64 その名はブリタニア 後編
「智也、見て。空が、空が……」
見上げたクラリッタが夜空を指を差す。
彼女の指先を通して見えた光景に、智也は言葉を失った。
「リバティ……ギアだ……」
彼らの場所から約百メートルほどの上空に巨大な円が輝き始め、その光の中から見えないエレベーターが降って来るかのように、リバティ・ギアが現れたのである。
「これが、私だけのリバティ・ギア。ブリタニアなのね」
冷たいアスファルト路面にペタリと女の子座りするクラリッタ。隣の智也は背中の荷物に寄りかかるように路面に寝転んでいる。
その二人の前に、ブリタニアはゆっくりと降りて来たのだ。
『当ポータルは只今をもってブリタニア・ポータルを呼称し、契約者クラリッタ・アディントンのサポートを行う事とする! 』
彼女の左手のポータルが完全稼働を始めた瞬間、智也とクラリッタはどこかから聴こえて来た音楽に鼓膜を揺らす。
バグパイプの奏でる軽快且つ狂気に彩られたその曲に智也は聞き覚えがあった。スフィダンテと契約して乗り込み、初めてリバティ・ギアを稼働させた時に流れた曲と全く一緒だ。
「これは、勇敢なるスコットランドと言う曲。私はアメリカで生まれたけど、祖父の代まではずっとスコットランドが故郷だったの」
「この曲、聞いた事がある。スフィダンテに初めて乗った時に聞こえたよ……」
(俺がスフィダンテに乗った時から、君と出会う運命だったのかなーー )
この何とも浪漫溢れる言葉が智也の口から思わず飛び出そうとした時、クラリッタのポータルに遮られてしまう。
『契約者クラリッタ・アディントンに補足説明! 当機 リバティ・ギア・ブリタニアは、スフィダンテの系譜を継ぐ挑戦者の神器である。古代や西暦初期の神話の神々は既にリバティ・ギアとしてロットナンバー化しているため、新たな神ブリタニアをリバティ・ギアとした事を承諾せよ』
「なるほど! だから女神ブリタニアなのね」
「何だ、どういう事だ? 俺にはさっぱり理解出来ん」
ポカンとする智也の表情がおかしいのか、クラリッタはクスクスと笑いながら説明する。
ーーリバティ・ギア、神話の神々をプレイヤー・ウィールに閉じ込めて神器にしたのは既に売り切れ。だから私がリバティ・ギアを手にしたとしても、ギリシャ神話やケルト神話や北欧神話の神々に乗るのは無理。
だから一発逆転型のスフィダンテが誕生した訳だし、私に送られたのもブリタニアなの。
女神ブリタニアとは、古代の神話の神々に肩を並べる存在じゃない。十七世紀頃に大英帝国の人々が大英帝国そのものを擬人化したの。イギリス国民象徴の女神であり、古代伝承でも何でも無い、単なる人々の願望なのよ。
「統べよブリタニア! 大海原を統治せよ。ブリテンの民は断じて、断じて、断じて奴隷にはならない……ルール・ブリタニア。女神ブリタニアを歌う愛国歌の一節よ」
いよいよ女神ブリタニアが二人の目前にまで降りて来る。
烏帽子に鎧甲冑の侍大将のような姿のスフィダンテとはまるで違い、長いスカートにブレストアーマーと兜で身を守り、円形の盾を持つ姿はまさに戦の女神だ。
その優雅な姿に目を奪われてしまったのか、智也は荷物を置いて立ち上がり、クラリッタに手を差し伸べる。そして智也の手をしっかりと握ったクラリッタも立ち上がり、足首をかばいながら智也にもたれた。
「リバティ・ギアと無事契約出来た、これで一件落着、終わりだな」
「ふふ、何を馬鹿な事を言ってるの? 私がこれからどうするか決めたからリバティ・ギアが現れたのよ。これからが本題でしょ? 」
(そう、私は決めたの。スフィダンテ……いいえ、犀潟智也と言う名の挑戦者の心に触れて、そして決めたのよ)
「た、確かにそうだな。それでリバティ・ギアと契約してどうするんだ? 国に帰るのか?」
厄介払いとまでは言わないが、アメリカ軍所属である彼女の立場も考えれば、これで共同生活も終わりなんだなと噛み締めている智也。彼女に今後の事をきいたのだが、クラリッタは思いも寄らぬ行動に出る。
