朝食を済ませたのち、じいちゃんの言ったおかしなことは気にしないようにと、サッチィンを慰めた。