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第一次異世界大戦 武装神器リバティ・ギア  作者: 振木岳人
◆ 巡空艦『あさま』の反乱 編
70/72

70 そこはかとない違和感 ~~くすぶる種火~~



 日本自治州軍 艦隊総司令部内にある監督組織、赤軍総監部に呼び出された巡空艦あさまの艦長 九条沙苗は、今年の夏に上げた戦果を有耶無耶にする旨の通達を受け、忸怩(じくじ)たる思いを胸に釜石市を後にした。


 彼女が向かった先は新潟県新潟市。

 ソビエト連邦 日本自治州軍の新潟軍港があり、彼女の船……巡空艦『あさま』が係留されているのだ。


 信濃川からもうもうと霧が溢れる朝焼けの中、乗り心地の悪い電気機関車に一晩中揺られた九条は、ようやく終点の新潟駅へ到着した。


 寝台車から降りて最初にする事は、「コートの襟を立てる」事。

 北海道や青森・秋田などの肌が痛くなるような凍てつく寒さと違い、湿気を含んだ海風が吹き抜ける新潟は、身体の芯から冷えて来るような鈍い寒さに包まれている。

 極力首筋を露出しないようにと計らいながら、改札口へ移動すると、あさまの副長である都乃坂(とのさか)少佐が歪みの無い敬礼で九条を迎えた。


「おつとめご苦労様でした」

「ありがとう。こちらは変わり無いか? 」

「相変わらずのドック暮らしです。船じゃなくて人にカビが生えそうですよ」


 都乃坂は自虐的に笑いながら九条の鞄を持つ。

 そのまま二人は改札口から駅前のロータリーへ出て、従卒(部隊の将校に付いて、身の回りの世話をする当番兵) がアイドリングを続ける将校用の乗用車に乗り込んだ。


「基地に向かってくれ。先に司令に挨拶してから宿舎に行く」


 乗用車はドロロロと安っぽいエンジン音を立てながら、新潟の市街地を軍港方面へと走り出す。


  “いつ見ても(すす)けた街だな”


 後部座席からぼんやりと街並みを眺める九条。

 助手席に座った都乃坂副長は長旅の疲れもあるだろうと、余計な質問はせず沈黙で上官を労わっている。


 様々な企業の広告看板が街の至る所で飾られた、カラフルな街並みなどは存在しない。

 中心街に立ち並ぶ様々な商店に買い物客が出入りし、活気が溢れている訳でも無い。

 これらは全て、自由主義経済・資本主義経済の街並みである。競争原理が働く事から、一般消費者に対するアピールで街は溢れている。


 しかし、共産主義体制の街並みは、九条が思うように煤けている。

 全ての住宅が公営住宅であり、街に商店や飲食店などは並ぶ事無く、配給券と物品を交換する「常に品薄な」交換所が存在するだけ。


 ただ、広告看板や商品ポスターの代わりに、プロパガンダを過分に内包させたスローガンが至る所に存在する。

 「労働革命を成功させよう! 」「東西統一は果たした、次は団結だ! 」「全国の勤労者よ、自由主義の悪魔に勝利せよ!」などと書かれた毒々しい文言(もんごん)の数々が、煤けた街とミスマッチして、理想と現実のギャップをより激しく浮き彫りにしていた。


「うん? あれは何だ? 」


 九条が外の景色を眺めながら呟く。

 九条の視線の先にあるのは配給券の交換所。カラフルな電飾看板や商品のポスターが貼られていない、全く垢抜けないその店の前に、人だかりが出来ているのだ。

 それは単なる人だかりではなく、配給物資を巡っての奪い合い。口汚ない言葉の応酬が行き交い、口論が殴り合いに発展している光景も垣間見れる。


 街頭での集会は法律で禁止されており、ちょっとでも人だかりが出来ると、あっという間に警察が駆け付けて解散させる。

 夫婦又は家族、親兄弟の証明が出来ない場合は全て違法な集会とみなされ、行政処分の対象になる。


 だが、警察によって解散させられたり、逮捕拘禁されるだけならまだましだ。警察と一緒に『私服』が現れる時、又は集会に見慣れぬ『私服』が紛れ込んでいる時……この私服の人物たちが最も危険なのである。


