46 震える指
ーーそろそろだ、そろそろ七時間。スフィダンテの魔力エネルギー充填の作業が終わる。
コクピットで黙り込んだまま、ただぼんやりと計器を見詰めていた智也の鼓動がわずかに早まる。
あの巨大なリバティ・ギア、ヘラタイプを倒すために異世界へと跳躍したスフィダンテ。
今度はヘラの懐にジャンプするために膨大な魔力エネルギーを充填しているのだが、この七時間は智也にとって地獄のような時間であったようだ。
“生物兵器で死滅した世界”
“人類が絶滅した世界"
彼が目の当たりにした世界は絶望感しか湧いて来ない世界であり、異世界の自分はどんな存在なのか、異世界の真衣香は自分に微笑みをくれるであろうかなど、ちょっとだけ抱いていた淡い期待を軽々と粉砕してしまったのだ。
大きな穴に集められ、焼却され炭化した人骨の山々
焼却すら間に合わず積み上げられたまま風化した人骨の山々
城ノ岬の新市街、それも中心部でこんな光景を見てしまえば、もう智也にはそれ以上異世界を探索する気にはなれない。
人骨で積み上げられた人類の墓標に手を合わせ、そのままスフィダンテのコクピットに戻って塞ぎ込むしか時間を潰す手段は無かったのだ。
「ポータル、教えてくれ。あと何分だ? 」
『次元境界跳躍可能まであと十二分』
ーーあと十二分もあるのかーー
このスフィダンテの外殻鎧である「神聖翡翠鎧」は、ウィルスや大気中の不純物を浄化する作用があるらしい。だったらスフィダンテでこの世界を浄化出来るんじゃないかと質問したのだが、能動的に動いても感染拡大には追い付けないとポータルが答えてから一時間。
一時間の沈黙を破りやっと智也が口を開いたのだが、これからの十二分間は忍耐力との闘いになりそうだ。
ただ、十二分後に地獄から解放されたと言って、喜んでいられない現実が待ち受けている。元の世界に戻ったら生死を賭けてヘラと闘わなければならいのだから……
元々この作戦は智也が発案して榎本艦長の承認を得た作戦だ。
ヘラがレアアース採掘基地上空に出現した事で、スフィダンテとの出会い……契約のいきさつを思い出した智也はこう閃いたのである「城ノ岬旧市街海岸とレアアース採掘基地の距離なら、スフィダンテでジャンプ出来るじゃないか」と。
ただ、スフィダンテにその可否を確認すると、前回のようなジャンプは出来ないとの回答を得る事になる。
ーー前回は“まっさら”で負荷が無かったため、眠れる場所から異世界を通じて智也の目の前に現れる事は出来た。
A世界からB世界を貫通してA世界の別の場所に移動出来たのだが、アレスの刻印をラーニングした今は負荷が多く、一度B世界でエネルギー充填と座標再確認を行わなければならないとの説明を受け、そしてこの地獄の七時間待機が存在するのである。
ーーその苦労も我慢も、全てはヘラを倒すためーー
「ポータル、最終確認だ。次元境界跳躍をしたら必ずヘラ内部の座標に出現出来るんだな」
『回答、巡空艦神州が作戦通りヘラの中核をレアアース採掘基地上空に釘付けにさせていれば、確率百パーセントで内部に出現』
「分かった、榎本艦長を信じるしか無いよな。それでヘラの中にジャンプした後は? 」
『契約者犀潟智也からの優先命令。一、リバティ・ギア・プレイヤー・ウィールの位置を確認。二、エリーズ・ド・アレクサンドリーヌ・ブルボンの位置を確認する』
「そうだ。プレイヤー・ウィールとエリーズの生命に危険が及ばないと判断して初めて攻撃を開始する」
『次元境界跳躍後に“アレスの雷”充電を開始。アレスの雷放電時の自機損耗予想は七十パーセント、神聖翡翠鎧再構築まで所用時間四十五秒』
「電気がショートして身体が爆発して……激痛の四十五秒だな」
生唾を飲み込み言葉を失うも、今はそれしか打つ手が無いのだと自分に言い聞かせる。
「ヘラの電気系統を完全に焼き切る。そしてヘラのプレイヤー・ウィールを奪取してコントロールするんだぞ」
『ヘラのプレイヤー・ウィールを奪取した後は、重力制御で全ての水を霧状にして成層圏へ流す』
「そうだ、そしてエリーズの身柄を確保して脱出する。……出来るよな? 俺たち」
両手を組むも全ての指がブルブルと震える。
それは死や痛みの恐怖から来る震えなのか
それとも武者震いなのかは分からない
恋人が死んだ虚無感、殺人を犯した罪悪感、そして望まぬ人生を歩み出した絶望感に、平和の守り人などと精一杯の虚勢を張った使命感。
これらに押しつぶされそうになっているのが今の智也なのだが、後一歩のところで踏みとどまっている。
ーーそれは“何とかエリーズを助け出したい”と言う想い
それは彼女に対する恋愛感情ではなく、穢れてしまったと自責する自分に対して、気品ある爽やかな笑顔を向けてくれた彼女への執着心。彼女がまた笑ってくれればと言う切なる願望から来ていたのだ。
『魔力エネルギー充填完了まで、あと五分』
ポータルが五分前を宣言すると、再び智也は押し黙った。
静けさが漂うコクピット
智也の背後にあるエンジンルールから、ウィィンと高速回転を続ける低いうなり声が聞こえて来る。
まるでスフィダンテのプレイヤー・ウィールだけが時を刻んでいるかのようであった。




