43 異世界で見たものは 前編
ーーここは、本当に俺のふるさとなのか? ーー
全身を覆うパイロットスーツとフルフェイスのヘルメットを被ったまま、智也は呆然と立ち尽くしている。
智也の視界に飛び込んで来たのは廃墟……生活の匂いを感じさせない、朽ち果てた木造住宅がずらりと目の前に広がっており、それが自分の住んでいた城ノ岬市の海沿いの旧市街だとは信じられずにいるのだ。
田舎だ、この街は田舎だけどそれでも活気はあった
この季節なら稲刈りに畑仕事に漁に出る漁船にと、一年を通じて一番活力を感じる賑やかな時期なのに、なんだこの静けさ……
スフィダンテポータルからヘルメットとパイロットスーツ着用を厳命されている事から、この世界の大気成分が何やらおかしいと言うのは理解出来るが、当たり前のようにあった身近な人間社会が完全に崩壊している姿を見るのは、智也にとってはショック以外の何者でもなかった。
(俺の家は? 俺の家はどうなってる)
とうとう我慢出来なくなかったのか走り出した智也は、真衣香の家やご近所さんの家に脇目も振らずに夢中になって我が家を目指す。
そしてちょうどたどり着いた時だ、智也のヘルメットを通じてスフィダンテのポータルから連絡が入る。
ーー今いるこの世界が、慣れ親しんだはずのこの街が、何故こんな結末を迎えているのかが判明したのだ。
『判明。薬物耐性のある高病原性鳥インフルエンザウィルスを大気成分内に検出! 契約者犀潟智也は引き続きスーツとヘルメット着用を厳守して気密を保持せよ。当該地域を大気汚染区画と認定し、感染予防行動を推奨する』
(鳥インフルエンザって……あの鳥インフルエンザ? )
全く聞いた事の無い単語ではなかった
毎年冬を迎える頃、地方の夕方のニュースでもインフルエンザの話題が頻繁に取り上げられている。
予防接種で子供が泣き喚く映像や学級閉鎖の話題など、それこそ季節のニュースとして身近な話題と言う認識を持っている。
その流れ、その延長線上に鳥インフルと言うキーワードすらも周知しており、やれ香港で感染者とか韓国でだのと、それほど珍しい事柄ではないと記憶していた。
だがこの世界では、智也が呼吸器の付いた気密服を着て完全なる密封状態になっていなければならないほどの危険な状況下であり、その根源となる理由が鳥インフルエンザウィルスだと言う。
「ポータル、教えてくれ。この世界の人々は鳥インフルエンザにやられたって事なのか? 」
『解答までに時間の猶予が必要、発信源不明の微弱な電波も感知している事もあり多角的精査中』
この世界に降り立ってまだ三十分しか経過しておらず、スフィダンテのエネルギー充填まであと六時間半はかかる。
呼吸器越しのくぐもった声で分かったよと返事をし、智也は朽ちた我が家へ土足で上がり込んで行った。
リバティ・ギア・ヘラの契約者エリーズ・ド・アレクサンドリーヌ・ブルボンは、智也に公言した通りの内容を実行した。
二十四時間の猶予をもって、レアアース採掘基地にソ連軍を降下させて実効支配すると言うのがそれだ。
時計の針が約束の期限である十時を指し示した瞬間、ヘラの下部面の中央あたりに本体が顔を出してソ連軍が降下。大量の兵員輸送車や魔装強化服部隊などが採掘基地に降り立ち、あっという間に占領してしまったのである。
ーーそれまでの「ヘラによる日本領空侵犯」とは違い、基地占領は明らかな武力侵略行為。それをもってブギーマン作戦が開始されたのだ。ーー
今、犀潟智也は別の日本にいる。神州のクルーたちの期待を一身に受けて異世界日本へ旅立った彼は、この始めて見る異世界日本に足を降ろした。
ポータルの説明によれば、今いる辺境世界よりも「より」辺境側の世界にいるとの事。
脈動のように常に動き続ける無数の多次元世界において、境界線の接触面が他の世界よりも濃厚接触している世界が一つある。それが今智也のいる別世界。
これから十日間ほどは接触が安定している事から、余計なエネルギーを消費しない往還が可能なのだと言う。
次元境界跳躍中の移動……つまりジャンプ+ムーヴと言う二種類作業同時進行の危険性を極力避けるため、日本海新潟県沖の神州から先ずは智也の生家がある城ノ岬市旧市街の海岸に異世界ジャンプ。
スフィダンテが初めて智也の目の前に現れたあの海岸の座標に無事到達し、後は七時間に及ぶ魔力エネルギーの充填を待ち、元いた世界に戻るだけーーヘラの中核に飛び込んで内部破壊を行うだけとなっていた。
だが、智也にとってその七時間とは、後々笑顔で思い出すような異世界体験記ではなく、悪夢となって毎夜うなされるような後味の悪い体験となる。
確かに、跳んだ先の世界が必ずしも智也に対して好意的な世界であると言う保証は無いのだが、まさか人類規模の絶望を垣間見るとは思わなかったのだ。
屋根のあちこちに穴が開き、柱も腐食して今にも崩れ落ちそうなボロボロの「我が家」に上がる。
すすけた家具や電気製品などを見れば、智也の見覚えのある物ばかりで、自分自身の記憶にもそう古くはない認識がある。
床が抜けないように注意して二階に上がると、やはりそこには自分の部屋が。勉強机には中学一年生当時の教科書が散乱し、フォトスタンドには中学校の入学式を前に玄関で並ぶ、智也と真衣香の初々しい姿が飾らせているではないか。
(三年前……三年前にこの部屋の時間は止まっている事になる。三年前に何があったんだ? )
着の身着のまま実家から飛び出して巡空艦神州と行動を共にするようになった智也は、真衣香との思い出の品を何一つ身の回りに持っていない事に気付く。
在りし日の真衣香の笑顔を前に“この写真を持ち帰ろうか”とフォトスタンドに手を伸ばした時、スフィダンテポータルから連絡が飛び込んで来た。
『判明、状況判明! 薬物耐性のある高病原性鳥インフルエンザウィルスは、生物兵器として三年前にテロ攻撃に使用された。世界的規模の拡大感染が起きた模様』
「テロ攻撃? パンデミック? 世界的って、鳥インフルにやられたのは、この城ノ岬だけじゃないのか」
『肯定。世界的規模で拡散した結果、既に人類は絶滅していると推定する』
「そ、そんな馬鹿な話があるか! ……」