 その理由は秘密警察カーゲーベーの暗躍、その一言に尽きる。


 【KGB カーゲーベー】 ソ連国家保安委員会

 ソビエト社会主義共和国連邦の情報機関であり、秘密警察

 第二次世界大戦以前、レーニンによる十月革命が成功した後に設立された秘密警察チェーカー、その後スターリン時代に権限を拡大させたNKVD エヌカーヴェーデーを引き継ぎ、内外に渡る秘密工作と思想取り締まりをして来たのが、ソ連の絶対的恐怖組織カーゲーベーである。


 カーゲーベーは常に人民に浸透し、海外と国内に静かに目を光らせている。

 ソ連の国家体制を維持する事のみを目的としたカーゲーベーは、盗聴、拉致、拷問など非合法な手段を用いて、人民の中から危険人物をあぶり出すのだ。


 この場合で言えば、信号待ちする九条たちの乗る車から見える光景において、配給券交換所の前で人だかりが出来ている。

 元々が集会として人々が集まった訳では無いにしろ、恐怖政治の世界では「集まった」として認定される。

 そして不思議な事に、どこで聞き付けたのかその群衆の中には、既に『私服』が潜んでいるのだ。


 私服は群衆の顔を覚えながら、何らかの手段を使って通常の国家警察に通報し、警察が駆け付けるその間に問題人物を割り出したり、問題人物を自宅まで追跡したりと、政治犯取り締まりに余念が無いのだが、九条は別の視点からの切り口で違和感を覚えていた。

 ーー中には口論がヒートアップして殴り合っている者もいる。つまり人だかりが出来てから、ある程度の時間が経過した事を意味している。なぜ警察は来ない?ーー


 紛れ込んでいるはずのカーゲーベー職員が、警察に通報していないのか? それとも警察が手一杯になっていて集会の解散に駆け付けられないのか?

 いずれにしても、第二次世界大戦後から今に至るまで、日本人はロシア人から差別され二等国民扱いを受けている。

 取り締まりや弾圧は厳しいはずなのだが、ゆるくなってはいまいかと、九条は不思議に感じていたのだ。


「最近、自治州全体に配給物資が滞っているようで、物資の取り合いやケンカは珍しくないようです」


 九条の質問に都乃坂副長が答えるも、あまり九条の琴線には触れていないように見える。

 何故なら、戦後に日本自治州が誕生してから今に至るまで、配給物資が(うるお)った時期があるなどとは聞いた事も無く、九条も生まれてこのかた物資に満足したなどと言う記憶が無かったからだ。

 つまり、人民に不平不満がくすぶっているとするなら、それは今に始まった事ではない。父の代、祖父の代から暴動が起きていてもおかしくないのだ。


「問題人物を泳がせているのか? それとも……」


 信号が変わり車は動き出す。

 九条の呟きは安いエンジン音にかき消されるが、彼女が何かしらの懸念(けねん)を抱く表情は変わらない。


「……副長」

「はい」

「最近変な噂を耳にする事があるか? 」

「変な噂ですか? 」

「そうだ、カーゲーベーや本国に関する噂など」

「いやあ、小官の耳には入って来ませんね」

「ふむ、もし噂が聞こえて来たら、私にも教えてくれ」

「承知しました」


 結局一台も警察車両とすれ違わないまま、車はいよいよ軍港の敷地へと入った。

 ドックや建物の“向こう”は灰色一色となった日本海の冬空、九条の巡空艦もここのドックで寝ているのだ。


「船の整備状況はどうか? 」

「装甲板の張り替えは九割方終わっています。プレイヤー・ウィールもアイドル状態にしているので、魔力充填率も八割確保してあります」

「うむ、“常に備えよ”と言う言葉もある。新潟で年を越さない覚悟で励んでくれ」

「承知しました。いずれにしても“あさま”こそ我が家。地球の反対側に行っても、あさまで年が越せれば私は満足です」


 カラカラと笑う都乃坂を見て、幾分気分も晴れるのだが、まさか“常に備えよ”と言う言葉が、自分の運命を左右する現実的な問題として差し迫って来るとは……

 まだこの時点では、つゆにも思っていない九条であった。




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