44 異世界で見たものは 後編
『南米チリのアカタマ天文台が、アマチュア無線周波帯を利用して外部に呼びかけを行なっている事が判明。内容を翻訳するか? 』
「頼む、聞かせてくれ」
まるで自分のいた世界とこの世界の間違い探しでもするように、自分の部屋や居間などを行き来している智也。そのヘルメット内にポータルの無機質な声が長々と響き始める。
ーーこの無線はソーラー電池が生きている限りエンドレスで流れる事になっている。もし流れっ放しになっているならば、私たちも死んだと思って貰って構わない。もしうるさいならば……ははは、ここまで来て止めてくれ。まあ、うるさいと思う連中はみんな天国だろうけどな
ポータルの電気的で抑揚の無い声にかき消されそうになりながらも、遠くに中年男性らしき人物の声がする。翻訳された文言を聞くだけでも、それはどこか悲しげで自嘲気味だと感じられた。
ーー全ては九月十一日に起きたアメリカ同時多発テロから始まった。中東諸国と西側諸国の軋轢はアフガニスタン、イラク、シリア、イランと徐々に飛び火して行き、戦乱はやがてイスラエルとパレスチナ解放機構の全面衝突と言う形で燃え上がり、インド対パキスタンの限定核戦争にまで発展してしまった。
予想外とは言い切れない、今すぐにでもあり得るような内容を耳にしつつ、智也は自宅から外に出てキョロキョロと辺りを見回す。
(不思議だ、あるべき物が無い)
人類滅亡から数年経った世界に降り立った
道路はあちこちにヒビが入り雑草が繁り
家々は生活の匂いを感じさせないほどに朽ちている
決して見たいとは思わないのだが、死体が見当たらないのだ
(真衣香の家に寄ってみるか……いや、街に行ってみよう)
秋と言っても日差しは強く、完全装備で気密状態の智也は大量の汗を滴らせて不快感を募らせる。しかし結末と言う実感を目の当たりにしたいのか、気持ちとは裏腹に足が動くのだ。
ーー高病原性鳥インフルエンザウィルス、それも薬物耐性がある強力なウィルスならば自然発生する訳が無い。生物兵器として開発されたんだと思う。
いずれにしても当時“人間爆弾”と呼ばれたキャリアがあちこちでウィルスをまき散らした結果、世界は終わったよ。
イスラム原理主義者のテロ組織が原因だと西側は主張したが、生物兵器なんて作れる訳無いだろってあちこちからツッコミを入れられつつ、結論は出ないままだった。
実家がある旧市街を抜け、バリバリに割れた国道を渡って新市街へ。
旧市街の木造住宅とは違い比較的頑丈な新しい家屋が並ぶので、一瞬見ただけでは分からないのだが、やはり人の気配は全く無い。
良く見れば家々の庭は全く手入れされておらずに荒れ放題。いつも雑誌を立ち読みしていたコンビニはガラスが割れてぽっかりと黒い穴を開き、至るところに車が乗り捨てられている。
ああ、やはり終わってるんだなと実感しながら以前通っていた中学校の校門の前へ。今年の春まで通っていた懐かしさも背中を押し、校庭へと足を進めて行く。
ーー先に北半球が静かになっちまった。妻と娘からの連絡が途絶えて間も無く、各国政府との交信も途切れ……オーストラリアと南極のアムンゼン・スコット基地とは比較的長く交信出来たがそれも先日絶えちまった。この天文台でも立て続けに職員の発症が始まり、悲観して自殺する者も現れた。
校庭からグラウンドが見える、しかし智也の記憶にある整備の行き届いたグラウンドではなく、あちこちで動きを止めた重機と土を掘り返した残土が山のように積まれている。
何をしていたのかと不審に思い近寄ってみる……智也はそこで腰を抜かした。あまりの衝撃的な光景に全身の力が抜けて立っていられなくなったのだ。
グラウンドには至るところに大きな穴が開けられ、そこに無数の人骨が積み重なっていたのである。
そのほとんどは死体を焼くためのものなのか、炭化した衣服や木材などが散乱していたのだが、焼却処分する暇さえ無くなったのか、中にはただただ死体を放り込んで山にしたかのように、憐れな人骨が山のように積み重なっているものもある。
「……うっ……ごふっ! ……おええ……」
胃が悲鳴を上げるも、気密状態のヘルメットの中で胃液を撒き散らす訳にはいかない。
見ない方が良かったと今更後悔しながら、智也はスフィダンテの元へ逃げるように走り去ったのだ。
ーー何でこんな事になっちまったんだろな。誰だって死にたくないだろうに、どうしてもっと上手くやれないかね。
智也は走りながら泣いていた
特定の誰かを想って涙を流したのではなく、理由は分からないが何故か滴り落ちるのだ
ーーCQ、CQ、空飛ぶ円盤に乗ってる人、俺の声が届いてますか? もしあんたらが地球に遊びに来ても構ってやれる人間はいないよ。人類は絶滅しちまったんだ。だからちょっとだけしょうもない人類のために祈ってはくれないかな……
智也が生まれて初めて飛んだ異世界は、彼が知り得るレベルでの漠然としたイメージなど欠片も無かった。ライトノベルに綴られたような剣と魔法で形作られたファンタジー世界では無かったのである。
もちろん、エリーズや神州の乗組員のように、異世界ソ連軍や日本共和国のあった世界の人々とも接して来てはいるが、彼の奥底には未だ少年らしい「未知の世界」に対するイメージや期待があったのは事実。
だがまさか……自分のいた世界とそう変わらない歴史を持った世界に飛び、なおかつそこで人類が絶滅していたなどとは誰が想像出来よう。
“誰かに会いたい”
“誰かと言葉を交わしたい”
リバティ・ギア・アレスタイプの契約者を殺した後に罪の意識に苛まれていた智也は、とにかく人目から遠ざかるように孤独を求めていたのだが、本当の孤独を目の当たりにしてガツンと頭を殴られたような感覚に陥ったのかも知れない。
〜〜人は孤独ではいられない事を知ったのだ〜〜




