54 ひとり
気味が悪いほどの清潔感に支配された、蒼ざめた白い部屋。
手狭で殺風景なその部屋の中央には大きなアーチ型の検査機械が据えられ、その中心を前後にスライドするような形で簡素なベッドが置かれている。
ベッドはウイイン、ウイインと小刻みアーチの下を行き来しながら、横たわる少女の体内を覗き見し続け、やがて終わりの時が来たのか壁面のスピーカーから男性の声が優しく響いた。
「お疲れ様クラリッタ、これで終わりだよ」
静止したベッドから起き上がった少女=クラリッタは、何らの感慨も抱いていないような顔で起き上がり、無表情のまま検査室を出る。
別室で機械を操作していた職員たちから労いの声を受けるも、そのままうなづくだけで控え室に赴き、検査用の白衣を脱いで私服に着替え始めた。
「クラリッタ、ちょっとゴメンね」
忙しいノックと共に現れたのは黒人の女性職員。医療関係者のネームタグをぶら下げておらず、空軍の平時用制服を着用している事から、軍人又は軍属の者である事が伺える。
「どうしたのジャネット? 」
控え室に他人が突如現れたと言うのにクラリッタは驚きもせず、真っ白でみずみずしい肢体を晒したまま、無警戒に着替えを続け背中越しに応対した。
「来週の二十五日、あなたの誕生日でしょ? アーチボルト少佐がね、あなたの誕生日会を開きたいって」
「誕生日? あ、そうか誕生日……誕生日か」
自分の誕生日を完璧に忘れていたのかと、何度か呟き反芻する。
「先月のダンスパーティも出なかったでしょ? たまにはイベントで大騒ぎしないと気が滅入るわよ」
「うん、でも……」
「クラリッタが望むなら、若いオフィサーも何人か呼ぶって。もう十六歳になるんだから、ボーイフレンドがいたっておかしくないのよ」
私服に着替え終わり、愛用のメガネをはめてジャネットに向き直る。
自分の誕生日を皆で祝ってくれると言う申し出があっても、クラリッタの表情は変わらず無機質のままだ。
「ジャネットごめんね、せっかくだけど気持ちだけ貰っておく。賑やかなの苦手で……」
「あら残念ね、オッケイよ。少佐にはそう話しておくね」
日取りがずれてもパーティは出来るから、気が変わったら教えてねーージャネットは愛嬌たっぷりの笑顔でそう言いながら控え室を出て行った。
……自分で忘れてる程度の誕生日なんか……
そう口には出していないものの、抑揚を一切廃したかのような、クラリッタの冷たく濁る瞳がそう語っていた。
やがて帰り支度が整えた彼女は、控え室から長い通路を経て研究所出入り口へ
受付担当者から「また来週ね」と声を掛けられつつ外へ出ると、一度立ち止まって空を見上げる。ーーもちろんここに空などは無い。
ここは『エリア51』の地下にある秘密都市であり、見上げてもドームのいかつい鉄骨と強化プラスチックの天井が見えるだけ。どんなに目を凝らしてもネバダの空など見える訳が無いのだ。
低い天井ギリギリまで長方形を積み重ねたような幾何学の街。
ここを行き交う者たちは異世界からの亡命者か、合衆国職員の二種類しかいない。
私服でゆるりと散歩する老人、子供の手を引く母親、イヤホンから流れる曲に合わせて軽快にジョギングする女性……彼ら彼女らは亡命者。いずれは合衆国への帰化が認められ、地上世界へ去って行く人々。
そして私服では無い者はアメリカ空軍の平時制服を着用したり、MPであったり、顔写真付きのタグを首からぶら下げた軍属などの合衆国職員たちだ。
亡命者か国家公務員かーーたった二種類の人種しかいない街で、クラリッタだけは特別だった。
左手の甲にあるポータルが、クラリッタの自由を許さない証として、無理矢理特別扱いの立場に引き上げたのである。
『リバティ・ギア発現確率の極めて高い、最優先秘匿保護人物』 ーー合衆国におけるクラリッタ・アディントンの立場がそれであった。
本来ならば、リバティ・ギアが独自に決めた人物にポータルが接触を行い、契約するか否かの判断を求めたり、本人への直接接触よりも先に他人がポータルを発見し、対象者の元に運んで契約交渉を行う事がほとんどなのだが、彼女の場合は異質だった。
彼女が産声を上げた段階で、左手にリバティ・ギアのポータルが既に宿っていたのである。
産まれながらにリバティ・ギアの契約者……アメリカ合衆国が彼女を欲しがらない訳がない。
元々がこの世界において一番真っ先にリバティ・ギアを手に入れようとしていた合衆国は、クラリッタが誕生してからすぐに、自国の将来的戦力として秘匿保護してしまったのである。
だが悲運にも、左手のポータルが動き出す事は無かった。リバティ・ギアが現れるどころかポータルは何らのアクションも起きずに十六年の歳月が流れてしまったのである。
それはつまり、十六年の間クラリッタには自由が無かった事を意味している。
合衆国政府がリバティ・ギア戦力としてのクラリッタを期待している事から、発現しなければ何故発現しないのかと、研究者たちはその理由を説明する事を常に求められていたのである。
幼い頃から週に一度は研究室に呼び出され、何故リバティ・ギアが発現しないのかと徹底的に身体を調べられるのだが、神の領域にある神具がそうそう正体を明かす訳が無い。
研究者の中から「死んだポータル」と公然と呼ぶ者が現れたり、期待は薄いと嘆く者たちのいる中で、彼女はただひたすら変化の無い人生を送っていたのであった。
長方形を横に繋げて壁をぶち抜いたかのような天井の低いスーパーマーケットに入り、その週の必要な分だけの買い物が始まる。
シリアル食品とパンをカートに入れ、ビーフシチューなどのレトルト食品やカット野菜を吟味もせずにカートに放り込んで行く。お菓子は好きではないのかそのまま通り過ぎ、生活必需品のトイレットペーパーや生理用品、そういえばシャンプーも切らしていた……と カートに詰め込むだけ詰めて会計へ。
両手いっぱいの荷物になってしまったが、十歳の時に学校へ行く事を拒否して自宅学習に切り替えたクラリッタが、街に出て買い物するのは研究所に呼ばれる週一度だけ。これさえクリアすれば家でゆっくりしていられるのだからと、額に汗しながら彼女は家路へとつく。
「……ただいま……」
重い荷物にふうふうと息を上げながら、長方形の箱に付いている扉を開ける。アイム・ホームと言ってはみたものの、「おかえり」の言葉を期待して言った訳ではない。ガランとした誰もいない部屋に向かって言うのは、ただひとえに長年の風習がただ身に付いているだけ。
本棚や化粧台の上にフォトスタンドが置かれ、両親と一緒に映るクラリッタの笑顔が飾られているのだが、気付けばそれらの写真は全て色褪せており、写真に映るクラリッタの姿も小学校低学年の頃なのか酷く幼い。
ーーそう、クラリッタはこのエリア51で一人暮らし。
クラリッタが八歳の時に両親は地下生活から解放され、地上に新天地を求め旅立った。つまり彼女は親から見捨てられた孤独な立場にいたのである。