智也の肩を借りながら立ってゆっくりと降下して来るブリタニアの神々しい姿を眺めていたのだが、智也の耳にこれでもかと顔を近付け、甘い声で囁いたのだ。
「私、契約者になるためだったら、あなたのために何でもするって言ってたでしょ? あれが更新されたの。これから私がどうするのかが知りたかったら」
「知りたかったから……何だよ? 」
甘ったるい声と、耳から頬に感じる彼女の吐息。
今右を向いてしまえば大変な事になるぞと脳内で警報がけたたましく鳴りながら、心臓がドンドンと鼓動を早めている。
「知りたかったら、私を好きにしなさい」
「んあ? いや、いやいやいや……どういう事だよ? 」
「ふふふ、言葉の通りよ。契約者の私がどう生きるか知りたいなら、私の全部を知らないとね」
“ば、ばかやろう! 何だその本末転倒は”
彼女の吐息が頬から自分の唇に近付いて来るのを感じる。もうこの状況に陥ってしまえば智也が右に振り向けば唇と唇がくっついてしまう距離だ。
緊張に耐えられなくなったのか、だんだん頭がポゥッと上気し始め、智也の両の瞳はぐるぐると挙動不審な旋回を始めた。
ーーこれ以上は後戻りが出来ないぞ! ーー
智也の口から魂が抜けかけた瞬間、彼らの周囲で突如異変が起こる。
智也もクラリッタもそれまでは「ここ」に、二人きりでいると認識していたのだが、ガサガサっと周囲の草むらが騒ぎ、草木を模したギリースーツで完全迷彩装備を施していた十一名の人影が立ち上がったのである。
「ひ、ひいっ! 」
驚いて智也が悲鳴を上げるも、よくよく見れば集は緊急即応班のメンバー。橘分隊長以下先ほどまで一緒に訓練を行っていた仲間たちだ。
「……いつから、いたんですか? 」
全部見られていたーー その自覚が智也の顔を真っ赤にさせる。
智也とは対照的にクラリッタはギロッと睨んでいる事から、橘分隊長も申し訳無さそうな気まずい顔。
だがそれでも見過ごせない理由があるのか、分隊の無線オペレーターとドクターを連れて二人の前に立った。
「クラリッタ、リバティ・ギアとの契約おめでとう」
「あ、ありがとうございます! 」
より専門的な足の応急治療を施しながら、怪我をしているところ悪いのだが、一つお願いを聞いて貰えないだろうかと橘は申し出る。
「あのリバティ・ギア……馬鹿目立ちしてて市街地やSNSが騒然となってるらしくてね。空陸機動団本部を経由して日本政府から命令が出ている。今すぐ隠すか、岐阜基地に移動させて貰えないだろうか? 」
この世界が保有するリバティ・ギアの数が増えたのは心強い限りなのだが、今の今までリバティ・ギアの存在を隠蔽して来た性質上、マスコミ対応や今後の方針で中央が大混乱をきたしているらしいのだ。
「分隊長、夜間行軍は中止ですか? 」
「そうだ、君が怪我をしている事も理由に含む。乗ってくれるか? 」
「分かりました、智也も一緒に連れて行く許可を下さい」
「無論だよ。先輩パイロットの指示を聞いて、無事なフライトを期待している」
ーーおおい、犀潟! コックピットでさっきの続きすんなよ! ーー
(する訳無えよ! )
分隊隊士のヒュウヒュウと囃す声を背に受けながら、赤面した智也はクラリッタを連れ立ってブリタニアの元に向かう。
こうして、挑戦者の系譜を継ぐリバティ・ギアは誕生し、初代と肩を並べるのである。
だが、心してかからなければならないのは、ブリタニアもスフィダンテと同じく無能力スタートである事。敵リバティ・ギアに打ち勝ってその能力を奪わなければ、完全なる丸腰の一発逆転スタイルなのだ。
智也がクラリッタに説いた言葉ーー 契約した後にどう生きるか
近い将来、この言葉が試練となってクラリッタに襲いかかるのであるが、智也自身もその言葉をクリアした訳ではないのだ。
いずれ二人で手を取り合って死闘を戦い抜く時期が来る。
……その予感を今日は口にしないまま、ブリタニアに乗り込んだ二人は、空から見下ろす岐阜の夜景に魅入っていたのであった。




